37話 最悪な形
『魔女』
それは古いヨーロッパの俗信で、超自然的な力で人畜に害を及ぼすとされた人間、または妖術を行使する者。
それが、古来から伝わる俺が知っている『魔女』。
その『魔女』は旧石器時代から確認されているなどの説もあり、古くから『魔女』は存在していた。人々からは、悪魔の化身などと存在を否定され、『魔女狩り』があったのも書に記されている。
歴史から見ると俺がいた世界では、『魔女』は悪者扱いされているのだ。
「語り草?」
俺は、同世代であり、相方である、ここの人間のエルメスに問いただした。
「そーっす!あれ?イクトっち知らないっすか?」
「ああ…。知らないな。」
俺はこの1ヶ月ちょっとの間この国や隣国はおろか、この世界の成り立ちや歴史。そして今に到るまでの過程や現状まで全てを勉強した。が、どこにも『魔女』が存在したという記録は無かった。言い伝えだとしてもこれは聞くべきだな。
「その話、詳しく聞かせてくれないか?」
「珍しいっすね。イクトっちが、食いついてくるなんて。」
「いや、気になっただけだ。」
「へー、魔女に興味があるなんてイクトっちも変わってるっすね。あ、そういえばイクトっちは変わった人でしたね。」
こいつは俺が異世界人だと知っている。確かに変わり者といえば俺は変わり者かもしれない。
「早く話せ。」
「へいへい、わかりました、大将殿。」
降参したかのようにエルメスは両手を上げていたのを下ろすと語り始めた。
「今昔、一人の傲慢で強情で気高い魔女がいた。魔女は常に欲していた。貪欲に強欲に。世界までもその魔女が欲して落ち、魔女は封印されしき今日まで、孤独に無の螺旋を廻り続けている。」
「って、感じっす。どうすか?」
エルメスの語り手の才能を感じた。少し低めの声で、いつものエルメスではなく、大人っぽく話している事が十分に伝わった。
「お前、語り手になれよ。」
「えっ!俺そんなに良かったすか!マジか!超嬉しいんですけどー!」
すぐ、これだから俺は余り褒めたくない。やかましいし。
「社交辞令を真に受けるな。ほら、行くぞ。」
「えっ!えー!!」
と、休憩を終えて俺達はまた見回りを再開した。
「ね、イクトっち。」
見回りを再開して5分。俺らは、王都の西側。港付近を見回りしているところだった。
「なんだ?飽きるには速すぎだぞ。」
「そうじゃないっすよ!さっきの『魔女』の話っす!」
「続きでもあんのか?」
「いや、無いっすけど…。疑問にならないんすか?」
「疑問って?」
「おう!イクトにエルメス、見回りか!」
「あ、そうっす!どうもっす!」
漁から戻ってきただろうか。やたらガタイのいい漁師に声をかけられたがエルメスは簡単な挨拶だけ済まし、また俺のところに戻ってきた。
「ほら、さっきの話だったら『魔女』は存在していることになっているんすよ!」
「ああ…。それで?」
「驚かないんすか?」
驚くも何も、実際に会っているから。
まあ、驚くとしたら世界までを陥れるその力があったことくらいか。
「もしかして、会っちゃった系っすか?」
カンの鋭い奴め。別に俺は魔女に会ったことは秘密にしていない。ただ、必要以上の人に話さないだけ。こいつは、話しても大丈夫だ。こう見えて口は固い上に、戦力的に必要になる。
「ああ…。会ったぞ。」
「ええーー!!!マジっすか!!!」
あまりの大声で叫ぶように驚くから、俺らは数秒だけ注目の的になってしまった。
「叫ぶな。うるさい。」
「いやいやいや、だって『魔女』でしょ、『魔女』。え、どんな人でしたっすか!」
興奮MAXで俺に寄り添ってくる。
リュシルやユユ、ミリヤならともかく、こんなイケイケなイケメンが寄り添ってくるなど、喜ぶ人もいるかと思うが俺にとっては悪夢にしかすぎない。このまま、一本背負いでもしてやろうと試みた。
「ちょっ!イクトっち!たんま!投げないで!」
