表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

5、救出

(きょう)(ろく)四年(1531年) 四月 山科(やましな)東荘(ひがしそう) 明智彦太郎


 俺は沢路隼人祐とともに地図を眺めていた。ここは山科の荘園だ。結局、浦上の暴虐は止まらなかった。舞い上がった浦上兵が公家たちの荘園で略奪に及んだ。後奈良天皇は勅命を下したが、細川高国は守り切れなかったようだ。浦上村宗の配下が粗暴だった。


 山科東荘も緊迫した情勢になっている。俺は明智の郎党も増員して、二十四時間体制の交代で見張っていた。山科兵も見回っている。


 幸い、美濃からの仕送りがある。明智は裕福なのだ。東荘には四十人ばかりの兵が常時、駐在している状態になっていた。兵の荒れように焦った高国は浦上村宗らを引き連れて、摂津へと出陣。京は少ない守備兵で守られている。いよいよ戦が起こる。堺の三好軍と細川・浦上連合がぶつかる。史実通りならば三好が勝つ。


「山科様に聞いたところでは主上もお嘆きでだった。公家の皆様も浦上は嫌っているらしい」

「粗野でございますからな。細川高国もとんだ男と手を組んだものです」

「高国の援軍は播磨の赤松だ。増強された浦上軍に三好は勝てるか……」


 浦上と言えば、謀将・宇喜多(うきた)直家(なおいえ)の主家で滅ぼされたというイメージしかないが、結構この時代は力を持っているようだ。


「それで年貢の取り立てだが、農民たちは頑なよ。他の商人と取り引きしているようだ。年貢を下げろと逆に脅されたぞ」


「真に?」


「うむ。松田から助けてやったのは我ら山科というのに。恩知らず共が」


 隼人(はやと)(のしょう)が吐き捨てるように言った。荘園の農民たちは自立しており、ここでも下剋上が起きている。しかも武器を持っているから、いつでも一揆を起こす状態だ。そりゃあ、年貢を払うわけがない。公家の立場が軽くなっている。足利の力が落ちてきたので、相対的に公家の力も下がっているのだ。


「このままでは兵糧が蓄えられぬ。ご主人様の諸国の大名の交渉にも差し障りがあろう。困ったわ。困った困った」


 隼人祐がぶつぶつと言っている。山科家の荘園は全国に九か所。山科東荘はその一つだ。満額で年貢を払う荘園もあれば、払えない荘園もある。


 このままでは山科は先細りだ。何とかしなければ。


 夜が明けた。俺は明智の家臣たちと共に荘園の農民たちの家に行った。農民たちは会えば、挨拶をする。だが、どこか無愛想だ。


「あ、あのお侍様」


 若い娘が話しかけてきた。少し日焼けしているが、野良仕事の後なのだろう。俺たちは人目を避けて、農家の物陰に娘を連れて行く。


「お侍様を庄屋様たちは(うと)ましがっています」


「知っている。殺されるかな」


「そこまでは……やるかもしれません。荘園の娘たちは彦太郎様に感謝致します。彦太郎様のおかげで助かったのに大人たちは頑なだと」


「なぜ(かたく)ななのだ? 山科様に年貢を払えばよかろう」


「荘園の長老の皆様は()(しゃく)や高利貸しとつながっています。荘園の女も逆らうと、人買いに売り飛ばされます」


「腐りきっておるな。だから年貢も払わぬわけか」


 娘がこくりと頷いた。内部告発だな。山科に年貢も納めず、私腹を肥やしている。


「分かった。秘密は守る。東荘の腐敗は沢路様と相談して、正す。それまでは待っていてくれ」


 家臣たちに目配せする。家臣たちが頷いた。














(きょう)(ろく)四年(1531年) 五月 山科(やましな)東荘(ひがしそう) 明智彦太郎


 相変わらず、三好軍と細川・浦上連合が激戦に及んでいる。一進一退の攻防戦だ。


 京の治安も悪化している。浦上兵は相変わらず、乱暴狼藉の限りを尽くしている。京の町は冷え切っている。家臣の溝尾佐助が神妙な顔でやってきた。俺と沢路様は双六(すごろく)で遊んでいた。金は賭けていない。勝った負けたの勝負が楽しいのだ。


「高田の娘の佐江が(さら)われました」


「佐江? 誰だ。それは」


「長老の孫娘の佐江だ。彦太郎殿、そなたに荘園の悪事を伝えたのが佐江であろう?」


 確かにそうだ。あの日に焼けた健康そうな娘か。その娘が誘拐された?


「農民たちの悪事をもたらしていたのが佐江であったか。長老も一枚岩ではないということか」


「佐江が……」


 俺は唇を()みしめた。佐江の身柄を確保して売られないようにするしかない。


「その娘はどこに(さら)われたか。分かるか、佐助よ」

「人買いたちに聞いてみますか」


 俺たちのやり取りを沢路様が黙って聞いている。好きにやれということだろう。女子に手を出すなど、許せぬ。俺は溝尾佐助が立ち去るのを見送った。












 人買いたちが集まっている京の山科(やましな)(ごう)。俺たちは夜が更けてくるのを構わず、人買いの屋敷まで来た。部下は七人。居場所は佐助が突き止めた。


「斬り込みますか」

「無茶を言うな。俺は四歳だぞ」


 部下たちがどっと笑った。この屋敷に佐江がいるかどうかは分からない。でも突撃するしかない。


 門の前に立つ。


「何だ小僧」

(ます)()だろう? 山科言継様の友である明智彦太郎である」

「……明智彦太郎。宮中に強い力を持つという、あの」


 門番が怯えたような顔になる。


「な、何の御用ですか。お、お通しはできませぬ」


「山科東荘の佐江という女がこの屋敷にいるはずだ。返してもらおう」


「そ、それは」


「できぬというのなら、侍所(さむらいどころ)に出向くまでよ。いかがする?」


 門番が待つように言うと、奥に引っ込んだ。代わって、背の高い男が出てきた。


「申し訳ないが、相手はできませぬ。主人は客人を持てなしているのです」


「言い訳だな。押し通るぞ。佐江を返せ。嫁入り前なのだ」


 男の顔に怯えが走る。男が観念して、主人のところに案内した。枡谷という五十ぐらいの太った男が酒を並々と()いでもらっているところだった。


 若い女たちを周りに侍らせている。佐江もその中にいた。目が合う。俺は笑いかけた。今、助ける。それを伝えたつもりだった。


「その娘を返していただきたい」


「こちらも商いなのです。承知していただきたい」


「できぬ。その娘は明智で保護する。私は三好筑前守殿と親しい。筑前守殿なら、娘を攫った商人に厳しい沙汰を下すであろう。浦上に義理立てするのも良いが、三好が勝った場合のことも考えて欲しい」


「三好筑前守様とお知り合いで?」


「友だ。話そうと思えば、すぐに話せる」


 枡谷が部下たちに目をやる。


「その女を返してやれ。返さんと俺の首が危ない」


 佐江が乱暴に突き返された。佐江が膝を屈して、俺を抱きしめた。暖かい。「ありがとうございます」と小声で佐江が俺に言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