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プロローグ

『プロローグ』




「失敗を恐れて、妥協してたら退屈なだけだ。

 訳知り顔した他人の意見なんて気にするな。

 お前の人生なんだ。

 お前が納得ができない生き方をしてどうする。

 どんな分厚い壁も不可能だと諦めず、愚直に掘り進めてやれ。

 その過程がどんなに痛く、苦しく、惨めでも想いを偽るよりいい。

 本当に叶えたいことに、いつか届くと信じた方が人生は楽しいからな」


 少年は癇に障る過去を思い出しながら、硬い岩盤をひたすらに掘っていた。


 洞窟内の岩肌は、所々に露出した赤い鉱石が発光している。

 一つ一つが淡い光を放っており、幻想的な雰囲気で満たされていた。だが、無計画に掘削されたのか幾つもの穴が点在しており、地面には砕かれた石が転がっている。

 そんな中で、ツルハシで岩盤を掘る鈍い音が反響をし続ける。

 採掘を闇雲に続ける少年の顔つきは平面的で彫りが浅く、日本人らしい容姿をしていた。

 見た目も平凡さを感じさせるもので、中肉中背と無難にまとまっている。あえて、特徴を語るとすればやや童顔の印象があるぐらいだ。

 街中を何気なく私服で歩いていれば、誰も気に留めなさそうな存在感を持つ少年。それでも衣服は埃と砂に塗れ、擦り傷だらけになった体は痛々しい雰囲気を与えていた。


「クソ、こんな。いつまでも、引き摺って、何に、なるんだっ」


 少年が悪態を付きながらも、肉体を酷使する理由は一つだ。

 叶えたい目的がある訳でなく、金銭の執着を原動力にした欲望でもない。

 純粋に、ただ悔しかった。

 鬱屈した現実と違い、願った日々を取り戻せるなんて幻想を抱いてしまった。願いを成就する気概を欠いた自分が情けない。

 少年が居る場所は地球ではない。ワールズエンドというゲームの世界に在る一人のプレイヤーキャラだ。詳しい原理は解明されていないが、本物の肉体と同じような感覚を持つシステムが完成されている。

 食事を摂らなければ空腹感があり、水分が足りなければ脱水症になり、疲労が貯まれば倦怠感を覚えてしまう。


「見返してやりたかった、のに……。対等に、過ごせると」


 常識を破壊して欲望が渦巻くワールズエンドで切望した。

 人間が生きる上でありふれた欲求。

 自らの状況に閉塞した空気を感じて、逃避を望む者は幾らでもいる。名誉挽回の機会を与えれば、危険を承知でその扉を開く。

 ワールズエンドを始める前の少年の心は、無気力で冷え切ってしまっていた。

 それでも新たな世界、新たな環境で挑戦ができる。その事実が心と身体に熱を取り戻してしまう。

 熱とは希望だ。だが、希望を抱いた心は僅かなことで傷つく脆さを併せ持つ。逆境に抗えられず磨耗していく。

 根拠もなく次の機会では上手くできると信じてしまう。

 今より救いがあるとは限らないのに、都合が良い希望で傷ついた心を取り繕った。

 見通しの甘い妄想は叶うはずもなく、落胆から自暴自棄になっていく。


「はぁ、また風の粉塵か」


 転がり落ちた鉱石に胡乱な視線を向けると、少年は地面に転がる鉱石を気怠そうに拾い上げた。 

 風の粉塵は採掘で収集される練成アイテムで、既に何百回と拾った見慣れた品であり、単品では価値が低く使い道が限られる。それでも大量に集めて粉塵から結晶へ練成すれば、実用度は比較的に向上する。

 供給量は多いが需要は尽きぬ品なので、放置するのは勿体なかった。

 友人のアルケミストへ渡す為にも、風の粉塵をバックパックに収納する。

 

