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第二話 ログイン

『ログイン』





 ワールズエンドにログインした瞬間に視界に入った光景は、視界を埋め尽くさんばかりの人々。

 ひしめき合うプレイヤー達の喧騒が耳に届き、熱気が肌を薙ぐように掠める。五感を刺激する感覚は現実かと勘違いしてしまいそうだ。


「他のオンラインゲームとは雲泥の差だな」


 莫大な宣伝費をかけたのも納得させられるクオリティだと、文字通り肌で実感する。

 過去に体験して来た一般的なバーチャルリアリティゲームの範疇からは、一線を画していた。

 これまでリアルさを追求した作品は幾らでもあったが、現実と錯覚させるような完成度に至っていない。ワールズエンドを体験してしまうと、リアリティという意味では比べる気も起きないはずだ。

 見渡す街の建造物は、歳月による傷や汚れなど細部まで作り込まれいる。

 風が吹けば草木が違和感なく揺れ動き、髪がなびき頬を撫でる感触があった。

 触感を確かめようと噴水の水を指ですくうと、自然な流れで指から水がこぼれ落ちていく。

 指には幾ばくかの水滴だけが残り、手を軽く振るうと飛び散る。

 砂に触れてみれば、一粒一粒が肌を擦る感触が明確に再現をされていた。脳が本物かと認識をしてしまうほどだ。


「本当に、違う世界へ来たみたいだな……」


 非日常でありながらも、現実を彷彿させる世界。

 未知なる世界への挑戦は、自分の限界を越えさせてくれる。心の中に灯った熱が激しさを増していく。胸の高鳴りを意識せずにいられない。

 誰もが同じスタートラインにいるならば、絶対に勝てないと卑屈になることもない。たとえ敗北しても、次は勝利を掴んでみせると再び立ち上がれるはずだ。


『少しは、前向きに取り組んでいこう。本気でやり込んだ結果を出してみたいしな』


 報酬の『願い』が叶うと本当に信じている者は少ないだろう。だが、それを抜きにしてもプレイヤーを魅了させる斬新なシステム。

 ワールズエンドに熱心に取り組むプレイヤーが増えるのは間違いない。上位ランカーを狙う者は多くなりそうだ。

 初期のプレイヤーの人数は三万人と限られてはいるが、序盤から総てのプレイヤーが安定したレベル上げに適した狩場があるかも解からない。

 一般的なMMOは、レベルアップすれば必要な経験値も変わる。適正な狩場の確保を続けるために、他のプレイヤーより先んじて狩場を抑えていく必要があった。

 スタートダッシュに出遅れる訳にはいかない。友人達と合流する為に案内板を探そうかと思案すると……。


「え、これは?」


 突然、視界の隅に街のマップと思われる画面が表示されていた。

 前置きのない情報開示に驚かされてしまう。


『マップの情報が欲しいと意識をすると、周辺地域の情報マップが思考に合わせて自動検索してくれるシステムなのか』


 事前の説明がなかったので驚かされはしたが、プレイヤーにとって親切な設計なのは間違いない。

 マップ情報を確認していくと、ログインした場所はアースと命名された街だと確認ができた。


「アース、安直だけど地球から取っているんだろうか?」


 表示されたマップを拡大すると、アースの中心にある広場は、巨大な噴水が配置がされているらしい。

 それを何重にも囲うように、小ぶりな噴水が円状に配置されていた。

 現在地は中央から南側にある三番目の噴水がある地点である。

 ふと噴水に視線を移すと、水を噴出させる石柱は虹色の宝石が埋め込まれているのが見えた。

 宝石から発せられる光と太陽の暖かな光が舞い散る水を照らす。


「セーブ地点。ログインの基点となる聖石らしいわよ。あの聖石がない場所ではログインとログアウトに制限がかかってしまうみたいね」


 声がした方へ振り返ると、見知った顔の人物が立っていた。

 艶やかな栗色の長いサイドテールに、星が宿ったように輝く淡褐色の瞳、すらりと整った体がたおやかな所作を気取る様子もなくしていた。

 幼馴染の姫月華蓮が、そのままそこにいる。

