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躍る世界と黒兎  作者: 夢梅
第7章 姫は虹光の中で
38/65

騒ぎたい夜

 行き道は長い時間迷っていたはずなのに、帰りはあっさり知っている道へと戻ってこれた。

 夕方になりかけた淡い色の空が、円を描いて広がっている。こじゃれたカフェが何件か並んだ小道を抜けると、広場にキッチンカーが停まっており、中からはチュロスの甘いにおいがした。ブロワはいつもと同じように人々で賑わっており、さっきまでの寂れた建物や人気のなさが嘘のようだ。

 メルチェは配達が終わったので、今日も教会へと寄ることにした。今日は何の話をしようかな、と子供たちのことを考えながら門を跨ぐと、教会前の芝生でワーワー騒ぐ子供たちの声が聞こえてくる。

 なんだか、いつもより盛り上がっているようだった。何事かと覗き込むと、メルチェは驚いてしまう。子供たちに群がられていたのは、見覚えのある人物だったからだ。

 ケンタウロス。

 半身半獣の一族。


 「ジャスター!?」


 メルチェの声に気付き、「メルチェー!」と明るい笑顔で手を振ったのは、イロクの酒場で会ったジャスターだった。

 相も変わらず、たくましい身体とは対照的に、流れるようなロングヘアが女性らしさを香らせている。

 「な、なんでここに!?」

 「えっへへ~、びっくりした?」

 開いた口が塞がらないメルチェのもとへ、背中に子供たちを乗せたジャスターが蹄を鳴らして駆け寄ってくる。彼女に蹴られた芝が飛び散り、少しだけ土のにおいがした。

 「ほんとにびっくり! まさかこんなところで会えるなんて!」

 「あたしはメルチェのこと、絶対いると思ってた! 姫オーディション、参加するんでしょ?」

 メルチェはハッとする。そして、なるほど、と思った。ジャスターはこの町で姫を決めるオーディションがあると聞きつけやってきたのだ。彼女もまた、メルチェと同じく姫を夢見て旅をしている。

 「そういえばソワンは?」

 「来るまでの山道で疲れたみたい。宿で寝ちゃってるよ~」

 ジャスターはやれやれのモーションをとる。いつも一緒にいる相方のソワンは、身体が小さい分動くと疲れやすいのだろう。

 ジャスターたちはブロワに宿を取ったらしく、オーディションの日までしばらく滞在するようだった。メルチェは自分たちもしばらくいることになるこの町に、仲の良い彼女たちがいてくれることを嬉しく思った。

 「そうだ、ごはん食べに行こうよ! またみんなでワイワイさー!」

 尻尾を振り回し子供たちとじゃれつきながら、ジャスターが目を輝かせて言った。名案だった。

 「絶対行く!」

 もう仕事も終わって一度お店に寄るだけだし、帰ってレビウたちも呼んでくるわ! と楽しそうに提案するメルチェ。二人は手を合わせてくるくる回った。その楽しそうな姿に、教会の子供たちも嬉しそうに回った。


 いつも通り子供たちに木苺を配り終え、さっそくお店に戻ろうとしたとき。

 ジャスターと共に教会を出て歩いていると、仕立て屋の前から聞き覚えのある大声が聞こえてくる。

 「オレと、結婚してください!」

 「絶対にイヤ」

 路上で繰り広げられているのはプロポーズだった。ジャスターはきょとんとしていたが、メルチェは仕立て屋の角を曲がる前からこの声の主たちに気が付いていた。コソコソと覗き込みながら、ジャスターを手招きする。

 「なになに!?」

 「見て! ほら、あのお人形みたいな子」

 大きな図体を必死に隠しながらも、ジャスターは建物の影から仕立て屋の前を覗き見る。メルチェはそんなジャスターに隠れ、声の主を指さした。

 「あのね、ロン。何回来ても同じだから!」

 「いや! オレはクロエちゃんがイエスと言ってくれるまで一生通い続けるっす!」

 仕立て屋――クロエの家の前で跪いて玉砕していたのはロンだった。今日は休暇らしく、いつもの軍服ではなく、もちろん甲冑も着ていない。その代わりに、ヨレヨレのTシャツを着ていた。

 そんなロンの前で仁王立ちしているのはクロエ。前に会ったときと同じく高飛車な態度だが、いつにも増して刺々しい。

 「クロエも姫候補なのよ」

 「へ~、めちゃくちゃ可愛いね! 強力なライバルになりそう」

 二人はこそこそと内緒話をしていたつもりだが、「ちょっと! そこにいるの誰!?」と飛んできた言葉に、全然隠れられていなかったことを気付かされる。

 クロエが鋭く睨む中、メルチェとジャスターは恐る恐る姿を現した。すると、ロンは「あー! 旅人さん!」と慌てた様子になる。クロエは黙ってまじまじと二人を眺めていたが、最終的には不機嫌そうな顔になってそっぽを向いた。

