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躍る世界と黒兎  作者: 夢梅
第7章 姫は虹光の中で
46/65

 ――――ここは、どこ?

 

 夢だと気が付くまでに少し時間がかかった。

 ぼんやりと曖昧な意識の中で、私を呼んでる人がいる。晴れた空。そうか、ここはブロワだ。薔薇の木のトンネルをくぐった先に、赤い屋根の一軒家。草花が咲き乱れるのどかな庭。テラスにいるのはおばあさまね。おばあさま、私、姫になれたのよ。おばあさまのおかげよ。

 また裸足で駆けだすと、あのトルソーが振り向いた。


 「え?」


 トルソーの顔は、真っ黒だった。

 砂の宮殿で見た魔女のような、真っ黒な顔。


 「どうしたの? 何かあったの? おばあさま、どうしたの?」

 メルチェがトルソーを抱きしめると燃えカスになってそれは土に還った。怖くなって思わず後ずさる。魔女を見ると、さっきまで座っていたはずのゆりかごの椅子は空席だ。ゆらゆらと風に揺られているだけで、椅子ももう冷たくなっている。


 ――――メルチェ


 声が聞こえる。頭が痛い。割れそうだ。我慢して聞いてくれ、と声がする。この町からみんなを連れて離れるんだ。はやく、できるだけ遠くへ。できることならブリランテへ、ブリランテへ行って国王と話をしなさい。そうしなければ、アイツがやってくる。アイツは悪魔のようなやつだ。だからはやく逃げ


 「メルチェ?」


 何者かに無理やり意識をちぎられた。

 目を覚ましたのはそんな感覚だった。

 「はあ……はあ……」

 すごい汗だ。メルチェがこめかみを押さえながら起き上がると、レビウが心配そうにベッドの脇にやってくる。

 「メルチェおはよう。うなされてたみたいけど、大丈夫かい?」

 「え、ええ。大丈夫よ」

 朝。横殴りの雨が硝子窓を叩いていた。

 あまりの風の強さに、コッツの果樹たちはこぞって斜めに倒れている。地面には大きな葉が何枚も落ちて、まるで嵐が来たようだった。ガタガタ、ガタガタと外に面した壁が揺れ、窓が割れてしまわないか心配になる。先程まで夢を見ていたような気がするが、どんな内容だったか、メルチェはもう忘れてしまった。

 「すごい雨。今日はディアが来てくれる日なのに……」

 大きく伸びをしたメルチェは、暴風雨の景色を見ると明らかに残念そうな顔になった。

 今日は、ディアがコッツ・ブロワに遊びに来てくれる日だ。

 祝賀会の準備をしていく中で、仲のいい友達――ディアにも招待状を出したのだが、なんでも祝賀会の日はピンポイントで外せない予定があるとのことで、都合のいい別日に会いに来てくれることになったのだ。それが今日だった。

 メルチェはおさげを編みながら青息を吐いた。いつも優しい雨に包まれているこの町も、こんなに吹き荒れるほどの天気になることもあるのだな、と思いふける。そんな珍しいお天気、今日じゃなくてもいいのに……と。

 「別にコッツじゃなくてもブロワでいいじゃねえか」

 しょんぼりとしているメルチェを鬱陶しそうに横目で見るアシッドは、ハンモックに寝そべって朝ごはんのパンを齧っている。メルチェは「コッツもブロワもどっちも楽しんでほしかったの!」とそんな狼の尻尾をぶんぶん振り回した。

 「そういえば、今日はオルエッタがイベントをしてるって聞いたよ」

 アシッドの尻尾がメルチェをはたき返したとき、レビウが素敵なことを思い出した。

 「イベント?」

 「うん。ブロワの広場でって言ってた」

 メルチェはそれがどんなイベントなのか検討もつかなかったけれど、オルエッタの考えるイベントなのだから、きっとまたみんなを楽しくさせることを企んでいるんだろうと確信した。せっかくだし、寄ってみてもいいかもしれない。メルチェの気持ちは前向きになる。自分の町になったコッツ・ブロワを、ディアにも好きになってもらいたい。だから、めいっぱいおもてなししようと心に決めていたのだ。

 「よし、そのプランでいきましょう! ディア、早く来ないかしら!」

 気合い十分のメルチェだったが、ディアとの約束はお昼過ぎだった。そわそわしながら時間を待つ。その間に雨も朝よりはましになっていたけれど、よく考えればドレスを濡らしてはいけないじゃない。ということで、結局二人はブロワの橋の前で待ち合わせをすることになった。


 .