 再現度の高さに驚きながら彼女をじっと見つめていると、頭上に『カレン』と名前が黒色で表示された。


「……カレンか。華蓮、で間違いないよな。しかし、この人ごみの中でよく見つけられたな」

「そこは勿論。ユウトの気配がしたからよ」


 ゲーム内で気配がするなんて、非科学的だと呆れてしまう。

 先ほどまで周辺の人だかりは、視界を遮るまでに人で溢れ返っている状況だった。冷静に考えてこの中で特定の人物を短時間で探し出すのは至難の業だろう。

 実際に探り当てられた側としては、深く突っ込むべきか躊躇する。


「種明かしをしたら、私達は現実で三人が同じ場所でログインしたの。そうしたらワールズエンドでも同じ場所に三人が居たの。現実と近い場所に飛ばされるのではないかと推測が付いた訳よ。そこからユウトも近くに居ると判断ができたわ」

「それが正解なら近くにいる人は大半が日本人なんだな。知り合いと出会い易くしてくれていると考えたらありがたい」


 ゲーム内で待ち合わせをしていても、互いの距離が離れていたら合流に時間がかかる。最初から仕様として、特定のプレイヤーを集めておくのは合理的だ。


「多分、そうなのでしょう。それからソウジとサヤは別行動をしているわ。情報収集は効率的に行いたいし、初期のレベリングで四人編成は多すぎるかもしれないしね」

「紗夜さんがワールズエンドに居るとは予想外だな」


 俺の記憶では紗夜さんは公私混同せず、勤務時間外でカレンと余り関わりと持っていなかった。

 家族を最優先に考えており、多くの時間を割いている印象がある。


「サヤの妹がワールズエンドに興味を持っていたから、アカウントが欲しいと頼まれたよ。でも、安全かどうかも確認したいのでまずは先行プレイして確認するとの話だったの。その辺りの理由から少し手伝って貰う予定で誘ったのだけど、エンジェルの説明を聞いて妹は参加させられないという結論に至ったわ」

「ある意味でサヤさんらしくて安心したな。そういえば、あのゲーム仕様は本当だと思うか?」

「嘘、と一蹴したいところではあるわね……。どちらにしても真偽については明日になったら解かることよ。世界中で記憶の引継ぎが実際に起きてしまったら、大騒ぎになるのは間違いないわ。ただ冷静に考えれば考えるほどに真実な気がする。嘘ならばあんな胡散臭い説明をしないでしょうし……」


 カレンは眉間に皺を寄せて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 その際に記憶障害などの被害者が出たりしたら恐ろしいわよね、と寒気がすることを冷淡に呟いた。


「それなら何故ログアウトしないんだ。カレンは『願い』の実現なんて興味はないだろうし。俺なんかよりも先のことを予測しているんだろう?」


 カレンの性分的に目標があれば、綿密な計画を立てて実行する。その上で確実に自らの能力で手に入れていく。

 曖昧な報酬は労力に見合う価値があると信じていないはずだ。

 世界中で報酬に対する期待から盛り上がっていても、報酬の倍率や信憑性から甘い見通しでしかないだろう。

 ワールズエンドに参加しても、徒労に終わってしまう確率は極めて高い。リスクリターンが徹底されており、合理化されたカレンの姿勢から外れている。


「……はぁ、幼馴染がこんな得体の知れないゲームに参加するのよ。これ以上は道を踏み外さないように心配するのが人情ってものでしょう」

「恩着せがましい言い方だな。別に頼んではいないぞ」


 大人気なく反発しているが、カレンが嘘偽りなく本心を伝えてくれているのは解かっていた。

 それなのに猜疑心から、見下されているのかと疑ってしまう。

 自分が凡人でカレンが天才だと理解していても、つまらない虚栄心が態度を悪化させている。


「私の寝覚めが悪いから参加しただけよ。誰のためでもないわ。後先考えず資金を垂れ流すような宣伝をして、世間を引っ掻き回した連中に興味はあるしね。それにエンジェルの発言は他者を焚き付けている。いえ、思考誘導や暗示というべきね。一定の方向へ思考を導くような働きを感じたわ。

