召喚!
国立幻獣学院。
創立記念日でもある今日この日に、国内最高峰の幻獣召喚士育成機関であるこの学院の中庭で、三年生達の卒業試験を兼ねた幻獣の召喚が行われようとしていた。
ここではない何処か、別の世界に住むという幻獣達にその知識と魔力と儀式でもって語りかけ、召喚契約という名の協力、共生関係を結ぶ幻獣召喚。
日々の生活に欠かせぬインフラだけでなく、医療、科学、軍事など様々な分野で活躍している幻獣達は、そうやってこちらの世界に呼び出されていた。
召喚契約を結ぶ幻獣は一人につき一匹までという法がある上に、幻獣の命はとても長い。人間以上の寿命を持っているので、一度召喚したならば自らの寿命が尽きるその時までその幻獣と付き合っていかねばならず……この卒業試験は、試験に挑む生徒達にとって、人生の今後を決める程の、卒業試験以上の意味を持っていた。
そんな今年度の卒業試験において、最も注目を集めているのは、矢縫 ハクトという入学以降、学年トップの成績を出し続けている男子生徒だ。
眉目秀麗、質実剛健、知勇兼備。
幻獣業界のエリートの家系に生まれたハクトは、今日の卒業試験の目玉である一番手を務めることになっており……そんなハクトの幻獣召喚を一目見ようと、本日の学院には学院外からも多くの見学者達が集っており、例年に無い大盛況となっていた。
そうして始まる卒業試験。
学院長を始めとした何人かの大人達の挨拶の後に、紋付袴姿のハクトが、中庭中央に敷かれた召喚陣布の上に進み出る。
自慢の黒髪をオールバックの形に固めたハクトは、召喚陣の中央に立つなり神妙な面持をし、黒い瞳を輝かせ、昔からの伝統となっている呪文を唱え始める。
幻獣は召喚者の魂を見て、その者に召喚されるかどうかを判断すると言う。
悪事を行い、魂を汚した者には相応の……下劣な幻獣しか召喚出来ず、逆に清廉潔白に、魂を汚さずに生きてきた者には相応の、高潔な幻獣を召喚することが出来るそうだ。
故にハクトは今日の日まで魂が汚れぬようにと自らを厳しく律しながら日々を過ごして来た。
いつか来る幻獣召喚の日に備え、他人に優しく自分に厳しく、幼い頃から慈しみの心をもって他者に、世界に接して来たのだ。
そんなハクトが果たしてどんな幻獣を召喚するのか……周囲の大人達、子供達、全ての視線がハクトへと集まる。
始まりは白い光だった。
ハクトの体から魔力が失われ、ハクトを中心に白い光が広がり……世界の境界がゆっくりとその口を開く。
そこからまず入り込んできたのは暖かな柔らかな風で……次に入り込んできたのは「クキュン!」との何かの鳴き声。
そうして白い光が収まり……ハクトの眼前に契約に応じ召喚された幻獣がその姿を現す。
そこに居たのは薄茶色の毛玉だった。
2mほどの大きさの毛玉から、小さな翼と二つの耳、ふさふさの尻尾、そして4本の脚が生えており、そのうちの前二本は獣のようであり、後ろ二本は鳥のようである。
鋭さを全く感じられないクチバシに、つぶらな可愛らしい二つの瞳。
そんな異様な……何者かも分からぬ幻獣か毛玉かも分からぬ物体が、そこに居たのだ。
その毛玉を見て愕然とした表情になるハクト。
そうして……しばしの間があってから、周囲の大人達から次々に失望のため息が漏れる。
幻獣は、その者の魂を移す鏡でもある。
あんな毛玉を呼ぶようでは、ハクトもその程度の男かと見なされてしまい……その場にいた誰もが侮蔑の視線をハクトに向け始める。
そうしてハクトはそんな空気の中、その毛玉の召喚をもって幻獣学院を卒業したのだった。
数日後、矢縫家別邸。
ハクトは世間から、矢縫家からすっかりと失望され、そして見放されてしまっていた。
幻獣召喚に失敗した男として本家に足を踏み入ることを許されず、急遽用意されたあばら家で暮らせと命令され、そこで終生を過ごせと命令され……そうしてハクトは召喚した毛玉と共にそこで日々を暮らしていたのだ。
当然そんなハクトの下を訪れる者などいないはず……だったのだが、この日だけは違っていた。
学院時代、ハクトの世話になり、助けられ、慕い……そんな状況に至ってしまったハクトのことを心配して、このあばら家へと足を運んだ一人の少女の姿があったからだ。
少女の名は、風切 ユウカ。
肩程の長さの柔らかい黒髪を揺らし、丸い目をきょろきょろと忙しなく動かす、幻獣学院の二年生。学院でハクトの後輩だった少女だ。
ユウカはボロボロの……築何十年経っているのだろうかという、インターフォンすら無い木造平屋のあばら家の玄関で何度か声を上げ、ハクトの名を呼んだのだが、返事が無く……そのまま諦めて帰ろうとしかけた。
……のだが、庭の方から何やらクキュン、クキュンとの鳴き声が聞こえてきて、それを耳にしたユウカはそれが不法侵入と言える行為であると自覚しながらも、その声の聞こえてきた庭の方へと足を向けてしまう。
恐らく今のはあの日に呼ばれた、あの幻獣の鳴き声なのだろう。
ハクトがこういう状況に置かれることになった元凶とも言える毛玉。
そんな毛玉が果たしてハクトの下でどんな暮らしをしているのか……。
もしかして虐待だとか、そういう目に遭っているのでは……。
いや、まさかハクトがそんなことをするはずがない……が、いや、しかし……。
などと、ユウカは暗澹とした思いに包まれながらも、それを知らずにはいられないと庭へと足を向けて……そしてそこで驚愕の光景を目にすることになる。
「よーしよしよし、今日も良い毛艶じゃないか!」
それは、そんなことを言いながら笑顔で毛玉のブラッシングをしているハクトの姿だった。
ハクトはボサボサの整えられていない髪に、青色の作業服という姿で満面の笑顔を見せていて……なんとも楽しそうに、本当に楽しそうに毛玉をブラッシングしてやっていて……ハクトにブラッシングされている毛玉は、嬉しそうに目を細め、クキュン、クキュンと鳴き声を上げ続けている。
全く予想もしていなかったその光景にユウカは唖然となり……そんなユウカの存在に気付いた毛玉がユウカの方に視線を向けて、クキュンと大きく一鳴きする。
「……ん?
なんだ、風切君じゃないか?
どうしたんだ? こんな所まで来て?」
毛玉の一鳴きでユウカの存在に気付いたハクトが、一切の暗さを感じさせぬ太く柔らかな声で……いつものあの声で、いつもの調子で話しかけて来て……そうしてユウカは、色々とハクトのことを想い、心配していたユウカは、心の中で沸きたっていた驚きやら何やらの感情の波のせいで腰が抜けてしまい、その場に崩れ落ちてしまうのだった。
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