35話 ここのまじょ
そこはまるでこの世界から切り離されたような『空間』であるかのように平衡感覚や体感する時間が微妙にずれている。
船酔いといった通常の酔いとはまた別で胃の中をぐしゃぐしゃにかき混ぜられたような気持ち悪さがある『空間』だった。
「ボクとお茶でもしないかい?」
リュシルと引きを取らない美貌を持ち優雅にティータイムを慎んでいる美少女が俺を招いた。
が、俺はそれどころじゃない上に普通にお茶するのが嫌だ。
「いや、ここにいるとなんだか気持ち悪し、知らない人について行くなと言われているんで遠慮しときます。」
事実と少しの軽口を織り混ぜながら俺は誘いをきっぱり断る。
誘いを受ける理由も見つからなければ、厄介事になりそうな匂いがぷんぷんするのが理由だ。
「ああ。これは失礼。名乗っていなかったね。ボクはエレクト。『ここ』の魔女とでも言っておこうか。さ。こっちへ。」
確かに俺は知らない人って言ったから名を名乗るのは分かるが俺はお茶会を断ったはず。
「いや、俺は大丈…」
「ボク特製の紅茶しか無いが大丈夫かな?」
会話が噛み合ってそうで噛み合っていない。この魔女は一方的に事を進めようとしてくる。少し苛立つが断るのに骨が折れるな。方向性を変えるか。
「いや、あなたとお茶をする理由が見つからない。」
あの魔女には、俺と話してみたいとの理由があるが、俺にとってはさっきも言ったが理由が無い。
そんな初対面で馴れ馴れしくお茶する程、俺は友好的では無い。
「理由なんていくらでも有ると思うよ。まず、ボクみたいな美少女と話すなんて君の過去に無かっただろう。馴れていないと思うから美少女とお話する良い機会だと思うよ。次に、ボクと話すことで君が1番知りたい情報が知れるかもしれない。まあ、それはボクがその情報を話せばの事だけどね。さらにボクは『ここ』の魔女だ。『ここ』のことなら少なくとも君よりあらゆる面で知っている。だから、ボクとここでお茶して友好的な関係を築くのが将来的にも吉だと思うけど違うかい?」
自称魔女が臼微笑みながら述べる。
悔しいがぐうの音も出ない程のド正論。
これで反論すると貴重な情報源を失う可能性が高い上にこの強情な魔女は俺の事を知っている可能性が高い。
ここは1つ試して決めるか。
「どこまで知っている?」
俺は出方を伺うようにあえてアバウトな質問をした。
あまり期待はしていないが、答え方次第で、だいたいこの魔女はどうゆう奴なのか見極める事ができる。
「おっ。早速『ここ』の魔女であるこのボクを試してきたね。その度胸っぷり、嫌いじゃないよ。大方、君はボクの答え方で何かを見極めようとしているね。そうだね。ボクは魔女だから君の事くらいは嫌でも知っているとだけ言っておこうか。君が曖昧な質問をしたからボクとしてもそれなりの曖昧な回答をするのが道理だと思うけど違うかい?それに君。ボク相手に虫が良すぎるし、君って性格悪いね。けど、その性格は嫌いじゃないよ。むしろ好きな方だよ。恐らく他人にはその性格は嫌われるね。これから苦労していくよ。」
喋ることは喋りきったのか達成感に満ちた表情で魔女は乾いた口を潤すためにカップに口をつける。
それを聞いた俺は確信した。
薄々さっきから感じとってはいたがこの魔女は苦手なタイプ。
完全に思考を読まれた上に自分の考えを相手に擦り付けるタチの悪い魔女。
ますます、関わりたくなくなってきた。
取り敢えず、逃げるとするか。
「急用があるから戻りたいのだけど。」
「ほう。なるほど。その急用とは朝食を摂ることかな?それともさっきからなんだかモジモジしているのに関係ある用事かな?どちらにしてもボクにとっては残念だよ。けど、今回に関しては大目に見てやるとしよう。そう、ボクは『魔女』だからね。まあ、君がどんな感じの人か知るのが今回の目的だから、知れてボクとしてはいいんだけどね。」
紺青な瞳や、美しいを具体化にしたような顔つきから完全な勝者の余裕が感じ取れる。
その言葉ではない挑発に俺は少し苛立ちながら、この魔女がどんな性格がわかった。。
この魔女は性格が悪い。
それも致命的に。
これは拘わりたくない。
「じゃあ俺は戻る。」
結局俺はこの完全な無の部屋の入り口から1歩も動かずに退出する。
「またね。アオキイクト君。」
不自然にもドアノブだけが宙に浮いており、俺はそのドアノブに手を掛けた時、淋しい声で魔女が声をかける。
魔女はやはり魔女。
人を惑わす事に長けている。少し俺の心も動きかけた。
が、俺は見向きもせずにドアノブを引きこの部屋を後にした。
イクトがこの部屋を退出した後、『ここ』の『魔女』は影も形もない虚無なこの部屋で、また1人淋しく待っているのであった。
「イクト君…。このボクを…助けて…ね。」




