後夜祭
舞踏会が終わり、シャトーの天窓からは星空を見ることができた。流れ星が一つ、二つ、涙を流すように夜空を引っ掻く。
「みんな、舞踏会は楽しんでくれただろうか」
そんな中、タルモの堅苦しい挨拶をだいたいの人が聞き流していた。
ホールに用意されたテーブルにはご馳走が並んでおり、人々はお皿を持って群がっている。料理は、町でレストランなどのお店を営む人たちが作ってくれたものだ。木苺屋のラズとエミナが持ってきたフルーツサンドもあった。パーティは騒がしく、大人も子供も大はしゃぎ。
「えー、みんな聞いてないな……挨拶はこのへんにする。後夜祭も楽しんでくれ」
最後の最後だけ、みんなで「はーい!」といい返事をした。困ったように笑うタルモを慰めるリーシュ。今夜ばかりは仕方がない。
後夜祭は最初から大盛り上がりだった。オーディションを終えた姫候補の四人が会場に現れると、人々は大きな拍手で出迎える。大勢の人がメルチェたちを囲み、「よかったよ!」「最高だった!」と笑顔で思いを伝えにきてくれた。
「メルチェ!」
しばらくして人だかりも落ち着いてきたころ、ようやくレビウとアシッドに再会する。
「レビウ! アシッド!」
メルチェは嬉しくなって二人に飛びついた。檸檬色の髪をわしゃわしゃ撫でようとしたアシッド。だが、後ろにいたジャスターが「駄目ー!」とそれを阻止した。
「ああ? なんでだよ」
「その髪すっごく時間かかったんだからねー!」
尻尾を逆立てて怒るジャスターに、乙女心がわからないアシッドは面倒くさそうに引き下がる。メルチェは褒めてくれようとしたアシッドに「ありがとね」とお礼を言った。
「それにしても、お前がかたくなに衣装を見せなかった理由がわかったぜ。ずいぶん気合入ったもん用意してたんだな」
ご馳走を取りにきた三人。大皿にチキンやフライやミートボールパスタを大量にのせるアシッドは、メルチェが今も着ている白いドレスの話題を出した。メルチェは「似合うでしょ?」と調子に乗って一回転する。フィッシュテールドレスの裾が、背中のリボンと一緒に円を描いた。
「馬子にも衣裳だな! なあレビウ!」
軽口を叩く狼がさっきから無口な兎に話を振った。レビウは何とも言えない顔で「えっ?」と返事をすると、チラリとメルチェの方を見る。
レビウは、メルチェのことを直視できないでいた。
――大人びた顔。
紅を引いた唇で笑うメルチェを一瞬見て、レビウはまた目を逸らしてしまった。
化粧をしているからだろうか、お人形みたいだ。ジャスターに揺ってもらったという髪は、綺麗に編み込みされて後ろでお団子になっている。いつものおさげも可愛いが、今日の髪型も新鮮でとても素敵だった。チュールをメインに仕立てられた純白のドレスは天使のようで、艶やかに光を反射する靴と、自分のあげたリボンだけが鮮やかな赤色を彩っている。
「……あんまりだったかしら?」
黙っている兎の様子を見て、メルチェは悲しそうに落ち込んだ。今日は全然目が合わない。メルチェがしょんぼりしていると、レビウは「そんなことない!」と、慌てて首を振った。そして、
「世界で一番可愛いよ!」
と、勢いあまって大きな声で本音を言った。
「よくそんな歯の浮くセリフが出てくるなあ~!」
兎の言葉に爆笑するアシッド。うるさいな、と赤面したレビウは、ようやくメルチェと目を合わせた。
「……全然、あんまりなんかじゃない。すごく綺麗だよ」
赤い目がキラキラしていて、メルチェはドキドキしてしまう。