「さすがに、もう終わるかな……」


 採掘の終わりを意識すると、自然と座り込んでしまっていた。

 強固な意思を持ち続けるには限界がある。感情の波が一段落して落ち着くと倦怠感だけが残った。

 ワールズエンドでは現実より若干鈍いが感覚と疲労もある。

 これ以上の無茶をすれば、モンスターと遭遇した際に身動きも取れず嬲り殺されるかもしれない。

 総てを投げ出して大地に倒れこみたい衝動を抑えると、少年は立ち上がり宿屋への帰路に着く。

 心が晴れず気持ちが心を締め付けていく。頭で理解はしていたが割り切れず、感情の処理ができず持て余していた。

 現在の状況がワールズエンドでも極めて特殊な状態であり、運や巡り合わせが悪かったのは認めている。

 同じ開始地点で他プレイヤーとスタートを踏み出していたはずが、一方的に不利な条件になってしまっているのだ。


「どうしてこうなったんだろうな」


 ワールズエンドは剣や魔法のファンタジー世界を元にしていた。

 近代兵器は存在せず剣、槍、斧、弓などの武器を主に使われている。また魔力という概念が存在しており、魔術という技術が進化を遂げていた。

 地球の基準で考えれば技術や景観的なイメージは中世ヨーロッパに近く、首都アースの中央に歴史の趣を感じさせる荘厳な古城がそびえ立つ。

 不思議なことに国を治める王はいないが、石造りで建築された白亜の古城はプレイヤーを一目で惹きつける魅力を持っていた。

 アースには地球プレイヤーの衣食住を賄う為に、原住民であるアース民も暮らしている。アース民はパブリックという名称を与えられており、所謂NPCとしてシステム側で用意されたプレイヤーのお世話役である。プレイヤーにとって生活の根底を支える存在であり、数多の恩恵をもたらしてくれていた。


