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0 そんなの変だよ

 その瞬間は、あまりにも予想外に唐突に訪れた。

 まるで、割れた空きビンが犬小屋の中で綺麗でおしゃれな日傘に出会ったかのような、そんな意味不明な衝撃だった。

 

 放課後の人気ひとけのない静かな教室で、彼女は今まで見せたことのない顔をして私にこう言った。


「隠してるんでしょ? バラされたくなかったら……分かるよね、私の言うことを聞きなさい」


 いつも無邪気な笑顔を絶やさないはずの彼女が、冷たい瞳で無表情に私を脅し、見下していた。


「は、はいいぃ! お願いします、お願いします! 言うとおりに従うのでどうかお願いします! どうかどうかどうかご内密にいいいい!」


 私は、体が勝手に動くままに土下座をして、彼女の足元で平伏していたのだった。

 差し込む夕日。どこか遠くから聞こえる誰かの声。カナカナカナ……物悲しいひぐらしの鳴き声。

 そして、


「いい子だね、私のわんこちゃん」

 

 土下座を続ける私の頭を、しゃがんで優しく撫でる彼女。

 一体全体、教室で彼女とふたりきり、私は何をやっているんだ。


 ものの数秒の間に屈服させられた私は見事、『彼女の友人』から、『従順なペット(彼女がわんこと呼ぶから犬なのだ)』へと格下げされたのだった。

 


*****


 さて、事のはじまりはというと、そもそもの話が私の性質の問題からということになる。

 私、夢川ゆめかわ琴莉ことりは、ガチの百合の園出身の女の子で、わかりやすく言えば、“そういう”対象が女の子な女の子、なのだ。


 それを自覚したきっかけと言えるほど明確なきっかけなどはないが、成長するにつれて自然と、「ああ、私の対象は女の子だったんだ」と思うようになっていた。

 しかしそれとは別に、「このことは隠さなきゃいけないんだ」と自分の中で確信した出来事ははっきりとしている。


 小学五年生の頃、大好きだった友達がいた。もちろん、そういう意味での大好き、だ。

 その子とふたりでお話ししていたある日、直接的ではなく、「女の子のことを好きになっちゃうんだ」と、どこか恋バナのような雰囲気で語った時のことだった。

 私の言葉を聞いたその子は、


「えっ、そんなの変だよ、りーちゃんおかしいよ」


 と、さも私が間違っているという言い方をした。

 自分の感情と、そして自分自身を否定されたように思えて、私はひどくショックを受けた。

 大好きだった子に言われたのだからなおさらだ。


 それまで私は、私が女の子を好きなのは皆と同じ枠組みの中の単なる個性なのだと思っていた。

 例えば、『みんなミカンよりもイチゴが好きだって言うけど、私はミカンの方が好き』という程度のことだと思っていた。

 しかし、それがどうも違うらしい。周囲から見れば、その子から見れば、私はかなり異質らしい。私は、皆と同じ枠組みにはいないらしい。

 その認識の隔たりに、愕然がくぜんとした。


 そのことがあってから今まで、私は誰にも打ち明けないようにしてきたのだ。


 正直、いいなと思うような子もいたけれど、あの出来事以来、恋愛として女の子を好きになる、ということはなくなっていた。

 その子に言われたことが余程ショックだったからなのかどうかは、自分でもよくわからないが、“怖い”という感情がそうしているのは間違いない。


 しかしそれも、この四月に高校に入学するまでは、ということになる。


 結論から言うと、私の通う女子高の生徒会長である古水こすいかえで先輩、この人に一目ぼれをした。入学式でのことだった。

 壇上に立つ先輩はすごく綺麗で、私の目にはまるで何かの物語の世界から出てきたように美しく映った。

 先輩のことを好きになったのはたぶん、先輩の存在が非現実じみていて、こんな私が好きになってしまっても許される、だなんて思ったからかもしれない。


 私は、先輩をフィクションにして、数年ぶりに私だけの秘密の恋を始めた。



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