お妃様と白兎
―――――コツ、コツ、コツ。
革靴が音を立ててレッドカーペットの上を歩く。黒に染められた美しいタイルにそれは敷かれ、踏む感覚は大変硬い。
「失礼いたします」
足音が止まった。大きな黄金の扉の前に彼は立つ。
落ち着いた一重瞼を瞬かせたのは、一人の華奢な少年である。
「いいわ。入りなさい」
冷たい取っ手に手を掛け、ゆっくりと重い扉を開ける。
ダイヤモンドのシャンデリアが鋭く輝き、少年の瞳にまばゆく映った。光は黒い。なぜなら、床も壁も天井もすべてが漆黒だからだ。窓の縁ですら黒光りをして、その中に広がる華やかな王国の風景だけが、カラフルな色を持っているように見えた。
少年は、着ている黒のカッターシャツと白いベストを整え、今度はこの部屋のレッドカーペットを歩きだした。また革靴の音が響く。
それに合わせて揺れるものがあった。後ろで束ねられた、肩の長さの黒髪だけではない。彼の頭に生えている、二本伸びた純白の長耳――――
「ご報告申し上げます」
少年はカーペットを進んだところで跪いた。
深く頭を下げたあと、少しして顔を上げ直す。彼の見上げた先にいるのは、金色の装飾が施された、大きな席に座る女だった。
女は頬杖をついていた。冷たい目線を少年に送り、銀のショートボブを鬱陶しそうに耳にかける。華美なドレスがよく似合い、首元や指、腕に嵌めた宝石のアクセサリーも十二分に相応しく思えた。
頭の上にはティアラ。
彼女は妃である。
「例の件ですが、思いもよらない邪魔が入ったらしく」
「あらそう……あの男のことだから、しばらく様子を見てるのかしらね。もう、早くしてくれなきゃ困るっていうのに」
ため息交じり、「人でも減ってしまったことだし」と付け加えた妃の言葉に少年は顔を歪める。
「まあいいわ。あなたはあの子の様子を見てきてちょうだい」
妃がつまらなそうに自分の爪の先を見て言った。少年は「かしこまりました」と返事をし、思わず妃の爪を見る。深紅や黒がピカピカと艶めいていた。
ゆっくり立ち上がり、礼儀よくおじぎをした少年。
丁寧に踵を返して赤い道を戻っていく。妃の機嫌の悪そうなため息を背に、わざとらしいほど革靴を鳴らして部屋を出たのだった。
廊下を足早に歩きながら、少年はチッと舌打ちをする。彼の進むスピードに比例して、足音も忙しそうについていく。
そしてにわかに立ち止まった。
また扉の前。ただ、妃の部屋とは格の違いがある。ドアノブだけが金色だった。
「クソッ!」
大きな音を立て、扉を思い切り叩きつける。扉の向こうに人はいないらしく、残響だけが虚しくこだました。彼はひどく苛立っていた。みっともないとは思いつつ、冷静でなんていられない。怒りだけでなく、心配や焦りもたくさんあること。彼は自分の不甲斐なさを感じていた。
「……アイツ、いい加減にしろよ」
低く呟いた少年は、再び廊下を歩き出す。革靴の音を鳴らして。