 「ごめんなさい、聞くつもりはなかったんだけど……」

 「あんな馬鹿でかい声で叫んでたら嫌でも聞こえるわよ」

 クロエはロンのプロポーズが迷惑だったみたいだ。

 「いや~、お恥ずかしいところを見られたっすね~」

 テヘヘ、と頭を掻くロン。そのヘラヘラした態度がさらにクロエの気分を逆撫でした。

 「……てかそのケンタウロス、誰?」

 そして、見慣れない人物に矛先が向く。

 「はじめましてクロエちゃん、あたしはジャスター! 今日コッツ・ブロワにきたんだ。よろしくね!」

 クロエの攻撃的な態度をものともせず、ジャスターは太陽のような笑顔で自己紹介した。栗色の髪がさらりと肩から落ち、柑橘系のアロマが町の薔薇のにおいと混ざって香る。

 「ふーん……」

 クロエはまた改めて、ジャスターの姿を頭の先から爪――ではなく、蹄の先まで見下した。そして、

 「でかい身体。姫なんて似合わないんじゃない?」

 と、毒のある言葉を吐いた。

 慣れっこのジャスターが無理して笑おうとすると、それよりも先にメルチェが割り込む。

 「ちょっとクロエ! なんでそんなこと言うの?」

 「な、なによ。本当のことじゃない!」

 「ジャスターは美人だし優しいよ! 似合わなくなんかない!」

 メルチェたちがこの町へ来てからずっと強気なクロエに、メルチェはもっと強気に言い返す。

 クロエがジャスターに言った言葉が許せなかった。ジャスターの髪は、いつもさらさらだ。それは、自分でちゃんと手入れをしているからだ。身体が引き締まっているのも、自分で鍛え上げているからだ。そんな努力が見えるところも、みんなに優しい性格も、メルチェはジャスターをとても尊敬していた。傲慢な態度のクロエより、ジャスターの方がよっぽど姫にふさわしいと思った。

 「ま、待って待って!」

 オロオロしてまったく頼りにならないロンの代わりに二人を止めたのは、ジャスターだった。

 「なんかごめんね、あたしのせいでさ」

 あはは、と困ったように笑う彼女を見て、メルチェはなんだか申し訳なくなった。クロエはバツが悪そうに目を逸らす。

 「あのね、あたしたち今からみんなでごはん行くんだけど」

 すると、ジャスターが脚を鳴らして尻尾を振った。

 「クロエも一緒にごはん行こうよ!」

 驚くメルチェ。「はあ!?」とツインテールを揺らすクロエ。

 「人数多い方が楽しいし! ねっ、あなたも!」

 狼狽している様子だったロンの背中を叩き、ジャスターはメルチェに目配せをした。

 「オレも行っていいんすか!?」

 やったー! と喜ぶロンに引っ張られ、クロエは「絶対にイヤよ!」と叫んでいる。

 「ジャスター、ごめんね。私……」

 「ううん。嬉しかった。ありがとねメルチェ」

 こっそりジャスターに話しかけたメルチェは、彼女の太陽のような笑顔にほっとする。本当にしなやかで、強くて、優しいお姉さんだ。メルチェはジャスターのような女性になりたいと密かに思った。


.


 夜はとばりを下ろしたばかりだった。

 さらさらと松の葉のように降る雨が、美しい再会を演出する。

 「ソワン、久しぶりね!」

 ジャスターの背中に乗せられた、寝起きのソワンがボブヘアを揺らす。小雨が眼鏡に少しかかって、服の袖でそれを拭いていた。

 「お久しぶりですね、みなさん。お元気でしたか?」

 「うん、元気だったよ」

 落ち着きながらも嬉しそうに尋ねたソワンに、レビウが返事をする。

 「おいお前、今日も飲み明かすつもりで来たんだろうな」

 「あったりまえじゃーん!」

 アシッドとジャスターはニヤリとし、今から自分たちを待っているであろうしゅわしゅわのアルコールを想像した。ごくりと喉を鳴らす。

 「オレがとっておきの店を紹介するっすよ! ついてきてくださいっす!」

 クロエと夕食を食べられる展開に嬉々として張り切っているのはロン。スキップで一行の前を行き、クロエにウィンクしては無視されていた。


 案内されて辿り着いたお店は、コッツとブロワの境目である川沿いにあった。

 橙色の瓦屋根に「あまやどり」と看板が掛けられたその店は、壁が硝子張りになっているので、中で食事をする人の様子がよく見える。

 観葉植物の飾られた横の扉をカランと開けると、「おう、今日は大所帯だな」と、ワイングラスのかかったキッチンからマスターらしき男性がロンに声をかけた。カウンターには様々な種類の酒瓶が並び、アシッドとジャスターの瞳が輝く。