またもや歯の浮くようなセリフを言ったレビウに、狼は胸やけがしてきた。やれやれだぜと思ったところで、向こうのテーブルから、なにやら似たようなセリフが聞こえてきた。
「世界でいっちばん可愛かったっす!」
三人は顔を見合わせる。
メルチェは、姿を見なくてもその声の主が誰なのかすぐにわかった。たくさんの肉を口に詰め込みだしたアシッドを放っておいて、メルチェとレビウは大声が聞こえたテーブルの方を見に行くことにした。
「オレは一生クロエちゃんのファンでいるっす!」
案の定、死んだ目でジュースを飲んでいるクロエのまわりをうろちょろしながら、見えない尻尾を振って大興奮しているのはロンだった。それを知らんぷりしてサラダを食べていたテオドルが「メルチェちゃん」と声をかけてくれる。
「お疲れ様。踊り、すごく素敵だったよ。天使みたいだった!」
相変わらず語尾にハートをつけたような話し方をする美形の兵士。レビウはメルチェに声をかける彼を見ているとモヤモヤした気持ちになってしまうが、天使みたいだったという言葉に、今日ばかりは共感する。
「本当? ありがとう!」
嬉しい感想をくれたテオドルに、おてんばな天使はにこりと笑った。
すると、同じサラダを取り分けてくれようとするテオドルの傍ら、メルチェたちの存在に気付いたロンが明るい表情で寄ってくる。
「メルチェさん! よかったっすよー!」
レビウさんもお疲れ様っす! と頭を下げるロンに挨拶を返し、二人はテオドルからお皿を受け取る。シャキシャキのレタスを頬張っていると、その顔を見たクロエがせせら笑いした。
「ふん。まぬけな顔」
ごくんと口の中のものを飲み込み、メルチェはイラリとする。踊っていたときはさすがに可愛いな、と思っていたのだが、しゃべるとやはり生意気だ。苦笑いするレビウの隣で、次はテオドルがクロエを笑った。
「クロエだってくしゃみするときまぬけな顔してるけどねー」
それを聞いたクロエは顔を真っ赤にする。以前から思っていたが、女たらしのはずのテオドルはなぜかクロエにだけ厳しい。どうやら二人は犬猿の仲のようだ。
「ほんとアンタむかつく! 何様のつもり!?」
「言っとくけど初めに人を馬鹿にしたのはそっちだから。僕、女の子の悪口言うやつ嫌いなんだよね」
「だからって……!」
「クロエちゃん、怒った顔も可愛いっす!」
ここのテーブルはどこよりもうるさかった。てんやわんやとしているが、まわりの人たちは気にしていない。町でも日常茶飯事の光景だからだ。収まりがつかない状況になってきたこの場を、メルチェとレビウはそーっと去ることにした。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
そのとき、聞いたことのある声が会場中に響き渡った。
「みなさん、こんにちはー! 水色トラックで旅をする、オイラたちは世界一のエンターテイナーだよー!」
ホールに奇抜な格好をした集団が入ってきた。小躍りしながら集まってきた子供たちにキャンディや風船を配り、アコーディオンで音楽を奏でている。その中心にいるのは、黄色の変なスーツにシルクハット、紫色の長耳を生やした三月兎だった。
「オルエッタ!?」
メルチェとレビウは揃って声をあげる。それに気が付いたのか、オルエッタはパチッとウィンクをした。
瞬間、ホールの照明が消える。