 これは漠然とした私の印象だけど、ユウトはどう感じた?」

「っ!」


 ドクン、と胸が強く鼓動をして息が詰まりそうになる。

 カレンの発言通りで、エンジェルの言葉によって自分の心が不自然なまでに揺れ動かされていたからだ。

 前向きになろうと意識した原因を、質問されて改めて意識させられる。


「……特に何も感じないけどな」


 だが、口から出たのは本心とは別の否定だった。

 心に宿っている熱意が他者から与えられたものと考えたくはない。エンジェルの台詞に煽動されていたとしても、鬱屈した感情を抱えた自分から開放されたかった。


「そう、私の考えすぎかもしれないわね」


 カレンは腑に落ちない顔をして、鉛色の雲がかかる空へ向けていた。

 空にどんな想いを馳せているかは解からない。発言の声色から察すると好ましい感情は抱いていなさそうだ。

 返答ができず会話がなくなりカレンの姿を改めて見ていると、一枚絵の絵画のような雰囲気を感じた。

 例えるならば、空を眺めて神に祈る少女だろうか。

 憂いに満ちた顔が物寂しそうで、俺の知っているカレンのイメージと乖離していた。


『……カレンにも心配事があるんだろうか?』


 劣等感は抑えられそうになくても、カレンに対して下手に萎縮するのは止めにしたい。


「ところで、ワールズエンドの二四時間は現実世界では一秒みたいでしょう? そこを利用して相応の残業代を支払い、サヤをワールズエンド内で雇うことにしたわ」


 カレンは表情を一点させると話題をワールズエンドの仕様の件に戻して来た。

 急な話題の転換に虚を衝かれるが、沈んだ雰囲気を払拭しようとしてくれているのだと察する。


「相応って不安を覚える表現だけど、きちんと支払われるんだよな?」


 エンジェルの説明通りならば、現実の残業扱いでワールズエンドの一日を雇うという論理展開だ。


「雇用主として契約上の不備はないわ。当然の権利を執行しただけね。アカウントの紐付け問題もあるし、お給料は上がり査定も相応に良くなる。悪条件だけを押し付けていないわよ。