 やわらかい日差しが薔薇の花に栄養を浴びせている。

 コッツの天気とは違い、ブロワはいつも通りの快晴だった。高く晴れた空が町を見下ろす。市場には朝に採れた果実や隣町から仕入れた豆やハムなどが並び、行きかう人々が屋台のラインナップに目を落としていた。広場へと繋がる通りへ子供が数人駆け出して、教会へと走っていくようだ。その後タイルの上をやってきた馬車に、メルチェは顔を明るくさせる。馬車は橋の前でとまり、天使のような女の子が一人、ゆっくりと中から降りてきた。


 「メルチェ!」


 銀色の巻き髪にポンパドール。

 緑のドレスに白いケープを羽織り、にっこりと咲かせた可愛らしい笑顔。


 「ディア、来てくれてありがとう!」

 馬車から降りてきた天使のような女の子――ディアは、メルチェに抱きついた。メルチェもぎゅっと抱きしめ返し、彼女の名前を呼ぶ。

 ディアはメルチェから離れた後も嬉しそうな顔のままだった。二人は「久しぶりね」と手を取り合い、互いが元気に過ごしていたかを確認する。そんなことをしていたため、メルチェはディアの後ろから降りてきたもう一人の人物に気が付くのが遅くなってしまった。

 「こんにちは。あなたがメルチェ様ですね」

 ハキハキとした女の人の声。メルチェが馬車の入口を見ると、そこにはお団子頭のメイドが立っていた。紺色のワンピースにフリルのエプロン。カチューシャには金色のピンが三本ついている。

 「メルチェ、紹介するね。新しく侍女になったメイだよ」

 ディアの紹介に、メイとメルチェはお辞儀をし合う。

 「初めまして、メイ。私はメルチェ!」

 「ディア様からお話は伺っております。メイと申します。よろしくお願いいたします!」

 メイは明るく笑った後、「それでは、お帰りの時刻にお迎えに上がりますので」と馬車に戻り、窓から手を振った。ディアは「はーい」と返事をし、メイに手を振り返す。馬車は橋を渡り雨のコッツへと走り出した。メルチェとディアは馬車が角を曲がるのを見届けて、またお互いの顔を見て笑った。

 「新しいメイドさんなのね。ハイリスはどうしたの?」

 メルチェが気になったことを聞く。するとディアはグリーンの瞳をふいと逸らし、「別の業務で忙しいんだって」と悲しそうに言った。

 メルチェは、ディアがハイリスと離れ離れになってしまったことが寂しいのだろうと思った。私だって、レビウやアシッドと離れ離れになったらきっと寂しい。詳しいことはわからないけれど、メルチェはディアを寂しい気持ちにさせないよう、うんと楽しませたいと思った。

 「ディア! 今日はこの町をめいっぱい満喫して!」

 メルチェはディアの手を強く握る。

 ディアは少し驚いて、だけどまた嬉しそうに微笑んでみせた。


 二人は橋のそばの市場を通り抜け、アパートや民家の並ぶ通りにやってきた。ここはメルチェがいつも配達で通っているエリアだ。家のベランダや屋根にも薔薇は生い茂り、蔦や葉が伸びてグリーンカーテンのようになっている。その通りの一角に、小さなカフェがあった。

 「ここ、気になってたお店なの」

 「そうなんだ! とっても可愛いお店!」

 カフェの壁には薔薇が咲き乱れていた。大きな窓と木の扉だけが薔薇の蔦から逃れ、扉の上には丸いテント屋根が張られている。テントには看板の代わりに印刷されたお店のマーク。

