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終末後のナインワールド  作者: 黒木和夜
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1話



 1話 


 どれぐらい気を失っていたのだろうか。長い眠りから覚めたように意識が戻ったのが分かった。

 ゆっくりと目蓋を開き、ベッドから上半身を起き上がらせると辺りを見渡すと、一面が木目の揃った木製の空間の中に僕はいた。

 ベッドの反対側の壁にはロウソクと思われる淡い光が入った綺麗な装飾が施されたランプと、僕が引き抜いた鞘の無い欠けた剣が丁寧に吊り下げられており、部屋の奥に木製の扉と本が乱雑に並べられた本棚が置かれ、その下には入り切らなかった本がいくつも積み重ねて置かれている。


 「此処は……どこだ」


 どうやら死んだという訳でも、夢という訳でもなかった。その証拠に両腕には包帯が丁寧に巻かれ、頬をつねると確かに痛みがある。


 「痛った……」


 そうやって一人でベッドの上で過ごしていると、本棚近くの木製の扉の向こう側から微かに足音が聞こえてきた。その足音は徐々に大きくなりこちらに近づいて来ているように感じる。

 そして、鳴り響いていた足音が扉の前で鳴り止んだ瞬間、木製の扉が耳障りな音を立てて開いた。


 「お、目が覚めたみたいだな」


 入ってきたのは緑色の綺麗な髪を持ち、同じく綺麗な黄金色の瞳を輝かせ、右腰に剣を吊り下げた明るそうな性格を持った少女だった。

 その少女は右手にスプーンが入ったお皿がを持ち、左手には綺麗に折畳まれた服一式を持っている。


 「いやーしばらく起きなかったから心配したけど、元気そうだな良かった」


 少女はにこやかな笑顔を浮かべると、ベッドのすぐ近くにある小さな木製の椅子に腰を掛け、左手に持っていた服を床へ落とした。


 「あの、これって……」


 包帯の巻かれた腕を見せ少女に質問すると、少女はスプーンでお皿の中をかき混ぜながら答えた。


 「あぁ、少し怪我してたから巻いてるだけさ。君が思っているほどそこまで重傷ではないよ」


 少女は答え終わるとお皿に入った何かをスプーンですくい、俺に突きつけてきた。

 スプーンを覗き込んでみると、スプーンの上にはおどろおどろしい紫色の液体に、白い粒状の物体が浮いているなんとも言えない物が乗っていた。内心なんだこれと思っていると少女が口を開いた。


 「ほら、遠慮せずに食べろ」


 食べる? これを?

 食べ物なのだろうがその見た目は完全に毒物にしか見えないし、匂いはぶどうの様な匂いがするものの見た目があまりにも悪すぎる。


 「どうした? 食わないのか?」


 「いや、これ大丈夫なんですか?」


 「安心しろ、毒とか入ってないから」


 もう入っているいない以前の問題だ。

 だが少女は態度で拒む俺をよそ目に、笑顔でスプーンを僕の口元に近づけてくる。


 「いや、あまりお腹減ってない……」


 そう言い返したその時、腹の虫が大きな音を立てた。それはどうやら少女にも聞こえたらしく、ニヤリと悪い笑みを浮かべると俺を見つめた。


 「やっぱり腹減ってんじゃん」


 もう言い逃れができない。目を閉じ、息を止めるとスプーンを口に咥えた。


 「どうだ?」


 「悪くはないです……」


 確かに毒では無かったが、息を止めていても分かるぶどうのような香りとお酒特有の独特の香りが混ざった変な匂いとあまり良くない白い粒の食感、食べられるがあまり美味しくはなかった、だが。


 「そうか、まだあるからな」


 ホッと胸をなでおろした様に少女は安心したような表情を見せると落ち着いた声でそう言ったを見て、真実を告げる事などできなかった。

 それから本当の事は言わずに二口、三口と食べ進めていき最後の一口を食べ終え、ようやく一息ついた。


 「ありがとうございました。えっと……」


 「フレイスだ、気軽に呼び捨てで呼んでくれ」


 フレイスと名乗った少女は空になったお皿にスプーンを入れてそれを太ももの上に乗せると、僕に質問してきた。


 「そういえば君の名前は?」


 「リント……です」


 「リントか、良い名前だな」


 フレイスさんは、どこか暖かくそして優しい声でそう言った。治療をしてくれて、一応食事も用意してくれた所をみると悪い人ではないようだ。


 「あの、ここは何処なんですか?」


 「私の家……みたいな所かな、あぁそれとその服リントのだから着替えたら扉叩いてくれよ」


 そう言ってフレイスさんは椅子から立ち上がり、再び扉を開けるとその奥へと消えていった。

 ベッドから降り、着ていた服を脱ぎフレイスさんが持ってきた真新しい服に着替えた。白色が目立つの上下の服にその上に明るい水色の短いマントを羽織り、チェストプレートを付け着替えを終えると脱いだ服をきっちりと折畳み、ベッドの枕元に置くと、扉を軽く二度叩いた。


