洞窟 2
次の朝、寝起きの悪いアシッドをレビウが叩き起こす。メルチェはぼーっとしながら荷物をまとめ、慣れた手つきで三つ編みを作っていく。レビウに貰った髪飾りで毛先を結び、シャロイで買った変な色の手作りパンを口に放り込んだ。
体内時計を信じて起きたが、朝と言っても暗闇なのは変わらなかった。もしかしたら朝ではないのかもしれない。どうやら昨日はかなり奥まで進んでいたらしく、入口あたりにあったスポットライトのような木漏れ日は見当たらない。何時になっても変わらない景色に、メルチェはまだ昨日が続いている気分だった。
「おはようメルチェ。よく眠れたかい?」
「うーん、どうかしら」
地面が硬かったせいなのか、体のいろんなところが痛い。メルチェは思いきり伸びをしてみた。そのとき、岩場の影になにかがチカっと光ったのが見えた。
「あら? これって……」
腰をかがめて見に行くと、それはよくできた、小さな小さなカリンバだった。
「豆姫様の楽器じゃねえか」
「落としちゃったのかな」
ピカピカの銀の鍵盤が、波の形を描いて並んでいる。音を出してみようかと思ったが、小さすぎて弾けそうにもなかった。メルチェはよし、と一人頷く。
「届けてあげましょう!」
最高に面倒臭そうな顔をしたアシッドと、メルチェならそう言うと思った、という顔のレビウ。うちのおてんば姫は困っている人を放っておけないということ、二人は気付き始めていた。メルチェは小さな爪の先ほどのカリンバをハンカチに包み、ポケットへしまった。そのハンカチを見て、レビウは少しだけ懐かしそうな表情をした。
三人は態勢を低くしてリーベルタを探す。小さなランタンに火をつけ、オレンジの灯りで地面を照らす。
アシッドは数分もしないうちに飽きてしまい、朝食のパンを追加でいくつか食べ始めた。なにで色がつけられたのかわからない、水色のチョココロネに齧りつく。甘ったるい味が口に纏わりつき、瞬時に喉が渇いてしまう。
「もう、アシッド! そんなに食べたら明日の分がなくなっちゃうじゃない」
「うるせえな。お前の分を俺にまわせばいいだろ」
「私の分がなくなるの!」
「まったく可愛い女だぜ!」
メルチェは目をぱちくりとさせた。アシッドもぱちくりとしている。可愛い女? メルチェは自分のことを指さしたあと、アシッドのことを指さした。アシッドは両手で大きくバツを作ったあと、レビウのことを指さした。レビウも目をぱちくりとさせて、バツを作りかけたあと、「あ、可愛いよ、可愛いけど、言ったのは僕じゃない」と慌てて言った。可愛い。レビウの言葉にふいうちで嬉しくなるメルチェを無視し、「俺だってあんな濁声じゃねえよ」とアシッドが言う。
「湖の方から聞こえた気がする」
レビウは岩場の影から水辺を覗き込んだ。メルチェとアシッドも続いて顔を出す。
すると、そこには湖のほとりで二匹のカエルに挟まれた、リーベルタの姿があった。カエルは岩のような色と模様をしていて、リーベルタよりも倍くらいの大きさだった。リーベルタは体を強張らせ、顔色を青くして地面をじっと見つめている。
「うひょう、ほんとだ。こりゃあいい女だなあ」
「細っこい手足にやわらかい肌。髪は短いが……まあ、いいだろう」
カエルたちはリーベルタの容姿を舐めるように見て品定めしたあと、その折れそうな腰を強引に掴んだ。水かきについていた抹茶色の泥がドレスを汚し、「や、や、やめて、ボ、ボクは」とリーベルタがその手を拒んだときだった。
「“ボク”だあ!? ひゃはは! 女のくせに、変なやつ!」
カエルがリーベルタの言葉に爆笑する。大声で馬鹿にされたリーベルタは、俯いたまま何も言わなくなってしまった。小さな体をさらに小さく委縮させ、再び腰に延ばされた手を、振りほどこうともしなかった。
「ちょっと、何やってるの!」
そのとき、目の前に大きなブーツが立ちはだかった。
