46話 "Monitoring world"
周囲には海しかない太平洋のど真ん中にそれは歪に存在していた―――。
「で、約2ヶ月程経ったが、経過はどうだい?」
スーツを着崩しする健康的な壮年期真っ只中の一人の男性が、巨大なモニター上に映し出されている壮大で自然豊かな世界を眺めながら、最新ハイスペックパソコンを同時に3台使用している一人の若者に声をかける。
「今まではこれといった進展は無いですね。ですが、今から面白くなってきたしたよ。凩さん。」
かの有名なハーバード大学を首席で卒業し、名が轟く世界各国の企業はもちろん、世界政府までもが、彼に注目しているIQ190以上の知能を持つ千賀光一は、作業が一段落したのか思いっきり背伸びをして、巨大モニターの画面をある地下街で起こっている小競り合いへと映し変えた。
「うっは!これは珍しい!『暴走』してますね!あの彼!」
と、不眠不休で3日眠っていない人と思えないテンションの高さで、リガの許容使用範囲を大幅に越えた際に起こる現象。
リガに飲み込まれた漆黒の若者を指を指して見ていた。
「ほう…。『魔法』の使いすぎか…。」
凩という名の男性は、この現象にはこの千賀光一から粗方報告を受けていた。
あの世界では『魔法』が存在している。
そしてその『魔法』の供給源である『リガ』と呼ばれる、人それぞれに備わっている特殊な体内エネルギーがあり、一定の『リガ』の供給を越えると『暴走』と呼ばれている人格のも崩壊させるもある恐ろしい物だが、可能性もその分十分にある未知なモノが存在している、と…。
「…で、まだ『彼』はなにも感づいてもいないのか?」
凩は、『暴走』する青年に相対して漆黒の鞘から翠緑の光沢が迸る刃を抜き出す一人の若者を見つめながら千賀光一に問う。
「今のところは、すっね。まだ、『自然』に異世界召喚されたと思っています。彼は。まだ、『故意的』に異世界召喚されたとは思ってはいない。気づいてもいないですね。」
「そうか。だが、くれぐれも気をつけてくれ。」
「わかってますよ。なんせあの『郁人』さんですから。」
二人が一人の若者を見つめる。
モニター上には、『暴走』している青年が無意識に、まるでブラックホールと思わせる大人1人の大きさ程あるリガの夾雑物などが1つにかき集まっている実体魔法が全方向無作為に放つ。
その速度は光速や音速までとはいかないが、人が当たれば確実に貫通する速度で次から次へ襲ってくる。
二人が見つめている先の若者はそれを見事にムダのない剣さばきで、自分自身はおろか、後方に居る仲間たちに向かっている実体魔法を未来が見えているかのように捌いていく。
その動きは芸術の一言。
滑らかな動きで見るものを虜にする。
「相変わらず腕は落ちていないようだな。」
その若者の動きを見て凩は安心する。
「懐かしいですか?」
千賀光一は若干その若者の動きに見とれながら凩に少しからかうように聞く。
「…まあな。」
凩は思い出す―――。
昔、無機質の真っ白い部屋でみっちり剣術を教え込んでいた日々。情や意思が無く、ただ道具とされていたあの頃。
凩があの頃の余韻に浸っていると、後方の自動ドアが開いた。
「失礼します!」
黒のスーツに黒のネクタイをしたここの職員がこの部屋へと入っていた。
「ここにおいででしたか。」
その職員は、探すのに苦労したのか額に汗が滲み出ており、今は必死になって呼吸を整えている。やれやれと千賀光一が凩の方に視線を移し、
「お迎えが来ましたぜ。凩さん。」
「そうだな。そろそろ戻るとしよう。で、今後は予定通りで大丈夫か?」
「ええ。このあと予定通りUBで負荷をかけてどのような反応が起こるのかのシミュレーションを行い、検証結果によっては、また人の補充を行います。」
そして千賀光一はまた、パソコンに向かい仕事を再開した。
「また、何かあれば報告を頼む。」
「へいへい。わかりましたよ『総理』。」