 「もう良いですよ」


 扉が開きフレイスさんが入って来た。その手には無機質な金属性の籠手こてを抱えている。


 「お、似合ってんじゃん、あとこれ古いやつだけど良かったら使ってくれ」


 フレイスさんは籠手をベッドへと置き、置かれた籠手を手に取ると、僕は言われるがまま包帯の巻かれた腕に籠手を着けると、大きさが合っているか確認するために指を動かした。籠手は指の動きに合わせるように可動し、違和感も一切なかった。


 「どうやら大丈夫みたいだな」


 フレイスさんは安心した様な表情を見せると、勢いよくベッドに腰を下ろした。


 「あの、なんでここまで……」


 「俗に言う善意って言うやつかな。まぁ恩を返せなんて言わないから安心してくれ」


 善意か――ここ最近ずっと剣を握りしめては、それを振り回すだけの日々だった俺にとっては縁のない忘れかけていた感情だった。


 「その……ありがとうございます、助けてくれて」


 「大したことないよ。それよりもさここ案内してやろうか? きっと驚くと思うぞ」


 押し気味に顔を近づけそう言うフレイスさんはあの悪い笑みを浮かべていた。だが驚くと言った理由も正直気になる。


 「で、ではお願いします」


 「よし任せとけ!!」


 押され気味にお願いしますと言ってしまったか。変な不安を懐きながらも後に続いて部屋の扉を抜けた。

 扉を開けるとすぐに木製の階段が上に向かって続いていた。暗い階段をフレイスさんが部屋から持ってきたランタンの明かりを頼りに、一段一段つまずかない様にゆっくりとフレイスさんの後についていく。


 「運ぶの重くて大変じゃなかったですか?」


 「いや、特に大変じゃなかったよ。何しろ私は力持ちだからな!!」


 後ろを振り向き、そう言うとニコリと笑いかけた。心の中で申し訳なさが生まれて自分が何処か仕方ないといえど情けなく感じた。


 「よし、着いた」


 その言葉で前を向くと、部屋のと同じ木製の扉がランタンの光に照らされていた。そしてフレイスさんが扉を開けると、ランタンの光を等に超えた目を細めるほどの明るい光が入り込んできた。

 目を細めながらゆっくりと足場を確認し進むとやがて階段は終わり、後は扉の向こう側に続く一直線の短い通路になっていた。

ゆっくりと扉へ向かいそして抜けると、扉の先は木製の床に木製の手すりと、すべてが木でできた数人程度なら余裕で乗れるぐらいの大きな船の上だった。

 暖かな風に揺られ、四本の柱にいくつもの糸によってくくりつけられた巨大な帆が大きくたなびき、その姿は幻想的に目に写った。


 「どうだ、すごいだろう」


 あ然として立ち止まる僕の隣で自慢げに声を上げながら背中を強く叩くと再び前を歩いた。

 だが、すごいと思うと同時に疑問も生まれた。船は当然海の上を移動するための物だが、明らかに波の音が一切として聞こえてこない上に空が妙に近い気がする。不思議と思いながらも空を見ていた時だった。


 「すごい飛行船でしょ、スキールブラズニルって言うんだ」


 急にどこからか声が聞こえてきた。でもその声はフレイスさんのものではなく、むしろ男の声でそれに少し幼さが残る様なそんな声だ。


 「ここだよ、後ろだよ」


 再びあの声が聞こえてきた。声の言う通りに後ろを振り返ると、白黒のターバンを斜めに巻いて左目を隠し、短い白髪と黒色の上下服、そしてフレイスさんと同じ様に腰に剣をぶら下げた少年が、船の後ろの展望台の手すりの上でカエル座りをして僕を見下ろしていた。


 「はじめまして、少年くん」


 「君は?」


 白髪の少年が僕の名前を口にしたその時。


 「ロキ!!」


 フレイスさんが大声を上げた。驚き反射的に後ろを振り返ると、フレイスさんは何処からともなく弓を出現させ、見たこともない光の矢で少年を狙い放った。矢は弓で放ったとは思えない速度で一直線に少年目掛けて飛んでゆく。

 しかし、少年は右手で腰の剣を引き抜くと左手を軸にして不安定な手すりの上で回転しながら剣で矢を弾き返した。そして矢を弾き返しすとそのまま手すりの上に脅威的な体感で立ち上がり、剣を鞘へと収めた。


