44話 『囮』の『狼煙』
「動くなよ。」
俺達の後ろに攻撃体制が整えられている盗賊。見事に俺達は針付きエサに掛かった魚のように盗賊達に釣られた。哀れなものだ。
こんなに事が巧く思い通りにいくはずが無い。
俺達は直ぐに無駄な抵抗をすること無く両手を上げ降伏のポーズをとる。
「まさしく、狙い通り。君達も呆気ないね。」
ポンポンと手を叩きながら、その白いスーツに似合う美形な青年が前に出てきた。
「ラロッシュ・アルテア!!」
ユユが異常の反応を示す。
普段はお淑やかで、大和撫子のような優しい少女だが、大声を張り上げ、今すぐにでも殺しにいきそうな鋭く突き刺さる目つきになる。
ここまでユユが豹変するなんて。
ユユはなんとか今は、襲いかかるのは踏み止まっているが、あの優しいユユではない。
因縁か怨念か恨みか、その原因となる感情はわからないが、今はその感情だけの獣。
感情に狂って自分を見失っている獣になってしまっている。
「…ユユ。起きろ!!」
久しぶりに大声を張り上げた。数秒、この場に居る全員の視線を独占してしまったが、それは直ぐに、またあの少女へと移った。
「…はっ!す、すみません。イクトくん。取り乱してしまいました。」
正気を取り戻したユユ。あのユユが自我を忘れて狂うなんて、あの男…。
「イクトくんのおかげで正気に戻りました。やはり、あの男は危険です。」
先程の獣のような目つきではないが、それでもラロッシュ・アルテアを日頃ではなかなか見られない表情、ユユの怒りが目つきに表れている。
「おー怖い怖い。そんなに怒っては折角のその美貌も台無しだよ。青髪のお嬢さん。」
ラロッシュ・アルテアが優雅にユユの怒りに対して煽る。その煽りをユユは無視をしてラロッシュ・アルテアを見らみつけていた。
ラロッシュ・アルテア。
表沙汰には全くその名は出てこない。だから、俺も噂しか聞いたことがない。
だが、その噂は、盗賊の域を越えた噂ばかり。
本当にそうのか?
俺は疑問に思う。一言で印象を言うと彼は美青年。
ただ、見た目と違って通らなくては行けない場をくぐり抜けていることは顔や体、仕草や雰囲気を見ればわかる。
そういったところは、流石、裏社会に関わっているだけある。
だが、
『一つの国を滅ぼす強大な力を所持している』
などと、一歩間違えば国際戦争に成りかねない噂の数々は本当そうなのか?
信じがたいに程がある。
こんなに見た目は善き青年にしか見えない。
噂というもの自体俺は信じないのだが、規模が規模だ。放っては置けない。
後がめんどくさくなるから。
「流石はラロッシュ!あんたの狙い通りだな!」
バカうるさい声でラロッシュを讃え、ゆっくりとラロッシュ・アルテアの後ろからその鋼のような肉体に似合わずなんとも可愛らしいTシャツを身に付けている屈強の男が存在を主張する。
「輸送は大丈夫か?ロイホ。」
「ああ。問題ねえ。」
この盗賊の親玉である、ロイホ・アイルトンが姿を表した。相変わらず、そのTシャツは可愛らしいTシャツであって、ウサギのキャラクターが一面に写されていた。
「そうか。ならあとは、王女の取引のみか。」
「ああ。で、ラロッシュ。こいつらはどうする?」
俺らを指差して処理をどうするのかロイホ・アイルトンは聞く。
「そうだね。オークションにでも売り出そうか。」
なるほど。裏社会での人身売買か。
異世界に召喚されて約2ヶ月。
この異世界の住民達の言動、思考共に俺がいた世界とほぼ変わらない。
魔法などの異世界の醍醐味であるファンタジー系の能力だけが存在をするそれ以外はクソでどうしようもない世界。
略奪。
強奪。
殺人。
表沙汰にならないだけで、日常的に起こっている。勿論、この世界にも法は存在している。
