宮殿
宮殿内へ入るため、チケットを買って列に並ぶ。
宮殿は壁も屋根もすべてが砂で出来ていて、きめ細やかな粒がキラキラと光を反射していた。それは金雲母やビーズのようにも見える。触れると少しザラザラした。また、ホイップのような丸い屋根には、青い模様が彫刻されている。それは刺繍のごとく柄を紡ぎ、窓枠や軒下の装飾に繋がっていた。優雅に曲線を描くその飾りも、すべてが砂だなんて信じられない。
「こんなに綺麗な宮殿、どうやって建てたのかなあ……」
「四人のお姫様たちが魔法を混ぜ込んだみたいよ」
メルチェとディアはその美しさに見惚れながらも、パンフレットを読んで宮殿の秘密を勉強する。少女たちは二人で楽しそうに解説を読み、本物と見比べてはしゃぎっぱなしだった。
「お前らも同じような歳なんだから、あれくらい楽しめよ」
黒と白の兎たちにアシッドが言った。
「僕は魔導に興味があるし、ちゃんと楽しんでるよ」
パンフレットにある古代魔導書の展示写真を指さし、レビウは笑う。一方ハイリスは「俺はディア様が楽しめればいいだけだ」とツンとした態度をとった。ガキのくせに可愛くないやつ、と気を悪くするアシッド。
宮殿内に入ると、そこは広々としたホールになっていた。
中央にあるのは女の像。全身が黄金色になっているその像は、長い布を巻いたような不思議な衣装を身に纏っている。左手には林檎。ホールの太い柱が円になって像を囲み、左右にはカーブを描いた階段が、二階の吹き抜けへと伸びていた。
「なんて綺麗なの!」
メルチェは宮殿の内観にうっとりする。こんな階段、まるで御伽話の中にいるみたい。
ホールはやたらと明るかった。窓が多いのだ。メルチェたちがいるフロアに四つ、階段を上った先、吹き抜けの踊り場の通路に三つ。それぞれの窓には分厚い豪華なカーテンがついていて、小さな人形が抱き着いていた。カーテンタッセルだろう。変わったデザインでとても可愛い。
夢中であたりを見回すメルチェ。すると、パンフレットを読んでいたディアが興奮した様子で言った。
「これ、中も全部砂なんだって……!」
「えっ!? 家具やカーテンも!?」
驚いたメルチェはディアと顔を見合わせる。
二人が目を凝らして宮殿の内装を観察していると、レビウが顎に指を添え、「なるほどね」と言った。
「幻を見せる魔法がかけられてる」
「幻?」
レビウはこくりと頷く。彼の言葉に、メルチェもディアも興味津々だ。レビウは階段の手すりを撫でたあと、その手を眺めて握ってみせた。
「おそらくだけど……砂を造形する魔法と幻を見せる魔法、どちらも使えたんだと思う。砂で作った物をもっと豪華に、本物に近付けるため、魔法をかけた」
「じゃあ、今私たちが見てるこの美しさは幻ってこと?」
「全部が幻ってわけじゃないよ。建物や家具の形をここまで造形するには技術がいるからね。それに、こんなに精密で美しい幻術をかけられる人はそうそういない。この高度な魔法も含めて、宮殿の宝になってるんだと思う」
レビウは赤い瞳を輝かせて話した。その口数の多さに、アシッドは「詳しいな」とニヤニヤ笑う。しゃべりすぎたことに気が付いたのか、レビウは少し赤面して「興味があるって言ったじゃないか」と目を逸らしてしまった。
「レビウさん、魔導を勉強していらしたんですか?」
ディアが尋ねると、レビウは「幼い頃に少しだけ」と返事をする。そういえばいつの日か、昔は魔法が使えたのだとレビウはエシャにそそのかされて言っていたなあと思い返すメルチェ。
「でも、そんなに詳しかったなんて知らなかったわ」
兎の新たな一面を知ることができ、メルチェは少し嬉しそうだ。レビウはさらに恥ずかしくなった。
その傍ら、ハイリスがなにかを言いたそうな、けれどそれも諦めたような顔をしていたが、誰も気が付かなかった。
一同は二階フロアにやってきた。
日の当たる、窓の多い廊下が伸びており、いくつも部屋があるようだ。一部屋ずつ見てまわっていくと、絵画の飾られたギャラリーや、舞踏会用の衣装部屋、レビウお目当ての古代魔導書が展示されている部屋などがあった。
いろいろな部屋を出入りし、最終的に廊下の突き当りまでやってくる。そこにはアーチ型になった両開きの扉があり、奥の部屋へと繋がっていた。メルチェとディアは、ワクワクしながら扉に手をかける。
「せーの!」
するとそこは――――
「大広間だわ!」
大広間。
いわゆる、舞踏場だった。
一階のホールと似た造りではあるが、その広さは圧倒的に違っている。
高い天井にいくつものシャンデリア。それは巨大な葡萄のように実をなして、宮殿の屋根と同じホイップ型をしていた。バルコニーにある窓からは、爛々と照る黄色い日差しが差し込んで、ツヤツヤの床に窓枠の影がくっきりと落ちている。
「ここで魔法使いのお姫様たちは踊っていたのかしら」
メルチェがディアの手をそっと取る。楽しくなったディアはメルチェと手を繋いだまま、大広間の真ん中へと走り出した。
「ディア様、あまりお体を動かさないよう……!」
焦る執事に「はーい!」と返事をしつつ、ディアはあまり聞いていなさそうだった。ため息を吐くハイリス。一方レビウは微笑ましそうに、アシッドはあくびをしながら二人の様子を眺めていた。