 「マスター! 今日は旅人さんご一行を連れてきたっすよ~!」

 傘をたたむメルチェたちを紹介しながら、ロンが得意げにカウンターへと身を乗り出した。

 「お前の同僚ご一行も来てるけど?」

 すると、マスターがジョッキにお酒を注ぎながらある一席に目をやる。

 「テオドルとバルバラク隊長!?」

 少し遠い、角の席にいたのはロンと同じ兵士のテオドルとバルバラクだった。

 クロエはぎょっとした様子で「これ以上人数増やすつもり?」とロンを睨む。「オレは知らないっすよ!」と焦るロンを笑いつつ、テオドルがスラリと席を立ってやってくる。

 「こんばんは。配達のとき以来だね、メルチェちゃん」

 相も変わらず毛先を遊ばせ、長い睫毛を伏せさせる。甘い声を出して挨拶をした長身の色男に、レビウは少しムッとする。「え、ええ」と戸惑うメルチェを庇うように前へ出た。

 「……あれ? 可憐な旅人さんが二人も増えてる」

 レビウには目も向けず、ジャスターとソワンが次のターゲットになったようだ。アシッドとお酒の話で盛り上がるジャスターの姿を見、惚れ惚れとした表情になる。

 「なんて素敵な毛並み。強さと美しさを兼ねそろえた素晴らしい女性だ。眼鏡の君も知的な雰囲気で――」

 「おいテオドル! 早く戻って来い!」

 スラスラと放たれるテオドルの口説き文句を、バルバラクが野太い声で掻き消した。

 「いやーすまんすまん!」

 「隊長! なんでここにいるんすか!?」

 納得いかないロンの質問に、バルバラクは頭を搔く。代わりに戻ってきたテオドルが答えた。

 「ロンが旅人さんたちを連れてるところを見かけたんだよ。どうせ親睦会するんでしょ。ならここしかないだろうと思って」

 兵士たちのやり取りに、ソワンが「誰ですか?」とこっそり聞く。町の兵士たちで、自分は配達のときに知り合ったと説明するメルチェの話を、レビウは何とも言えない表情で盗み聞きしていた。

 「あー! もうなんでもいいから早く酒が飲みてえ!」

 いつまでも入口でガヤガヤしている兵士たちに、アシッドは大声を出す。

 「そーだそーだ! 早く飲ませろー!」

 ジャスターが便乗し、アシッドと肩を組む。

 メルチェたちはかなりの大所帯になったため、分かれて席に座ることになった。

 「お前は俺と飲み合いするんだよ」

 「がってんだあ!」

 まだシラフなのにハイテンションな狼と馬の酒豪二人は、席に着くなり注文を始める。クロエと隣に座りたくてもじもじしているロンの腕を掴み、「お前も飲め!」とさっそくやってきたジョッキをアシッドが押し付けた。

 「オ、オ、オレはそんなに飲めないっすよ!」

 牙を剥く猛獣に恐れ、誇り高き兵士は涙目になっている。

 「クロエちゃん! せめてクロエちゃんと!」

 無理矢理酒を飲まされるロン。その叫びをジャスターがキャッチし、「仲直りしよっかクロエちゃ~ん」と悪ノリしながらクロエを捕まえ座らせる。ピンクのツインテールが逆立った。