エルメスは俺が姿勢を落としたところで勘づき、俺から離れ投げられるのを回避した。
「あぶね。また投げられそうになった。イクトっち!容赦ないっす!」
「ちっ。カンのいいやつめ。まあ、いい。ほら、次行くぞ。」
「はいはーい。了解っす!」
俺らは港付近から北にある商街へ見回りの場所を移した。
この商街は、その言葉通り商店だらけの街だ。その多くの建物は2階建てが多く、1階は商店。2階でその店主達が生活している。非常に販売している物も豊富で、食物類や武器防具屋はもちろんのこと、日常品を専門として販売している店もある。それだけあって、この街は大通りの次に人口密度が濃い。
「ね、イクトっち!『魔女』はどんな人っか?やっぱ美人すか?」
先程までの興奮は治まったが、やはり『魔女』の質問は絶えない。
「お前が『魔女』を見たときに確認でもしとけ。」
「ええーー!!ケチ!」
おそらく、あいつが『魔女』を見たときは泣くほど喜ぶと思うが、性格を知ったら泣くほど嫌がるから是非とも『魔女』に会わせてみたいもんだ。
「しっかし、ホント平和っすねー。」
「平和でなによりだろ。」
「まあ、そーっすけど。あっ、ちなみにイクトっちはまだ魔獣は見たことないんっか?」
魔獣は見たことはある。だが、果たしてこいつが言っている魔獣と別のものだろう。
一応、本とかで魔獣の姿を見たがドーベルマンを少し大きくした感じの印象だった。とても俺が見た魔獣とは程遠い。
見たことがないと言っとくか。
「ああ…。見たことはないな。」
「もう、獣って感じっすよ!ヤバイっすよ!あいつら。なかには魔法を使える希少種もいるみたいっすよ。まあ、俺の敵じゃないっすけどね。」
御自慢げにエルメスが説明してくるが、希少種がいる以外さっぱりわからない。
「魔獣がいれば、瞬殺で証明できるっすけど、この国を囲むように結界を張っているせいで、いないっすけどね。あー、魔獣いないかなー。」
そんなエルメスの独り言をスルーしたが、ここ1ヶ月。この異世界がクソな世界だと気づかられた。その1つが、
『俺が聞いたフラグは成立する。』
だから、今回もエルメスが立てた何気ないフラグが成立する。なにやってんだよ。はあ。めんどくさ。
まあ、やってしまったのはしょうがない。
切り替えよう。
問題は規模だ。一匹ぐらいだと被害もそこまで無いが、大多数だとその被害は計り知れない。だから、先に手を打つとするか。
「はあ…。おい、エルメス。今すぐ本部に戻って団長に市民の避難指示と防衛軍を全員召集指示をするぞ。」
事は一刻を争う。いつ魔獣が現れるか。それまでにどれだけ対策ができるか。下手したら国が滅びかねない。
「えっ!イクトっち。どうしたんっすか!?そんなに血相変えて!?…ああ。了解っす。」
エルメスは最初は戸惑っていたが、どうやらカンづいたみたいだ。何かが起こると。
ウーーーーー。ウーーーーー。
人を不安にされるようなサイレンが突然鳴り出した。
「イクトっち!このサイレン!!」
「ああ。」
このサイレンはレベル3の緊急事態のサイレン。大規模な被害が及ぶ際に鳴るサイレンだ。
そして、
「緊急!緊急!只今、魔獣がアインス王国内に不特定多数出現しました!市民の皆さんは素早く建物内に避難してください!繰り返します……」
緊急の国内一斉アナウンスが流れた。あたりは騒然としている。そのアナウンスを聞いて不安で泣き出す者。我先に避難する者。街はパニック状態になってしまった。
「イクトっち!!」
エルメスがこれまでに無い、真剣な表情で俺を見る。
「最悪だ…。最悪な形になってしまった。」
その時、
「グルルルオオオ!!!」
「ガルルルルウウウ!!!」
不自然にも地面から謎の光が差し、そこからは、まさにドーベルマンのような魔獣の群れが俺達の目の前に出現したのであった。