 アカウント代を二個分も立て替えているしね」

「サヤさんが納得をしているならいいんだろうけどさ」


 カレンは暴君のような悪辣な発言をしながら、尊大な態度で大きく胸を張った。

 ベルトの締め付けが強く着痩せする構造の純白のローブを着用していても、充分な膨らみを主張する胸が目に付いてしまう。

 普段は華やかに着飾っているが、飾り気の一切ない白地のローブでも違和感がない。むしろカレンが着ていると高貴な雰囲気を醸し出しているようだ。


「あ、ワールズエンド内の私の姿に違和感はない?」


 俺の視線に気が付くと、カレンの形の良い唇がほころび優雅にローブの端を掴んだ。

 そうして、ダンスのステップを踏むようにふわりと回る。

 本来なら街中で行うような行為ではないのだろうが、余りにも堂に入った動きであった。

 カレンは幼い頃から舞踊や社交ダンスを習っているためか、一挙手一投足は他者を注目させる抗いがたい魅力がある。

 周囲のプレイヤー達も惹きつけられるようにカレンへ注目をし始める。方向性のなかった騒音がカレンヘ向けたものへと変化をしていた。

 衆人環視の中、悪戯の反応を確かめるように俺の顔を覗き込んでくる。


「あー、うん。問題はないと思うぞ」


 ワールズエンドでもカレンの気品に溢れた動きは、事細かに再現されている。見慣れている姿だが目が離せなくなりそうだった。


「それなら良かったわ。フレンド登録をしたら現実の私と同じ容姿になるのはありがたいけど。登録前の自分がどうなっているのか気になるわよね……」


 フレンド登録前の容姿を確認することはできないが、カレンは容姿端麗な姿に設定されると断言ができる。

 一般的な感性を持つ男性ならば、直視するのに気恥ずかしさを覚えるレベルだからだ。


『本当、何をしても様になるし可愛いよな。羨ましいぐらいに恵まれた奴だよ』


 容姿から才能まで最高峰のものを与えられていながら、自惚れず努力を惜しまず続けている。

 精神的な芯も一貫していて、他者と馴れ合うようなことはない。自己の信念に悖る行為は一切しない。

 気位の高さから他者と軋轢を生むこともあっても、一時的なものだけで終わることばかりだ。

 異才にありがちな周囲との溝もできない。独りよがりで傲慢な押し付けがなく、相手の心境や立場を理解した配慮を行っていける。

 無駄な衝突を起こさない要領のよさを持ち合わせていた。

 決して慢心せず、自己を高めながら我が道を貫き通す。相反した行動力と精神性を両立させているのが姫月華蓮だ。


「実際の身体と同じなのは違和感がなくていいけど。理不尽なまでの技術力は、常識から逸脱しているわね。作品の品質から製作者の意図まで理解不能よ」


 俺が別方向の思考に至っている間に、カレンもまた別のことを考え込んでいるようだ。


「制作者の思惑なんて今は考えるだけ無駄だろ。レベルを上げていれば対応力が付くんだから、多少の問題があっても解決していける。そうしたら思惑も透けて見えるさ」

「……制作者に真っ当な感覚があればそうでしょうけどね」


 システムの匙加減は運営次第なんだけどね、とカレンが呟く。


「悩んでも解決しないんだからできることをすればいいだろ。いつものように不遜な態度でも取ってろよ」

「ま、前向き過ぎて気持ち悪っ! いえ、悪くない。むしろいいけどねえ……?」


 俺の提案を聞くと、青天の霹靂であるという言わんばかりにカレンが目を見開いて驚く。

 訝しげにしながらも「ふーん」とニヤついたり、「へー」と考え込んだりと挙動不審に見えてきた。

 表情が目まぐるしく変わるカレンを眺めていたせいか、特定のクラスを意識させる装備に気が付く。

 頭にビレタを被っており、腰に木製の鈍器を携えていた。


「それよりクラスはヒーラー系なのか?」


 カレンの対応が妙に照れくさくなり、意図的に視線を装備に移してクラスに付いて訊ねる。


「ええ、不本意ながらアコライトよ。私としては前衛を希望していたのだけどね……」


 質問を聞いたカレンは眉をしかめて、俺の方を見つめた。負の感情を隠す気はないようで、嫌々そうに答えてくれる。

 クラスの情報を求めていると、複数の基本クラスのデータが視界の隅に提示されていた。それ等を流し読みしていると、存在しているクラスから求められる立ち回りが凡そながらも理解ができる。


「前衛志望としては支援職は不本意だろうよ」

「エンジェルの説明を聞いていた時に嫌な予感がしたのよね」


 一般的なオンラインゲームと同様に、ワールズエンドのアコライトは支援や回復をメインに担当するクラスであった。

 基本クラスからカレンが希望していたクラスとしては、敵の殲滅力が高いウォーリアが似合うだろう。

 クラスの割り振りがランダムなせいで、望むクラスを引き当てられなかったら気落ちもする。カレンの表情が冴えなくなるのも仕方がない。


「そういえば俺のクラスは何だろうな」

「まだ調べてなかったんだ。ゲームに慣れているユウトにしては『珍しく』対応が遅いわね」


 俺が最近はゲームばかりしているで、カレンと付き合いがなく疎遠になっていた。

 人付き合いにまで影響が出ていると、言外に苦情を含ませているらしい。

 カレンは昔から不機嫌になると日頃の不満を漏らし始める。ささやかなストレス発散と考えて受け止めておく。


「ゲームのクオリティに驚かされてな。確認するのが後回しになっていた……えっ?」


 クラスを意識した瞬間に、マップ情報と同じようにキャラクターのステータス表が出現する。

 そこに記載されていたクラスは、目を疑うような予想外のものであった。


「どうかしたの?」


 俺が取り乱しているのをカレンが怪訝な顔で見つめている。突拍子もない状況に思考が纏まらず返答ができない。

 一目で異質で信じがたい情報が記載されていたからだ。

 ステータス欄の見間違いがないかと、何度も見直してしまう。


「カレン、ちょっと聞きたいんだけど。俺のステータス情報は見えているのか?」

「他人のデータは盗み見ができない。本人の視界内のみに投影されているはずよ。説明書、と思い浮かべたらマニュアルが視界内に出現したの。そこの情報欄に明記されていたからほぼ間違いないわ」


