遺書
――拝啓、親愛なるディア様
あの夜からまたしばらくお会いできておりませんが、いかがお過ごしでしょうか。お身体は、体調に問題はございませんでしょうか。突然のお手紙で驚かせてしまったかもしれませんが、この手紙を読んでくださっているということは、私はもうあなたにお会いすることはできないのでしょう。
さて、ディア様にこの手紙を書いているのには、理由があります。
私がディア様の執事業務の裏でやってきた、大切な業務のことをお伝えするためです。それは、この国の妃、そしてディア様の母であるデティシラ様と、彼女に仕えていた自分たちの、罪の告白とも言えるでしょう。
黙っていれば、きっとディア様のお心が傷付くことはなく、デティシラ様の計画も円滑に進むのだと思います。けれど、きっとあなたはそんなことを望みません。素直でお強いあなたの傍、あなただけを思って生きていた私は、あなたに誓った忠誠の証として、すべてをお話いたします。
この愚かな計画の末、さらなる不幸があなたを傷付けないために。
ディア様がまだ幼子の頃。約五年程前、遠くの国で大きな列車事故がありました。
多数の死傷者の他、行方不明者も出て、列車の下敷きになったり火事で燃え尽きたりして、どこの誰だかわからない遺体もあったそうです。
そこに、ディア様の知っている人間が乗り合わせていました。あの檸檬色の髪をしたおさげ――メルチェと、その両親です。
事故後、母親はその場で死亡が確認されました。しかしメルチェの遺体はいくら探しても見つからず、行方不明。きっと炎に焼かれ、瓦礫に飲み込まれてしまったのだろうと、唯一生き残った父親は泣く泣く諦め、憔悴しきって母国へと帰ってきました。
そこで彼を待っていたのは縁談の話でした。
それも国同士の契約結婚で、なぜこんなときに、と思ったでしょうが――彼の両親はこんなときだからこそ誰かに支えてもらうべきだと思ったのかもしれませんが――家族を失い自暴自棄になっていた彼はもうどうでもよくなって、言われるがまま婚姻届に判を押しました。
その結婚のお相手が、あなたの母、デティシラ様です。
つまりメルチェの父親は国王、そしてディア様の義理の父親。ディア様とメルチェは、血の繋がらない姉妹ということになります。
そして、列車事故には裏があります。
あれは事故ではなく、デティシラ様が仕組んだものだったのです。
デティシラ様は、ずっとご自身の胸に秘めた願いがありました。それはディア様を、ブリランテ王国の女王にすることです。自分が国王と結婚するために、国王の家庭を壊す計画を立てたのです。けれどメルチェは運よく生き残り、殺すことはできませんでした。デティシラ様の従者は、両親は死んだのだと嘘を吐き、メルチェを遠くの港町へと売り飛ばしました。
これでデティシラ様の計画は終わるはずだった。自分は無事ブリランテの妃となり、ディア様は姫となった。このまま順調に歳を重ねれば、国王の一人娘であるディア様は将来女王になれる。
――しかしある日、国王はメルチェがまだ生きているのだと知ることになります。
死んだと思っていた娘がまだ生きている。それを聞いた国王は、急いでメルチェを探し始めます。それを知ったデティシラ様はお怒りになって、国王に密告をした従者にメルチェを殺すよう命令を出しました。それとは別に、殺し屋の魔法使いまで雇ったのです。
この計画に、私も加わっておりました。
私は前任――国王に密告した従者――がいなくなってから業務を任されていたので後から聞いたことの方が多いですが、それでも、この一人の人間を殺すための計画に参加していました。ディア様がメルチェを大切にしていることを知っているのにです。出張の仕事内容だって、本当は偵察のためでした。この後も、私は戦争に参加します。
運命にあらがえない、あらがう勇気のない、私はとんでもない愚か者です。無力で、無能で、何も持っていない人間です。本当は、あなたの傍にいられるような人間ではありませんでした。あなたの手を握れるような、そんな人間ではなかった。それでも、あなたの傍にいたかった。こんなわがまま、許されることではありませんが、あなたの傍にいると、こんな俺でも心があるような気持ちになれたんです。こんな俺に、優しくしてくださってありがとうございました。そして本当に、申し訳ございませんでした。
これを読んだら国王のところへ行ってすべてをお伝えください。もしもこの後の計画が失敗すれば――きっと、デティシラ様は、またすぐに動き出します。
突拍子もなく、こんなお話を文章でお伝えすることになってしまってすみません。どうか、この先ディア様が幸せでありますように。心身ともに健やかで、悲しみや寂しさが訪れることなく、ディア様がディア様らしく過ごせますように。心からそう願っております。お元気で。
――ハイリス
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若い従者が王宮内で処刑されたと噂になった。
メイが目を腫らし、泣き崩れながら部屋にやってきたとき、ディアはすべてを悟った。
ハイリスが死んだ。
彼は任務で使うはずだった重要機密資材を個人で使用して、大層な損害をもたらしたらしい。数日間王宮の地下牢に閉じ込められたのち、死刑宣告を受け、打ち首になったようだった。処刑は内密に行われており、彼の最期を知る者はいなかった。王宮の従者たちの噂が尾ひれにはひれをつけて、どんどん膨れ上がっていった頃、急に処刑者の名前が浮上した。妃の従者でありこの王国の姫君に仕えていた彼の存在を王宮の中で知らないものはおらず、そんな彼の死は、従者みんなを困惑させた。
「そんな……何かの間違いだよ、だってハイリスが……そんなわけ…………」
眩しい白昼だった。
晴天の真ん中を陣取る太陽が王国のすべてを照らし出す。美しい建物が氾濫し、日の光で白く輝いた街は、この窓の外でいつもと変わらず絵画のような景色を作り出していた。
ディアはベッドから起き上がり、床に崩れたメイのそばに寄る。
「この……このお手紙を……ハイリス様が」
震える手には白い封筒。
「少し前に渡されていたのです。何かあったら渡してくれと。ディア様に……」
ディアはメイから手紙を受け取る。頭を真っ白にさせたまま便箋を取り出し、一文字一文字ゆっくりと読み上げた。
「ど、どうして…………どうして、ハイリス、こんなの、まるで」
遺書みたいだと思った。
そこには自分の知らないことだらけの真実と、ハイリスの懺悔、そして自分の幸せを祈る言葉が書かれている。何もかも信じられない。母が、メルチェのことを殺そうとしている? 自分が女王に? メルチェとは義理の姉妹? ハイリスが人を殺す計画に? 感情と思考がこんがらがって、ディアの動悸をめちゃくちゃにしていた。視界が歪む。ディアはしばらく動けなかった。ふっと失ってしまいそうになった意識を、「ディア様!」というメイの声で持ち直す。
「ディア様、大丈夫ですか?」
「……お父様の……お父様のところに、行かなきゃ……!」
ぐるぐると回る意識のまま、急いで立ち上がった。よろめき、壁際のシェルフに勢いよくぶつかる。立てかけられていた本が数冊床に落ち、メイが慌ててディアを支えようとしたが、ディアは夢中で部屋を飛び出した。




