洞窟 1
あの夜のあとも、メルチェたちは数日間シャロイに泊まっていた。
宿屋のロビーにある天窓をメルチェはとても気に入っていたので、出発の日、そこから伸びる黄色い日差しが名残惜しい気持ちを強くさせた。
「メルチェ……!」
お昼過ぎ。準備を済ませ、宿屋のフロントへ挨拶をし終わったとき、二階の部屋から天使のような少女が駆け下りてきた。銀の髪が白のケープをサラサラ泳いでいる。その光沢は、彼女の着ているエメラルドのドレスと同じくらいの艶を纏っていた。
「ディア! 体は大丈夫なの?」
舞い降りてきた少女に、メルチェは足早に駆け寄る。
ディアはあの夜からずっと部屋にいた。メルチェは日中は外へ出掛けることが多かったが、夕方になると宿に帰り、面倒臭がるアシッドを引きずりながらディアの部屋にトランプをしに行ったりしていた。トランプをしながら、その日の街での出来事や、姫オーディションの日の話などをたくさん話した。その時間は、ディアにとってはとても幸せな時間だった。
ハイリスはその様子を見てまた小さくため息を吐き、レビウは一人バルコニーでいることが多かった。オルエッタが時々訪ねてきて、レビウと話をしたり、ハイリスと話をしたり、メルチェたちに混ざって賑やかしてくれたりした。彼は、昨日あたり一足先に別の街へと旅立ってしまったらしい。
「ありがとう。メルチェたちがいてくれて本当に楽しかったよ」
ディアはメルチェの手を取り、優しく微笑んだ。
「私もよ。ディアとお友達になれて嬉しかったわ。またどこかの街で会いましょうね」
少女たちがしばらく話をしている間、レビウは部屋の鍵をフロントへ返し、荷物の確認をしていた。すると、狼がその隣に自分の荷物を投げるように置く。
「俺も行く」
そういえば一緒に旅をするかどうか保留中だったな、と兎は思い出す。
「当然、そのつもりだったよ。メルチェも、アシッドが当たり前についてくると思ってる」
レビウの自信たっぷりな笑顔に、アシッドは不服そうな、照れくさそうな、けれどまんざらでもなさそうな顔をした。「そうかよ」と返事をする。
「じゃあ、そろそろ……」
行こうか、と、レビウがメルチェとアシッドに言いかけたときだった。
「レビウ」
とびきり冷たい声が聞こえてくる。
白い長耳をピンと立たせた兎が、白いベストの襟を整えて階段を下りてきた。お見送りをしてくれるのかと嬉しくなったメルチェを空気のようにスルーして、白兎は黒兎の前に立った。二人の背丈はちょうど同じくらいだが、ハイリスは見下すようにレビウを見る。
「俺が言ったことを忘れるな。中途半端なお前が、誰かを守れるはずがない」
ハイリスの声は小さく、レビウにしか聞こえなかった。
その不穏な圧迫感に、アシッドは思わず「おい」とハイリスを睨む。しかしハイリスはそれ以上に鋭い目つきでアシッドを睨み返し、踵を返して部屋に戻っていった。
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シャロイの街の門を出る。
来たときとはまた別の門を通り、イロクの街並みを囲む塀に沿って進むと、秘密の森の入口があり、森の途切れ目には大きな岩の壁が立ちはだかっていた。ゴツゴツとした岩肌には苔や蔦が張りついて、ずっと長い間、人の手が加えられていないことがわかる。
岩に沿ってまた進んでいくと、今度はその岩肌が大きく口を開けたように裂けている。中は地下へと続く洞窟になっていて、レビウは「ここを通るよ」と目で言った。メルチェはごくりと唾をのみ、アシッドは二人についてきたことを少し後悔した。
「……全然、抜けられないのね」
時刻は――――何時なのかも、わからなかった。
洞窟を歩き始めたばかりの頃は岩場の天井にも微かな隙間があって、スポットライトのように日が差して綺麗だとみんなで話していた。しかし、日が沈んでからはしばらく暗いトンネルを進んでいるだけだ。もうどれくらい歩いただろう。低い岩場に、背の高い狼は頭をぶつけそうになる。
「うるせえな。文句を言うな、文句を」
弱音を吐くメルチェの頭を、アシッドがポコンと叩いた。
