第一話 ゲームスタート
『ゲームスタート』
二〇三六年、十月二十四日。
『ワールズエンド』というゲームが開始されると、全世界に向けて告知された。
キャッチフレーズは『新世界へようこそ。ここは強き意思あらば、現実の願いすら叶う』と胡散臭いものである。誇張された表現で、幼稚な謳い文句で内容が伴わないと噂された。
だが、莫大な予算があるのか数多のメディアから宣伝をされていた。
制作会社はGワークスという世間的な認知度が低い無名のメーカーであったが、この宣伝のおかげで知らぬ者は殆どいないほどに名が知られることになる。
モニターを介した宣伝のみが行われて、街頭の看板や紙媒体の広告は一切なかったが、執拗なほどにテレビのCMは頻繁に流れた。ネットの広告においては、見飽きるまで表示をされていた。
最初は中身の伴わぬ今世紀最大の浪費と嘲笑されたが、絶えることなく数ヵ月も続けられていくと宣伝費は莫大な金額だろうと世間を騒がす
昨今、VRMMOなどの技術進歩も頭打ちになっており、過去に販売された作品の二番煎じばかりになっていた。ゲームという娯楽に飽きを感じているユーザーは多く、革新的な技術を打ち出してくれるのではないかと期待する者は増えていった。
ユーザーの期待は願望でしかなく根拠は一切なかったが、ワールズエンドの正式リリースを待ち望む人は増えていく。
世界中で注目を浴びているゲームをしたい、というだけでも多くの関心を引き付けたのだが、当選者は限定三万人と需要と比べると著しく見合っていなかった。
ゲーマーは限定という言葉に弱い。当選確率は狭き門であったのも人々の心を焚きつける原因になってしまう。
だが、期待も積もり過ぎれば不安となる。
ワールズエンドが集客を期待する真っ当なゲームならば、当然あるべき対応や配慮が欠けていた。
「仕様は突然の変更があります。またゲームが原因でどのような不利益があろうと保障は一切ありません、か」
癸悠斗は自室のモニターを見て、呆れたように呟く。
本日、数ヵ月の宣伝を経てサービスを開始するが、ワールズエンドの公式ホームページに掲載されている仕様は見るに堪えないものだ。
改めて、読んでもユーザーへの親切心を微塵も感じられない。
ゲームのスクリーンショットやプレイ動画はなく、公開されてしかるべきシステム面の情報もない。一般的なゲーマーの感覚では不信感しか芽生えない。
現在、公式ホームページで公開されているのは『新体験オンラインゲーム』『アカウントの登録』『ログイン方法』『ゲームの参加方法』『仕様変更の注意書き』『サービス開始時間』『アカウントの譲渡』についてだけだ。
「期待を煽る演出にしても実装日までこれかよ……」
ユーザーが理不尽だと感じて、どれだけ非難を送ろうとGワークスから公式の返答はなかった。
前提条件として客を集めて運営をするゲームのはずだ。
本来はユーザーを楽しませるゲームであったとしても、現在は制作者の思惑も見て取れる内容ではない。
だが、ゲームの仕様が不明であろうと、プレイを望む人間は地球上に溢れんばかりに存在している。ワールズエンドの前代未聞な大規模な宣伝は、人々の好奇心を刺激するという一点では大成功をしていた。
「制作者に踊らされているよな」
そして、俺は興味本位で応募をした結果。奇跡であろう確率を越えて当選をしていた。
現在もワールズエンドはプレイヤーの募集を継続はしているが、停止をしていないだけで当選確率は極めて低いようだ。
当選の報告は聞くが、大半が虚偽だとされており万に一つとの情報もある。
ゲームの参加を望むユーザーは数え切れないほどいるようで、供給が殆どないにも関わらず高い需要がある。その為か当選アカウントが何十万円を越える価格で売却された話もあった。
胡散臭いゲームのアカウントが高額取引される理由は明確で、『アカウントの譲渡』はログイン前でしか不可能と明記されているからだ。
ログインを一度でもすれば、ユーザーとアカウントが紐付けされるらしい。
アカウント価格が高額になってしまったのは、詐欺なく売買ができるのはゲーム開始前までという時間的な制約があるのも一因に上げられるだろう。
俺自身も金銭的な余裕がないので売却価格から売るか悩みはした。だが、参加したいという欲求を抑えられず今日まで保留してしまった。
