真実 2
いくつもの泡が、上へ、上へとのぼっていくのが見えた。けれどどの泡も、海面へたどり着く前には弾けて消えてしまっていた。
騒ぎがあったホテルの前に、たくさんの人が集まっている。いつも穏やかな観光地であるはずの人魚旧街地はこの一件でざわついており、港町からも大勢の警備が駆けつけているようだった。アシッドはそんな光景を横目で眺めていたが、しばらくして、さっきからずっと黙っているメルチェの方に視線を移す。
「……お前、両親いなかったんだな。知らなかったぜ」
「そうね……そういえば、言ってなかったわね……」
広場のベンチに座ったメルチェとアシッドは、さっき起こったことを頭の中で整理したり、思い返したりしていた。しかし、どうにも心が追い付かない。二人はぼんやりと水面を仰いでみた。
「レビウが……本当に、その。お前の両親のこと……あの話、ほんとかどうか……まだわかんねえし」
「……」
「……」
「……今朝」
「え?」
「今朝、レビウが言ってた……私たちに言ってないことがあるって、言わなきゃいけなかったことがあるって、多分、この話だったんじゃないかしら……」
かける言葉が見つからないアシッド。
今まで一緒に旅をしていた二人の関係が、こんなに複雑な過去を持つものだなんて思いもしなかった。けれどそれは、きっとメルチェも同じだろう。アシッドはメルチェを励ましたいのか、安心させたいのか、自分の気持ちすらわからず、何を言うのが正解なのかを延々と考えていた。
そして、何を言ってもらえれば正解かだなんて、メルチェ自身にもわからなかった。さっき起こったこと、知ったこと、見たこと、すべてが嘘のようで信じられず、理解できない。
「……」
ブリランテの妃が自分を殺そうとしていた。列車事故を起こしたのがレビウだった。魔法使いは妃に雇われて自分の命を狙っていた。レビウは魔法使いの目的を知っていた。それに妃はディアの母親で、すべての行為はディアを幸せにするためだと言っていた。ディアの幸せに、自分と自分の両親の死がどう関係しているのか。
わからない。何もかもがわからない。
「……」
レビウが無事なのかも、わからなかった。
「メルチェ!」
二人の沈黙が長く続いていたときだった。
遠くの方から、一匹の兎が急いだ様子で駆けてくるのが見える。
「……オルエッタ?」
アシッドが彼の名前をつぶやいた。
すると、ぴょんぴょんと跳ぶように走ってきたオルエッタは、ベンチの前でブレーキをかけた。
「よかった、無事だったんだね! さっき三人がいたホテルのあたりで発砲事件があったって聞いて。心配になって戻って来たんだ」
彼は珍しいことにおちゃらけたりはせず、本当に心配そうな面持ちをしていた。メルチェとアシッドの姿を見て安心したのか次の瞬間にはニパッといつもの笑顔を見せたが、一人足りないことに気が付いてあたりをキョロキョロと見回す。
「あれ、レビウは?」
メルチェとアシッドは顔を見合わせたが、何も言うことができなかった。なんて言えばいいのかわからなかった。オルエッタのきょとんとした表情。そのぐるぐるの瞳とは目を合わせずに口をつぐんでいる。
「……え、なになに。嘘……冗談でしょ?」
予想外の反応に、オルエッタはメルチェを見たりアシッドを見たりした。けれど、二人とも俯きだして何も話さないまま。
「ちょ、ちょっと~。ラビットジョークよりタチ悪いってえ~……」
オルエッタは少しの間、戸惑いながらもヘラヘラとしていた。「なんてね」「騙された?」という言葉をずっと待っていたのだ。けれどメルチェとアシッドが一向に種明かしをしないので、どんどん長耳がしなだれていった。そしてついにジョークなどではないのだとわかり、何も言えなくなる。レビウが、発砲事件に巻き込まれた。そのことが、嫌でも伝わった。
「そんな……」
人魚旧街地は、相変わらずざわざわとしていた。
事件のことはもう港町の方まで噂になっていて、後から街に来た人たちもみんな知っていた。人々は事件現場のあたりを避けて通ったり、逆に野次馬になって見に来ていたりしたが、騒がしいのは街だけで、頭上の海はいつもと変わらず美しい水中の景色が広がっていた。どこまでも透き通った青の波。外の光を帯びてキラキラと輝いている。レビウに貰った首元のリボンと、地面に残った血の色だけが、赤く赤く染まっていた。
「メルチェ!!」
俯いた二人の前で、オルエッタが状況を飲み込もうとしていたときだった。
大きな声。
顔を上げると、小柄な女の子が走ってきていた。
緑色のドレスに白のケープ。縦に巻かれた長い髪。その髪色は、先程レビウに撃たれたブリランテの妃、デティシラの髪の色とそっくりだった。