 「イヤ! 絶対にイヤよ! 誰か! 誰か止めなさいよー!」

 お人形のように可愛い女の子のSOSを、誰も聞いてはくれなかった。


 地獄のような席は放っておき、残りのメルチェ、レビウ、ソワンはさっきまでテオドルとバルバラクが座っていた席に着いた。兵士二人はテーブルを軽く片付ける。

 「あの子、大丈夫なんですか?」

 ジャスターの素行を気にしながら、クロエを心配するソワンが言った。

 「大丈夫大丈夫! ああ見えて強いからな!」

 バルバラクが豪快に笑う。その後付けで「うんうん。気が、ね。強いから」とテオドルがしれっと言った。

 「旅人さん、メルチェと言ったかな。君も、クロエと会ったときに毒を吐かれていたとタルモ将軍に聞いたが……」

 そして続けられたバルバラクの言葉に、レビウが心配しながら「そうなの?」とメルチェに尋ねる。

 「そ、そんな! たいしたことじゃないわ」

 焦って両手を振ると、後ろに来ていた店員とぶつかった。ごめんなさいと謝った後、それぞれ飲み物とみんなで食べる料理を注文する。

 「クロエはなあ……見た目は可愛らしいんだが、難しいところがあるからなあ」

 「ねー。素直じゃなくて全然可愛くないですよねー」

 バルバラクが言った後、またテオドルが付け足した。

 クロエは仕立て屋の一人娘。やれ花よ蝶よと育てられ、美しいが棘のある、薔薇のような少女になってしまったらしい。自分が一番じゃないと気が済まない。そして、町の外からやってきた人に対しては特に敵対心が強いらしい。

 「わがままだが、悪いやつじゃないんだ。嫌いにならないでやってくれ」

 バルバラクの申し訳なさそうな顔を見て、メルチェは、クロエは愛されているんだなと思った。きっと、その存在で町の人々を笑顔にしてきたんだろう。

 「いいじゃないですか。あんなに可愛い、町のアイドルみたいな女の子。憧れます」

 飲み物と前菜が運ばれてきたとき、それをみんなに配りながらソワンが言った。

 「何言ってるの。ソワンちゃんは十分可愛いよ」

 すかさず口説いていくテオドル。

 「いえ、わたしたちはそんなんじゃないので……」

 テーブルの上の、お洒落なランプが微かに揺れた。雨が強くなっており、壁一面の硝子窓に大粒の水滴が激しくぶつかる。店のそばに植えられた、果樹の葉っぱも大きく揺れていた。

 「わたしたちって言ったね。聞かせてよ、旅人さんの身の上話」

 カクテルグラスを傾け、テオドルがウィンクする。

 「私も二人の話聞きたいわ」

 そわそわしながらメルチェが賛同した。レビウの方をチラッと見ると、「僕も興味あるな」とオレンジジュースを持った彼がにこりと笑う。ソワンは少し困ったような顔をした。

 「そんなにおもしろい話じゃないですよ」

 フォークでレタスをつつく彼女に、バルバラクが「外の話はなんでもおもしろい!」と唾を飛ばして言う。

 丸い皿に入ったクリームグラタンが運ばれてきた。ポテトと鶏肉とマカロニが、未だぐつぐつ音を立てるホワイトソースに溺れている。取り分けるレビウ。焦げたチーズがとろりと伸びた。

 「……軍人だったんですよ、もともと。ジャスターとわたしは同じ軍隊の同期だったんです」

 ソワンが話した思わぬ身の上に、一同「えー!」と声を上げる。

 「軍人……!?」

 「はい。カタラクスの戦いから十年は戦場にいました」

 「あの戦争か。……ん? お前さんたち、何歳なんだ?」

 「年齢のことは……ジャスターに怒られるので」

 最も気になるバルバラクの質問をかわし、ソワンはグラタンをふーふーした。

 メルチェもふーふーしながら「二人が戦っていたなんて想像できないわ」とグラタンを口に運ぶ。

 「ほんとだね。ジャスターはまだわかるけど、ソワンもなんだ」

 グラタンを境にパスタや揚げ物が次々と運ばれてきたので、テーブルを整理しながらレビウが言った。

 テオドルは「じゃあ僕ら、戦場で出会っていたかもしれないんだね」と、どんな話も甘い言葉に持っていく。

 「わたしは途中から救護隊でしたけどね。ジャスターはずっと戦ってましたよ。最後の方は役職持ったくらい」

 また「ええー!」と一同が驚く。

 メルチェは戦場がイメージできなくて、うむむ、と難しい顔をしていた。けれど、かっこよく走り抜けるジャスターは想像できた。イロクの城で味わったあの疾走感は到底忘れられるものではない。

 「ソワンも十年やってたなら役職くらいあったんじゃないか?」

 ジョッキを片手にバルバラクが尋ねた。

 「そうですね。役職というか、今は医者をさせてもらっています。戦争が終わって旅に出るまで、少しだけですけど、故郷の病院にいましたよ」

 何度目かわからない「えええー!」という驚きがソワンに返される。

 「お医者さんだったのね……すごいわ!」

 メルチェは感動する。戦争の怖さを心からわかることはできないが、戦いを生き抜いた二人の命が尊いことはわかった。そして、そんなソワンが人の命を助ける仕事をしていること。

