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躍る世界と黒兎  作者: 夢梅
第8章 深緋の雨
53/65

残された人たち 1

 メルチェとレビウがシャトーのホールへと降りていくと、兵士たちが戻ってきていた。

 怪我をしている人も、していない人も、みんな血を浴びていた。兵士たちはそろって「敵が急にいなくなった」と言っていた。それはまるで強力な魔法が使われたときのように、燃え上がった炎も戦っていた敵兵たちも霧のように消えていったらしい。ただ、それは敵側の兵士だけに過ぎない。焼けてしまった果樹や薔薇、崩れた建物、死んでしまった人たちはもう元には戻らないのだ。

 町には今も怪我をして動けない兵士や息絶えた仲間の死体が残されているらしく、手が空いているものは救助へ向かってほしいとのことだった。しかしまだシャトーの中にも処置をしなければならない怪我人が多く、メルチェたちは引き続きソワンやリーシュの元で兵士の手当てに加勢することにした。

 「……」

 声にならない呻き声がそこら中から聞こえている。鼻を突くのは鉄のにおい、そして薬品の香り。

 薄い布や上着を布団代わりに、怪我を負った兵士たちが並んで寝かせられていた。ほとんどの住民がソワンに従って怪我人の治療を行ったり、町に残された兵士たちの救助をしに外へ出て行ったりしていたが、一部の人々はいまだ恐怖で動けずにいた。オルエッタたちエンターテイナーがケアをしてくれているようだが、この一夜でとんでもないトラウマを植え付けられてしまったのだ。

 「ねえ、レビウ」

 そんなシャトーの様子を見ながら、レビウの裂けた二の腕に包帯を巻くメルチェは口を開いた。

 「アシッドは……無事なのよね?」

 レビウは大人しく処置を受けながら床を見つめる。

 「少なくとも、僕と一緒にいたときは無事だった。アシッドは強いし、やられるわけないよ」

 メルチェはその言葉を聞いて少し安心した。気休めでも、たとえ確信のない言葉でも、今はそう言ってほしかったから。

 レビウに巻いた包帯は巻いても巻いても血が滲んできて、ソワンに縫ってもらう必要があるかもしれないと思った。ガーゼを何枚重ねても、包帯を何重に巻いても、血はとめどなく流れ続ける。まるで、どれだけ互いを励まし合っても、どれだけ涙を流し切っても、心の底から無限に湧いてくる不安のようだった。

 メルチェとレビウはソワンを探しに下の階へと降りていった。階段や踊り場にも座り込んでいる怪我人がたくさんいた。メルチェは彼らの身体を踏まないよう、ゆっくりと段差を降りていく。

 「メルチェ……」

 二階についたとき、か細い声で名前を呼ばれた。見ると、そこには目の下にクマをつくったリーシュが立っていた。

 「リーシュ……!」

 「よ……よかった、無事だったのね……本当によかった……」

 リーシュは両手でメルチェの手を取って顔をうずめる。

 屋根裏に隠れに行ってから数時間、戦争が終わっても姿が見えないので心配してくれていたのだ。メルチェはリーシュの華奢な背中に手を回し、優しく抱き寄せた。震えている。あんなに美しかった髪も肌もボロボロになってしまって、上げた顔はずいぶんとやつれていた。

 「……リーシュ、ごめんなさい、私……」

 「やめてちょうだい。違うのよ。メルチェのせいじゃない」

 疲れ切った表情の中、そう言ったまなざしだけが強く光っている。リーシュはまわりの怪我人や窓の外の焼けた町を見て、「だから謝らないで」と言った。そしてそのまなざしは次第に涙で滲んでくる。肩は小刻みに震え、リーシュはくしゃくしゃになったドレスの袖で涙を拭った。抱きしめてくれているメルチェの後ろ、血まみれのレビウを見て、「町のために戦ってくれてありがとうね……」と俯いた。

 そのとき。

 「リーシュ!」

 一階から大声が聞こえた。

 甲冑を身に着けているらしく、ガシャガシャと金属のぶつかり合う音を鳴らしながら階段を駆け上がってくる。何事かと思ったメルチェがリーシュから離れたとき、それに代わって甲冑を着た男が飛びつくようにリーシュを抱きしめた。

