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8、播磨(はりま)へ

天文四年(1535年)一月  京 山科(やましな)東荘(ひがしのそう) 明智彦太郎


 (やぐら)から見ると、身なりが平装の男を武装した家臣たちが囲んでいた。


「彦太郎殿、話がしたいっ。敵意はないっ」


 赤松晴政が叫んできた。


「武装していては話もできませぬーーーーっ」


 俺が叫ぶと、赤松がこちらを見てきた。温和な若者だ。だが、周りの家臣たちは殺気立っている。


「手は出させぬ。私が当主だ。手を出した者は私が斬り捨てる」


「分かり申した―っ、門を開け申す―っ」


 俺は大声で晴政に言った。櫓を降りる。俺を守るように家臣たちが俺の周りを固めた。


 赤松晴政が馬上の人として、ゆっくりこちらにやってきた。


「赤松様、何用でございましょうか」


「足利の家臣である土岐の流れを汲む明智のそなたと会いたかったのだ。土岐と赤松は足利の名臣。仲良くしていかねばならぬ」


「……京の民に手を出さぬのであれば、仲良くしたいところです」


「浦上の件か。村宗の(せがれ)も私の麾下(きか)だ。私の目の黒い内は乱暴狼藉はさせぬ」


 赤松は敵意はないようだ。俺は代官屋敷に赤松を誘った。


 代官屋敷。俺の前に男が座っている。赤松ともう一人。赤松家臣らしい男だ。俺は両脇に溝尾(みぞお)()(すけ)と池田久兵衛を侍らせた。いざという時の護衛用だ。


 (さわ)()隼人(はやと)は山科様の屋敷にいる。今度の近江行きで六角定頼に会うことになっている。その準備に山科家は大忙しだ。


佐用(さよう)伊賀(いが)(のかみ)と申す。播磨(はりまの)国下(くにしも)揖保(いぼの)(しょう)、並びに備前(びぜん)(のくに)()(づの)(しょう)でござるが、山科様は利を上げている様子にございまするな。そこには彦太郎殿の手腕があったと聞いておりまする。帝の事の他、お喜びにございまするな」


 上から目線だった。嫌な男だ。俺を童と侮っているのがよく分かる。赤松軍は二万を率いている。狼藉は聞かないが、暴れだせば、三好も困る。赤松晴政は腕を組んで、黙っている。傀儡(かいらい)か。


「何がおっしゃりたいのか、分かりかねる」


「二つの荘園の半分の利を佐用家に寄越していただきたい」


 伊賀守が憮然(ぶぜん)として、言った。暗い笑みを浮かべている。


「山科様の所領ですぞ。公家の収入を絶つおつもりか」


「そうは申しておりませんぞ。半分じゃ。荘園の女子も差し出してほしい。遊郭(ゆうかく)で売りたい」


 俺は刀で目の前の男を斬り捨てたいと思った。右手が脇差に伸びる。鍋の手が俺の右手に触れた。鍋が俺の手を掴む。鍋が首を振った。


「尼子が備前・美作を狙っている。赤松は内紛で力を落としている。尼子に対抗するには伊賀守の策が最善」


 赤松が言った。表情に(あきら)めがある。本意ではないのだろう。


「城の改築に市場の拡大。遊郭の新設。赤松の政には山科家の所領が必要不可欠でござりましてなあ」


「尼子を討つために力を貸せ、と。伊賀守様、強引に過ぎましょう」


 俺が反論すると、伊賀守は俺を睨みつけてくる。


「童が、調子に乗りおって。俺に逆らうのならば、この東荘を焼き払うぞ。二万の大軍だ。女たちも全員遊郭だ。男は兵として、播磨に連れて行く。死ぬほど、辛い仕事をさせてやる」


「私には帝がついている」


「帝は味方せぬ。今は将軍宣下で忙しい。それに赤松はもう主上に差し上げた。廷臣たちにもばらまいた。山科は見殺しにする」


 場の空気が殺気を帯びた。佐助が目で斬るか、と問うてくる。待て、俺は目で合図を出した。赤松の動員兵力は下手すれば、十万を越える。三ヵ国の支配者だ。山科では負ける。


「どっちにする。差し出すのか、差し出さんのか」


 伊賀守が粗暴な口調で俺を追い詰める。播磨と備前の女たちを差し出すか。


「分かりました。御意向は(うけたまわ)りました。主人に伝えまする。ただ、女たちを差し出すのはお断り申し上げまする」


「駄目だ。女も欲しい。遊郭は金になる。遊郭を任せる河原者(かわらもの)たちが欲しがっているのだ。女だ。寄越せ」


「できませぬ。ではその河原者たちと彦太郎が会いまする。説得させてください」


「河原者たちがその方の話、聞くとも思えぬ」


「この荘園をご覧あれ。女たちのおかげで巨額の利を生み出せているのです。遊郭に行きたい女子を(つの)ってみます。行きたい者だけだ。無理に行かせれば、女たちが嫌がります」