 「命が繋がってる感じがする」

 メルチェがそう言うと、

 「わたしはジャスターがいたから生き抜けたんですよ。だから、わたしの助ける命もジャスターのおかげなんです」

 真剣な様子で、けれど少し微笑んで、ソワンが言った。

 「普段はあんなですけど」

 しかし、すっかり出来上がって騒いでいる戦友を見て、すかさず付け足す。

 「じゃあ、いざとなったら手伝ってもらいたいなあ!」

 いつの間にか二杯目を飲んでいるバルバラクが、脈絡もなく「がはは!」と笑った。

 雨は少し弱まったようで、外の音より隣のテーブルのはしゃぎ声が気になる。メルチェたちは絡まれないよう、誰一人目が合わないように気を付けていた。

 「手伝ってもらうって、もしかしてあのことですか?」

 綺麗な顔に頬杖をついてテオドルが聞く。

 「あのこと?」

 レビウが兵士二人を交互に見ると、バルバラクが「まあたいした話じゃないが」と前置きをした後、川魚のフライを丸呑みしてフォークを置いた。

 「近頃怪しいやつらが来てるんだ。山の中から町を見に来る」

 メルチェが「その話って……!」と反応すると、「そうそう、この前話してたやつ」とテオドルが返す。

 「盗賊か何かだと思うんだがな」

 「見に来るだけっていうのが気持ち悪いですね」

 「偵察……にも感じる」

 兵士たちの話にレビウは深刻そうな顔をする。

 「わたしたちでよければ、お手伝いします。ジャスターも、きっとそういうと思います」

 するとソワンが胸を張って言った。

 頼もしい。バルバラクは「さすが元軍人!」と太い腕で拍手する。

 「女の子の手を借りないように頑張るよ。何かあったときのために最近は訓練も力入ってるし」

 テオドルがウィンクした。

 「僕たちにも何かあれば言ってください」

 兵士たちに、「剣技なら少しはできます」とレビウも言った。

 「そいつめっちゃ強えーからなあ! もうぜってー相手したくねー」

 すると、酔っ払ったアシッドがジョッキ片手に割り込んできた。

 気付けば隣のテーブルにはグラスや酒瓶が山積みになっており、ジャスターも赤い顔をしながら眠りこけている。

 「ちょっとアンタ! やっぱあの馬は姫に向いてないわよ!」

 唯一ソフトドリンクを飲んでいたクロエが、アルコールのせいで泣き上戸になったロンにしがみつかれながらメルチェに言った。

 結婚して、結婚して、と酒臭い口で求婚する情けない兵士を見て、メルチェはクロエが不憫に思えてくる。

 「あの馬、コイツに何杯飲ませるのよ」

 憔悴しきっているクロエはロンを地べたに投げたあと、メルチェたちのテーブルに移動した。一同は飲み潰れたやつらの介抱をし、今夜は解散することにした。

 「アンタ。メルチェとかいったわね」

 グラスからこぼれた飲み残しを拭いているメルチェに、足を組んで座ったままのクロエが声をかける。まだまだ飲み足りないアシッドが二人に絡みかかろうとするも、後ろからレビウが腕を回してそれを阻止した。

 「なに? クロエ」

 店員が大量のジョッキを持っていったあと、返事をしたメルチェにクロエが小さな声で言った。

 「……さ、さっきはクロエが悪かったわ。謝る」

 窓の外の雨の音、お店の喧騒に掻き消されてもおかしくなかったその声を、メルチェはしっかり聞き逃さなかった。

 「ううん!」

 クロエが仲直りを切り出してくれたことが嬉しくて、メルチェはその柔らかな手を取って笑顔になる。

 「私も、言い返しちゃってごめんなさい」

 「べ、別に!」

 手を振り払ってそっぽを向いたクロエの耳は、木苺のように赤くなっていた。

 「この馬にも、謝ったから。覚えてるか知らないけどっ!」

 ソワンに叩き起こされて寝ぼけ眼のジャスターを指差し、組んでいた足を入れ替える。

 夜はもう、随分と深くなっていた。

 暗闇で見る雨は、街灯に照らされ雪のようだった。閉店間際のお店の明かりは、濡れた地面に、解散していく一同の靴を鏡のごとく反射させる。

 メルチェはギンガムチェックの傘を広げた。レビウに「いい夜だったわね」と笑いかけると、泥酔したアシッドを引っ張って歩く彼も「いい夜だったね」と微笑み返す。

 幸せな夜だった。楽しくて、満腹で、笑い合った余韻の残る、とても幸せな夜だった。


 次の日、お屋敷から姫候補への招待状が届いたことにより、メルチェたちはまたすぐに顔を合わせることになった。

 明日と明後日、木苺屋の休みを貰い、メルチェの心に気合いが入った。

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