『……俺もパブリックと大差ない。パーティーの補助役だ』


 少年が洞窟から出ると時刻は午前二時を過ぎていた。僅かな松明と照明が街路を照らす。

 深夜なこともあり人通りは殆ど見受けられず、酒場から喧騒が聞こえる程度である。草臥れた少年の姿を気にする者はいない。

 疲労のせいで足に重りを付けたような感覚がある。

 ジャリジャリ、と音を立てながら足を引き摺るようで歩いていく。なけなしの気力を振り絞って、仲間が滞在している宿屋に辿り着いた。

 玄関扉を倒れこむように開けて自室へ向かおうとするが、仲間達が宿泊する部屋の前で立ち止まってしまう。扉の下からは光が漏れており、起きていることに気が付いた。

 鬱屈した心情を吐き出すように言葉が漏らす。


「こんな時間に、一人で何しているんだか……」


 部屋の扉の向こう側、眠っているであろう幼馴染を意識してしまっていた。

 羞恥、羨望、劣等、反骨などの感情で掻き乱されて気が滅入りそうだ。

 少年がワールズエンドで願ったのは正面から彼女と向き合い、全身全霊を込めて挑み続けたかったからだ。

 戦う場所は薄暗く寂れた洞窟ではない。戦う相手は無抵抗に削られる岩盤ではないはずだった。


「……っ」


 やり場のない想いがこみ上げて部屋の扉から目を背けると、心の葛藤に蓋をして自室へ早足で戻る。

 総てを忘れてベットで横になりたかった。

 備え付けられた桶と布切れで泥を乱雑に拭き取っていく。背中を拭き取ると軋むような痛みを感じてしまう。酷使した身体は痛みを訴えるほどに疲労を蓄積させていた。

 苛立ちをぶつけたい衝動に駆られて、拳を作ろうと強く握ったところで感情が急激に冷めていく。

 その手に掴むべき物がないのを自覚したからだ。


「武器が、欲しいっ」


 傷と豆だらけの右手を、溢れ出た涙が濡らしていく。

 弱い自分を奮い立たせ、困難に立ち向かい、逆境を覆す為の武器を心の底から欲していた。

 欲する物に手に入る手段があれば、悔し涙を流すまで思い詰められなかったかもしれない。

 現状、手に入らない問題があるからこその慟哭だ。単純な問題ゆえに解決への糸口が掴み難いことが往々にしてある。少年の抱えた問題はその典型的な例に当て嵌まっていた。


「……どうしろってんだよ」


 プレイヤー:ユウトのやりきれない心情が、声を震わせて絞りでた。





 ――数ヵ月後


 地を打ちつける大粒の雨が、世界を塗り替えるように降り続く。吹き荒れる風が樹々を激しく揺らし、悲鳴のような甲高い音が鳴り響いた。

 岩山の上で二人の男女が大地を睨むように見つめている。視界は雨に遮られ、崖下にある数十メートル先の樹もぼやけてしまう。


「……予測通り、敵の別動隊は北西の森から侵攻中です」


 雨具を着こんだ女がわざとらしく目の上に手をおいて、遠くを見るような演技をした。当然ながらその行為に意味はなく、臨場感を出すためにしているに過ぎない。


「ここからだと幾分厳しいが、いけるか?」

「まったく問題ありません。有効射程距離です」


 ユウトの問いに対して、雨具の女は不敵に微笑んで返す。自分にとって、否。私達からすれば取るに足らない問題でしかない。と言外に伝えていた。

 

「それでは作戦通り、狙撃準備に入るぞ」


 ストレージ、とユウトが呟くと空間が揺らめいて、戦艦に搭載されるべき大口径砲が岩山に突如出現した。砲身に装飾などは一切なく、無機質な巨大な筒の塊が鈍く光っている。


「イエス、マイロード。ファントムバレル・フルオープン」


 雨具の女が右手を突き出して、そっと大砲に触れる。幾つもの半透明の砲身が形成されていき、先端部に合計六個のバレルが固定化された。


「座標固定、距離五十キロ」


 狙撃というには距離が規格外なまでに離れている。

 通常時の狙撃における有効射程は、精々が二キロメートルまでだ。そこから先は高度かつ緻密な演算能力、経験に裏付けされた標的の移動予測が必要となってくる。今回は二十五倍もの差がああり、常識的な武装の運用法では命中させることは不可能だろう。

 その上、悪天候により視覚は遮られている。狙撃を狙う条件としては劣悪を極めていた。


「敵軍の予測進路に変更はないな」

「はい、問題ありません。誘導中継地点も問題なく作動中です」


 唯一、希望があるとすれば標的が個人ではなく軍隊なことだ。

 口径四六センチから繰り出される砲弾が与える損害は、狙撃の範疇に収まるような代物では決してない。

 敵軍の侵攻ルート付近に届けば、威嚇としては十分すぎる効果が見込める。


「電磁フィールド・オープン」


 大口径砲、ファントムバレルが青白い発光を始めていき、雨粒を弾き返し蒸発させた。その光景は、砲身そのものが暴力的な破壊を今か今かと待ち望んでいるようにも映る。

 発光が一層強くなり、収束された魔力によって砲身が耐えられる限界を越えよう寸前。


「発射っ!」


 爆発的な閃光と共に放たれた弾丸は、ローレンツ力を利用して射出される。

 高速回転をしながら、音速を遥かに超えた速度で到達していた。更にファントムバレルによって形成された磁界を通り抜け、再加速をしながら目標への誘導がなされる。

 空気の壁を薙ぎ払い、雨粒を消し飛ばし、一秒と置かず目標へ飛来した砲弾は、数十万を超えた気圧を発生させる。余波の爆風ですら周辺にある樹々を大地から根こそぎ吹き飛ばすほどだ。

 着弾点に在る総て存在は、自らに降りかかった災厄の魔弾を認識すらできず、跡形もなく消滅させられているだろう。


「目標の殲滅の確認しました。しかし、こういった戦術は慣れませんね」


 雨具のフードを脱ぐと、目の眩むような金色に輝く女性の髪があらわになる。表情は気だるげではあるが、その声質はユウトに対して何処か温かみを感じさせた。


「まったくだな。どうしてこうなったんだか……」

「それがユウトが選んだ道だからでしょう。私はそれに従うだけですよ」


 金髪の女性は口元に人差し指を添えて、くすりと愉しげに笑う。

 男なら誰でも魅了される極上の笑顔ではあったが、ユウトは複雑な想いが絡み合い苦虫を噛んだような表情を浮かべた。

初めまして宜しくお願い致します。

週一ペースで投稿ができるように頑張らせて頂きます。


そして、もし評価や感想を頂けましたら泣いて喜び、続きを執筆する活力になります!


5/23 未来の状況を加筆しました。

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