「……」


「土地を治めるのも徳にございましょう。子が生まれ、その子たちが兵となり、赤松様の強引なさりように反感を覚えまする。母の恨みは子に伝わりまする」


「いや、やはり」


「伊賀守、もう良いわ。遊郭の話は諦めよ。そうだな。尼子から家臣・領民を守るのが赤松の役目。領民の恨みを買っては元も子もない。それを忘れては浦上のようになる」


 伊賀守が口を(つぐ)んだ。そして、悔しそうに唇を噛む。


「彦太郎殿、不快な思いをさせて申し訳ない。赤松も尼子に滅ぼされまいと必死にござる。三好元長殿が尼子退治に兵を出してくれれば良いのだが」


 赤松はそこまで言うと、嘆息した。溜め息をつきたいのはこっちだ。あーあ。山科様に叱られるかな。まあいい。ただで利を奪われてたまるか。赤松め、許さん。













天文四年(1535年)一月  播磨国 下揖保荘 明智彦太郎


 一月も八日になった。そろそろ足利義維(あしかがよしつな)に将軍宣下があるはずだ。


 俺は馬上の人間となって、下揖保(しもいぼの)(しょう)に来ていた。二日かけた。兵は二百弱。山科郷の兵たちをかき集めた。下揖保荘の人間たちはびっくりしたようだ。


「急ぎ防備を整えよっ、いつ赤松が攻めてくるとも限らぬ」


 俺は皆に言って回った。女子たちが甲冑と槍、薙刀(なぎなた)を身に着けている。この荘園だけでも二百程の兵が使える。


 俺は赤松は脅しだろうと見ている。京を進発するときに三好元長と目々(めめ)(ないしの)(すけ)には播磨に行ってくると伝えてある。帝には伝わるはずだ。元長がどう出るか。赤松に不信感を持つことに疑いがない。正義感の強い男だ。赤松と仲が悪くなるだろう。


 俺は荘園を見て回った。警備は厳重だ。産業もうまくいっている。染料、牧場、新田の開拓、すべて順調だ。赤松が欲しがるわけだ。


 下揖保荘園の南西、室津(むろつ)(みなと)がある。そこに島津(しまづ)(ただ)(なが)新九郎忠之(しんくろうただゆき)親子の兵・三千がいる。赤松家臣で下揖保荘を狙っている親子だ。


 室津の近く、(むろ)山城(やまじょう)には浦上(うらがみ)政宗(まさむね)がいる。三好との戦で死んだ浦上村宗の長男だ。今は赤松軍に従軍している。


 つまり、京から赤松軍が帰還しない限り、下揖保荘は安全だ。北には但馬(たじま)(のくに)がある。但馬は山名の領地だ。山名(やまな)(すけ)(とよ)二十一歳が当主だ。山名の立場はわからない。俺は山名に使者を出した。守ってもらうのであれば、山名だ。金子も積んである。さて、疲れたな。


 俺は下揖保荘の代官屋敷に入った。日は高い。今日が始まったばかりだ。


「鍋」


 声を出して、鍋を呼んでみた。鍋が出てきた。相変わらず、あの時と同じ着物姿だ。


「殿、お疲れのように見えます」

「徹夜だ。あまり寝ておらぬ。赤松が強引な手に出てきた。許せぬ」


 鍋が笑んだ。手招きされる。俺は素直に従った。鍋の膝の上に頭を預けた。また眠る。そう思えた。


彦太郎「すやすや」

鍋「フフフ。目々様。私が一歩先んじましたわ」


伊予局「どうしたのです。目々殿」

目々「見えます! あの女が彦太郎に取り入っているビジョンが!」

伊予局「……(最近の若い女官の考えにはついていけないわ。生暖かい目で見守るしかないかしら)」

目々「私の可愛い弟分を。ムキいいいいっ」

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