突然暗くなった会場にざわめく人々。けれどすぐに目の前は明るくなった。カラフルなスポットライトに照らされたからだ。現れたのは、本物の兎耳がついたセクシーなバニーガール。兎族の彼女は大きな一輪車に乗ってホールを一周し始めた。その途中、筋肉を目立たせるポーズをしながら半裸の大男がやってきて、一輪車めがけてジャンプした。男はバニーガールの肩に着地し、会場からは歓声が上がる。
「すごいすごい!」
メルチェは生まれて初めて見る大道芸に大喜びだった。レビウはそんなメルチェの笑顔を見て優しく微笑む。どうやら、後夜祭を盛り上げるためにタルモとリーシュが水色トラックのエンターテイナーたちを呼んだらしい。
彼らの芸はまだまだ続く。鼻からシャボン玉を出す象に、双子のマジシャン。しゃべるライオン。最後にはオルエッタが玉乗りをしながら登場した。
「あ、ほらレビウ見て! オルエッタだわ!」
メルチェが手を振ると、三月兎もにっこりしながら手を振り返してくれた。そして、自分の身長ほどもある長い剣を宙で回して遊んでみせる。器用に振り回されるそれは、まるでバトンのよう。メルチェは目が離せなかった。終わりの決めポーズでは、剣先を咥えたかと思うと、喉の奥へと飲み込んでいってしまった。会場中が拍手喝采。エンターテイナーたちは最後にみんなでポーズを決めた。
「レビウ、メルチェ!」
ショーが終わると、オルエッタが会いに来てくれた。スキップしながら二人のまわりをぐるぐる回り、目の前を通るたびに変顔してくる。
「久しぶりだね、オルエッタ」
「オルエッタがいるなんてびっくりした! 芸、とっても楽しかったわ」
メルチェの褒め言葉にオルエッタは変顔をやめ、わーい! と跳びはねる。
「オイラだって驚いたよ! 仕事で来たら、メルチェが踊ってるんだからさ」
オルエッタはシルクハットの中から花束を取り出し、メルチェに差し出してみせた。手に取ろうとした瞬間、花束は弾け、色とりどりの紙吹雪に代わる。
「本物のお姫様みたいだったよ」
白い歯を見せたオルエッタ。最高の褒め言葉だった。
「ありがとう、オルエッタ!」
メルチェはパアッと朗らかな笑顔を咲かせる。オルエッタは黄色のスーツの襟を整えて「とんでもなーい」とおちゃらけた。そして、
「レビウも見惚れてたもんね」
と、ドレスについた紙吹雪を集めるメルチェに聞こえないよう、黒兎に耳打ちした。
「み、見てたのかい?」
「あったりまえだよ~ん!」
恥じらうレビウに、オルエッタはふざけて返事をする。
「けど、もう一人気になる子がいたんだよね。あの、黒髪の!」
紙吹雪を集め終わったメルチェ。黒髪と聞いて、カメリアのことだとすぐにわかった。
オルエッタは、東の地方の文化を代表するあの踊りを完璧に舞うにはどれほど時間が必要で、どれほど難しいことなのか、カメリアの舞いがどれほど素晴らしいものだったのかを早口で語った。できればうちの団員に加わってほしいとも言っていた。
メルチェは、本人にこの褒め言葉を聞かせてあげたいと思い、あたりを見回す。ホールではたくさんの人々が飲み食いし、歌い、馳せまわっていた。いくつかのテーブルを見てみたが、カメリアの姿は見当たらない。
「近くにいないみたい」
「そっかあー、それは残念だあ」
メルチェが赤い靴で背伸びをすると、それを真似してオルエッタも背伸びした。
「見つけたら、水色トラックのエンターテイナーがスカウトしたがってたって伝えといて!」
そう言うと、エンターテイナーはショーの片付けがあるからとホールの外へと消えて行った。彼らはまだこの町に滞在するらしく、メルチェはまた何かのタイミングできっとオルエッタにも会えるだろうと思った。
「アシッド、そろそろ降参したら~?」