 中に入るとベルが鳴り、店員が「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた。メルチェは「二人」と指で人数を伝える。窓際のあたたかい席に通され、ディアはケープを脱いで隣の椅子に置いた。

 「ケーキのメニューいっぱいだね」

 「パフェもあるみたい」

 天井ではシーリングファンが回っている。二人は木のテーブルに準備されていたメニューを開き、カフェタイムのページをじっくりと吟味した。フルーツパフェやチーズケーキ、タルトにシフォン。おいしそうなスイーツが一面に並んでいる。しばらくすると先程の店員がやってきて、メルチェは紅茶とミルフィーユ、ディアはパンケーキと、メルチェにおすすめされた木苺のジュースを注文した。

 「えっと、メルチェ」

 店員がいなくなり、メルチェがグラスの水を飲もうとしたとき、ディアが何やらもじもじし始めた。

 「どうしたの?」

 メルチェがグラスを置くと、ディアはドレスのポケットから花柄の封筒を取り出す。

 「これ! 姫になったお祝い。おめでとう!」

 ディアはそう言って封筒を差し出した。

 メルチェはまさかお祝いをしてもらえるなんて思ってもいなかったので、目の前の封筒にびっくりしてしまう。

 「えっ!? 嘘、ありがとう……!」

 恥ずかしそうに手渡された封筒は、思いのほか大きくて分厚い。膨らんだ中身が何なのかまったく見当もつかないまま封を切ると、中から二つ折りの厚紙が出てきた。

 それをゆっくり開くと――


 「わあ、すごい!」


 中身は手作りのメッセージカードだった。


 開くと鳴り始めるオルゴールが付いているようで、カフェには小さな音で穏やかな曲が流れ始める。カードには立体的に飛び出す切り絵が施されていた。薔薇の花と、おさげの女の子。それに兎と狼。切り絵で表現されたそれは繊細な模様を描いてレースのように広がっている。

 「これ、ディアが作ったの!?」

 「う、うん。下手だけど……」

 「そんなことないわ。すごく素敵! こんなのどうやって作るの!?」

 謙遜するディアに感嘆の声を上げるメルチェ。ディアは少しの間「こことか上手くいかなかったし」と自信なさげな様子だったが、そんなこと気にもせずに切り絵を眺めて喜ぶメルチェを見て、だんだんと目尻を下げていった。

 「この町の姫になるなら、旅はどうするの?」

 メルチェが切り絵を大切に封筒に仕舞ったとき、ディアが尋ねた。

 「続けていいって言ってくれたから、ブリランテまでは行こうかなって」

 メルチェがそう答えると、ちょうど店員が飲み物を運んできた。紅茶の湯気が目の前を遮り、ピンク色をした木苺のジュースを見て「可愛い」と言ったディアの顔がよく見えない。が、きっと可愛らしく微笑んでいるのだろうと思った。

 「……あのね、メルチェ」

 ティーカップをテーブルの端に寄せる。視界から湯気が消えると、ディアは何とも言えない神妙な面持ちをしていた。微笑んでいると思ったのに。

 どうしたのかとメルチェが首を傾げると、「実はわたしね」とディアが言った。何やら言いづらい話をしようとしているらしい。メルチェはディアの瞳をじっと見つめて、「どうしたの?」と優しく微笑んでみせた。するとディアはハッとして、勇気を振り絞ったようにぎゅっと目を瞑る。そして、ついに言葉を口にした。


 「わたし、ブリランテに住んでるの……!」


 数秒だけ沈黙が流れ、その間にミルフィーユとパンケーキが運ばれてくる。

 「……ええ!?」

 ディアの言葉に、メルチェは時間差で驚愕した。

 たしかに砂の宮殿で話をしたとき、ディアはこの宮殿よりももっと大きなお城に住んでいると言っていた。だけど、まさか。国々のトップを張るブリランテのお城のことだったなんて……