 「あ、ちなみに全百ページぐらいあったけど。会話しながら読み切ったわ」と、指を一本だけ立てて自慢げに語る。

 マニュアルから得られる情報は重要な武器になるはずだ。読破するのは理解ができるが、それでも数分で終える読解力の高さに呆れそうになった。

 百歩譲って目を通しただけにしても、カレンの記憶力は卓越している。

 ステータス情報が盗み見をされてしまった時は、記載に間違いがあった。もしくは急な仕様変更があったのだと掛け値なしで信じられるぐらいだ。


「周囲に人がいない場所で話をしたいんだが良いか?」

「……別に構わないけど。随分と意味ありげな言い方をするのね」


 釈然としない態度を取っていたこともあり、カレンは移動後に話すという条件を承諾してくれる。

 すぐにでも状況の説明をしたかったが、先ほどカレンが注目を集めたので内緒話をするのは困難であった。

 周囲の視線から逃れるように路地裏を進んでいく。

 サービス初日ということもあり、プレイヤーで表通りはプレイヤーで溢れていた。裏通りを数分も歩き続けると、やっと閑散とした場所へと到着する。


「さて、この辺りでいいかな」


 適当に歩いて辿り付いた場所は、街の外れにある見晴らしが良い広場であった。

 遮蔽物はなく声を筒抜けになってしまうが、誰かが近づいて来ても見逃すことはない。内緒話をするには適した場所であろう。


「随分と用心深く場所を選んていたわね。時間を無駄にした以上の情報はあるのかしらね?」

「ああ、期待に応えられるとは思うぞ。まず確認だが基本クラスが提示されたか覚 えているか」

「ウォーリア、バンガード、シーフ、アーチャー、アコライト、メイジ、ブラックスミス、アルケミストとなっていたはずよ。一応、非公開でレアクラスが幾つかあるらしいけど……。


 ワールズエンドの基本となるクラスは、カレンが述べた八つとされている。

 例えばカレンのクラスはアコライトだが、後衛の支援型であり個人の戦闘力では秀でた面はない。その代わりにパーティーを支援する能力が高く、縁の下の力持ちとして非常に優秀である。