リーベルタがゆっくり顔を上げると、そこには薄ピンクのスカートを揺らす、少女の脚。真下の位置からは彼女の顔を確認することはできないが、その声を、リーベルタは知っていた。
「悪いことするカエルは、私が踏み潰しちゃうわよ!」
メルチェが二匹のカエルに片足を上げてみせる。その様子を、アシッドが「怖えー」とおもしろがって笑っていた。突然の巨人の襲撃に、カエルは「人間だ!」「人間が来たぞ!」とぴょこぴょこ跳ねて、湖の中へポチャンと逃げて行った。いまだ固まったままのリーベルタに、メルチェは「大丈夫だった?」と手を伸ばす。
「ボ、ボ、ボク……ボクは…………」
なにやらボソボソつぶやいているが、聞こえない。メルチェが聞き返そうとすると、リーベルタは突然走り出した。昨日のように鍾乳石の間をくぐり、咄嗟に追いかけたメルチェが入ることのできないような、壁に空いた小さな洞穴に入って行ってしまった。
「リーベルタは?」
「この穴へ逃げて行っちゃった」
後ろから覗き込んできたレビウとアシッドに、メルチェは悲しそうに答える。
「へえ。助けてやったのに、失礼なやつだな」
アシッドがわざとらしく大きな声で言った。メルチェは難しい顔をしながら洞穴へ目をやる。仕方ない、といった様子でハンカチに包んであったカリンバを取り出し、洞穴の前へ置いた。踵を返そうとしたとき、洞穴から微かに声が聞こえてくる。
「うっ、うう……」
泣き声だ。おそらくリーベルタの声だろう。三人は思わず耳を澄ます。
「あらあら、どうしたのリーベルタ」
そして、もう一人。穏やかな、艶のある女性の声だった。泣いているリーベルタをなだめているらしく、優しい言葉をささやいていた。
「ま、また逃げてきちゃったんだ……助けて、くれたのに。ボ、ボ、ボクはやっぱり、だ、駄目なやつだ……いつも自分の気持ちを伝えられない、臆病な自分が、大嫌いだ」
常に怯えたような話し方をするリーベルタだが、「大嫌いだ」と言った最後だけ、はっきりとした口調だった。
「そうだったの。それはきちんとお礼を言うべきだったわね。でもね。あなたは臆病なんかじゃないわ。私の怪我のために、水辺の薬草をとってきてくれたのでしょう? ほら、あなたがずっと看病してくれていたおかげで、もう飛べるくらい元気になったのよ」
羽をばさつかせる音が聞こえた。
「ほら、もうそろそろ、もぐらが帰ってくる頃よ」
女性がそう言ったとき、リーベルタは洞穴から出てくるようだった。メルチェたちはなんとなく急いで岩陰に隠れてしまい、狭い通路にぎゅうぎゅう詰めになる。「なんで隠れるんだよ」と一応小声で質問するアシッドに、「なんとなく!」とメルチェが答える。そのあとレビウが「また走らせちゃうかもしれないし……」とリーベルタの逃げる姿を想像して付け加えた。
「……」
洞穴から出たリーベルタは、無くしていたカリンバが突然目の前に現れたことに驚く。しかしすぐにばつが悪そうな顔になり、あたりをキョロキョロ見渡した。カリンバを拾い上げたあと、ぐっと力いっぱい拳を握る。
「あ、あ、あの……!」
そして大きな声で呼びかけた。
「さ、さっきは、た、助けてくれて、ありがとう……! に、逃げてしまってごめんなさい!」
息をくぐめていた三人は数秒の間黙ったままでいたが、結局ゆっくりと岩場から顔を出した。洞穴の前には、泣きそうな、でも泣いていないリーベルタが立ち尽くしていた。
「リーベルタ……」
メルチェが駆け寄り、その小さい体の前にしゃがみこむ。レビウとアシッドも出てきたことを確認すると、リーベルタは不安そうな顔で、けれどはっきりとした口調で言った。
「ボク、ほんとはドレスなんて着たくないんだ」
メルチェたちは意味がわからなかった。少しの間三人で顔を見合わせていたが、リーベルタの表情が真剣なものであることに気付き、黙ったままその言葉の続きを待った。