 「全く、手荒い歓迎だねフレイス」


 「何しにしたロキ……」


 ロキと言う少年とフレイスさんの会話は穏やかなものではなかった。ロキさんはニヤニヤと笑いながら話を続けるが、フレイスさんはさっきまでの優しい声ではなく、威嚇するような強い声色に変わり、表情も凛とした表情に変わっている。


 「何も、ただ散歩ついでに顔を見せようって思ってね。それと」


 手すりから僕たちのいる場所に降り立つと、ゆっくりとこちらに接近してくる。


 「風の噂で何やらアルヴヘイムに人が落ちてきたと聞いてね。もしかしてその少年くんだったりするのかな?」


 ロキさんは僕の横で立ち止まり、怪しく光る横目で僕を見た。

聞き慣れない言葉と険悪な雰囲気に言葉が思いつかない。


 「とにかくここから消えろ」


 その言葉と同時に再びフレイスさんは強く弓を引いた。その矢は間違いなくロキさんに向いている。


 「もし嫌って言ってそこの少年を連れさろうとしたら?」


 そう言いロキさんは僕の方に手をまわし、煽るかのようにフレイスさんに問いかけた瞬間。


 「こうするまで!!」


 大声を上げ、フレイスさんは強く引かれた矢をロキさんの心臓目掛けて放った。その矢はまっすぐと一直線にロキさんの心臓目掛けて飛んでゆき、そして矢尻がロキさんの体に当たろうとして、思わず目を閉じたその時。


 「……イス」


 ロキさんが小さな声でそう言った。その声で目を開けると、突然として氷の壁が出現しロキさんを矢から守った。壁越し見える光の矢は、氷の壁に当たってもなお動き続け、ロキさんの心臓を貫こうとしたが徐々に速度が失われていき、そして遂に勢いを無くして船の床へと落ちると、それと同時にロキさんを守っていた氷の壁も水色の光を放つと小さな光の粒子となって飛散した。


 「また遊びに来るよ。それにその少年くんにこの《世界》のこと教えてあげなよ」


 ロキさんは僕の肩にまわしてきた手を外し僕からから少し離れそう言うと、突然足元から黒いの何かが出現させた。

 黒い何かはロキさんを徐々に包み込みこんでゆき、最終的に黒い繭のようにロキさんを完全に包み込んだ。


 「待て!!」


 咄嗟にフレイスさんはもう一度光の矢を生み出すと、黒い繭に向かい矢を放った――――だが。

 矢は黒い繭を貫通したものの中にロキさんはおらず、矢が貫通したと同時に黒い繭は消滅し、光の矢も船に壁に突き刺さると光となって飛散した。

 ロキさんが中にいなかったことに内心、ホッと息を吐く。


 「くそっ……」


 僕の考えとは正反対で悔しそうな声を出した。なんでそんなことを言うのか疑問に思ったが、あえて口には出さなかった。


 「悪いなリント驚かせちまって」


 「いえ、少し驚いただけで、気にしないでください」


 そう返事をするとフレイスさんはまたあの優しくふんわりとした笑みを見せた。安心したと同時に少し妙な恐怖が体を伝った。


 「さてと気を取り直して案内するか。ついてくる来てくれ」


 大きく背伸びをしてフレイスさんはそう言うと、弓を矢と同じように飛散させ、さっきの事は無かったかの様に飛行船を案内しだした。切り替えが速いのかその後はフレイスさんは案内している間、ロキさんの事は一切として口に出さなかった。


 「さてとここが最後で、言わゆる船首だな」


 それから何事も無く最後の案内場所の船首についた。簡潔にまとめると、船首には木製の船には相応しくない金色の猪のような彫刻がついており、素朴な他の場所と比べても装飾優美なその箇所を除けば、飛行船ということ以外他の木製の船とさほど変わらない内装だった。