 「そ、そ、それって、王国のお姫様ってこと!? よね!?」

 メルチェの反応に、こくんと頷くディア。

 ミルフィーユはディアの方に置かれ、パンケーキはメルチェの方に置かれていた。二人はミルフィーユとパンケーキを交換し、テーブルの上を整理する。

 「今まで隠しててごめんね……。王国の姫だってバレると騒ぎになっちゃうから、あんまり言っちゃいけないことになってるの。だけどメルチェは仲良しだから言っておきたくて……」

 メルチェは「そんなのいいのよ!」と首を横に振った。

 「だけど私、びっくりしちゃった! 知らない間に王国のお姫様とお友達になってたなんて」

 メルチェのにっこりと笑った顔を見て、ディアはほっとしたような表情になった。そして同じようにえへへと笑う。そのまま、とろけるようなホイップの上にたくさんのフルーツがのったパンケーキへ、さらにシロップをかけた。

 「あとね。ハイリスに、メルチェたちをブリランテまで連れて行ってあげられないか頼んだんだけど……そういうのは駄目だって。ごめんね」

 ディアは眉毛を下げて言った。メルチェはまだ熱い紅茶を一口すすり、「大丈夫よ!」と今度は片手を振った。

 「ゆっくり旅をするのも楽しいから。だけど頼んでくれてありがとう!」

 メルチェがお礼を言うと、ディアは一瞬同じように笑った後、またもや眉毛を下げ直して、「いいなあ」と俯いた。

 「わたしもいつか旅をしてみたい……」

 窓の外、町の人々が楽し気に歩いている様子が伺えた。白昼の日差しは強く、二人の明るい髪がキラキラと照らされて輝いている。

 ディアはストライプ柄のストローでジュースを一口飲んで、メルチェが「いつか一緒に」と言いかけたとき、「食べよっか」とストローからカトラリーに両手を持ち替えた。

 「いただきます」

 二人はスイーツを食べ始める。

 メルチェはミルフィーユにナイフを入れた。すると、形が崩れてカスタードクリームが溢れてしまった。けれど、みずみずしいイチゴも、サクサクのパイ生地も、とてもおいしそうだ。なんとかそれらをまとめ上げて口に入れると、甘酸っぱい果実とバニラビーンズの効いたカスタードの味が混ざり合って広がっていく。

 うーん、と幸せな顔を浮かべていると、同じ顔をしたディアと目が合った。飲み物を飲んだ後、一口だけ交換して食べた。

 「ディアは普段どんなことをして過ごしてるの?」

 付け合わせのアイスをすくいながらメルチェが尋ねる。

 ディアは、出会った頃からやたらとお出掛けしたがっているようだった。身体が弱く、部屋から出られるようになったのは最近だと言っていたし、外の世界へ憧れがあるのだろう。そんな気持ちを抱いたまま、王国の大きなお城で、どんなふうに日々を過ごしているのか気になった。

 「うーん。だいたいお部屋にいるかなあ」

 ディアは口についたホイップを拭った。

 ピアノにお絵描き、勉強もさせられている、と続けた後、切り絵は楽しくて暇さえあれば作っているとも答えた。もう何百枚も作っているとディアが指を折ると、メルチェは「作品集が作れるわね」と、さっき貰った封筒を振った。ディアはふふっと照れ笑いをする。

 「でもやっぱり外に出られないのは退屈だよー」

 部屋の中でも充実していそうだと思ったメルチェだが、本人はそうでもないようだ。ディアはストローの先で氷をつつき、間に挟まった木苺の果肉を懸命に吸おうとする。けれど途中で諦め、はあ、とため息を吐いた。

 「ハイリスの出張について行く前――あ、メルチェたちに出会うちょっと前のことなんだけどね。一度、王宮から抜け出して街をお散歩したことがあったんだ」

 メルチェはイチゴを喉に詰まらせそうになる。

 「抜け出したの!?」

 「そうなの。どうしても外に出たくて! あのときは楽しかったなあ」

 イチゴを無事に飲み込み、少し冷めてきた紅茶で喉を潤すメルチェ。

 ディアは慣れた手つきでナイフを使い、パンケーキを器用に小さく切る。窓の外を見て、王宮を抜け出したときに心に残ったブリランテの景色を羅列し始めた。アーチの橋に時計塔、広い川を滑るボート……メルチェはディアの言葉にまだ見ぬブリランテの景色を想像する。自分たちが目指している街は、きっと素敵な街なのだろう。

