お腹いっぱい
「いやー、満腹です! お腹いっぱいです!」
「キュプン!」
ハクトが用意した全ての寿司を食べ尽くし、リビングに両の足を投げ出して……片や膨れた腹を撫でながら、片やその丸い体を更に大きく丸くしながらユウカとグリ子さんがそんな言葉を口にし……それを受けて正座をしながらお茶をすすっていたハクトは、
「お粗末様だ」
と、そう言って小さな笑顔を見せる。
するとその笑顔を見るや、大きな笑顔を咲かせたユウカが……笑顔のままハクトに言葉を投げかける。
「……いやー、人間万事塞翁が馬ですね」
「……うん?」
突然のその言葉の意図が分からず、お茶をすすりながらハクトがそう返すと、ユウカは笑顔のまま言葉を続けてくる。
「いや、先輩が実家を追い出されたって時は私本当に驚いちゃって、先輩もショックだったんだろうなぁって思ってたんですけども……。
でも、いざ蓋を開けてみれば、良い職場に巡り会えたみたいですし、借家とはいえその若さでこんな立派なお家に住んじゃって、その上こんなに美味しいものを満腹になるまで食べられる財力も得ちゃって。
文句無し順調じゃないですか、あれこれ心配したのも取り越し苦労だったなーって」
「……そう、か?
自分で順調と思ったことは……今まで一度も無かったな」
「ベッドでぐっすり寝られて、お腹いっぱい食べられて、それ以上何が必要なんですかー。
ぶっちゃけ以前よりも先輩、よく笑うようになりましたし、今のほうが何倍も幸せそうですよ。
学院でトップをひた走る姿もそれはそれで格好良かったですけど、今の方が私は良いと思いますね」
そう言われてハクトは、改めて周囲を……これから自分が住まう家のことを見回す。
それなりに立地の良い住宅街の一軒家。
新築とはいかないまでも、それなりに良い作りの家で、台所もトイレも風呂も広く日々の生活において困ったり不便に思ったりすることは無さそうだ。
その上、仕事もそれなりに順調だと言えて、収入は少ないながら安定してはいる。
安定している上にグリ子さんの爪の収入が加算され……余程のことが無い限り金銭面の不安を抱えることはないだろう。
「そうか……言われてみればそうだな。
深くは考えず、流されるままにここまで来てしまったが……今の状況はそう悪くはないのだな」
「悪くないどころか!
お父さんとお母さんがここの家を建てるまでどれだけの苦労をしたと思ってるんですか!
ローンもまだまだ残ってますし……それを思えば先輩はもう、人生のゴールに足先を引っ掛けちゃってますよ!」
「そう言えば聞こえは良いが、あくまでこの家は借家なんだぞ……?
……しかし、今にして思うと、この借家に住むことになったのもグリ子さんのおかげ、あの職場で働けるようになったのもグリ子さんのおかげ……今日の美味い寿司にありつけたのもグリ子さんのおかげ……。
何もかもがグリ子さんのおかげということになるが……これは偶然だろうか?」
そう言ってハクトが視線をやると、グリ子さんは目を細め、うっとりとした表情をしながら……その体を左右に、ゆらゆらと揺らしている。
そうしながら寿司の味を思い出しているのだろうか、クチバシをパクパクと動かし……時折「ほふぅ」っと万感の思いを込めた溜め息を吐きだしたりもしている。
そんな様子を見る限りとてもそうは思えないのだが、しかしここ最近のハクトの状況を見ると、どうにも偶然以上の、某かの力が働いているようにも見えて……ハクトはなんとも複雑そうな表情を浮かべる。
「あー……あれじゃないですか?
私も学院の図書館でグリフォンのことをあれこれ調べてみたんですけど、グリフォンって黄金だけじゃなくて、知恵と幸運を司る幻獣でもあるそうじゃないですか!
海の向こうの紋章学? でしたっけ? それでそういう力があるとされたとか、なんとか。
そういう訳で各国の王様が好んで紋章にしたとかで……そこら辺の力も影響しているのかもしれませんね」
そんなハクトに対し、ユウカがそう言ってきて……ハクトは次の瞬間に小さく「フフッ」と吹き出す。
「どうしたんですか?」
その吹き出しに対しユウカがそう尋ねると、ハクトは口元を拳で抑えながら言葉を返す。
「いや、グリ子さんがどこかの王家の紋章になっていたらと想像してしまってな。
随分とまぁ丸っこい、可愛らしい紋章になってしまって……見る人を驚かせたに違いない。
……確か紋章学においては盾や兜、マントなどが下地として使用されるそうだが……グリ子さんにはどれも似合いそうにないな」
「あー……グリ子さんの場合は、グリ子さんの姿をそのまま描くだけで紋章になっちゃいそうですね。
……今の幸せそうな表情のグリ子さんとか、きっと可愛らしい紋章になって、様々な幸運をもたらしてくれるに違いありませんね」
「ふっ……どうだろうな。
しかしそうか、グリ子さんの力のおかげで今の状況があるのかもしれないのか。
知恵と幸運と黄金の幻獣……グリフォン……。
しかしそうすると……俺が実家を追い出されたのも含めて、グリ子さんのもたらす『幸運』だったのだろうか?」
なんとなしに、深い考えがあった訳ではなく、ただなんとなしにハクトがそんな言葉を口にすると、ユウカはハッとした表情になり考え込む。
グリ子さんが召喚され、期待にそぐわない幻獣を召喚したと見放され、実家から追い出され……そうして今のハクトがある。
しかし今考えてみると、グリ子さんがどんな幻獣なのか、どんな力を持っているのか……その詳細を調べることなく、明らかにすることなくハクトを追い出しにかかったのは性急に過ぎる気がしてしまう。
ユウカもまだグリ子さんの力の全てを知っている訳ではなく、ハクトも今の会話からしてその節がある。
黄金を生み出すことが出来、更なる力を持っているかもしれないグリフォン……知恵と幸運と黄金を司るグリ子さん。
何故ハクトの実家はそんなグリ子さんを、ただ見た目だけで評価してしまったのか……ハクトを見放してしまったのか。
ハクトがそこで必死な自己弁護をするような性格ではなく、家から出たくないと駄々をこねるような性格ではないことはユウカもよく知っていて……何事に関しても親の言うことを素直に聞いてきたハクトが「出ていけ」と言われて素直に出ていった点は納得出来るのだが……。
何故ハクトの両親はハクトを追い出してしまったのだろうか……?
そんなことを考え込み、ユウカが悩みに悩む中……ハクトは寿司桶や湯呑の片付けをし始める。
まだまだ慣れないはずの新居でテキパキと、軽快に動くハクトを見て、ユウカは慌てて立ち上がり……それまで考え込んでいた議題を何故だか綺麗さっぱりと忘れ去ってしまい……ハクトを手伝うべくバタバタとリビングを駆けていく。
そうやってハクトとユウカが慌ただしく片付けを行う中グリ子さんはのそのそと歩き、リビングに用意されたベッドの上へとのそのそと登り、そこに寝転がり……、
「スピュン」
なんて寝言を呟きながら、なんとも幸せそうな表情で夢の世界へと旅立つのだった。
お読みいただきありがとうございました。