凩は再びモニター上に映し出されている若者を見て、職員の方へ向かった。職員は、背筋を伸ばしお手本のような敬礼をし、凩に対して最大の敬意を払う。
「では、戻りましょうか。『凩内閣総理大臣』。」
日本国最高権力所持者の内閣総理大臣であり、このプロジェクトの連帯責任者の凩はこの奇妙な施設、『MWI』を後にした――。
※ ※ ※ ※
――――僕はこれまで300年以上の時を刻んできた。
その長い年月でもあの現象はこれまでに2度ほどしか実際に見たことがない。
要因も分からなければ、原因も分からない。
ただ、その力は、強大過ぎており、この僕でも手に負えない。
―――だから、僕はこれを『魔法』の『暴走』と呼んでいる。
まさか、こんな青年がこんな時に『暴走』するなんて。過去に植え付けられた『暴走』の恐怖で背筋が凍り、手が震えだす。
落ち着け、落ち着け―、と自分に言い聞かせて自分よりはるかに危険で今まさにその『暴走』と対峙している彼に声をかける。
『今、すぐに逃げろ――』と。
私は自分でも言うのはおかしな話だけど、それなりに腕に自信があった。三種の魔法を習得し、なおかつ固有魔法も所持している。これまでの強者相手でも勝利を収めてきた。だから、今回も戦う事になっても負けない自信しかなかった。
だが、今回は違った――。
全てを闇に変え、この世の理すらも凌駕しそうな完全な死を意識されられる。リガの流れが著しくその怪物に集中しており、どんな『魔法』もその闇に呑み込まれるイメージしか浮かばない。
恐怖により、手や足が震えだす。体が鉛のように重い。言葉が喋れない。
殺られる―――。
リュシルが生まれて初めて自身の生命の危機を感じた瞬間だった。
(今すぐに、逃げるんだ!!イクトくん!!)
自分の興味がある事しか発言に感情を露にしない『魔女』が必死になってうるさいぐらいに逃げろと言ってくる。
俺も見るからにあれはヤバいと俺の危険予知センサーが大音量の警報を鳴らしている。
逃げたいのは山々だが、この人数全員が逃げ切るのは無理がある。
囮が必要…か。
「エルメス。」
「なんすっか?イクトっち?ああ…。はい、注文の品っす。」
エルメスは背中に背負っていた漆黒の鞘に手をかけてイクトに手渡す。
「いやー、漆硬石で出来ているっすから、めっちゃ背中が痛いっすよー!」
こんな状況でも、いつもの調子で肝が据わっているエルメス。こんな緊急事態なのに大したものだ。
「わかった。わかった。無事逃げ切ったら後で労ってやる。」
「了解っす。なら、緊急時パターンの予定通りに後は任せたっすよ!イクトっち!」
俺らはこの地下街に行く前に、事前に起こるかもしれない事態に備えて、ある程度の行動パターンを打ち合わせていた。
最後まで見つからずに救出するAパターン。
見つかりわざと捕虜となりそこから救出するBパターン。
見つかりすぐさま戦闘になるCパターン。
など、あらゆるこれから起こる言動を予測しその対策や各自適切の行動ができるようにしていた。
そして、これからは緊急時パターンに移る。
規格外の敵、全員の力を持っても倒せない敵に対しては、イクトが囮になり、イクトが引き付けている間に逃げ切る。
ざっくりだか、これがパターンZ。
既に、エルメスが主となりリュシルやユユに説明をしている。
俺は、漆硬石という世にも珍しい『魔法』を実体として捕られることが出来る石を使った剣を鞘から抜き出す。
翠緑の刃剥き出しとなり、刃が光にあたりエメラルドのような美しい幻想的な輝きを放つ。ズシリとした重い剣を軽く振って感触を確かめる。
そして、吠えまくっている怪物を見る。
俺は『魔法』が使えないから『リガ』とかは全くわからないが、膨大のエネルギーが一点に集中しているのはわかる。
今からは、時間稼ぎ。
勝たなくてもいい。
ただ、引き付けるだけでいい。
ふっと、息を吐いて覚悟を決める。
そして、その覚悟を怪物に向けて剣を掲げ発する。
「“Come show time”.」