「いったーい! 何するのよ!」
「お前がクソつまんねえこと言うからだろうが」
「だって足場も悪いし、クタクタなんだもの」
「ベッド暮らしが恋しいか」
引き続き泣き言を言うメルチェは、アシッドの言葉にシャロイの宿屋を思い出す。三人で布団にくるまっていたことが懐かしい。
メルチェは暗闇に慣れてきた目であたりを見回した。無数の石の柱が地面からも天井からも細長く伸びている。岩壁には鍾乳石。ただれたカーテンのような形を作り、珊瑚のごとく複雑な模様を形成している。その上から、見たことのないとても小さな葉っぱと花が、いくつもくっついて咲いていた。
「不思議なお花ね、レビウ」
メルチェが前を歩く兎に話しかける。
「ああ、そうだね。僕も初めて見る花だ」
小ぶりなランタンを持った兎が、少し振り向いて笑う。……笑ってはいるのだが、レビウはハイリスになにやら別れの言葉をかけられてから様子が変だった。話しかければ微笑んでくれる。だけど、どこか上の空だ。
「……お前さあ、意外とガキだよな」
すると、調子の悪そうなレビウを変に思っていたアシッドが、その長い耳を後ろから掴んだ。びっくりしたレビウはアシッドの手を大きく振り払ったあと、急いで耳を守るポーズをとる。
「な、なにそれ。僕はまだ十五なんだから、子どもで当たり前だよ」
十四のメルチェはレビウの歳を聞いて、そうだったんだ、と思った。それじゃあ、夢で出会える少年はいくつなんだろう。四つ、五つ下くらいかしら、と彼の風貌を思い浮かべる。
「アシッドは五歳くらいかい?」
「お前、堂々と馬鹿にすんじゃねえよ」
二人のやり取りに、メルチェはふふっと声を漏らす。
狼は自分が成人していることをやたらと主張していたが、そうやって張り合ってくるところ、自分が一番子どもっぽいじゃないか、とメルチェとレビウに笑われてしまい、不服そうに反論していた。そんな話をしていると、三人は狭い岩の通路からひらけた場所に辿り着いた。
「うわあ、すごい!」
メルチェは思わず声を上げる。
そこは洞窟の湖だった。
手を浸けてみると、水は凍てつくほどに冷たい。硝子のように突き刺さり、透き通ってもいたが、底は鮮やかな緑色をしていて浅いのか深いのかわからない。先ほどまでアシッドの耳すれすれまで迫っていた天井は頭上高くまでひらけている。ぶらさがった鍾乳石はオーロラか滝か、はたまたシャンデリアのようにも見えた。水源のおかげかどこか空気が澄んでいて、メルチェは大きく息を吸い込んでみる。
「今夜はこの近くで休憩しよう。シャロイで買い物もしたことだし、シチューでも作ろうか」
レビウの言葉にメルチェは「シチュー!?」とまた声を上げて喜ぶ。
三人は水源を少しだけ超えた、平らで広い場所に荷物を置いた。大きな太い縞模様の柱がいくつも地面から生えたり上から垂れ下がったりして入り組み、丈夫な壁となっている。
「僕は水をくむついでに野菜を洗ってくるから、二人は焚火の準備をしておいて」
レビウは鍾乳石の壁の向こう、湖のほとりの方へと消えていった。足音だけがこだまして、取り残された少女と狼は顔を見合わせる。
「……さっきよりは、ましだな」
「でもやっぱり無理してる感じがするわ」
兎の様子について議論するが、彼は優しい仮面で自分の気持ちを煙に巻くのが上手く、声をかけるべきか放っておくべきかわからなかった。二人は地面に腰を下ろし、枯れた花の茎や蔦など焚火の材料を集めながら考える。
「お前、手伝いに行ってやったらどうだ」
「だけど、もし一人になりたいんだったら……」
「兎って寂しかったら死んじまうらしいぜ」
「行ってくる!」
メルチェはアシッドの言葉に勢いよく立ち上がった。単純である。ただ、そこがメルチェの美点でもあった。履き慣らしたブーツを一歩踏み出し、湖の方へ向かおうとした。
そのとき――
「ぎゃ!」
足元で、か細い声がした。
ふにっという柔らかな感触がして、メルチェは「ぎゃー!」と足元の声以上のリアクションをする。その唐突な叫び声に、アシッドも「うわっ、なんだよ!」と驚いた。