 「きゃっ!」

 「リーシュ、よかった、無事で、よかった……!」

 甲冑の男はタルモだった。

 片目に眼帯をつけた彼は、小さなリーシュを潰す勢いで抱擁する。「タルモ、痛いわ」と金属に包まれたリーシュが言うと、「悪い」と身体を慌てて離した。血の付いた甲冑を脱ぎ、タルモは改めてリーシュのことを抱きしめる。不安だっただろう。心細かっただろう。そう言っているかのように、強く強く抱きしめて、リーシュの身体は折れてしまいそうだった。けれど、さっきまで泣いていたリーシュの表情が少しだけ和らいだ。戦場に出ていたタルモが無事に戻ってきて安心したのだろう。

 メルチェとレビウは二人と別れ、下の階へとやってきた。ソワンを見つけ、縫合の処置をしてもらう。その間にメルチェは他の人の治療を、縫合が終わったレビウも無理をしない程度に怪我人の治療を手伝った。

 兵士たちも、手当てをしている人たちも、シャトーにいる人々はみんな疲弊していた。お腹が空き、身体は汚れ、心は傷付いていた。生き残っているのに生気がない。何人もの横たわる兵士の中に、アシッドは見当たらなかった。薬品や物資が尽きそうになるたびにカメリアは馬を走らせた。そうしているうちに月は沈み、空は明るくなってくる。シャトーにいる重症患者の処置は一通り終わり、怪我人の治療も落ち着いてきた。


 「町に残されている怪我人を助けに行きます」


 みんながぐったりと座り込んでいる中、ソワンは言った。

 けれどほとんどの人が疲労でもう動けなかった。怪我をしていない人まで倒れてしまってはいけないので、動ける人だけがソワンと共に町へ行くことになった。

 メルチェとレビウはもちろん一緒に外へ出る。アシッドを探すためだ。それでなくとも、メルチェには自分が休むという選択肢はなかった。

 「では、行きましょうか」

 医療物資の詰まったカバンを下げたソワンが、覚悟を決めたような顔で言う。何を考えているのか、メルチェにははっきりとわかっていた。できるだけたくさんの人の無事を願っている。生きていてほしいと、祈っている。シャトーに運び込まれてきた兵士の中に、ジャスターの姿もまだなかった。

 「……待って」

 みんなの準備が整って玄関を出ようとしたとき、床で三角座りをしていたクロエがゆっくりと立ち上がった。

 「クロエも行く」

 ソワンはクロエが何度も吐き続けていたのを知っていたので、心配して止めていた。けれどクロエは行くと言って聞かず、結局一緒に来ることになった。暗い顔。メルチェはクロエの顔を見て思った。いつもあんなに勝気で生意気だったのに、その面影はひとつもない。きっと現実を受け止めきれないのだ。それでもついて行きたがるのは、大切な町がどうなっているのか、大切な人たちが無事でいるのか、自分の目で見て確かめたいからだろう。

 ソワン率いる救護班は改めて玄関を開ける。生ぬるい風が入り込み、外へ出ていくメルチェたちの肌を撫でた。町へと繰り出すその背中を見て、横たわった一人の兵士が、「行かない方がいいのに」と小さな声でつぶやいた。


 .


 外へ出ると、空にはまだ紺色の部分と、白くまぶしい光を帯びた部分が混ざり合っていた。シャトーのまわり、攻撃を免れた広い庭には白薔薇が美しく咲き誇っている。広場の柳も無事だった。


 けれど、その先はまったく別の世界。


 例えるなら地獄。

 血のにおい。

 風にのって灰が舞い、町は赤黒く染まっていた。矢が刺さり崩れた民家。祝賀会のために飾り付けられたリースや屋台も瓦礫の下敷きになっている。町中に咲いていた薔薇は蔦の燃えカスだけがかろうじて根を残し、飛び散った血飛沫の跡がこびりついていた。行かない方がいい。兵士の言った言葉の意味を一瞬で理解した。