「するわけねえだろ、この野郎!」
ぴょんぴょんと跳ねるような後ろ姿に手を振ったときだった。近くのテーブルから「おおー!」と歓声が上がる。
嫌な予感がし、恐る恐るテーブルを見にいくと、人だかりの真ん中でアシッドとジャスターが浴びるほどお酒を飲んでいた。すでにグラスは山積みで、二人でかなりの量をたいらげたようだ。
「アシッド! お前、ここは酒場じゃないんだから…」
町の人たちが集まるシャトーのパーティでべろべろに酔っ払っている狼に、レビウは呆れ果てた様子で水を注ぐ。すると、ジャスターがそれを取り上げた。
「駄目だよ! これは戦いなんだから!」
コートを脱ぎ捨て、チューブトップ姿になった美人な姫候補がわけのわからないことを言っている。
「ソワン!」
戦慄したレビウは、近くでお菓子を齧っている常識人の名前を呼んだ。ソワンは遠くを見つめたまま、「諦めも肝心ですよ」と次はフルーツの盛り合わせに手を伸ばす。そんな、と言っているうちにアルコールの入ったグラスがどんどん運ばれてきた。
「よっしゃー! まだまだいくよー!」
大喜びするジャスター。シラフなのか、酔っ払っているのかわからない。
「酒持ってこーい!」
アシッドがそう叫ぶと、まわりの町民たちは大盛り上がりでグラスを渡した。
「諦めも肝心、か……」
駄目だこりゃ。なんて、レビウは悟った表情になる。仕方なく、ソワンと一緒にお菓子でも食べるかと彼女のテーブルへ行くと、木苺のクッキーがあった。これってお店の? と、メルチェに声をかけようとすると――
「あれ?」
そこにメルチェはいない。
「少し席を外すと言って向こうへ走っていきましたよ」
キョロキョロしていると、ソワンがホールの出口の方を指差した。
「すぐに戻ってくると言っていたのでここで待っていたらどうですか?」
レビウは少し心配だったが、話したい人がいたのかもしれないし、邪魔になってはいけないのでソワンの言う通り待つことにした。採れたての林檎をフォークで突き刺す。林檎は皮で兎の耳が作られていた。
.
「カメリア!」
レビウがアシッドたちの相手をしていたとき、メルチェはホールの出口のあたりでうずくまるカメリアを見つけていた。また具合が悪くなってしまったのかと思い、急いで駆けつける。
「大丈夫!?」
「メ、メルチェ……」
カメリアがゆっくり顔を上げた。
今日は彼女の顔がよく見える。前髪が横に流されているおかげだろうか。その顔は青白く、やっぱり具合が悪そうだった。背中をさすろうとするが、帯があって上手くさすれない。
「一回着物脱ぐ?」
帯のせいで苦しいのではないかと思ったメルチェは、まわりに聞こえないよう小さな声で提案した。
「……ふふ。ううん、大丈夫」
すると、カメリアは少し笑って首を振る。
「ちょっと人に酔っちゃって……今日はもう帰ろうかな」
壁際のベンチに二人で腰掛け、カメリアの気分がマシになった頃にシャトーの出口まで送っていくことにした。こうして二人で座っていると、オーディションの説明の帰り、一緒にマフィンを食べたことを思い出す。あのときはカメリアが泣き出してしまって驚いたな。緊張しやすい性格みたいだけど、今日の踊りは本当に綺麗だった。
「もう大丈夫。そろそろ帰るね、ありがとうメルチェ」
三日月のように美しいその横顔を見ていると、カメリアが立ち上がる。メルチェが「下まで送っていくわ」と一緒に立ち上がると、カメリアは「メルチェは本当に優しいね」と言った。他の人といるときよりも、自然に笑ってくれている気がする。