『結局、好奇心に突き動かされたんだろうな。そして、願いが叶うなんて言葉が気になってる。ここならばきっと、なんて幻想を抱いてまた逃げるんだよ』
自分でも情けない話だが、様々なゲームで逃避場所を探している。
サービス開始がされた適当なゲームで遊び、ある程度は『俺はできる』と上を目指して努力をした。
ゲーム内で実力のある上級者が台頭し始めると、競い合うことが面倒になって辞めてしまう。再び別のゲームを探し出して逃避を始める。
俺にとってワールズエンドは新たな逃避場所でしかなかった。序盤は必死にやり込むが、適当なところで上位プレイヤーに届かないと諦めてしまう。
圧倒的な才能を持つ存在に、身の程も弁えず挑戦するなんて二度としたくはなかった。
『……今度こそ、なんて無駄に熱くなることもない。さて、そろそろ起動するか』
時刻を確認すると十月三一日、二〇時五七分。ワールズエンドの正式実装まで残り三分前だ。
ワールズエンドはスマートフォンからログインをする仕様のために端末に手を伸ばす。その瞬間に聞き慣れた電子音が鳴り響いた。
『姫月華蓮:ログインしたらすぐに合流すること。総司と紗夜にも同じ指示を出しておいたから、一人で勝手なことするのは禁止よ。追伸……キャラクター名は解かり易くユウトにしなさい』
見計らったようなタイミングで、幼馴染の華蓮からのメッセージが届いた。相変わらず自分勝手な内容ではあったが、率先して仕切るのは華蓮らしいと気が緩む。
『癸悠斗:解かった。ログイン地点から動かないようにしておく』
開始まで時間の余裕がなく、反論するのも面倒なので言い分に従うことにする。
大半のオンラインゲームはソロで活動するよりも、パーティーの方が効率が良いはずなので拒む理由も特にない。
「……本当に、華蓮もワールズエンドに参加するのか。アカウントを融通して貰う、とか言ってたがどうやって手に入れたのやら」
姫月華蓮は学校の友人であり、親同士が昔からの付き合いもある幼馴染の腐れ縁だ。
自分の思うがままに行動をしながらも、結果を残してしまう才能に溢れた存在だ。昔は天才だろうが偉人だろうが関係ないと、分も弁えず挑戦をし続けていた。
その姿は周囲から見れば滑稽であったに違いない。勝つべき者が勝ち、負けるべき者は負けるように世界はできているのだ。
才能ある者は他者を踏み躙って上に立つ。俺のような凡人は、勝者がより高いところまで駆け上がる踏み台でしかない。
『前は何度踏まれようと立ち続ければ良い、なんて考えていたんだろうな』
スマートフォンからワールズエンドのアプリを起動する。
画面を見ていると起動と接続がスムーズに行われた。接続過多によるサーバーの遅延なども心配だったが杞憂に終わりそうだ。
「さて、どんなゲームなんだろう……あれ?」
ワールズエンドを起動すると、身体が麻痺したかのように動かなくなりベットに倒れ込んでいた。起き上がろうとするが感覚がなくなって、視界も少しずつかすんでいく。
ゲームを立ち上げただけで、身体の自由を奪い取られていた。全身麻酔による投薬などをすれば可能かもしれないが、起床してから今まで医療行為なんて受けていない。
視界がなく、聴覚もなく、触覚もなく、嗅覚もない。まして口に何も入れていないので味覚など感じるはずもない。
こんな状況が何分、何時間も続いていたら発狂する人が出るだろう。だが―――。
『しばらくお待ちください。現在、同期中です』と、機械的な音声のアナウンスが頭に響くように聞こえた。
システム側の設定なのかと若干安心したが、事前の警告があるべきだと憤りを覚える。異常な事態に驚かされたが、不思議と落ち着いて状況の分析ができていた。
数十秒後に五感の機能が少しずつ戻っていき、置かれている状況が解かってきた。どうやら身体は電子的な空間を漂っているみたいだ。
『ここは何処だ……?』
視界に入って来たのは、見る者を圧倒する線のみで構築された空間だった。幾重にも重なり合った線は回転しながらも、立体を形成して通り過ぎていく。
空間を駆け巡る線は、色がカラフルに変化したり方向が不規則に変わる。パソコンのスクリーンセイバーを彷彿させるシンプルなアニメーションのようであった。
線の動きから空間の広さを推測すると、身体から上下左右は三十メートルぐらいの距離がありそうだ。前後は視界では捉えきれないほどに果てがなく見える。
電子空間だと露骨に認識させられるからこそ、現実と変わらぬ感覚に違和感を覚えてしまう。