 「……そんな…………」

 子供たちが遊んでいた教会も、ディアと行ったカフェも、建物は半壊し、中はめちゃくちゃになっていた。

 メルチェたちは変わり果てたブロワを歩く。

 シャトーに近いこのあたりには、兵士は残っていなかった。みんなちゃんとシャトーまで辿り着けたのだろう。けれど南下していけばすぐに兵士たちの姿が見えはじめた。建物の傍らに、道の端に、草原の中に、血にまみれた兵士たちが転がっている。処置をしようと急いで駆け寄った。けれど、それはほとんどが死体だった。肩を叩いたり呼吸を確認してみたりもしたが、みんな息絶えている。中には、首や四肢がない死体や内臓が飛び出した死体もあった。惨い現状を目の当たりにしてみんなが顔をしかめる。クロエはまた嘔吐した。

 死体はあとでまとめて回収することになった。とりあえず今は生きている人を探す。救える命を助けることを優先させようということになり、救護班は分かれて行動することになった。ブロワ、コッツ、南、東、西……できるだけ細かくエリアを区切って捜索することにする。みんな数人のグループになってちりじりに町へ繰り出していったが、クロエだけが一人で歩き出していた。

 「クロエ、一人で大丈夫?」

 よろよろと東のエリアへ繋がる通りへ向かうクロエに、メルチェは声をかけた。ピンクのワンピースに黒いシミができている。クロエは力なく振り向いて、「大丈夫」と言った。ブロワの空に朝焼けが滲み、逆光でクロエの顔がよく見えない。その代わり、コッツの向こう、山々にかかる霧雨だけがいつも通りに天を霞ませているのが見えた。


 .


 ソワンやメルチェたちと別れ、クロエは一人荒れ果てた通りを歩く。

 こみ上げてくる胃液に耐えながら、ひび割れた道のタイルにつまずかないよう気を付けて足を進めた。

 「……大丈夫よ、これくらい。町を守って死んだみんなに比べれば。これくらい」

 クロエは一人きりでも強がりを言う。

 けれど、この通りの角を曲がってすぐのところ。仕立て屋。自分の家。薔薇の咲く白い壁。それが、黒い炭の柱だけになってしまったのを見たときには――

 

 溢れ出す涙を、止めることはできなかった。


 「お、おうちが……」


 ずっとずっと、この町で育ってきた。

 生まれたときから両親の作った可愛い洋服に囲まれ、外へ出れば、色とりどりの薔薇が町中に咲き乱れていた。朝、自室の窓を開けると、パン屋のにおいに混じって薔薇の香りが入り込んでくるのがお気に入りだった。コッツの果実はどこで採れたものよりも綺麗でおいしくて、雨だって、優しい雨音はいつでも自分を癒してくれた。あたたかい町の人。みんなが家族のように仲良しで、田舎だけど、コッツ・ブロワで生まれ育ったことは自分の誇りだった。自慢だった。それなのに。

 「なんで……」

 花びら一枚残っていない、戦場と化したこの町で、クロエは立ちすくんだ。

 たくさんの人が死んでしまった。信じたくなくて、悲しくて、道の脇でまた少し吐く。過呼吸にならないようゆっくり息をしてみたけれど、大粒の涙はボロボロと溢れて止まらなかった。もう小さい子供なんかじゃないのに、えんえんと大きな声を出して泣いてしまった。

 しばらく号泣して落ち着いてくると、涙を拭いながら町を歩いた。助けられる人がいないか頑張って探したけれど、やっぱりほとんどが死体だった。タイルの道についた乾いた血。踏んでも剥がれない。土にも血が染みこんで、綺麗だった町が汚された気分だった。

 「!」

 橋の前にやってきたとき、クロエは目を見開く。

 損壊が少ない図書館の壁際に、たくさんの兵士がもたれかかっていたのだ。ここは大通りから遠くて見つかりにくい場所なので、敵から逃れるために非難しに来ていたのかもしれない。それなら生きている人もいるはず。

 クロエはピンクの髪を振り乱しながら駆け寄った。一人一人の身体を揺すりながら声をかけ、懸命に生死を確認する。

 「ねえ、誰か、誰か生きてる人はいない!?」

 しかし、返事は返ってこない。

 「そ、そんな、誰か……」

 また泣きそうになってしまう。ひとしきり兵士たちの呼吸を確認したクロエが、ここも駄目かと諦めかけたときだった。


 「う……」


 声。


 クロエはハッとし、あたりを見渡す。兵士の中から声の主を急いで探した。すると、ここから少し離れたところ。建物の角の柱の陰に、もう一人兵士が横たわっているのを見つけた。