「む、昔から、か、可愛いねって言われながら、い、い、生きてきたんだ……でも本当はずっと、そういう言葉とかこんな……ひ、ひらひらのスカートが、嫌で」
リーベルタは、不器用ながらも丁寧に言葉を繋げていった。メルチェたちは少しずつ理解する。
今まで出会った人たちが、姫、姫、と可愛がってくれることが心苦しかった。慕ってもらえるのは嬉しいが、それはほんとの自分じゃない。まわりに嘘をついているようで、でも失望させたくなくて、あやふやに返事をするようになって、自分の気持ちを伝えることから、逃げてしまうようになった。
肩を震わせるリーベルタに、メルチェは手を差し伸べようとする。
「本当は姫にも、花嫁にも……なりたくなかったのに」
そのときだった。リーベルタの頬に涙が伝う。雫が顎先から落ち、手に持ったカリンバの鍵盤を弾いた。
瞬間、あたり一面に光が飛び交った。
壁に咲いていた無数の花が一気に舞い上がり、光の花吹雪になって洞窟中を照らし上げる。散った花弁は瞬く間に再生し、その蕾からも青白い光が漏れている。
「ど、どうして、曲を弾いていないのに……」
こんなことは初めてらしく、戸惑うリーベルタに今度こそメルチェは手を伸ばした。
「リーベルタ、大丈夫。私たちには伝えられたじゃない」
にっこり笑ったメルチェに、リーベルタは初めて笑い返す。地面についたメルチェの指先に手を置き、撫でるようにしてから離れた。
「ありがとう。も、もぐらさんにも、つ、つ、伝えてみるよ。上手く……言えないかも、しれないけど」
そう言って、メルチェの手には乗らず自分で歩き出す。アシッドはその後ろでうんうんと頷いていた。
「……エシャ」
内緒話のようなレビウの呼びかけに、またキラキラとした霧を出して猫が現れる。
「今、魔法を使っただろう」
こっそり尋ねたレビウの横で体をしならせながら、エシャはニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべていた。
「使ってないよ~。魔法をかけておいたのは~初めにお願いされたあのときさ~」
その返答に、レビウは不思議そうな顔をする。魔法は断っていたはず。エシャはレビウの様子を満足そうに眺め、フサフサの尻尾を長耳の間にくぐらせた。
「自分と向き合えたときにだけ発動する、小さな勇気の魔法だよ~」
.
結局、メルチェたちはリーベルタのことが気になって、もぐらの家までついていっていた。湖からはほんの少しの距離だったが、おやゆびサイズのリーベルタにとってはなかなかに長い家路であった。
「あんなに小さいと、見える景色が全然違うんでしょうね」
ちょこちょこと狭い歩幅でついていく途中、メルチェがふとつぶやいた。それを聞いたレビウはうーんと斜め上を見つめる。
「確かにそうだね。想像してみたけど、やっぱり実際に体験してみないと別の視点はわからないや」
アシッドがつまらなそうにあくびをする中、メルチェは自分が小さくなったことを想像してみた。大きなアシッド……は、野蛮さが際立ちそう。乱暴に扱われて死んじゃったら――というところまで考えて、メルチェは身震いした。大きなレビウは……きっと、優しく手で包みこんでくれて、壊れ物に触れるみたいに、指先で撫でてくれるに違いない。小さくなっても、レビウと一緒にいれば安心するんだろうな。誰かとは違って――と思う兎贔屓なメルチェ。「お前、なんか失礼なこと考えてねえか?」という狼の言葉はもはや聞こえていない。
「つ、つ、ついたよ……」
どうでもいいことを考えていると、リーベルタが小さく言った。
足元を見ると、先ほどの洞穴とよく似たくぼみに、小さな木の扉がついた場所に到着していた。扉の隣には小さなランプが飾られている。おそらく玄関なのだろう。メルチェが「頑張れ!」と両手を構えて声援を送ると、リーベルタは引きつった笑みを返してくれた。
