9、孤軍奮闘
天文四年(1535年)一月 播磨国 下揖保荘 明智彦太郎
妙な客が来た。山名ではない。尼子だ。尼子は五ヵ国を治める大大名だ。周防の大内義隆と敵対し、勢力を拡大。近年は九州の大友や細川晴元と手を結び、赤松への圧迫を強めている。
「三沢為幸にござる。こたびは播磨への下向。真に大変であったと心中お察し申し上げる」
男が丁重の頭を下げてきた。
「我が主、尼子伊予守様は上洛を考えております。三好筑前守の暴虐、許し難し。逆賊と思っております」
三沢の目が俺を見据えた。尼子伊予守、尼子経久は中国地方の二代巨頭の一人だ。高齢だが、都への執着は物凄い。
京の政の混乱に付け込もうということか。さすがに梟雄だ。侮れん。俺は三沢を見た。
「私のような山科様の家来に目をかけていただけて、ありがとうございます。英傑たる尼子殿に認められるのは嬉しい限りにございます」
「何の。三好筑前守殿に土岐の名族、彦太郎殿がついておると出雲でも噂は聞いておりまする。山科の荘園で作られた栗、おいしくいただきました」
三沢が腹を揺すって、笑った。裏表のなさそうな中年の武将だ。警戒心が薄らぐ。
「さて、赤松討伐に乗り出すところで彦太郎殿が播磨にやってきたのは僥倖にございまするな。我らと手を組みませぬか」
「手を組む、とは。私は山科様の家人に過ぎませぬ」
俺は謙遜する。三沢の目が細くなる。やはりか。尼子も山科領が欲しいだけだ。尼子は権謀術数の家柄だ。赤松よりも手ごわいと言えよう。心を許したら、荘園ごと、全滅だ。迂闊に手も結べない。
「山科様に聞いていただければ、よろしゅうございます。山科様は尼子と手を組んでくれると思います」
それはどうかな? 山科はああ見えて、八方美人だ。誰にでも、味方できるように動いている。六角、朝倉、織田、すべての大名と仲が良い。それでも、自分の財産である荘園が狙われると慌てふためくだろう。
「それは山科様のお決めになられることなので」
俺ははぐらかした。三沢はニコニコしている。それ以上、何も言ってこなかった。山科様によろしく、と言って退去した。
「若、尼子と手を結ばないのですか」
護衛の溝尾佐助が焦ったように聞いてきた。室津湊の動きが活発になっている。下揖保荘の者たちが室津湊に入れなくなった。封鎖だ。交易が出来ない。赤松は相変わらず、京にいた。三好元長にべったりとくっついている。元長は赤松を疎ましいと考えているようだ。
赤松は但馬攻めを三好と共同で行いたいらしい。山名を屈服させて、その上で尼子を討つ。中国地方の覇者、それが奴の狙いだ。赤松晴政にそんな野心はない。取り巻きたちに唆されている。そんな感じだ。
「結ばぬ。尼子は三好と敵対している。三好筑前守殿と敵対したくない。味方につけるのなら、山名だ」
「山名は動くでしょうか」
「動く。山名祐豊は真面目な男だ。そこをうまくくすぐる。赤松の暴虐を訴えれば、奴は動く」
俺が断言すると、佐助が下を向いた。いかんな。佐助は俺の右腕だ。佐助が不安なら、家中も不安になる。
「佐江と会えぬのが、寂しいか」
「若、なぜそれを」
「隠していても、分かる。佐江とそなたは夫婦になるべきであると思っている。佐江もそなたのような一途な男に思われて、嬉しいだろう。何なら、祝言を上げるか」
佐江は薙刀を持って、京より参陣していた。その数、五十人ばかり。戦になれば、彼女たちも戦うことになる。
「……今はその気になれませぬ。赤松の動向が気になって、夜も眠れませぬ」
佐助が絞り出すように言った。俺もだ。夜、うなされて、よく起きる。下揖保荘が攻められたら、どうなるか。赤松が京でまごついているのが、助かる。こちらは足場を固められる。山名の治める但馬に交易を始めた。馬、米、弓、栗に粟、魚介類、売れる物は何でも売る。山名は振り向いてくれるか。心配しても仕方ない。俺は目を閉じた。佐助は何も話しかけてこない。
天文四年(1535年)二月 播磨国 下揖保荘 明智彦太郎
京の辺りで一向一揆が起きた。残党の蜂起だ。その数、五万と言われる。大和や河内でも蜂起した。反三好・反赤松だ。本願寺宗主・証如は我関せずの態度を貫いている。門徒の勝手な蜂起ということらしい。
三好には悪いが、俺にとっては好ましい状況になった。赤松の在地領主たちは司令塔が京に取られたままで孤立する。
目々典侍から文が届いた。元気でやっているか。女にうつつを抜かしていないか。まるで母親のような心配ぶりだ。後は愚痴が書いてある。赤松は悪さをしている。公家たちも町人も迷惑がっている、ということだ。赤松晴政は家臣たちをまとめきれないでいる。
宮中の中枢にいる目々が言うのだから、余程ひどいのだろう。山科言継も似たような内容の書状を送ってきた。尼子がしつこいので追い返した、と書いてあった。苦笑した。
代官屋敷の二階から荘園を眺めた。佐江が佐助に抱き着いていた。佐助が涙を流して、佐江の頭を撫でている。子が生まれたら、何と名付けようか。主君として、そればかりが頭に浮かんだ。幸松丸がお茶を運んできた。
藤田幸松丸は俺の小姓だ。六歳くらいだろうか。温和で周囲への気配りを忘れない。それでいて冷徹。佐助よりも頼りになる。
「お耳に入れたき儀がございます。室津で荷が奪われました」
「何っ」
室津湊は封鎖されている。それでも、身分を隠した交易を指図してある。相手は大内、大友、河野などだ。瀬戸内海を利用すると、荷は格段に運べる。
「奪ったのは島津忠長にございます」
島津か。強欲な男だ。下揖保荘を狙っているという話は度々(たびたび)聞く。
「攻めてくるかな」
「我慢が利かぬ男のようにございます。名族、島津の当主という自負もあるでしょう」
幸松丸の目が鋭さを帯びる。怖い。謀臣に育ちそうだ。おそらく、幸松丸が明智五宿老の一人である藤田伝五行政になるのだろう。俺も松永久通だった時に何度も会ったことがある。静かな男だったが、時折殺気を放っていた。
「殿がやり合ったという松田元隆の旧臣たちが弔い合戦とばかりに島津をけしかけているようです」
「松田か。京と同じだな。強欲は身を滅ぼすというのに懲りない奴らよ」
俺が言うと、幸松丸が笑い声を上げた。こうして見ると、年相応に見える。
俺は茶の代わりを所望した。きな臭いな。戦が起こる。そんな予感がする。
佐助「佐江ええええええっ、若の暴走で四面楚歌の播磨に来ちゃった。怖いよおおオオオっ、ウワアああああああンッ」
佐江「よしよし、良い子良い子」
幸松丸「……(見てはいけないものを見てしまった。佐助様の名誉のために若には黙っておこう)」