「ディア……?」
必死な様子で駆けてくるお姫様。
オルエッタの次にやってきたのはディアだった。その姿を見て、メルチェは力なく彼女の名前をつぶやく。
メルチェの前までやってきたディアは、はあはあと息を切らしてしゃがみこんだ。メルチェは、ディアがこんなふうに汗をかいているところを初めて見た。ディアはメルチェの顔を覗き込み、勢いよく話し出す。
「よかった、ここにいたんだね。怪我とかしてないよね。まわりの人に聞いたりして、今までずっと探してて。騒ぎがあったって聞いたから、だから、もしかしたらって……」
ディアはひどく興奮しているようだった。急いでいるような、焦っているような様子だ。メルチェの両肩を思い切り掴み、頬を紅潮させている。
「お前、なんでこんなところに。てか、そんなに走って大丈夫なのかよ」
異様な雰囲気のディアに驚くアシッド。身体が弱いのにあんなに走ってきて大丈夫なのかと、どうやら心配しているようだ。けれどディアは「そんなこと、今は……!」と勢いよく首を振った。乱れた巻き髪が揺れる。
「メルチェ、わたし、メルチェに伝えないといけないことがあってね」
ディアは強い力で肩を掴んだままメルチェを見つめた。けれど、すぐにディアはハッとしたような表情になる。エメラルドの瞳が微かに震え、左右に泳いだ。気が付いたのだ。メルチェが目を逸らしたことに。
「メルチェ……」
ディアは呼吸を整えつつ、掴んだメルチェの肩を離した。そして気持ちを落ち着かせ、改めてまわりを見回す。
騒がしい人魚旧街地。
たくさんの警備。
地面の血痕。
噂をする人々。
そして。
「……レビウさんは?」
レビウがいない。
「……」
何も言わない三人を見て、ディアは俯いた。
青い顔をするディアに、オルエッタは「もしかして、この騒ぎと関係あること?」と優しく尋ねる。ディアはこくんと頷いた。
騒ぎ。
その言葉を、ディアも先程港町で聞いていた。発砲事件。王族の女と兎族の少年がいたという話。それを聞いたとき、ディアは自分の母親がメルチェたちに会いに行ったのだと確信した。それであんなに焦って駆けてきていたのだ。
「ごめんなさい、わたし……」
ディアは顔色を悪くしている。メルチェは顔を上げ、そんなディアのことを見つめた。よく見ると、瞼が赤く腫れている。まるで、さっきまでたくさん泣いていたかのようだ。髪も服もくしゃくしゃで、急いでここまで来たことがわかる。それに、ハイリスも、メイもいない。一人で来たのだろう。
「ディア……何があったの……?」
メルチェがディアに問いかけた。
「……メルチェ…………」
するとディアは腫れた目からぽろりと一粒の涙を流す。
そして、
「ハイリスが死んだの」
と言った。
その瞬間、メルチェも、アシッドも、オルエッタも、みんなの表情が固まる。
「遺書に全部書いてあったの」
ディアはそう言って、堪えていた涙を次から次へと溢れさせ始めた。だんだん嗚咽が漏れだして、最終的にはわんわんと泣き出す。
「ハイリスが……?」
オルエッタが眉を顰めた。
「遺書って……」
泣き崩れるディアの背中にメルチェが手を添える。
「ハイリスが……ハイリスが全部教えてくれた……お母様がしたこと……! ハイリスは、お母様にずっと協力してた。だけど最後にお母様を裏切って、だから、処刑を……」
泣き声の合間、途切れ途切れに事情を説明しようとするディア。
メルチェもオルエッタもディアの身体を起こしてあげて、ゆっくりとベンチに座らせた。けれどディアはそれきり泣き続けるだけで、詳しいことはわからなかった。ディアは白く細い手で何度も自分の涙を拭う。メルチェは、ぎゅっと彼女の華奢な身体を抱きしめた。
その様子を、オルエッタが悲しそうな瞳で見つめている。二人よりもお兄さんなオルエッタは、しっかりとした面持ちで、みんなに動揺を見せることはなかった。けれど、ハイリス、と、心の中でぽつりと友人の名を呼んだ。
「……アイツさ」
しばらくしてディアの泣き声が多少収まってきたとき、アシッドが口を開いた。
「コッツ・ブロワの戦場に来てたらしいぜ。それでレビウに、メルチェから離れるなって言ったって」
突然聞かされた初めて聞く話に、メルチェは「どういうこと?」と詳細を尋ねる。
「だから、ハイリスもあの戦争に参加してたんだよ。敵軍としてな。なのに、メルチェが危ないってことを教えてくれたんだってよ。タルモが言ってた」
メルチェは驚きを隠せない。オルエッタも同じ様子だ。
ハイリスがコッツ・ブロワの戦争に参加していた? 敵軍として?