 「さてと案内はこれぐらいかな」


 「あ、あの」


 地下へつながる階段へと向かうフレイスさんを呼び止めた。フレイスさんは疑問の表情を浮かべてこちらを振り返った。


 「ん? どうした?」


 「ロキさんとは、どういった関係なんですか? いきなり武器を交わす事は何か事情があるんでしょう?」


 変な緊張でまるで恋人に問いただす様な事を言ってしまった。だが、フレイスさんは言葉の意味や意図を理解したらしく、その言葉を聞いた瞬間、あの凛とした表情に変わった。


 「そんなに聞きたいか?」


 声色も静かな声、威嚇や優しいとはまた違う、冷静な声でそう言い僕に再び近づいた。

 すぐに返答しようとしたが、静かに威圧を放つフレイスさんに何故か言葉に詰まり一切として言葉が出てこない。


 「まぁ、別に話しても良いか。話さなくても気になるだけだし、私は自体もそんなに重い感じではないからな」


 そう言うとフレイスさんはあぐらをかいてその場に座った。


 「まぁ座れよ」


 そう言われ同じくあぐらをかきフレイスさんの前に座った。


 「それで、ロキの話だったな。少し長くなるけど良いか?」


 「はい」


 そう返答するとフレイスさんは凛とした表情のまま話しだした。


 「その前にあいつも言っていた《世界》の事だが、実はこの世界は《ユグドラシル》って言う巨大な樹から生えた根っこに繋がっているんだ。同じ様にその世界はここ、《アルヴヘイム》を含めて九つあってな。その中でロキは《ヨトゥンヘイム》ってところに住んでるんだ」


 信じれない、と思うのが普通なのだろうがこの時にはすでに色々と非現実的なものを見てしまっていた僕は、非現実的な事だとは気付いていたが、こういう世界だと受け入れて無言で話を聞いていた。


 「だけど、昔この世界も含めた九つの世界全てが恐ろしい冬が訪れたことがあってな。どの世界も多くの命が犠牲になっちまった事があったんだ。しかも追い打ちをかけるように《巨人》が全世界に攻め込んできて大戦争状態、私達はそれを《ラグナロク》って呼んでいるんだが、当時はかなり酷かったらしい」


 「でもそれとロキさんになんの関係が?」


 「その巨人を率いていたのが、ロキだ」


 あって間もないが正直信じられなかった。ロキさんはどちらかと言うと子供に見えるし、戦闘能力が高かったとしてもそれを行うような人とは見えなかった。少し不気味な怖さを持ってが、戦争をしかけたところでロキさんにメリットがあるとは思えない。


 「なんでそんな事を?」


 「さあな、だがその巨人が九つの世界に攻め込んできたことでラグナロクは更に悪化して、さらにその時にいた巨人の一人がさっき言った世界が繋がっている《ユグドラシル》に火をつけて《ユグドラシル》は消滅し、そして必然的に九つの世界は滅亡。今ある世界はそのラグナロク後の世界なんだよ」


 一通り話を聞き、ようやく非現実的な話だと気付いた。昔話のようにも感じるし何処か引き付けられるような幻想的な話のように感じる。それにもしそれが真実ならば、それに仮にもし事実だとすれば僕の元いた世界はもしかしたら九つある世界のどれかかもしれない。

 

 「その今ある九つの世界の事分かったりしますか?」


 「そういえばリントのいた世界の事聞いてなかったな。どんな世界だった? 特徴でも良いから教えてくれないか?」


 口角を緩めたフレイスさんにそう言われ俺はできる限りその世界のことを話した。黒騎士の事、仲間の事、白い少女の事も知っている事は包み隠さず話した。


 「どうですか? 分かったりしますか?」


 だが、フレイスさんは下を向き俺の質問には答えなかった。無言の静寂が少し続いた後、フレイスさんが下を向いたまま静かに口を開いた。


 「どういう事だ……」


 その言葉を聞き嫌な予感が頭を過ぎり、一気に不安がこみ上げた。それを感じ取ってかフレイスさんは一度目を合わせたが、すぐに目線を反らし、悩んだような表情を見せたかと思うと、すぐに迷いを振り払った凛とした表情へ変えると、再び目線を合わせ口を開いた。


 「リント、落ち着いて聞いてほしいんだがリントのいた世界なんだが、私の知る限り九つのどの世界とも特徴が合わないんだ。黒騎士なんて聞いたこともないし、ある程度平和だから特に戦争みたいな事は起こっていないと思う」


 「じゃあ俺にはフレイスさんの知らない世界から来たことになるんですか?」


 「恐らくな、それに」


 信じたくない現実を突きつけられた後、さらに鋭く凛とした目つきでフレイスさんは話を続けた。


 「言っちゃ悪いが、話を聞く限り今のままだと黒騎士に勝てる確率はかなり低いと思う。白い少女と共闘すればまだしも、もし白い少女が負けてしまっていた場合リントは黒騎士とまともに戦えるか?」


 二つ目の痛い現実を突きつけられた。だが、フレイスさんのその言葉は的を得ていた。

 俺の戦闘能力は黒騎士のどこを取っても勝てるところがない。白い少女の戦闘能力はまだ定かではないが、今戻れたところで黒騎士にとっては噛ませ犬にしかならず、ろくな抵抗も出来ずに敗北する可能性の方が高い。