 すぐさま駆け寄り、声をかけようとする。が、皮膚の焼けたひどいにおいが鼻をつく。壊れた甲冑。火であぶられたそれはぐにゃりと溶けて変形し、兵士の足元に転がっていた。右の肩から脇腹にかけ、半身が火傷で膿んでいる。腕はちぎれ、大量に出血している跡があった。

 「ひどい……」

 見たこともないひどい怪我に、クロエはまた嘔吐してしまいそうになった。それでも胃液を必死にこらえる。まだかすかに息をしていることを確認し、クロエは兵士の頬にそっと触れた。

 するとカクンと、首が傾く。

 「え……」

 その兵士の顔を見て、クロエの心臓がドクンと鳴った。


 乱れた黒髪。

 整えられていない太い眉。

 幼い顔つきの少年。


 「……ロン?」


 抉れた身体で動けなくなっているのはロンだった。クロエの手が激しく震える。触れられたことに気が付いたのか、ロンはうっすらと瞼を開けた。

 「ロ、ロン、わかる? クロエよ、ほら、ちょっと、ロン……」

 クロエは触れた頬を優しく叩いた。言葉が上手く出てこない。手も、足も、身体全体が震えてくる。指先が冷たくなり、血の気が一気に引いていく。

 ロンは多量出血で意識が朦朧としており、黒目の焦点が合っていなかった。もう目が見えなくなっているようだ。クロエはあまりのショックに眩暈がしてきてしまった。けれど、そんなクロエの耳に、ほとんど息でしかない、かすれた声が僅かに聞こえてくる。

 「……ク、ロエ……ちゃん…………」

 乾いた唇をほとんど動かさずに、ロンは言った。

 名前を呼ばれたクロエは耐えきれず涙を流して、「そうよ、クロエよ!」と叫ぶ。ロンはその大きな声を聞いて力なく口角を上げ、頬に当てられたクロエの手に、少しだけ頬ずりしたかのように思えた。

 「クロエちゃんだ……クロエちゃん……へへ、オレ、頑張ったっすよ……クロエちゃん守りたくて……それで……」

 「わかってる、わかってるから、話すのやめて!」

 クロエはロンを助けようと、急いでカバンから治療セットを引っ張り出した。けれど怪我がひどすぎてどこから手を付ければいいのか、どう治療すればいいのかわからない。もげた腕。ただれた皮膚。薬? 薬でどうにかなる火傷じゃない。ガーゼ? 怪我の範囲が広すぎて足りない。包帯? 巻くだけじゃ治らない。縫合? ソワンを呼ばなくては。

 クロエは半ばパニックになりながら「ソワンを呼んでくる!」と立ち上がった。けれどスカートの裾をつんとつままれる。そのままするりと指先はほどけたが、クロエは振り向いて足を止めた。ロンが、虚ろな表情のまま瞳をキョロキョロとさせている。離れたクロエを探しているのだ。目が見えていないため、クロエがどこにいるのかわからないようだった。

 「……駄目だ」

 今、ここを離れては駄目だ。

 クロエは直感的に思った。今、ロンを一人ぼっちにしては駄目だ。そうしたら、その間に、もしかしたら――

 嫌な考えが浮かんでしまったクロエはふるふると頭を振る。

 「ロン、ここよ。クロエはここにいる……」

 もう、溢れた涙をもう拭う気にもなれなかった。クロエはロンの前にしゃがんで合わない目を見つめる。

 「クロエちゃん……オレえ……クロエちゃんに、最期まで選んでもらえなかったっすけど……こんなに頑張ったし、来世では……オレのこと……」

 唇が震えて止まらなかった。遺言のような言葉に「馬鹿じゃないの」と言い返す。

 「何が……何が最期よ。何が来世よ。アンタ、一生クロエのファンとか言っといて、今死んでどうすんのよ。これからもクロエのファンでいないと、絶対、絶対許さないんだからね!」