「あれ、もう帰るんすか?」
そのとき、ロンが近くを通りかかった。お手洗いに行っていたらしく、廊下からホールに入ってきた。
「ええ。カメリアがね」
「そうなんすね! 宿まで送るっすよ」
メルチェの言葉に、ロンは当たり前のようにそう返す。普段は情けないシーンを見ることも多いが、彼は基本的にとても優しくて明るい、いいやつだ。
「そ、そんな……悪いよ」
カメリアはオドオドとしながら小さな声で遠慮する。が、メルチェとロンの押しに負け、しぶしぶ送ってもらうことになった。
「そういえば、さっきのエンターテイナーがカメリアをスカウトしたがってたわよ」
シャトーの廊下。百合の形をした間接照明が、薄暗い空間をぼんやりと照らした。広い階段を降りているとき、メルチェがさっきのオルエッタの伝言を伝える。
「ええ!?」
カメリアは着物の袖で口元を隠して驚いた。「無理だよ」と首を振る。
「どうして? 舞いを披露してるカメリア、すっごく綺麗だったわ!」
メルチェが褒めると、カメリアは嬉しそうな顔をした。けれどすぐに俯いて、暗い顔になってしまう。
「嬉しいけど、無理なの……両親が許してくれないと思う」
純黒の着物が暗闇に溶け込んで、金彩の柄だけが浮き上がっていた。この間も両親の話をしていたが、カメリアは両親のことを口にすると元気がなくなる。自分の話なのに他人事のような、何かを諦めたような、そんな顔だ。カメリアがオルエッタたちの芸に興味がないなら仕方がないが、そうでないなら……
「もったいないっす!」
メルチェが言おうとした言葉を、ロンが叫んだ。
「カメリアの踊り、ほんとにすごかったっす! あんなの見たことないっす! カメリアは才能があるんすよ!」
廊下が薄暗くても、カメリアが驚いたような、けれど嬉しそうな表情になったのがわかった。メルチェも「そうよ!」と便乗する。
「自分の才能は自分がやりたいことに使わなきゃ!」
勢いのある二人に詰め寄られ、階段の柵に追いつめられるカメリア。頬を赤くしながら、メルチェとロンの顔を交互に見る。
カメリアの両親は、東の地方の出身だった。
幼い頃から舞いを仕込まれたカメリアは、文化を広めたい両親の考えで様々な姫オーディションに参加しては落選していた。姫になって、その街に文化を広めなさい。劇場を作って、みんなに舞いを見てもらいなさい。昔から、厳しい両親に決められたことだけをやってきた。自分が何をしたいのか、何を望んでいるのか、もうわからなかった。
「カメリアが水色トラックのみんなと芸をするところ、見てみたいわ!」
「カメリアがスターになったら、オレみんなに自慢するっす!」
けれど、本人そっちのけで妄想を膨らませている二人を見ていると、水色トラックで旅をするのもすごく楽しそうだな、と、少し夢を見てしまった。
一階まで降りてきた三人はシャトーの玄関につく。カメリアは「ここで大丈夫だよ」と再び遠慮したが、ロンは「危ないっすから!」とコッツを歩く用の傘を持って構えた。メルチェは医者から夜に出歩くのはできるだけ避けなさいと言われているため、ここでお別れだ。
「カメリア、気を付けてね」
手を振るメルチェにカメリアは微笑む。ロンと一緒にシャトーの庭園を歩いて行った。
紺碧の空に、星々がまたたいている。傘の内側から眺める雨粒のようだ。夜風に撫でられた白薔薇たちが暗闇を少し明るくして、一人になっても安心だった。最上階のホールからは賑やかな声が聞こえている。澄んだ空気を吸い込んで、メルチェはシャトーの中へと戻っていった。
.