 何も言えずに黙ってその現実と向き合っていると、それを愚かだと思ったのか、フレイスさんは俺の名前を呼び目を合わさせると口角を少し緩め、そして話しだした。


 「何もそう落ち込まなくて良い、戻る方法については手探りになるけど私も手伝ってやるよ。それに弱いなら、戻るまでの時間の中で鍛錬しまくって強くなれば良い」


 薄っすらとフレイスさんに笑みが蘇り、優しい口調でそう言った。「どういう事ですか?」疑問を口にすると、ふふっと微かに笑い声が聞こえてきた。


 「そのままの意味さ、鍛錬については私は教えたりするのが苦手だから出来ないけど、九つの世界の中で《ヴァナヘイム》って世界があるんだが、そこにいる《マグニ》ならリントを今よりもずっと強くしてくれるはずさ。そこでリントがしっかり特訓している間に、私が手探りなるが戻る方法を探す。その方が効率良いし一番賢い手段だと思うが」


 そう笑いかけるフレイスさんに対して、僕は申し訳なさを感じていた。


 「申し訳なさは感じる必要はないぞ」


 心を読んだかの様にフレイスさんはそう答えた。驚く俺をフレイスさんはニヤリとあの悪い笑みを見せ、四つん這いになって僕の顔に顔を近づけてきた。


 「その代わり、リントが元の世界に戻る時は私も一緒に連れて行ってくれ。それが条件だ」


 フレイスさんを巻き込みたくはないが、鍛錬をしたところで、いざ黒騎士と戦い勝利できる保証はない。正直ついて来てもらえたらとても心強い。


 「分かりました。でも、もし戻れて一緒に来れたとしても無理だけはしない事が俺からの条件です」


 散々悩んだ末にその考えを了承する返事をすると、フレイスさんは「決まりだな」と一言言うと立ち上がり、それに釣られ遅れて僕も立ち上がった。

 フレイスさんは駆け足で船の展望台に登り、僕は何をすれば良いのか分からず、その場で棒立ちしながらフレイスさんを目で追っていると、展望台に着いたフレイスさんは目を閉じ大きく深呼吸すると、再び目を開き声高に叫んだ。


 「行き先はヴァナヘイム!! 飛べ、スキール!!」


 その声に答えるように帆が大きくたなびき、ゆっくりと船が動き出した。


 「リントーー気をつけろよーー!!」


 そうフレイスさんが言った瞬間、船は突如速度が上げ、強く押されるような強い風が背中に当たった。倒れそうなところを咄嗟に膝と手をつき、なんとか体制を保つとゆっくりと慎重に立ち上がった。

 

 「リントーーこっち来ーーい―――」


 無茶な言葉が聞こえた上を見上げると、両手で手すりを握りしめ、緑色の短い髪が風で後ろになびいている。

 強い後ろ風を利用して、なんとか階段の手すりにしがみつくと手すりに体重をかけ、ゆっくりと階段を登りなんとか展望台にたどり着いた。目を細め辺りを見渡すと、驚くほど速く景色が過ぎていき、さらに船の速度はさらに上昇し、手すりにしがみつき吹き飛ばされないように体制を低くして目を閉じ、立っているのが僕のできる精一杯の抵抗だ。


 「フレイス!! これ大丈夫なんですか!!」


 状況に後押しされ思わずこのとき初めて、呼び捨てでフレイスさんの事を呼んだ。


 「心配ない!! だけど飛ばされるなよ!!」


 フレイスさんは手すりを握りしめてはいるものの、体制は低くしておらず、むしろあの強い風に対して少し体を仰け反るだけでいる。ロキさんと同じく強い体幹だ。

 船の速度は止まることなくさらに上昇し、そして遂に周りの景色も色しか見分けがつかなくなるほどの速度に達したとき、金色の猪から光が放たれ、徐々に船が光に包み込まれる。そして完全に船が光に包まれると、辺り一面の景色が白一色に染まり船はゆっくりとした速度へと戻り、風も吹き止んだ。

 結局最後までフレイスさんは体を仰け反るだけで終わったのに対して、俺はただひたすら吹き飛ばされないように体制を低くしてかつ、手すりにしがみついている事しか出来なかった。


 「あとは到着を待つだけだな」


 ゆっくりと立ち上がると、そう言うフレイスさんの方を見た。フレイスさんは腰に手を当て、体を大きく後ろに反らしていた。


白犬狼です。

今回の神話要素です。


 

スキールブラズニル

ロキ

マグニ

ラグナロク

ユグドラシル

九つの世界

アルヴヘイム

ヴァナヘイムです。


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