二人が困惑していると、ディアがしゃくりあげそうになりながらも、はっきりとした口調で言った。
「たしかに、ハイリスは戦争に参加するって……遺書にも。それでそのあと、重要な資材を勝手に使ったって。だから、処刑されたって」
みんなが顔を見合わせる。
「それ、もしかして……」
”重要な資材”というディアの証言に、メルチェには思い当たる節が一つだけあった。
それは、魔法使いが持っていた、レビウの魔力の入った小瓶だ。
たしかあのとき、魔法使いがそれを使おうとした瞬間に中身が消えていった。もし、他の誰かが使ったのだとしたら。もし、その小瓶の中身を、敵軍の中で”重要な資材”を使える人――ハイリス――が、コッツ・ブロワを助けるために使ったのだとしたら。
メルチェは考え込む。けれどそのもしかしての続きを言葉にする前に、オルエッタが「ちょっと待ってよ」と大きな声を出した。
「それって、コッツ・ブロワを襲ったのはブリランテの軍だったってこと?」
オルエッタはとても混乱しているようだった。
彼が驚くのも無理はない。世界のトップである王国がコッツ・ブロワのような田舎町に一方的に軍を放ったとなると、世界的なニュースになってもおかしくないのだ。オルエッタは自分の拠点である王国が、そんなことをするだなんて想像もできなかった。
「王国自体の軍っていうか……」
けれどディアが、そうではない、というニュアンスの雰囲気で口を開く。
「ブリランテのお妃様……ディアのお母さんが、私のことを殺そうとしてたみたい」
するとその後、ディアが言い淀んだ言葉を、メルチェが付け足した。
「デティシラ様が!?」
メルチェの言葉を聞いたオルエッタは、さっきよりももっと大きな声で驚愕する。
「なんでそんな。もしかして、今日の騒ぎってメルチェを狙って起きたってこと? だからレビウが守ろうとして……」
オルエッタの大体正解している推測に、メルチェはこくんと頷いた。
「レビウはお妃様の従者だったって。それで、昔に私の両親を……その。殺すのに協力したって」
「ま、まさか。たしかにレビウは王宮で働いてたけど、そんなこと……」
「私も信じられないんだけど、レビウが……」
「ごめんなさい、ごめんなさいメルチェ」
メルチェがオルエッタに知っていることを説明していると、途中でディアが両手で口元を覆いながら謝りだした。メルチェとオルエッタはディアの方を見る。その瞳は水面のように潤んでいた。
「わたし、何も知らなくて。お母様がメルチェを殺そうとしていたなんて、知らなくて。ハイリスがそれに関わっていたのとか、レビウさんが王宮で働いていたのとか、何も……」
ディアの身体は震えていた。真っ青な顔色をして、また泣き出しそうに言葉を詰まらす。
「王宮でレビウに会ったことなかったのか?」
「わたし、ずっと長い間、自分のお部屋から出たことがなかったから……」
そしてアシッドの問いに答えた後、ぐっと唇を噛み締めて黙り込んでしまった。冷たくかたいベンチの感覚が、ディアのドレス越しに身体へと伝わってくる。握りしめた拳の中で、爪が手のひらに食い込んでいた。
ディアは、自分の母親が友達を不幸に陥れているだなんて考えたくなかった。メルチェのことが大切だった。メルチェといるのが楽しかった。生まれて初めてできた友達だった。けれどディアは、メルチェがこの一件で自分から離れていってしまったとしても仕方がないと思った。それくらいに、自分の母親はメルチェにひどいことをしたのだ。
ディアはぎゅっと目を瞑る。真っ暗な視界が、どこまでも広がっていく気がした。
「ディアは悪くないわ」
そんな中、まぶしい光がどこかに見えた。
目を開けると、メルチェが自分の顔を覗き込んでいる。こちらを見つめるその瞳は、まるで宝石のような、金色の輝きを宿していた。
「ディアが、私や私の両親を殺そうとしたり、戦争を起こそうとしたり、レビウを攫ったわけじゃないんだもの。あなたがそんなことをしない人だって、ちゃんとわかってる」
メルチェはまるで小さい子に言い聞かせるようにディアに語りかけていた。説得させるような、納得させるような、強く、けれど優しい言い方だ。
