52話 賢者の思惑
一方その頃―――。
「一体何が目的なの!?」
リュシルにユユ、エルメス、藤崎花菜、ミリヤは誰もいない静かなアインス王国の大通りで1人の老人と相対していた。
老人は杖をつき、藍色の魔導服に身を包み、その長い白髭を触る。
「ふぉふぉふぉ。そう身構えさんな。敵意は無いのじゃ。」
ゆっくりと両手を上げ降参のポーズをとる。
「ちょいとお前さんたちと話したいのじゃ。」
両手を上げながら老人は柔和な笑みを浮かべる。
だが、リュシル達は警戒を解かない。
リュシルは氷の柱、エルメスは光の槍、それぞれが持つ固有魔法でいつでも攻撃できる体勢を崩さない。ユユ、藤崎花菜も同様。ミリヤを守るようにそれぞれ身構える。
いくら相手が敵意が無いとはいえ、この状況。
アインス国内に魔獣が出現し、盗賊達が乗り込み拉致を行い、地下にあった盗賊のアジトに潜り込み、そこで見たリガの暴走によって変異したラロッシュ・アルテア。難を逃れて地下を抜け出したら地上には巨大な未知な生物の出現と立て続けにありえないことが起こっている。こんな状況下、見知らぬ老人が待ち伏せていたのだから嫌でも警戒する心理が働く。
「ほほーっ。固有使いじゃたか。」
その言葉に、さらにリュシル達は警戒を強める。
『固有魔法の存在を知っている。』
この事実で只者ではない老人だと断定する事ができる。
固有魔法の存在事態、『世界統合会』が厳しく情報規制している。存在を知るものは国家でも少数。ここまで、徹底しているのはこれは、一歩間違えば国家、いや世界が転覆する可能性があるためである。固有魔法使いの者は『世界統合会』へ上告をする義務があり、『リスト化』される。また、犯罪の為の使用は勿論、やむを得ずの時にしか使用が出来ず、さらには固有魔法保持者は危険人物として『世界統合会』に常に、監視されている。
また固有魔法を得る者は、3種の魔法を自在に扱えかつ、幾つもの修羅を潜り抜けた者だけが授かる特殊魔法であり、一般民が突如覚醒し、授かることはほぼありえない。言わば、相当の実力者しか授かることが出来ない魔法である。だから、相当の実力者でない限り『固有魔法』の存在事態知らないのだ。
何者かのか…。
その事実を踏まえてリュシル達は老人を観察する。
見られない魔法服――――。
セコンド国家やローズ国家などの同盟国の魔法服ではない。
「…イクトと出会った頃、イクトが着ていた服装、じぁーじ?に少し似ているわね…。」
「…そうですね。リュシル様。」
小言で、リュシルとユユが外見について意見を述べる。
「…と、なるとイクトっちみたいな召喚された人もありえるっすね。」
2人の話を聞き、エルメスも自分なりに考える。
勿論、その可能性も十分にある。
が――。
その、可能性は次の老人の言動によってかき消された。
「全く…。物騒じゃの。ほいっ。」
柔和な笑みを絶さず、その白長いアゴヒゲを触りながら、突いていた杖を一回地面を、トンと突く。
パキパキ。シュパン。
「えっ…。」
氷の柱と光の槍が消滅する。
十数本あった柱、槍とも全て消滅する。
「これは…っ。」
リュシルやエルメスは勿論、まだ『固有魔法』を使用していないが、その所有者であるユユも感じ取れた。
「なっ…。なんで…!?」
リュシルやエルメスは再度、『固有魔法』を生成を試みるが、途中で生成出来なく消滅してしまう。
その光景を愉快そうに老人は見ながら、
「ふぉふぉふぉ。無駄じゃよ。今、『無効化』にしておるからじゃ。」
「無効化…!?」
老人の一言に皆が声を上げる。
「そうじゃ。ここら一帯の区域の魔法使用を無効化したんじゃよ。ふぉふぉふぉ。」
老人はその笑みとは裏腹にえげつないことを仕出かす。
「なっ…。」
「そ、へっ…。そんなの出来るのって…。」
そう。この世界は、『世界統合会』という組織が頂点に立ち、この世界を確立させている。言わば、このような稀にない『無効化』が出来るのは、『世界統合会』の者ぐらい出なければ出来ない事である。
「ふぉふぉ。だいたい察して来たじゃの。なら話が早い。ちと、アオキ・イクト君を探しておるのじゃ。」
老人の笑みが消える。
それに応じて殺気に似たおぞましい気迫を放つ。それには、多少腕に自信があるリュシルもエルメスも格の違いを思い知らされる。
「イ、イクトなら…。」
「リュシル様!」
リュシルが口を滑らそうとしたが、ユユによってリュシルは思わず口を閉じる。
「成る程じゃの…。これは厳しいのう…。…。…そうか。見つけたのじゃな。」
先ほどは、誰かとやり取りをしているような独り言のような様子の老人はまた柔和な笑みを浮かべだす。さらに、リュシル達は警戒をするが、
「それじゃあ、ワシはこれで失礼する。神の御加護を有らんことを。ふぉふぉふぉ。」
そう言って、老人がリュシル達から背を向ける。と、同時にとても濃い霧が発生する。
「あっ。」
「逃がさないっすよ!」
エルメスは、老人に向けて追尾型に特化した光虫を放つ。
が、
「ふぉふぉふぉ。無駄じゃ。無駄じゃ。」
やはり『無効化』され消滅されてしまった。そうして、老人の笑い声と共に老人は濃い霧の中へ姿を消すのであった。
「すみませんっす。リュシル様。」
「んん。エルメスは悪くなんか無かったよ。それに、私も何も出来なかったから、おあいこよ。」
何も出来ずショボくれているエルメスをリュシルが励ます。
「リュシル様。先程の老人はやはり…。」
「そう思った方がいいわね。」
「あれが『世界統合会』の力…。半端ないねぇわ。」
終始ミリヤをユユと庇うように守っていた藤崎花菜もようやく喋り出す。
「花菜さんもよく耐えてくれましたね。」
ユユが藤崎花菜の言動を誉める。藤崎花菜はどこか喧嘩早いところがあるが、老人の時は噛みつきもせず、ただミリヤを守ることだけに専念していた。
「さすがにあの緊張感の中で割って入れねーよ。」
「ミリヤ。怖かった…。」
ミリヤは藤崎花菜の手を握りしめながら少しまだ震えている。いや、怯えている。「よしよし、もう大丈夫ですよ。」と言って、ユユがミリヤの頭を撫でて落ち着かせる。
「この霧が晴れたらどうするっすか?リュシル様。」
とても濃い霧。数十メートル先さえも全く見えない。ここで変に動かない方が明確だとエルメスは判断し、霧が晴れてからの行動をどうするのかリュシルに相談する。
「そうね。恐らくあの老人を追っても方角もわからない上に足取りもわからないわ。それに…。」
「イクトっちすか?」
「うん。それも気になる。イクトの事だから大丈夫だと思うのだけど、あの老人がイクトに対して何かしなければいいのだけど。」
「ただリュシル様。あの巨大な生物も見過ごせません。」
「そうね。恐らく防衛軍があの巨大生物を対処していると思うからその加勢にまず行きましょう。私とエルメスは前線へユユと花菜ちゃんはミリヤを連れて後方の安全圏で待機で行きましょう。そして、巨大生物を倒してからイクトを迎えに行きましょう。」
こうして、リュシルの提案でこのリュシル達の方向性が決まった。それを見計らってか霧が段々と晴れていくのであった――――。