「楽しそうだね」
「ずっこけなきゃいいけどな」
メルチェとディアは手を取り合ってくるくる回っている。二人が大広間の真ん中まで来たとき、メルチェはディアに気になっていたことを聞いてみた。
「ディアのおうちもこんな感じなの?」
すると、銀髪のお姫様は熱い日光を浴びながら微笑んだ。
「えっと、実はもっと大きいんだ……」
「もっと!?」
メルチェはとても想像がつかなかった。この宮殿だってとんでもなく豪華なのに、それ以上だなんて。もしも幻術を使える宮殿のお姫様と会えたなら、ディアの住むお城を見せてほしい。
「それじゃあ、どうしてそんなに楽しそうなの?」
メルチェはまた尋ねた。
とてつもなく大きなお城に住んでいるのなら、ほかのお城や宮殿なんてちっぽけに感じてしまわないのだろうか。純粋な疑問だった。
ディアはまた微笑みを深くして、くるくる回る足を止めた。
「わたし、小さい頃から体が弱かったから……お部屋の外に出られるようになったのって、最近なんだ。城内の人たちだってほとんど会ったことないし、お友達もできたことなくて」
ディアを見つめるメルチェ。メルチェを見つめるディア。お互いがお互いの瞳を、宝石のように綺麗だと思った。
「そんなわたしがお出掛けするようになって、ハイリスの出先のこんな遠くにまでついてきて……お友達までできた」
ディアの言葉を聞き、ドキッとした。こそばゆい気持ちになる。
「お友達って、私?」
そう聞き返したメルチェはにっこり笑っていた。
「そう。わたしの初めてのお友達……!」
ディアが返事をすると、メルチェはまたその手を引いて回り出す。
旅をする前のメルチェと、部屋から出られなかったディア。境遇は違うはずなのに、なんとなく自分たちのことが重なっていた。
世界は二人が想像するよりも遥かに広く、美しかった。知らないことがたくさんで、どんなことにもワクワクして、ドキドキして、そういう気持ちを分かち合える人に出会えたのは、とても幸せなことだった。お友達の二人は、嬉しくてくるくる回った。
「ディア様、お時間です」
二人が遠心力に負けそうになったとき、いつの間にか近くに来ていたハイリスが冷たい口調で言った。
少し目を回したディアが、髪を整えながら悲しい顔をする。
「もうそんな時間……」
お友達が眉を下げたままこちらを見るので、メルチェも悲しい顔になってしまった。おさげがしょんぼりし、レビウにもらったビーズの髪飾りが微かに光る。
「もう少しいられないかな……?」
「……初めにお伝えしましたように」
「そうだよね。ごめんなさい……」
ディアの表情はいっそうしぼんでいく。さすがのハイリスもいたたまれない様子だった。メルチェも寂しい気持ちになっていたけれど、フルフルと頭を振る。繋いだままのディアの手をぎゅっと握り直し、にっこり笑ってみせた。
「また会いましょう、ディア」
明るく言ったメルチェの瞳の輝きを見て、ディアの目にも光が入る。
「メルチェ……」
ディアは微笑みを取り戻す。
「ええ、きっと!」
二人、繋ぎ直した手はあたたかかった。
「それじゃあまた」
名残惜しそうな挨拶を残し、ディアはメルチェたちに深くお辞儀をした。お辞儀を返すレビウに「じゃーな」と雑に言うアシッド。「またね」というメルチェを横目に、ハイリスは無言でディアのエスコートをする。出口の方へと歩き始めた二人の背中を、三人はしばらく見送っていた。
.
「ああ楽しかった。ね、ハイリス」
「え、ええ、そうですね」
先ほどの廊下を歩きながら、機嫌がよさそうなディアにハイリスが返事をする。
廊下は行き道よりも長く感じ、人も少なく静かに思えた。大広間と同じように、砂漠の太陽が硝子越しに差し込んでいる。照り返しがひどく眩しく、ハイリスの白い肌がじりじりと焼かれた。窓の外に目をやると、緑色の湖では赤と黄色の小さいボートがおもちゃのように浮いている。一つ、二つ、それは砂の混じる乾いた風にゆっくり揺られ、進路を操られているように見えた。ぼんやりと眺める景色は音がなく、まるで幻のようだ。
「……」
ハイリスは、宮殿へ入る前アシッドに言われたことをずっと気にしていた。誰かの言葉一つで考え込んでしまうのは、白黒変わらずどの兎も同じだった。
あいつのためを思って。
自分の中で、その言葉に間違いなんてない。腐れ縁ながらも幼い頃から一緒にいて、様々な逆境を越えてきた。それなのに、あいつが選択を間違えるから。自分で自分を追いつめるようなことをしているから。相変わらず頑固だし、狼はなにも知らないくせに突っかかってくる。このままでは何もかも失うぞ。もう、いろんなものを失っているのに……それなら、それならばもう、いっそのこと。
俺があの小娘を――――
そこまで考えをめぐらせたとき、ふとハイリスは立ち止まった。
気付けばもう一階のホールにいる。黄金色の女がビカビカと斜陽を浴びている。変に、静かだ。ハイリスはあたりをハッと見渡した。血の気がみるみるうちに引いていく。冷たい汗が全身から噴き出し、彼は飛び跳ねるように駆け出した。砂漠の中の旅人のように、少年の喉は枯れる勢いで乾いていった。