「ディアのお母さんが何を考えているのかはわからないけど……それがどんな思惑であったとしても、ディアはずっと、私の大切なお友達よ。こんなことで変わったりしないわ」
にこりと微笑んだメルチェ。それは、本当の気持ちだった。
「メ、メルチェ……」
ディアは、思わずまた泣き出してしまった。腫れた目をさらに腫らすディアの涙を、メルチェが一生懸命に袖で拭う。
メルチェは、きっとディアは自分の母親がしてしまったことを考えて思いつめてしまっていたのではないかと思った。自分がしたわけではないけれど、自分の存在のせいで起こってしまったこと。メルチェは、それで罪悪感を覚えてしまうディアの気持ちが痛いくらいにわかっていた。
それに――
「ハイリスはそんなことを願って、ディアに手紙を書いたんじゃないと思う」
メルチェはディアの背中をさすりながら言った。
これは、さっきの”もしかして”から考えついたことだ。
いつもディアのことを一番に思っていたハイリスは、ディアに送った遺書で、デティシラに協力していたのだと告白した。けれど、きっとコッツ・ブロワの壊滅を止めてくれたのは彼だ。メルチェは、ハイリスは自分たちを助けるために動いたというよりも、ディアが悲しむのが嫌だったのではないかと思った。
デティシラと魔法使いの作戦を止めてくれたハイリス。
ハイリスの遺書の内容を伝えるため、ここまで来てくれたディア。
メルチェは、ここで自分が立ち止まってどうする、と思った。
両親の死の真相も、お妃様の思惑も、レビウのことも、全部わからない。わからないことだらけだ。けれど、立ち止まっていてはずっとわからないまま。それでいいのか。いいわけがない。全部、ちゃんと知りたい。知るべきだ。自分のためにも、レビウのためにも。
メルチェは気持ちを奮い立たせた。
金色の瞳が、燃えていた。
「あのね。それで、ディアに一つだけお願いがあって」
ようやく涙が流れなくなったディア。メルチェの綺麗な目を見つめたまま、きょとんとした顔をする。そんなディアの両手を、メルチェは強く握った。
「私を、王宮に案内してほしいの!」
「――え!?」
メルチェの言葉に、三人全員が声を上げる。
「お前、何言ってるかわかってんのか? 自分の命が狙われてんだぞ!」
「わかってる! わかってるけど……」
戸惑うディアの代わりに、アシッドが突っ込みを入れた。けれどメルチェはそんなことはとっくに理解しているようだった。王宮には、さっき自分を襲ってきた妃やその従者たちもいる。それに、きっと従業員や関係者でもない民間人が、王宮の門を潜ることは難しいだろう。
それでもメルチェは決意を曲げたくなかった。立ち止まりたくなかった。決して譲れないことがあったから。
「……レビウのことが心配か」
すべてを悟ったかのように、アシッドが言った。
「……ええ。レビウを助けなきゃ」
強い瞳を輝かせるメルチェ。その光に、アシッドは吸い込まれてしまいそうになる。
「レビウは五年前の列車事故を起こしたって言ってた。それで私の両親を殺してしまったって。だけど、私はレビウがわざとそんなことをする人にはどうしても思えない。もしそうだったとしても、どんな理由があったとしても、理由がなかったとしても。私はレビウから直接話を聞きたいの」
メルチェは今朝、レビウが自分たちにすべてを話そうとしてくれたことが嬉しかった。ようやくレビウの口から、レビウのことが聞けると思った。レビウのことを知りたい。他の人が話していたことなんてどうでもいい。メルチェは、レビウからレビウの話を聞きたかった。
「……そうだな」
それは、アシッドも同じ気持ちだった。
出会ってから、旅をしている間も何かを一人で抱え込んでいる様子の兎をずっと見てきた。そんなやつが、話を聞いてほしいと言ってくれた。一匹狼だったアシッドにとって、メルチェもレビウも、いつの間にか大切な仲間になっていた。仲間を放っておく選択肢なんて、アシッドにはなかった。
「あ、あの!」
メルチェとアシッドが覚悟を決めたときだった。
ずっとベンチに座っていたディアが、「案内するのはもちろんなんだけど……!」と前置きを言って力強く立ち上がった。何やら提案があるようだ。