 「初めて見るものばっかりで、すごく新鮮だった。だけど途中で気分が悪くなってきて、倒れちゃったの」

 「え! そのあとどうなったの?」

 メルチェはディアの冒険譚に、物語を聞いているような気分になっていた。ずっと部屋にこもっていた王国のお姫様が、こっそり王宮を抜け出してお散歩をする。けれど、倒れてしまって……この話だけで本が一冊書けてしまいそうだったのだ。

 「そのあとはね、近くを通りかかったおじいさんが助けてくれたの」

 「おじいさんが?」

 「そう、狼族のおじいさんでね。しばらくしてお礼に行ったんだけど、次はおじいさんが寝込んでしまってて」

 メルチェは思わぬ展開に「えー!」と声を上げた。ディアはその反応に少し笑ってしまったけれど、その後はまた俯いてしまう。

 「わたし、自分が恥ずかしくなっちゃった。自分のわがままで王宮を脱走して、体調がよくないおじいさんに看病させて、人に迷惑ばっかりかけちゃったって……だから、もう黙って王宮を抜けだしたりしないって決めたの」

 はあ、と、またため息を吐いたディア。メルチェは語り終わった冒険譚に「そんなことがあったのね……」とつぶやいた。そして、当時のことを思い出して落ち込んでしまったディアに、ミルフィーユの最後の一口がのったフォークを差し出す。

 「外に出ていろんな人と出会うと、自分がちっぽけに思えたりするのよね」

 そんな言葉のあとに「あーん!」と言ったメルチェ。ディアは目を丸くさせた。けれど、思い切ってその一口をパクっと受け取る。もぐもぐとミルフィーユを頬張るディア。ハムスターのような彼女を眺めながら、メルチェは「私もディアと同じよ」と、自分がいかに頼りないのかを説き始めた。レビウやアシッドに守られてばかりで、自分は何もできないことを、旅の中で思い知らされたこと。

 ディアはついに口の中のものをぜんぶゴクンと飲み込んで、グラスの三分の一程になったジュースをストローで一気飲みする。

 「……旅って、楽しいことばかりじゃないんだね」

 そして苦笑した。けれどもう落ち込んでいる様子はなく、エメラルドの瞳でメルチェを見ていた。微笑むメルチェに、ディアはハッとしたようにパンケーキの残りをフォークに集結させて、それを差し出してくる。

 「でも、わたしね。メルチェといるときはずっと楽しいんだ。部屋の外に出たから、メルチェに出会えた。メルチェに出会えて本当によかった!」

 ディアは天使のような笑顔でメルチェにパンケーキをあーんした。メルチェが咄嗟にフォークを咥えると、口の中がパンケーキでいっぱいになる。いっぱいなのは、胸の中もだった。私もレビウの旅についてきたからディアに出会えた。旅が素敵な出会いを運んできてくれた。メルチェはパンケーキを飲み込んで、フォークを持ったままのディアの手を取った。


 「いつか一緒に旅をしましょう!」


 目もあやな強いまなざしに、ディアは思わず何度も瞬きをしてしまう。

 「……うん! 約束だよ!」

 けれどすぐに手を握り返す。自然に解けたその手で指切りをしたあと、二人は揃って「ごちそうさまでした!」と合掌した。


 .