「リーベルタ、さっきメルチェに言えたんだから、きっと大丈夫だよ」
見かねたレビウも優しく励ます。しかし、すでにリーベルタの顔は沈んでいた。カエルに絡まれたときのように硬直し、瞬きさえしていない。「大丈夫かよ」アシッドがそう言ったときだった。
「リーベルタ?」
玄関の扉が開く。
もぐらだった。リーベルタより一回りほど大きい。岩と同じような色の毛並みをして、尖った鼻先を上下させている。声色から、かなり年上の男性のようだ。
メルチェたちは急いで岩場の影に隠れる。さっきと同じように、またぎゅうぎゅう詰めだ。
「あ、あ、あ、う、ボ、ボク、あの」
リーベルタはというと、今まで以上にないに狼狽していた。なんとか会話をしようと試みているのはわかるが、言葉にならない言葉を必死に口から発している。もぐらは心配そうな様子でリーベルタに駆け寄った。先ほどカエルにつけられたドレスの汚れを手で払い、リーベルタのショートカットに触れる。
「もう、どうしたんだい。僕の可愛いお嫁さん。とにかくおうちに入ろうか」
もぐらはリーベルタを抱きしめたが、可愛いお嫁さん、という彼の言葉を聞いたとき、リーベルタの表情が露骨に落ちた。
――あ、駄目だ。言えない。
メルチェたちが思わず声をかけかけた、そのときだった。
「……この音」
思わずメルチェはつぶやいた。
突然、美しい珠のような、穏やかに弾けるような、優しい音色があたりに響き始めたのだ。知らない曲だった。濃い層の縞模様になっている岩壁に、また星屑のごとく光の花が咲き乱れる。
「リーベルタ……?」
もぐらは腕の中にいる自分の花嫁をそっと引き離した。リーベルタは、ゆっくりと震える指でカリンバを弾いている。何が起こったのかわからない様子のもぐらだったが、リーベルタの一生懸命な姿に、何か理由があるのだろうと察したようだ。短い曲が終わるまで、ずっと黙って聴いていた。
「こ、こ、この曲、旦那様が、ボ、ボクに初めて教えてくれた……」
曲が終わり、あたりの光もやんだ頃、リーベルタがようやく口を開いた。メルチェたちも安心し、曲の余韻に浸りつつ引き続き岩場の影から二人を見守る。
「そうだったね、覚えているよ。この外国の楽器をプレゼントしたとき、すごく喜んでくれたことも」
もぐらが穏やかに言うと、リーベルタの目に大粒の涙が浮かんできた。たまらなくなって、腕のいろんなところで涙を拭いている。その姿を見て、もぐらは悲しそうに笑った。
「こんなところになんて、来たくなかったか」
リーベルタはバッと顔を上げる。首がとれそうなほど、激しく横に振った。
「ち、ち、違う。旦那様が、地上から来たボクのことを思って、こ、この楽器をくれた。嬉しかった。う、嘘じゃない……ただ、ボク、ボ、ボクは」
泣き声を混ぜながら必死に言葉を紡ぐリーベルタを、もぐらは優しく見つめていた。
「旦那様に、同じ気持ちを、返せない、から……」
玄関のランプがやわらかい光を灯している。洞窟はリーベルタの言葉を最後に静まり返り、さっきまであんなに光り輝いていた花たちも、今は暗闇で眠っているようだった。二人の間に流れる沈黙がどういったものなのか、メルチェたちは、否、リーベルタさえわからなかった。俯いたままのリーベルタは、涙の代わりに汗が滴り始めていた。踏みなれた土の色を凝視していると、足元との距離感が掴めなくなってくる。自分が今、どこに立っているのか、知る手段は何もなかった。
「リーベルタ」
沈黙を破るもぐらの声。メルチェたちもドキッとする。
「だ、だ、だんなさま、あの、あの」
リーベルタが顔を上げた。焦った様子でまた言葉にならない言葉を紡ごうとする。
「ほ、本当に、ボク、ボク、なんて言えば」
「リーベルタ!」
