36話 情報
「そんな人がこの屋敷にいただなんて…。」
俺はトイレで用を済ませた後、急いで食堂に行きあの『魔女』の存在や経緯を話した。
リュシルやユユは真剣に話を聞いてくれたが、その他の者は聞いているのか聞いていないのかわからないくらいに流されてしまった。特にクソ国王。寝るな。
「リュシル様。クトイの戯言ごときに騙されてたら国王は夢のまた夢です。ユユもいい加減にしなさい。」
俺の話に嫌気を差して強制終了させるように、真剣に話を聞いている2人をルルが注意する。
語り手である俺に言わず聞き手の方に注意する辺りえげつない事を平然とするところは流石、御姉様の一言だ。
「えっ!?イクト、嘘なの!?」
「嘘だったらこんな話するわけないだろ…。」
「そ、そうよね。」
「ユユは信じますからね!」
リュシルは少し人を疑った方が良いと思う。
まだこの世界に来て1ヶ月しか経っていないが、この世界もまた真実と虚偽が交錯している。いや、虚偽が大半を占めている。真実を装い、虚偽だけの情報が流れているこの世界。
こういったところは前いた世界と変わらない。
人間ってのは皮肉なものだ。
まあ、取り敢えずこの2人だけでも信じてくれれば俺は良い。と、いっても恐らく俺以外の誰かがあの魔女と出会う確率はまだ0に等しいからあまり意味はない。
そんなこんなで、朝食を皆が食べ終わった。
そこからは、それぞれ別行動になる。
国王とカエデは王政の打ち合わせに、リュシルはミリヤを連れて身支度をしに部屋へ、藤崎花咲はまだ朝食に苦戦しており、ユユルル姉妹は朝食の後片付けを始めた。
そして、俺は、国家防衛軍の仕事があるために部屋へ身支度しに戻った。
数時間時ーー。
「遅刻っすよー!イクトっち!」
「…すまん、遅れた。」
「と、いっても1分ぐらいっすけどねー。」
歯並び良い歯をキラリと出しながら右手の親指を立ててグッドをしている青年。
彼の名前はエルメス・ドルワード。
俺と同じ国家防衛軍所属で歳も同じだが、入隊は彼が2年早い。
身長はだいたい180ぐらいの細マッチョ系。
髪は刈り上げており、またワックスか何かを付けている。いかにも若者って感じの髪型。
顔もそこそこ整っており、この防衛軍の軍服にもバッチリ似合っている。
さらに、
「また、ミリヤちゃんかリュシル様すかー?イクトっちはホント仲いいっすね~。うらやましいっすー。」
なんといっても、このウザいくらいのコミュニケーション力の高さを誇る。
いわゆる俺の天敵。パリピなモテ男ってわけだ。
「…朝からうるせえ…。」
「うはっ。ひどい!朝からひどい!イクトっちの人でなし!」
なかなかやかましい奴で、俺はこいつは天敵だが、嫌いではない。チャラチャラしているが実力は国家防衛軍に所属している程はある。
火と水の魔法は最上級魔法までマスターしており、また風魔法が微力ながら使える。
将来有望株の1人と国家防衛軍では言われている。そんな人物と俺は今ペアを組んで業務に従事している。
これは、国家防衛軍隊長のクルザードの指示でもある。少しお灸を据えてほしいとのことで引き受けた。
「今日は王都内の見回りだ。迷子になるなよ…。」
「イクトっちより、長くここに住んでいるんですけど!?」
いちいち反応がめんどくさいから俺は無視する。
「また、スルーすか!?イクトっち~!」
一応こいつは、俺に対する態度が大分、マシになった方だ。
最初の頃はさんざん俺をコケ扱いしていたからな。
それと、俺が異世界召喚者だとこいつは知っている。いや、あえて教えた。そして、魔法類いが一切使えない事も。かなり舐められた。
今でも鮮明に覚えている。
「どうしたっす?イクトっちー?難しい顔をしてー?」
チャラ男、エルメスが俺の様子を伺ってきた。
「いや、なんでもない。行くぞ。」
「あっ!ちょっ。イクトっち~!置いていかないで~!」
俺は早歩きで南口にある見張り門から屋敷を出て王都へ向かった。
数十分後ーー。
「いやー。栄えてますねぇ~。イクトっち?」
「そうだな。」
多様な人種が行き違う大通りや、色んな店が1人でも多くの客に来てもらおうと宣伝している風景を眺めながら俺らは見回りをしていた。
「へい、いらっしゃい!安くしとくよ!」
「良かったら、味見どうぞ!」
このアインス王国は1日約400人程、この国を往来している。
そして、王都だけでも市民の数が2000を越えており、なかなかの都だと伺える。だから、ピーク時の大通りは人が溢れかえって前に進むのも困難になってくるのだ。
「てか、イクトっちー。これ見回りする必要ありますー?」
まだ、見回りを始めて小一時間しか経っていないが、見回りの仕事に飽きたのか、エルメスがぼやき始めた。
「不正な魔法使用や強奪などの犯罪行為を行っていないかの見回りだろ?」
「そーっすけど、それイクトっち1人でも大丈夫じゃないっすか?」
「ばか。1人では限界があるだろ?」
「いや、その気になれはイクトっち…あっ、なんでもないです。」
俺が少し目付きを変えただけで、察してくる辺りの空気の読みは素晴らしい。天下一品なものだ。
俺はこの見回りで『魔女』についての情報が何かあれば知りたい。強情で傲慢で気高い『魔女』が印象的だった。そして、タチの悪い事に自分に対して絶対的な自信を持っている。
また、めんどくさい事に片足を突っ込んだような気がする。今後の為にも情報を集めておきたい。が、一向に集まらないのか現実だ。
一応、直接的に聞くと怪しまれるので遠回りで、聞き込みもやったが惨敗だった。
「イクトっち!聞いて下さい!先日、声をかけられた女の子なんですけど…」
こいつは、もう少しマシな話はできないものか。女話は散々聞かされた。しかも、他人の恋沙汰なんてどうでもいい。興味ない。
「なあ。面白くないから別の話に。」
「えー!これから面白くなってくるのにー!」
ブー!ブー!と不満をぶつけてくるが、いつものスルーで切り抜ける。
「なら、これなら!ああ…でもなー。イクトっちは興味なさそうだしー。」
こう言われると人はその話を気になってしまう。
平然の顔をしているが、こいつ、わざとだな。
「…話してみ?」
「しゃーないっすね!どうしてもと言うなら!」
いちいち言ってくるその腹立つ一口がなければもっとモテるだろうに。残念なイケメンだ。
「この話は、昔まだアインス王国ができる前の話で、語り草にもなっている1人の魔女の話ですっよ。」
「…は?」
まさかの『魔女』について知っている者を発見した瞬間だった。