 カフェの外に出ると、気持ちのいいそよ風が吹いていた。薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。ディアの履いたミュールが石畳の音を鳴らし、民家のベランダにとまった小鳥たちがそれに合わせて歌を歌っていた。

 次はどこへ行こうかメルチェが悩んでいると、子供たちが向こうから駆けてくる。よそ見をしながらはしゃいでいた子供は、思わずメルチェにぶつかってしまった。

 「わ! メルチェ、ごめんなさい!」

 「メルチェごめーん!」

 焦りつつメルチェから離れる子供。メルチェは「いいのよ。気を付けてね」と腰をかがめて子供たちの頭を撫でた。「はーい!」と元気よく返事をした子供たちは、メルチェの話をわかっているのかいないのか、また道を走り出した。

 「あっ! ちょっとー!」

 メルチェはディアと顔を見合わせてやれやれと苦笑いした。

 「ふふ。元気だね」

 「怪我しないといいけど」

 今日はなんだかブロワ中が騒がしかった。いつも教会で遊んでいる子たちも今日は町中を走り回っている。よく見るとみんな頭に花冠をつけ、手には風船が持たれていた。

 メルチェはふと考える。子供、花冠、風船……そして、レビウが朝に言っていたことを思い出す。

 「そういえば、オルエッタがイベントをやってるらしいわ!」

 そうか、オルエッタがいるからか。

 確か、ブロワの広場でイベントをやっていると言っていたはず。

 「オルエッタさんが!?」

 ディアも驚いたような、わくわくしたような表情を見せた。

 ディアとオルエッタはブリランテで会ったことがあるみたいだった。なんでも、ディアの誕生日に芸を披露してくれたことがあるんだそう。以前、シャロイの宿で泊まっていたとき、オルエッタが何度かトランプを遊びに来てくれたときに聞いた話だ。

 「行ってみましょう!」

 広場はたくさんの人で賑わっていた。

 噴水の前に水色トラックがテントを張って停まっている。子供が多いが、老若男女イベントに参加しているようだった。みんな彩にあふれた薔薇の花冠を被っている。トラックのまわりにはテーブルが並べられ、人々は何かを作っているようだ。

 「メルチェー! と、ディア様!?」

 メルチェたちがキョロキョロしていると、オルエッタが人混みの中からメルチェたちを見つけてくれた。今日もピカピカの黄色いスーツにシルクハット。癖のある坊ちゃんカットの頭から、薄紫の長い耳がご機嫌そうに伸びている。

 「こんにちは、オルエッタさん」 

 「これはこれはー! お姫様とお姫様のコラボレーション!」

 相変わらずボリュームの壊れたラジオのようなしゃべり方をする三月兎だが、まわりが騒がしいのでなんとか中和された。メルチェは「今回は何のイベントなの?」とあたりを見回す。

 「今日は祝賀会の飾り作りだよ! 薔薇のリースにドライフルーツのランタン!」

 イベントに参加している人々が作っていたのは、メルチェが姫になったことをお祝いする祝賀会の飾りだった。よく見ると、トラックには色とりどりの薔薇やフルーツが積まれている。テーブルに用意されているのはカッターナイフ。みんな薔薇の蔦や棘をカットしたり、ドライフルーツを好きな形に切ったりしている。

 「楽しそう! わたしやってみたい!」

 祝賀会のためにイベントを開いてくれていたのか、と、メルチェが思わぬサプライズに驚いていると、ディアが目を輝かせながら手を挙げた。

 「よーし! それじゃあ、二人ともここのテーブルを使って!」

 オルエッタは、空いているテーブルを案内してくれた。

 カッターナイフを用意してもらっている間に、二人はトラックに積まれた材料の中から好きな薔薇やフルーツをとってくる。メルチェはたくさんの花びらが幾重にも重なって、ポンポンのように咲いている薔薇を中心に集めた。ディアは白薔薇を何種類かとっている。もしかしたらタルモが育てた薔薇もあるのかも、とメルチェは思った。

 「棘が刺さらないように注意だよー!」

 茎を一生懸命にカットしていると、後ろからオルエッタが口を挟んでくる。苦戦するメルチェの隣で、ディアが次々に薔薇を処理していた。

 「ディア、やっぱり手際いいのね」

 「えへへ。細かい作業好きなんだ」

 数本の薔薇のカットが終わり、綺麗な輪っかに編んでいく。網目に木の実を埋めたり、ビーズや金箔を散らしたりし、あっという間にディアはリースを完成させた。顔の大きさ程ある薔薇のリースは、芯の高い形の白薔薇が上品な雰囲気を醸し出している。斜めにかけた金箔がいいアクセントだ。