激しくうろたえるリーベルタの頬を、もぐらはそっと包み込んだ。「聞きなさい」と言った低い声に、リーベルタは一度深呼吸をする。
「僕はね。君がどこか遠くにいること、わかっていたよ」
もぐらがゆっくりと話し始める。その落ち着いた声色に、どこか安心感を覚えた。
「青空の見える村から、無理に連れてきてしまったと思っていた。地下はつまらないだろう。君の故郷のように緑がない。日も当たらない。だから、いつか君がいなくなってしまっても仕方がないとは思っていた。こんな暗い洞窟で、こんなおじさんのお嫁さんなんてね」
また悲しそうな顔をするもぐらに、リーベルタは首を振ろうとする。しかし、もぐらは次の瞬間にっこり笑った。
「だけど君は、君として生きていきたかっただけなんだね」
リーベルタは目を大きくする。
「十分だよリーベルタ。君が僕と過ごした時間を、さっきの曲を覚えてくれているだけで、僕にとってはこれ以上ない贅沢だ」
もぐらは泣きじゃくるリーベルタの背中を、その大きな手のひらでいつまでもさすってあげていた。メルチェはそれを見て、レビウの優しい手のひらを思い出していた。
もぐらはとても優しい人だった。きっと、リーベルタもそれをずっとわかっていたのだ。だから言えなかったのだろう。傷付けたくないというのが優しさかどうかはわからない。けれど、不器用ながら思いやりではあったと思う。ただ、お互いの思いの形が違っただけだ。
メルチェたちは、リーベルタの涙が尽きるまで、ずっと二人を見守っていた。
.
「みんな、あ、ありがとう、本当に……」
リーベルタが泣きやんだ頃、メルチェたちは洞窟の出口まで案内してもらっていた。
「ううん。伝わってよかったわね」
目を真っ赤に腫らしたリーベルタを手に乗せて、メルチェは優しく微笑む。
景色は少しずつ変わっていた。洞窟の入口と同じように、低い天井の岩場には少しずつ隙間が出来てきて、白い日光が柱になって差し込んでいる。壁に咲いた小さい花は洞窟の中で見た輝きとはまた別の輝きを纏っていた。ずっと暗闇にいたからか、出口に近付き明るくなってくるにつれ、目がチカチカと眩しい。
「出口はいくつかあるんだけど、い、一番、ここが綺麗なんだ……」
リーベルタがそう言って笑ったとき、メルチェたちはついに洞窟を抜けきった。
「わあ、ほんとだ、すごい……!」
目に飛び込んできたのは、あたり一面の花畑。
大小さまざま色とりどりの花が、青空の下で鮮やかな絨毯となって広がっていた。爽やかな風が吹くとそのたびに揺れ、さざめき、カラフルな波を作る。蜜の香りに誘われて、ひらひらと派手な模様をした蝶々や蜂たちが花の海を泳いでいた。
そして、花畑の向こうには別の海。砂漠だった。ポツポツと背の高いサボテンや列になったラクダの姿が遠くの方、船のように見えていた。
「さ、砂漠がしばらく続くけど、ずっと歩けば、雨の降る街に着くはずだから」
リーベルタは、喜ぶメルチェを見て嬉しそうに言った。
メルチェは花畑の中を歩きながらお姫様気分でくるくると回った。桃色のスカートが丸い形に広がって、レビウはそれを花みたいだなと思った。アシッドは花ですらおいしそうだと食べることばかり考えている。
「じゃあね、リーベルタ。お元気で」
花畑の終わりでさよならをする。メルチェの手から降りたリーベルタは、深くお辞儀をしたあと、花の森へと消えていった。
メルチェたちも歩き出す。洞窟の冷たさとは違い、砂の上は靴を履いていてもわかるほどの熱さだった。砂の深さに足を持っていかれそうになり、よろついたメルチェをレビウが支える。アシッドに馬鹿にされたことを悔しく思いながら、メルチェはふと後ろを振り返った。輝くほどに色鮮やかな花の海。その中から、何かが空へと飛び立った。ツバメだった。その背中の上に、小さな人影が見えた気がした。