心臓をバクバクさせて暗い足元を見渡すが、わからない。アシッドは先ほど集めた枯れ木の塊にマッチで火をつけた。わずかな光が徐々に大きく膨らんで、炎と呼べるほどの灯りになる。もう一度足元を確認すると、そこには小さな小さな、親指ほどの女の子が横たわっていた。
「なにかしら……」
「豆みてえな人形だな」
「に、人形じゃないよお……」
またもや聞こえたか細い声に、二人は「しゃべった!」と反応する。
小さな、親指のような、豆のような女の子はゆっくりと手をついて起き上がった。その影は、炎に照らされ大きく揺れる。
「ボ、ボ、ボクの名前はリーベルタ……おやゆび姫って、みんなは呼んでる……こ、この洞窟のもっともっと地下にある、もぐらのお嫁としてここへ来たんだ……」
おやゆび姫――もといリーベルタは、汚れたドレスを芝の葉先のような手で叩きながら言った。うなじまで見える短いショートカットが印象的だ。あとの特徴は、小さすぎてよくわからない。
「リーベルタ……蹴とばしちゃって、ごめんなさい。怪我はなかった?」
メルチェは戸惑いながらも手を差し伸べた。リーベルタはなぜかもっと戸惑いながら、メルチェの手のひらにお辞儀をして乗りあがった。リーベルタが歩くたび、メルチェは手の真ん中がくすぐったくてたまらない。
「ボ、ボクこそ、びっくりさせちゃって、ご、ごめんなさい」
両手を胸のあたりでもぞもぞさせるリーベルタに、アシッドはずいっと顔を近づける。その狼の剣幕に、リーベルタは「ヒッ」と声を上げる。狼はただ彼女が小さすぎてよく見えなかっただけらしいが、鋭い目つきと尖った八重歯は、親指ほどの彼女にとってどれほど恐ろしく見えていたことか。
「お前、ちっせえのにこんなとこ歩いてて危なくねえのかよ」
しかしその見た目や態度とは裏腹に、どうやら身の危険を案じてくれていたようだ。リーベルタは少しだけ安心し、またボソボソと話し出した。
「ど、洞窟を通る人なんて滅多にいないから、い、今しかないと、思って」
リーベルタはその小さい体をさらに小さくしたと思えば、次にはメルチェの手のひらに頭を深くくっつけた。
「た、た、助けてください……! 本当は、け、結婚なんてしたくなかったんです……!」
その突然の大声に驚く。
そういえばさっき、もぐらのお嫁さんになったなんて言っていたな、とメルチェは思い返す。アシッドはため息を吐き、今度はリーベルタから顔を離して言った。
「だったら断ればよかっただろ」
「そんなこと……できないよ……みんなボクともぐらさんの結婚を喜んでる……い、今更断るだなんて……そんな気まずい空気になるくらいなら、一生恨まれてでも、勝手に姿を消す方がましだ…………」
何やら思うことを抱えているらしい。メルチェとアシッドが顔を見合わせて首を傾げていると、「ほ、ほんとにお願い! いいもの見せてあげるから……!」と何やら必死に肩から下げたポシェットの中身を探り始めた。
出てきたのは、その身に似合う小さなカリンバ。
リーベルタはふう、と一呼吸おき、「いくよ……」と言ってそれをかまえた。小さな小さな指先が、器用に銀の鍵盤をはじく。そのリズムに合わせ、心地のいいオルゴールのような音色が洞窟の中をこだました。初めて聞く曲なのに、どこか懐かしい。メルチェがその音色にうっとり耳を澄ませていると、ふと、岩壁に光が宿っていることに気が付いた。
「ちょっとアシッド、火を消して!」
メルチェに突然急かされたアシッドは、なんだよ、とぼやきながら焚火を踏み消した。
すると、暗くなるはずの洞窟に、無数の青い光が灯っている。
「なにこれ、すごいわ!」
「お、音の響きに反応するんだ……」
光っているのは岩肌を伝って咲いていた、小さなたくさんの花たちだった。
壁中に張りついていた知らない花は、星空のような、蛍の群れのような光で暗闇を照らす。幻想的な景色はリーベルタがカリンバを弾いている間ずっと繰り広げられ、メルチェは曲と光の美しさに夢中になっていた。
「二人とも! この光は……」
するとそのとき、今や光の壁となった鍾乳石の柱の向こうからレビウが顔を出した。