星空は、バルコニーからもよく見えた。
「お疲れ様」
レビウが外の空気を吸おうとホールの端にあるバルコニーへと出ると、そこには先約がいた。
「ジャスター、もう酔いはさめたの?」
煙草を吸っているジャスターだった。肩に軍服のコートをかけ、ふーっと煙を吐く。鼻をつく独特なにおいが風にのって香ってきた。ジャスターは火を消して、遠慮しなくてもいいのに、という顔をした少年に「あれ、レビウくんも吸うの?」と笑った。
「吸わないよ。吸ったことない」
レビウもふふっと笑みを漏らす。
「これはね~、吸わない方がいいよ。あたしもソワちゃんにいつも怒られてるけど、やめられないんだよねえ」
ホールはまだまだ騒がしかった。アシッドはジャスターとの勝負の途中でもう駄目になってしまい、床に転がって寝ている。子供たちは順番に帰っていった。そのせいで、ホールに残っている大人たちは余計に羽目を外しているのだ。
「ソワンはお医者さんなんだっけ」
「そそ! 聞いたんだね」
以前、みんなでごはんを食べたとき本人に聞いた話を、レビウは持ち出した。
ジャスターは煙草をしまって伸びをする。そして、夜空を見上げながら懐かしそうに故郷にいたときのことを語り始めた。
「ソワちゃんは軍にいた頃の同期でさ。正義感強いし真面目だし、絶対人の命とったりできない子だなって思って。人を助けたりする方が向いてるよって言ったんだよ」
レビウは外の景色を見ながら相槌を打つ。
「じゃあ、ほんとに救護隊になって戻ってきた。しかも首席でさ! 戦場から出てった方がいいよって意味だったのに……すごいよね」
バルコニーからはシャトーの裏側を見下ろすことができた。玄関側と同じく手入れの行き届いた庭園が広がっているが、植えられているのは薔薇ではなくて別の花だ。いくつもの種類の花が花壇に美しく整備され、これらを育てるタルモの繊細さが伺えた。
「ソワンはジャスターがいたからだって言ってたよ」
ジャスターの昔話を聞いたレビウが顔を綻ばせる。ジャスターがいたから生き抜けた。だから、自分の助ける命もジャスターのおかげなんだ。あの夜、そう言っていたソワンを思い出した。
「なにそれー! そんなの初耳だよ!」
それを聞いたジャスターは嬉しそうに満面の笑みを見せる。
「ケンタウロス族って図体大きいし、軍隊とか闘技場とか、そういう戦う場に行くことが自然というか。昔から悪口も言われてたし、成人してからは戦争ばっかだったからあたし超~すさんでて! 人付き合いとかも、別にいいかなーって思ってたの」
ご機嫌になったジャスターはまた語り出す。饒舌な彼女の話を、レビウは飽きずに聞いていた。
「でも、ソワちゃんは違った。いちいちまわりのこと考えて、自分がしんどくてもまっすぐで。ソワちゃんといると、世界が綺麗で……傷だけじゃなくて心も癒されるんだ」
ホールからの騒がしい声にもかき消されない、はっきりとした言い方。その表情は凛としていて、強いまなざしを見せる瞳がキラキラと輝いていた。レビウはジャスターの話を聞いて、「なんかそれ、わかるなあ」とつぶやく。
「メルチェのことでしょ! あたしが話したんだから、レビウもなんか話してよ!」
レビウの反応にすぐさまメルチェの名前を出したジャスター。肘で肩を小突いてくる彼女に、レビウは「ええ!」と戸惑いを見せる。
「僕はそんな、ただのひとりよがりだから!」
「そんなことないって。レビウたち仲良いじゃん!」
ジャスターはわくわくしながら、うーんと言葉を選んでいるレビウの話を待った。優しい夜風が少し吹いて、レビウの首元の赤い紐リボンを揺らす。
「僕もジャスターと同じだよ。メルチェに出会う前は……言えたものじゃないけど。今は、毎日が楽しいって思える」
レビウはメルチェに出会ったときのことを思い出した。あの頃の自分のことも。そして、今、自分のそばでメルチェが無邪気に笑ってくれること、三人でいろんな景色を見たことも思い返してみた。
「アシッドは頼れるやつだし、ジャスターやソワンたちみたいに、旅で出会えた人たちもいる。メルチェは僕の世界を広げてくれたんだ。僕にとっては、もうずっと前からただ一人のお姫様だよ」
レビウがそう語り終わった後は静かな時間が流れた。いつまで経っても返事がないのでジャスターの顔を覗き見ると、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「いいこと聞いちゃった。これ、メルチェに言っていいやつ?」
「だ、駄目だよっ! 絶対駄目だからね!」
茶化してくるジャスターに、レビウは必死になって大声を出す。「わかったわかった」と楽しそうに笑うジャスターの長い髪に、煙草のにおいが残っていた。