だが、法は法に過ぎないのだ。
「よし、お前ら歩け。」
ラロッシュ・アルテアが冷めきった声で俺らに命令する。
抵抗するにも、俺らは両手を降伏をとった時から縄で縛られている。
しかも、数人の盗賊の手下が即座に魔法を射てるように、常に待機している。
「おい、お前らあるっ……。」
どうやら、やっと気づいたみたいだな。
こちらとしては、こんなに見つかるのは予定外だったが、想定範囲内。
だって俺らの役目は捕まること。捕まって、相手の位置を知らせること。
言わば囮。
「は…。お、おい!何してる!早く消せ!!」
俺の後ろにいたエルメスが突然、燃え出した。それはまるで、藁人形を燃やしているかのように。そして、藤崎花菜も白い煙を立ち上らせながら激しく燃え上がる。
「ちょっ!おい!お前らの仲間どうやってやがる!」
ロイホ・アイルトンが吠えるように俺達に問いただす。
「早く消しなさい!」
これには流石のラロッシュ・アルテアも焦り早急に指示を出し盗賊達も急いで水を持ってきて消火にかかる。
ラロッシュ・アルテアはこの現象には驚いている。
まさか自害するなんて思ってもいなかった。だが、そんな不自然な自害。何かがある。
ラロッシュ・アルテアは消えていく火を観察しながら、思考を回転させていた。
既にロイホが仲間である、ユユとその少年を尋問しているが、二人とも口元がニヤついているだけで、一向に喋ろうとしない。
罠か?だとしても、このような状況で何ができる?
「…に、しても煙が立ち上ぼり過ぎてるな。」
一人の盗賊が、ポツリと呟いた。
煙…?…罠?…魔法?
あっ。まさか、だがそんな。ありえない。ありえもしないのだ。
ラロッシュ・アルテアはある仮定にたどり着いた。
だが、その仮定はありえもしないのだ。
その仮定は1人は、既に捕まえており、また、あと2人はさっき燃えた。
どうやっていやがる。
ラロッシュ・アルテアが途方にくれていたその時、
光が走った。
流星の如く一点に走る光は、今、消火をしている位置へと迸る。
そして、光が直撃した全てのものは消滅していっている。
「避けろ!お前ら!!」
ラロッシュ・アルテアが大声で叫ぶ頃には既に手遅れだった。
直ぐに、ユユと少年の元へと走りだそうとしたとき、一気に冷気が場を支配した。
「ぐっ。クソ!!そんな事が…いや、どうしてだ!!」
ラロッシュ・アルテアとロイホ・アイルトン。そして、生き残った盗賊達の足元が凍った。
この魔法が使える奴なんてこの世界に一人しかいねえ。だが、その一人はしっかりとこのラロッシュ・アルテアが捕らえたはず。
声が聞こえた。
その声で俺達の役目は達せられた事を実感する。
「ちょっと、エルメス!やり過ぎよ!イクト達を巻き込んだらどうするの!?」
「大丈夫っすよ!イクトっちなら何とかするっすよ!あ、けどそれだっからイクトっちの説教が…。」
「エルメスすごーい!!もー1回!もう1回やって!!」
純白の髪を靡かせ、全てを虜にするその美貌、そして、いつかこの国の王として君臨するであろう、アインス王国第一王女リュシル・フェス・ロイアルズ。
アインス王国防衛軍所属で、固定魔法『光』の使い手。喋っていなければ、そのイケメンも光を増す美形の持ち主で、あり、イクトを師匠と崇めている、エルメス・ドルワード。
「イクトーー!!どこーー!!」
天真爛漫なその性格にリュシルに手を引かれながら、金髪の謎多き美少女、ミリアの元気な声が聞こえて、
「ああーー!!!イクト、見つけたーー!!」
こちらに気づいたミリアをいとおしげに見て俺は、足元を氷漬けにされている盗賊達の方を振り向き話しかけた。
「さてさて、盗賊さん達。今からちょっとした取引をやろうじゃないか?」