 「すごい! とっても可愛いわ!」

 「よかった! 祝賀会には行けないけど、これで少しでも力になれるといいな」

 ディアはそう言って微笑み、テーブルの上にリースを置いた。ランタン作りへ移行しようとしたようだったけれど、カットして余ってしまった薔薇を集めると、「リースの残りで花冠を作ってるんだね」と冠を編み出した。茎の束を一本の茎で囲んで編んで、囲んで編んで……メルチェがリースを完成させるまでに、ディアは花冠まで完成させてしまった。

 「はい、コッツ・ブロワのお姫様!」

 白薔薇で出来た立派な冠を、ディアはメルチェの頭に飾る。

 「ディ、ディア……!」

 「よく似合ってるよ、メルチェ!」

 恥ずかしそうにするメルチェに、ディアはにっこりと微笑んだ。

 「ぼくもお姫様してあげたーい!」

 すると、その様子を見ていた男の子が、自分の持っていた花冠を渡そうとしてきた。メルチェがお礼を言って受け取ろうとすると、「やだー! メルチェにお姫様するのー!」とバタバタして花冠を渡そうとしない。

 「メルチェの頭に被せたいんじゃない?」

 メルチェが戸惑っていると、ディアがこっそり耳打ちした。そうか、とメルチェはしゃがみこむ。すると、男の子は嬉しそうに花冠を差し出してきた。そのままメルチェにぽんと被せ、メルチェの頭はとても豪華な装いになった。

 「ありがとう。嬉しいわ!」

 メルチェがしゃがんだまま男の子に笑顔を見せると、そばにいた子供たちがみんなメルチェに花冠を渡し始めた。檸檬色のおさげ髪はみるみるうちに大量の薔薇で飾られ、その姿はコッツ・ブロワの姫にふさわしい華やかさとなる。

 赤い薔薇、青い薔薇、白い薔薇、黄色い薔薇、ピンク色の薔薇、花開ききらない薔薇も、ポンポン型の薔薇も、色とりどりのいろんな種類の薔薇がメルチェの頭上で咲き誇っている。

 「よ! お姫様!」

 後ろで見ていたオルエッタが大声で囃し立てた。

 「メルチェ、おめでとうー!」

 「お姫様ー!」

 すると、まわりにいた子供も大人も声を上げる。

 メルチェがこの町の姫になったことはみんな知っていた。けれど、祝賀会がまだ開かれていない今、町の人の前にメルチェが現れたのは初めてだった。みんな、早くこの町の姫を祝いたかったのだ。誰からともなく拍手が起こり、メルチェは薔薇まみれのまま立ち上がる。

 「……ありがとう! 私、この町のみんなを必ず幸せにするわ!」

 そして自信に満ちた表情でそう言った。すべての人が笑顔を咲かせ、今日、コッツ・ブロワの人々はみんながとっても幸せだった。

 爽やかに染みる風が光り、町を駆けてゆく。

 それはブロワの薔薇の香りを運び、コッツの雨を包み込んだ。イベントが大成功した様子を、シャトーの屋上からこの町の王と妃が眺めている。そんなことには気付かずに、メルチェは抜けるような青さの空を仰いだ。


 「あ……! 虹!」


 メルチェが声を上げる。


 見上げた空には、雲一つない代わり、大きな虹がかかっていた。

 メルチェを彩る薔薇たちのように鮮やかな色彩を並べ、透き通る光輝な天弓。コッツ・ブロワに虹がかかったのは初めてのことだった。まるで姫の誕生を祝ってくれているかのようだ。七色のアーチは人々の目を奪い、メルチェもディアも、町の人々も、みんなが空を見上げていた。この幸福な日を、誰もが忘れないだろう。

 激しかったコッツの雨模様はもういつも通りの天気だった。しとしとと穏やかな雨が降り、遠くの山々を霞ませる。そんな景色を見て、メルチェはレビウとアシッドもこの虹を見ていればいいな、と、思った。

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