「手を握れば感覚が、ある……」
過去に経験して来たバーチャルリアリティのオンラインゲームは、顔をバイザーで覆う専用機器を取り付けて視界と聴覚のみの体感型であった。インターフェイスもなしに五感を同調させるなんて技術は発明されていない。
しかも、アプリの起動に使っているのは世界中に何億台とある端末だ。そんな便利な機能が追加されているならば、別のオンラインゲームに幾らでも使用されているだろう。
「まるで本物の肉体がここに在るようだ……」
今は置かれている状況の把握をして、心を落ち着かせようとする。緊張からごくりと唾を飲み込んでしまう。予想外にも飲み込んだ音を鳴り、喉を通り過ぎていく感触があった。
些細な動作までリアルに再現されていることに驚愕する。制作者は異常なまでの拘りを持って、ワールズエンドを作り込んだらしい。
『システムガイドのアドバイザーです。私のことは気軽にエンジェルさんとお呼び下さい』
前触れもなくシステムガイドを名乗るエンジェルの抑揚のない声が届いた。
『このチュートリアルは全プレイヤーに一斉に語り掛けさせて頂いております。現在、総てプレイヤーの皆様が一人ずつ隔離されているのは円滑な進行のためです。終了後、全プレイヤーが集いますのでご安心ください』
他のプレイヤーの姿がいないのは、別の場所にログインする設定をしているためらしい。
現状、理解の範疇を越えた状況なのは間違いない。冷静さを失わずにいられる者は多くないはずだ。
周囲に誰か居れば話し掛けたくなるだろうし、騒ぎ出す者は絶対に出てくる。そうなればチュートリアルが聴き取り難くなるのだから、個別の空間で説明を受けた方が面倒がなくていい。
『突然のことに、驚かれている方も大勢いらっしゃるでしょうが時間は有限。これよりワールズエンドのチュートリアルを開始させて頂きます』
環境の整備はしてくれたが、混乱の渦中にあるユーザーが落ち着く時間を与える配慮はないようだ。ワールズエンドの説明をエンジェルは淡々と語り始めた。
『ワールズエンドのログインとログアウトですが、時間と回数の制限はございません。現実の一秒足らずでゲームの一日を過ごせますので、ログインをくり返すメリットも余りないでしょうが』
最初から聞き逃せない重要なシステムの案内がされる。
ログインの仕様はともかく、もし説明通りであるならば現実の一秒程でワールズエンドの一日を過ごせるらしい。
日常生活を捨てるような廃人プレイは不可能。全プレイヤーがほぼ公平にプレイ時間を得られるだろう。
『ご注意して頂きたい点が一つ、ゲーム内の記憶についてです。記憶が反映されるのは、グリニッジ標準時の零時になります。その時間を迎えるまで、ゲーム内の記憶は一切思い出すことはできません』
グリニッジ標準時、馴染みのない言葉だった。俺の記憶が正しければ、世界各国の標準時の基準になる元の時間を示しているはずだ。
エンジェルの説明の通りならば、日本はプラス九時間の時差があるので、午前九時になった時に反映がされる。
「……常識的には不可能なんだろうが」
また記憶の反映なんて特殊なシステムを、何気なく語っている。
情報の取捨選択はユーザー任せにしており、システムガイドとしては説明不足だ。
『記憶の反映に日付をまたぐ理由ですが、ワールズエンドが時間的な拘束や制限がないからです。
一秒でワールズエンドの一日を過ごせる。つまり、二四時間のログインによる時間差を利用した犯罪ができてしまいます。犯罪を未然に防ぎ、現実の治安を乱さないためとお考え下さい。
初回起動時は円滑なプレイのために午前八時頃から始まりますが、それ以降は何時にログインされようとワールズエンド内では零時から開始致します。
注意すべき点はログインをせず現実で一日が過ぎた場合です。そのプレイヤーは意識がない状態で、ワールズエンドの一日が経過してしまいます。
オートログイン設定はできるようになりますが、設定をしない場合は毎日のログインを絶対に忘れないで下さい』
つまり、状況次第では戦闘中に意識がない状態で放置される可能性もある訳だ。そんなことになれば容易に撃破されるだろう。
繰り返しになるがエンジェルが語る設定が、『もし』真実ならば他にも多大な不利益を被るのが容易に想像できる。