メルチェが「レビウ!」と彼の名前を呼ぼうとしたとき、曲が突然止んだ。
「あ、あ、あなた! 魔法の香りがします! 魔法が使えるんですね!」
手のひらからレビウに向かって身体を乗り出す。リーベルタがカリンバを弾くのをやめると、あたりの光は暗闇に溶けるように消えていってしまった。レビウはその光景を不思議そうに眺めつつ、声の主を探しキョロキョロするが、見つからない。アシッドは再びマッチ箱を取り出し、先ほどと同じように火を起こした。
「わあ、こんなところに」
メルチェの手に乗った小さいお姫様とようやく目が合い、レビウは優しく微笑みかけた。
「あ、あ、あの、ま、魔法は……」
「ごめんね。僕はもう……魔力の入っていた入れ物であるだけで、中身は何も残っていないんだ」
困ったような笑顔を見せるレビウに、リーベルタは申し訳なさそうな、残念そうな顔をした。
「魔法といえば、エシャだけど……」
レビウはそう言って空中を見回す。メルチェとアシッドもつられて見回した。「いるんだろう」とレビウが呼びかけると、その背後にふわりと霧ができてくる。キラキラと金粉のような光を振りまきながら、マフラーをなびかせる白猫が現れた。
「どんな魔法を使って欲しいのかな~?」
ずっとそばで話を聞いていたらしく、エシャは空中で体をくるくる泳がせながら言った。目の前で本物の魔法を見たリーベルタは瞳を輝かせている。メルチェがエシャへ向けて手のひら――に、乗ったおやゆび姫――を差し出すと、エシャは大きな黒い目をキョロッとリーベルタへ向けた。
「も、も、もぐらさんの中にある、ボ、ボクの記憶を消してほしいんだ……!」
その言葉を聞いてもなお、エシャは口元を緩ませながらマイペースに空中を泳ぎ続けている。
レビウが話についていけずにいると、メルチェがそっと今までのことを耳打ちで教えてくれた。ふわふわの黒い耳に近付くと、メルチェは少しドキドキした。実はレビウもドキドキしていたのだけれど。
「う~んどうしよっかな~」
目の前でずっとぐるぐるする白猫を、リーベルタは懇願するような面持ちでじっと見つめる。
「う~ん」
紫色のマフラーを目で追っていると、リーベルタの目がぐるぐるしてくる。
「そうだね~」
同じように、メルチェたちの目もぐるぐるしてくる。
最高に変な気分になりかけたとき、エシャは瞼をゆっくり開け閉めし、「やめとこうかな~」と返事をした。その言葉に、全員が息を吐く。エシャはぐるぐる回るのをやめ、メルチェの頭の上に乗った。この猫は本当に本物の霧のようで、とても軽く、マフラー分の重みしか感じられなかった。
「そ、そ、そんな……」
ここまで焦らしておいて、という絶望感にさいなまれるリーベルタ。メルチェが手の中を恐る恐る覗き込むと、「お、おりる……」と吐息のような声で言った。メルチェは慌てて地面に手をつける。
「も、も、もう、いいです」
そう言ったか言わなかったか、さらに小さな声だったのであまりわからなかったが、メルチェが声をかけようとすると、リーベルタは小さな身体を岩場の隙間にくぐらせて奥の方まで走り去ってしまった。
「行っちゃった……」
「エシャ、どうしてあんな意地悪をしたんだい?」
レビウがメルチェの頭の上に向かって話しかける。すると微かな重みがふっと頭上から消えていった。エシャはいなくなってしまったらしく、レビウはメルチェと目を合わせて苦笑いした。アシッドは「変なやつだったな」と姫か猫かどちらのことかわからない一言を放ったあと、「早く飯食って寝ようぜ」と言った。二人もそうだね、と頷いた。
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狼がいびきをかいて眠っている。もう夜が深いのかどうかはわからなかった。ただ、闇が深いことは確かだ。
ほとんどレビウが作ったシチューを、ほとんどアシッドがたいらげ、メルチェはまた狼と言い合いをした。そんな二人をなだめつつ笑ってしまう兎は、いつもの笑顔に戻っているような気がした。アシッドはお腹いっぱいになったからか食事のあとは早々に眠ってしまい、メルチェはレビウと二人で後片付けをした。