「先にわたしが、お父様とお話をさせてもらうのはどうかな……? ハイリスの手紙を読んだ後、すぐにお父様のところへ行ったんだけど、仕事で出掛けていて話せなくて。お父様が事情をわかってくれたら、きっとメルチェも安全に王宮へ入ってこれると思う」
ディアは、またメルチェが襲われることを心配していた。メルチェが傷付くのは嫌だった。メルチェのことも、レビウのことも助けたい。自分が王宮の人間であることを利用できればいいのではないかと思ったのだ。
「お父様って、ブリランテの王様にってこと?」
「うん、そう。お父様、すごく優しい人だから、きっと何とかしてくれる。ハイリスもお父様に話をしてって言ってくれてたんだ。それに……」
「それに?」
「お父様も、メルチェに会いたがってると思う」
目を合わせずに、ディアは言った。
メルチェはその言葉の意味がわからず首を傾げる。
「と、とにかく。今はブリランテへ向かおう? 後でレビウさんの話を聞いたら、きっとわかることだから……」
メルチェはずっとディアの言っている意味がわからないままだったが、とりあえずブリランテへ向かわなければいけないということには同意だった。ディアは、レビウはきっと王宮の地下牢に連れていかれたのだと言った。ハイリスもそこに閉じ込められていたらしいと。みんな、互いに顔を見合って頷いた。
.
海底を歩き、駅へ繋がる地下道を通って階段をのぼる。
駅舎は急ぎ足の人々で賑わっていて、その間を縫うようにメルチェたちは歩いた。切符を買い、改札を通り、ホームで列車を待つ。
ホームは海上にあって、線路は少し水に浸っていた。波の下に見える錆びた鉄や藻のついた石。珊瑚の欠片も流れ着いていた。ホームの端の向こう、ずっと先の方には、まっすぐな水平線が空と海の境界を作り出す。そのまた向こうに、王国はあるのだ。
「オルエッタ、俺たちについてきてよかったのか?」
メルチェがホームからの景色を眺めていると、アシッドが伸びをしながらオルエッタにそう尋ねた。
オルエッタは「もっちろーん」と陽気に返事をした後、「オイラだってレビウのことが心配だからね」とにっこり笑った。メルチェはぐるぐるの目を覗き込む。
「でもこれから仕事なんでしょ?」
「うん、そうだよ。だから、メルチェたちと一緒に直接助けにはいけないけど……オイラは、君たちのことも心配なんだ」
ぐるぐるの目は、今日だけ海面の水色に染まっていた。メルチェは「オルエッタ……」とつぶやき、胸をぎゅっとさせる。
「だから、何も気を遣わなくて大丈夫! トラックのみんなにも説明してあるし、向こうで合流するよ」
オルエッタが明るい声でそう言ったとき、天井のスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。
――二番線に列車が到着します――
するとすぐに海面から列車が顔を出し、大きな水飛沫がみんなの洋服に微かにかかる。
徐行運転の末、列車がホームに停車すると、再びアナウンスが流れた。扉が開くと、たくさんの人が流れるように降りてきて、扉の両脇にはけて並ぶメルチェたち。
列車に乗り込むと、中は暖房が効いていてあたたかかった。四人はボックスの指定席に座り、ふう、と一息つく。青いシートの座席がふかふかだった。窓が大きくて、その上に、荷物を載せる網棚がついている。
しばらくすると車体が動き出し、大きな水音を立てながらまた海中へと潜りだした。来た道を戻るらしい。メルチェたちの乗った海中列車は王国と北港町を往復するワンマン列車だ。
正面の席で、アシッドがリクライニングを倒して目を瞑り始めた。隣に座ったディアは手を握ってくる。オルエッタは長い足を組んでシルクハットを脱いだ。ちぎれた片耳が露になる。メルチェは窓の外に目をやった。
列車が完全に海中へと潜りきると、浅瀬はよく日光が入り込んでいて、とても綺麗だった。透明の水色が白波をクロスさせて泳いでいる。人魚や魚、海獣が優雅に泳ぐその景色は、なんだかやはり、夢のようだった。
だんだんと、御伽噺のような街が見えてくる。メルチェは昨夜のことを思い出す。目を閉じると、レビウの顔が、寂しそうに笑っているのを覚えていた。けれどその後は、サイダーのような泡がいくつも、いくつも、珠になって沸き上がる音が、耳元で聞こえているだけだった。