 はあ、はあ、はあ、と短く小さな呼吸が聞こえる。

 「クロエちゃん……クロエちゃん、どこ……?」

 もう、ロンにクロエの声は届いていないようだった。聴覚も失い、また瞳をキョロキョロさせている。クロエは黙ってロンの手を握った。剣技の練習でできたいくつものマメが潰れた、かたく、大きな、優しい少年の手。

 「あ、居たあ……クロエちゃん…………オレ、選んでもらえたんすか……?」

 ロンは浅い呼吸の中、夢中で話している。

 クロエは手を握る力をぎゅっと強くした。するとロンはにこりと笑い、クロエの方を見る。まるで目が見えているかのように、いつものような、大らかな微笑みを見せた。

 「えへへ……嬉しいっす……」

 しかしすぐに顔の表情は緩んでいく。

 「カメリアにも、教えてあげなくちゃ……頑張れば…………選んでもらえる日が……」


 そしてすべての力が抜け、動かなくなった。 


 「……ロン?」

 

 クロエは、冷たくなったロンの手をしばらく握っていた。

 安らかな顔。まるで、眠っているようだ。

 いつも馬鹿みたいに騒がしくて、鬱陶しくて、子犬みたいに走り回っていた彼は、もう二度と動かなかった。無邪気な笑顔も、朗らかな大声も、もう二度と、クロエに向けられることはないのだと、止まった呼吸が告げていた。

 ふんわりと、明け方の風がロンの黒髪を揺らす。空はもうずいぶんと明るかった。朝がそこまでやってきていたけれど、木々のさざめきも小鳥の声もせず、とても静かだった。

 「……嫌だ……」

 クロエはぼそりとつぶやく。

 「嫌だ、嫌だ! ロン! 死んじゃやだよ! ねえ起きてよ! 起きなさいよ! ロンってば!」

 そして、次には大声を出しながらロンの死体に縋りついた。永遠の別れを実感してむせび泣く。どれだけ抱きしめても、名前を呼んでも、ロンの身体が動くことはなかった。だらんと力の抜けた片腕がぶら下がり、脈も心臓の音も感じ取れない。瞼は重く閉ざされ、肌の水分は枯渇していくようだった。

 感情がぐちゃぐちゃになる。こんな別れ、耐えられない。

 クロエはロンに、もっとロンが大切だと言ってあげればよかったと思った。彼の望んでいた恋人や結婚相手のようなものでなくても、クロエにとってのロンは、家族のような、大切な存在だった。いつでも、いつまでもそばにいてくれるのだと思っていたのに。

 「なんで……なんでよ……ロン……」

 もう夜は西の山へと隠れ、淡い水色の空が町の上に広がっていた。町や人が焼け落ちても、いつも通り朝はやってくる。生きている人には次の日がやってくるのだ。

 クロエはしばらく泣きじゃくりながらロンを抱きしめ、手を握ったり顔を撫でたりしていた。けれど、ふと、小鳥が鳴き始めたことに気が付いて、ぼんやりと空を見上げる。朝日がまぶしかった。黄色い雲がぽつんと一つ浮かんでいて、こちらをじっと見ているようだった。

 ゆっくりと、抱いていたロンの亡骸を地面へと寝かせる。

 ワンピースの上に羽織っていたカーディガンを脱ぎ、優しくかけてあげた。ちぎれた腕が隠れるように、冷たい身体がもっと冷たくならないように。

 「……あとで迎えに来るから」

 生きている人を、探さなければ。

 クロエは立ち上がった。胸の痛みはなくならず、ロンの死やひどい怪我の兵士を思い出すとまた涙がこみ上げてくる。気持ちは全然落ち着かないし、この絶望から立ち直れる気もまったくしなかった。けれど、今、できることを。生きている人を助けに行くのだ。

 歩き出した歩幅は小さく、力ないものだった。ふらふらと頼りのない足取り。溢れ続ける涙を何度も何度も拭って、目元が赤く腫れていた。それでも、一人でも多く生きている人を救うために、クロエはまた町を捜索し始めた。

 空に浮かんだ一つの雲が、流れ着いたもう一つの雲とくっついていた。

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