「はいメルチェ、今日は疲れたでしょ」
小さくなった焚火の前で座っているメルチェに、レビウがマグカップを渡す。中には茜色のあたたかい飲み物が入っていて、湯気から香る匂いを嗅ぐと、果実のようなバニラのような、甘い香りがした。
「紅茶だよ。あったものをブレンドしたから、お口に合うかはわからないけど」
メルチェはパアッと顔を明るくさせる。
「ありがとう!」
嬉しくなってマグカップを撫でた。可愛いデザイン。シャロイで買ったのだろうか。そんなことを考えながら、熱を持ったその淵に唇をつけ紅茶を飲む。喉を通っていく熱い一口は、胸のあたりをじんわりとさせた。
「おいしい……! バニラの香りがしたのに、柑橘系……?」
甘い香りとは裏腹に、果実感の強いフレーバーだった。かと思えば、後味は茶葉を炒った香ばしさが口に広がっていく。
「そうだよ。バニラとオレンジ、それから外国の茶葉が混ざってる」
茶葉やフレーバーが素晴らしいのは確かだったが、なによりレビウの淹れる紅茶が凄くおいしいということに、メルチェは気付いた。自分で淹れたときや、不思議の国でアリスや他の姫候補の女の子たちと紅茶の淹れ方を練習したときにも、こんなにおいしい紅茶を淹れている人は誰一人いなかった。紅茶の香りを逃がさないだけでなく、嫌な渋みもない。
メルチェがゆっくりとマグカップの中身を味わって飲む姿に、レビウは嬉しくなっていた。
「……あの、レビウ。大丈夫?」
しばらくして紅茶を飲み干したメルチェは、隣に座ったレビウに聞いた。レビウは昼間の自分の様子が見破られていたことに苦笑しながらも、「ふふ、ありがとう」とすぐに微笑んだ。
「大丈夫。ちょっと考え事してただけだよ」
いつもの調子で返事をするレビウに対し、メルチェは安心しながらも少しだけ頬を膨らませる。
「もっと、頼ってくれてもいいのよ」
自分のことは一人で解決してしまっている兎に、メルチェはふがいなさを感じていた。メルチェは、レビウのことをなにも知らなかった。どこから来て、なんのためにブリランテへ行くのかも。聞けば答えてくれるのかもしれないけれど、レビウは自分のことをあまり話そうとしなかった。もしかしたら詮索されるのが嫌なのかもしれない。だから、つらいことがあったとしても言わないようにしているのかもしれない。だけど、だけど……レビウはいつも自分を助けてくれる。それなのに、自分はレビウの力になれないのかな。
そう思い、膝を抱えたメルチェに向かって、レビウは真剣な声で言った。
「頼ってるよ。メルチェは気付いていないかもしれないけど、僕はいつもメルチェに助けられてる」
メルチェはその言葉について少しの間考えてみたけれど、あまり納得がいかなかった。今までに自分がレビウを助けることができた記憶なんて、微塵もない。
「でも、助けられてることの方が多いわ。それに、兎は寂しかったら死んじゃうんだってアシッドが……」
レビウは目を丸くさせた。
だから無理しないで、と言ったメルチェに、次には無邪気な顔をして可笑しそうに笑う。
「そんなの迷信だよ。それに、僕はメルチェがいてくれたら寂しくない」
そう言ったレビウは優しい表情なのにどこか強いまなざしをしていた。そのあと「僕は、メルチェが思っているよりもずっと……」とまたなにかを言おうとして、一瞬黙って考えた。メルチェが首を傾げていると、結局なにも言わずに檸檬色の癖毛を撫でられる。
「明日もたくさん歩くから、早くおやすみ」
メルチェはまたいろいろなことをはぐらかされた気がして納得いかなかったが、その気持ちは疲れていて眠りたい気持ちに負けてしまった。「おやすみなさい、レビウ」と優しく笑うと、レビウも優しく笑い返してくれた。
炎が消えて完全な暗闇に包まれる。ひんやりとした地底の夜は驚くほど静かで、深海のように冷たかった。もぐらに嫁入りをすると、こんな夜を一生越えていかなければならないのだろうか。ふと、メルチェは小さなお姫様を思い出し、そのままゆっくりと目を閉じた。




