38話 ユウカイ
イクト達が魔獣に遭遇する数十分前、アインス王国邸屋敷にてーーーー。
「リュシルお姉ちゃん!ここ教えてー!」
ミリヤが元気よく一緒に勉強をしているリュシルにわからない箇所を質問した。
「どれどれ?」
リュシルは勉強の時にだけ掛ける赤いメガネを外し、ミリヤが持っている紙に目を移した。
アインス語が書いてある足し算と引き算の算数が書いてあり、最後の問題でミリヤはリュシルに助けを求めた。
「これはね、ミリヤちゃん。先に、かっこがあるところを計算するんだよ。」
「そうなんだー!ありがと、リュシルお姉ちゃん!」
「ううん、いいよ。そんなの。それより、ミリヤちゃんはアインス語上手になったね。イクトのおかげ?」
「うん!毎日、絵本読んでくれるから!」
「さすがイクトね。よかったね、ミリヤちゃん!」
「うん!」
イクトの努力の賜物にリュシルは感謝しつつ、リュシルも刺激を受ける。自分も頑張らないとって。
「花菜ちゃんは、どんな感じ?」
もう一人、机に向かって険しい表情をしている藤崎花菜がぶはーっ、と溜まっていたものをため息のように吐き出して、顔を上げた。
「どんな感じも何もアインス文字、超ムズいんですけど。日本語並みに。」
藤崎花菜もアインス語は一通り話せるようになった。が、読み書きで苦戦していた。
「繰り返して覚えるしかないよ。花菜ちゃん、頑張ろう!」
リュシルも花菜の立場を把握はしている。
リュシルも日本語を習得するのにどれだけの時間がかかったのか。その苦労を知っているが、あとの2人が人智を越えるかのスピードで習得していったから、思うところもあるのも承知の上。
「自分のペースでね、ゆっくり1つずつ覚えていこう!花菜ちゃん!」
「そうだな。私だけ、置いてきぼりはやだし。いっちょやるか!」
「そうそう!その意気よ!」
藤崎花菜は再び机に向かった。ミリヤも、黙々と計算問題を解いている。私も頑張らないと、とリュシルは心の中で意気込み勉強に戻ろうとした時、
「リュシル様!!」
息を切らせながら、ユユが血相を変えてリュシルの部屋へ飛び込んできた。
「どうしたの!?ユユちゃん!」
はあはあ。と、まだ息が荒いユユだったが、呼吸を整える事なく、今の事態をリュシルに伝えた。
「盗賊達が…」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
時は戻るーー。
「イクトっち。これはなかなかヤバイっすね。」
俺達は数十匹の魔獣に囲まれていた。
どうやら、商街に不自然にも現れた魔獣全てが俺達だけをターゲットにした。いや、させた。
「しっかし、このヌタタビ玉の効果本当にヤバかったんっすね。」
マタタビと呼び名が似ているヌタタビは、その花から出る蜜からは魔獣を寄せつける効果を持っている。その蜜を集め1つの玉にしたのがヌタタビ玉。
臭いはどことなく殺虫剤に似ている。
ヌタタビ玉は国家防衛軍の常備品の1つで常に1人2玉支給され、その1つを俺たちの足元へ投げつけた結果がこの状況。
何故かというと市民の避難するための安全確保。その狙いは無事に上手くいった。
「でも、このくらいはお前だけでも十分だろ…?」
数十匹いるとはいえ、アインス王国で五本の指に入る程の戦闘能力を持つエルメスにとっては問題ないレベルだ。
「そーっすね。なら、イクトっち、サポートお願いっすよ。」
そう言って、エルメスは背中に背負っている片手剣2本を抜き出し構えた。それぞれの剣は不自然にも『光』を放っていた。
「相変わらず、目障りな剣だな。あと、お前も。」
「しょーながいっす。俺は『光』な上にこの剣は眩しさが増せば増すほど切れ味が上がるっすから。」
剣までとはいかないが、エルメスも不自然に輝いている。
これは、エルメスの固有魔法の『光』の副作用みたいなものだ。
エルメスの固定魔法『光』。
1秒間に地球を7周半が可能な、あの『光』だ。
そう、こいつは高速ならぬ光速の移動が可能な上に、『光』を実体化する事ができる。
だから、光線ビームや光剣が可能なのだ。膨大な光エネルギーを用いて熱を起こし、その熱によって焼ききる。3分間しか戦えないヒーローの代名詞の技が使えるなんて、やはり魔法は恐ろしい。
そして、今あいつが持っている光剣。
その言葉通り、光の剣。銃の世界を剣で無双する主人公も同じような名前の剣を使っていたが、イメージはあれとだいたい似ている。
だが、エルメスの光剣は輝けば輝くほどに切れ味が増すという、科学的にはわけが分からない現象も起こせる。
「じゃあ、サポートよろしくっすね。」
「わかったから、はやくやれ。」
俺は日本刀に似ている武器を背負っている鞘へ収納した。サポートなんてそんなのいらない。エルメスが真正面にいる魔獣へ意識を移した。
その一瞬だった。
まさに光如く。
数十匹いた魔獣達全てが真っ二つになっていた。
魔獣はあまりの一瞬の出来事で、自分たちが斬られたという現実に気づいていない。襲いかかろうと試みただろうが、ようやくその現実に気づきバッタバッタと倒れていった。
「どうすっか!イクトっち。」
キメ顔で俺に感想を求めきた。
色々とめんどくさいし、事態がどうなっているのか一刻も速く知りたいために俺はこいつの相手は時間の無駄と判断した。
「とりあえず大通りの状況を確認しに行くぞ。」
「また、スルーっすか。もう、ヒドイッス!イクトっち~。」
また、エルメスが駄々こねているが、俺はそれも無視して大通りへ通じる道へと走りだそうとした。
「イクト君ーー!!」
全てを包み込むようなその声は、その声で、その人の優しさがわかるような慈愛に満ちた声で俺の名前を呼んだ。屋敷にいるはずだったが、血相を変えて俺たちがいる場所まで来て呼んでいることを考えると事の重大さがわかる。
「あれはー、ユユちゃん?ユユちゃんじゃないっすか?イクトっち?」
エルメスも気づいたようだ。
血相を変えたユユが、猛スピードでこっちに向かってきて、俺らへ追い着いた。
「どうしたっすか?ユユちゃん?」
「はあ…はあ…。イクトくん…。」
「落ち着けユユ。何があった?」
「イクト君…。リュシル様とミリヤちゃんが…。」
「ミリヤ達がどうした!?何があった!?」
ユユは少し呼吸を整えてから、起きてしまった現実をイクト達に伝えた。
「盗賊達に連れ拐われてしまいました!!」