『この仕様になりました理由は、地球で過ごすのと同様に一日をワールズエンドで過ごせるようにするためです。記憶に誤差が生じますが、メリットとして快適なプレイ環境を得られています。
更に時間差を利用した犯罪の防止。ワールズエンド内で得た情報で、無用な混乱が起きないための配慮とご理解下さい』
「やけに真実味があるな。設定にしても真に迫ってないか?」
記憶の引継ぎは現実とワールズエンドで時間差が発生する。
グリニッジ標準時で考えて零時にログインしたプレイヤーと、二十三時にログインしたプレイヤーがいたとする。ログイン時間の差を利用して、零時にログインしたプレイヤーへギャンブルなどの結果を伝えればいい。その情報を利用すれば一日の間に莫大な富を得られるはずだ。
プレイ条件はゲームシステムを考えたら二つとも妥当の対応である。混乱を避けるという主張も筋は通っている。
時間の操作と記憶の改竄を行える前提なのが、現実的ではない点を除けば矛盾はない……ように感じられた。
『またゲーム内でデスペナルティの説明をさせて頂きます。所謂、プレイヤーが死亡時の対応ですが、基本的にプレイヤーレベルを初期化させて頂きます。これは迂闊な行動を防止すると共に、生命の価値を軽くしたくないためです』
プレイヤーの生命を軽くしたくなければ、死亡時にログイン不可能にすればいいはずだ。
一般的なゲームならば重過ぎるデスペナルティだが、生命を軽く扱わないと語っている割に違和感を覚えてしまう。また『基本的にプレイヤーレベルを初期化』と明言されているが、基本以外で隠された意味がありそうだ。
『ワールズエンドでプレイヤーの成長には膨大な時間がかかります。序盤はまだしも中盤以降に死亡したプレイヤーが、最前線に再び立つには不可能を可能にする覚悟が必要になるでしょう。
それはつまり報酬である『願い』の実現が叶わなくなる可能性が高まるのです。キャラクターが死亡しても諦めず足掻くだけの権利が損失されない、と認識されると宜しいでしょう』
何度も死亡するプレイヤーは自然と淘汰される。個別に対処する必要もないのだろう。一から成長を繰り返していては、他のプレイヤーとの差が開くばかりだ。
レベリングの効率を求めながらも、安全を優先して危険な行動は控えていく。デスペナルティを避けて行動するのが鉄板になりそうだ。
『現在の仕様では……という但し書きは付きます。
世界の状況や運営の方針次第では死亡によるデスペナルティに変化があります。それをご理解した上でお楽しみ下さい。
次にキャラクターメイキングの説明に入らせて頂きますが、説明することは多くございません。
ワールズエンドの容姿は現実の肉体を反映しております。
ゲーム外でトラブルに巻き込まれないか心配されるでしょうが、私共も対応策は講じておりますのでご安心下さい。
端末で登録をされているかワールズエンド内でフレンド関係を結ばない限り、キャラクターの容姿を地球で思い出せません。またフレンド登録前は現実の姿と若干ながら誤差が生じさせております。
信用が出来ない相手とフレンド登録を結ぶのを避けて頂けましたら、瑣末な問題しか起こらないでしょう』
「ゲーム内ぐらいはさ。格好いい容姿にさせて欲しいんだけどな」
美男美女がお得なのはワールズエンドでも同様らしい。特別に秀でた容姿をしていない者としては落胆させられる。
コミュニケーションのシステムは、プレイヤーに判断を一存する設計のようだ。容姿の反映と記憶の保持が可能なのは、ゲーム外の連絡を取り合うのを認めているからであろう。
ワールズエンドの記憶の改竄も有効的に使われており、迂闊な行動をしなければ無用なトラブルは起きない。
『そして、一番気になるであろうキャラクターのクラスとスキル……。
この三点は申し訳ないのですがプレイヤーの皆様に選択権はございません。
ゲームシステムによって自動で総て割り振られます。
各々のプレイヤーは与えられた環境で逞しく生き抜いて下さい』
「へっ……!?」
クラスとスキル情報には、二の句も継げない衝撃を受けた。
昨今のオンラインゲームは、自由度が高くなっている作品が多い。ワールズエンドもプレイヤーの好みに合わせて、様々な選択ができると考えていた。
基本的にオンラインゲームは生産や製造用のクラスも存在しており、数種類に及ぶ基礎クラスがある。プレイヤーの要望以外のクラスになる可能性が極めて高い。