「その表情だとレアクラスを引けたの?」


 俺は必死に喜びを隠そうとするが、我慢ができずに頬が緩んでしまっていた。


「ああ、俺のクラスはガンナーだ。クラスの説明文には、当たり前だが遠距離アタッカーと記述されていた。どうやら単体への攻撃スキルに特化しているクラスらしいな」


 アタッカー志望であったカレンに申し訳ない気持ちもあったが、パーティーメンバーにはクラス情報を開示するのは必要なことだ。

 興奮を抑えきれないのは、低確率かもしれないレアクラスを引けたのだから当然だろう。


「おめでとう、これはまた随分と興味深いクラスを引き当てたのね」

「ああ、面白いクラスなのは間違いないだろうな」


 カレンは髪を指で軽く弄りながら、視線を俺から逸らして僅かに息を漏らした。俺の態度から気遣われていることを看破しているのだろう。

 長年の付き合いから解かるが、カレンは他人の幸福に嫉妬するような性格ではなかった。

 下手に遠慮したのを、腹立たしいと感じているのかもしれない。

 それを口には出さずにいてくれるのは、レアクラスを引いた幸運に水を差さないように考えてくれているからか。


「……私はアコライトだしサヤもソウジも火力はないだろうからね。ユウトの火力に期待することが増えそうよ」


 互いの役割を明確にしていくという建設的な思考に切り替えることによって、カレンは非合理的な感情を処理しているようであった。

 パーティー全体のクラス編成を構築するために、カレンは唇に細い手を当てて考え込む。

 全てのクラスにそれぞれの特色があるが、単体攻撃特化というガンナーは魅力的だろう。


「ちなみにサヤはバンガード。ソウジはアルケミストなのよ」

「防御に偏ったクラスが揃っているな」


 バンガードは防御型の前衛であり、攻撃性能は低いが防御に高い補正を持っている。更にスキルでパーティー全体の守備力を高めたりできる。

 アルケミストはアイテムの製造担当であり、戦闘が得意ではないがアイテムの使用時に補正が入る。調合によりアイテムの生産もできる。

 俺を除いた三人は、火力が乏しそうなクラスを割り振られていた。

 パーティー内のメインアタッカーとしてガンナーが機能すれば、戦力を大きく底上げができるはずだ。


「まずは場数を踏んで互いの能力を検証しましょうか」


 パーティーの運用で現状有効な運用法としては、バンガードのサヤさんが前衛となり敵を引き付けて他のメンバーを護る。

 ガンナーの俺が後方から攻撃をして敵の各個撃破を狙っていく。

 アコライトのカレンとアルケミストのソウジは戦闘補助に専念をして、回復や支援を担当する。

 単純な戦術ではあるがダメージソースはガンナーしかいなさそうなのだ。最大限活かしていく必要がある。

 この戦術運用できるか確認するためにも、パーティー全体の能力は把握しておくべきだ。

 特にガンナーの能力戦闘の要になるであろう、が。


『装備は、あれ!?』


 他に重要な能力がないかステータス欄を見ていたら、『ない』のだ。

 見間違えかもしれないと何度も見直す。それでもメニュー内にある装備欄もアイテム欄にも、アイテムが何一つ表示されていなかった。


「……クラス性能はこれから分析していきたい。だが、解決しなければならない問題があるんだ」

「ん? クラス以上の問題なんてあるの? これから先を考えたら最優先事項でしょう」


 ふいに顔に手を当てると、眉間に皺が寄っていた。

 単純なことのはずなのだが伝える言葉が出てこない。そんな俺をカレンが怪訝そうに見つめている。

 幸運にもレアクラスを引き当てた喜びに震えてるも良いはずだ。

 少なくとも負の感情を抱く状況ではない。

 能力は未知数であるが単体攻撃特化というクラスは育成し甲斐のある特性であろう。不安より期待が大きいと感じてしかるべきだ。

 だが、それでも……。


「これからではなくて、今どうしようもない……」

「具体的にどうしたのよ」


 カレンに貸しを作るのは苦渋の選択である。不愉快な決断を迫られているせいで、言葉に詰まってしまう。

 ステータスの確認直後は喜んでいながら、俺が脈絡もなく思い悩んでいれば疑問を覚えるのは間違いない。カレンが説明を求めるのは当然の主張であった。


「装備もなければお金もないんだ、が?」と地面を見ながら小声で吐き出す。

「えっ!?」


 暴露した惨めな内容は、きちんと伝わったらしい。

 これはカレンの想定の範囲外だったらしく、珍しく言葉が詰まっていた。 

 俺が所持してしかるべき初期装備はなく、装備欄は空白で埋められている。

 最低限の取得アイテムなど一つもない。ゲーム内通貨であるポトまで『0』という経済状況であったのだ。

 遠距離職で非力なガンナーが装備なし。

 モンスターを倒すのは困難だと考えざるを得ない。また撃破ができたとしても時間的な効率は悪いだろう。

 カレン達とパーティーを組むことを約束をしている。無一文なのを隠し通せるはずもない。

 見栄を張りたくても、偽りなく状況を伝えるしかなかった。


「「……」」


 風の音だけが空しく過ぎる。二人の間に会話のない静寂が訪れた。

初めまして宜しくお願い致します。

週一ペースで投稿ができるように頑張らせて頂きます。


そして、もし評価や感想を頂けましたら泣いて喜び、続きを執筆する活力になります!

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