『また同様にステータスの割り振りも同様に自動で行われます。更にプレイヤーの皆様が能力値を確認することはできません。
現実で筋力や知性などが数値化されないように、自らの判断で為そうとすることが為せるか判断して頂くためです』
「ちょっと待てっ!」
デスペナルティが異常に高い設定の上に、能力値による適正な狩場を探すのも困難にさせている。新しい場所で戦闘を行おうとしたら、慎重な確認をしておかなければならない。
プレイヤーレベルが高いからと慢心していたら、予想外のアクシデントがあれば簡単に死んでしまうはずだ。
『大勢のプレイヤー達の阿鼻叫喚が聞こえておりますね。
しかし、仕様の変更は絶対にございません。
またゲーム内でクラスのランクアップはございますが、クラスチェンジは認めておりませんこと。以上の件をご周知下さい』
エンジェルが『ご了承下さい』ではなく『ご周知下さい』と語った理由は一つしかない。
プレイヤー達の承諾を必要としていないからだ。
ゲームシステムに不服があるならば、ワールズエンドに参加しなくてよい。
まして、この程度の障害でワールズエンドに対する意欲が殺がれるプレイヤーは、『願い』へ至る資格はないと断言をしているようだった。
『一つ、アドバイスをさせて頂きますが、道は一つではございません。
意に沿わぬ役割を与えられようと人間には意思があるのです。
他者から叶わぬ夢であり無謀だと嘲笑されようと、目の前の困難に立ち向かう為 の覚悟を損なわず抗い続けて下さい。
その意志力を持つ者こそがワールズエンドの適合者なのです』
器用で物分りがよければ大きな失敗をする可能性は低い。
だが、それは敗北を恐れるだけの生き方であり本当の勝利を得られてはいない。小賢しく立ち回っていれば、苦行の道を妥協して諦めてしまう。
どんな逆境でも道はあり諦めるな、なんて耳障りが良い言葉だ。実際にそんな在り方を貫き通せる者は極少数しかいない。
自分には素質がなく才能がある者に敵わないと、諦めるのに都合のいい理屈をこじつける。
「それを、叶えてしまえる奴が特別だ。凡人は届かない」
エンジェルが語る在り方に賛同が出来ず、自らの非力さを意識させられてしまう。
『過去の敗北は未来の勝利で覆せるのです。過去の勝利が未来の勝利を決定付けるのではありません。
不平等な境遇に、理不尽な環境に、立ち上がれる者こそを勝者は恐れるのです。無様に敗北しようと、勝者に恐れ戦かれる敗者であって下さい』
エンジェルは畳み掛けるように語り続ける。
数え切れないほどに挫折を繰り返す愚か者も許せられるような暴論。屈辱にまみれた敗北すらも一つの通過点に過ぎないと反論されているようだ。
『数多のプレイヤー。喜んで負け、歓んで笑い、悦んで立ち上がりなさい。
自らを高められる新世界の扉が開かれたのです』
理屈とは一つの正しさであり、儚い理想である。
自らの境遇に不満を抱き、目的もなく人生を彷徨する者にとってこの上ない甘い誘惑に聞こえたはずだ。
自分は変われるかもしれないという希望。
弱者に残酷な期待は抱かせるには充分な毒を有している。
提示された世界は、善意か悪意のどちらかで構成されているのかも不明だ。まして善意であろうと救いがあるとは限らない。
『俺の願いなんて叶わないかもしれない……』
自らが取るに足りない人物という現実を受け入れても、次の成功者になれる姿を夢想する。
過ちに対する後悔の根が深いほどに、都合の良い未来に逃避したくなる。
「きっと、届かない。だけどっ」
人類の愚かしさは飽くなき欲望であり、欲望は未来に対する原動力でもある。
勝利を諦めるなら一秒と掛けず、挑戦を放棄すれば良い。だが、諦めずに行動するというのは、一秒毎に前へと刻んでいく行為だ。
エンジェルの甘言に乗せられている自覚はある。
それでもワールズエンドが理不尽を覆させてくれる世界ならば、敗北も糧にして立ち上がる覚悟が再びできるかもしれない。
『オープンワールド。ワールズエンド。正式サービスを開始致します。皆様が歴史に刻む行為に救いがあらんことを……』
俺は揺れる心を制御が出来ぬままに、新たな世界へと導かれた。
初めまして宜しくお願い致します。
週一ペースで投稿ができるように頑張らせて頂きます。
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