34話 1日の始まり
激しく燃え上がる猛火。
ピリピリと肌にその熱さが直に伝わってくる。
オレンジ色一色に染められた屋敷。
もう既に半壊しており全壊するのも時間の問題だろう。
「私の…負けだよ…。」
その全てを飲み込むように舞い上がる炎の中に、俺と俺の手を絶対に離さないようにぎゅっと握っているミリヤ。
手と手を通して伝わってくるその熱からは絶対な信頼と期待。そして、少なからずの驚きが感じ取れる。
向かい合うように誰かが1人いる。
炎が明るすぎて、逆光になっていまっているため、それが誰かはこの位置では確認することができない。
だが、その声は聞いたことがある声だ。
だが、その声も誰だったか思い出せない。
ただ、切なさや衝動だけが俺の心を支配していく。恐らくミリヤも。
「…ホントにイクトの言った通りになったね…。」
また、逆光で見えない誰かが言ってきた。
とても落ち着いてはいるが泣いているのも声でわかる。
その声は、一番よく聞いたことある声、その声は人を安心させる事ができる声。
だが、誰だかわからない。
すっぽりと記憶から無くなってしまっている違和感がある。
もどかしい気持ちのなか、俺はその女性に何か語ろうとした。
その時だった。
思いっきり顔面を蹴られた。
いや、これは踏まれた。
そして、その痛みで俺は眠りから目覚めた。
見慣れた天井に眠り慣れたベッド。この低反発の手触りや匂いこれは間違えなくここは俺の部屋だ。
朝日に照らされながら、俺のベッドでまだ、すやすやとまるで天使の寝顔でも見ているかのような寝顔で寝ている少女、ミリヤに目を移す。状況を考えると俺はミリヤによって顔面を蹴られた。これまでにも何度か蹴られた事がある。ミリヤは寝相が悪い。これが唯一の悩みの種だ。
何か変な夢を見ていた気がするが、覚えていない。
しばらくボーッとしながら思い出しても思い出せないから、またどうしようもない夢だったんだなと思い俺はミリヤを起こす。
「ミリヤ。起きろ。朝だぞ。」
「イクト…。あと、ごふん…。」
ミリヤはそう言って寝返りを打つ。全く。誰に似たんだこれは。
「はあ…。ラジオ体操に遅れたら怒られるぞ。」
「イクトー!速く速く!遅ーい!」
一瞬でベッドから起き上がりそこからの身の返しは天下一品の速さだった。
数秒まで駄々捏ねてたのが嘘のようにミリヤは俺の手を引っ張る。
「…落ち着け。今からでも十分前に着くぞ。」
ピタッとミリヤの動きが止まった。そこからぷくーっと頬を膨らませて、
「イクトの意地悪。」
盛大に拗ねたのであった。
俺やミリヤ達がこの地に召喚されて1ヶ月が経ち、あと半月で2か月になる。
最初の方は新体制となる王国に自分達はもちろんのこと国民までもが戸惑ったが、その戸惑いも無くなっていき、今はようやく軌道に乗りかけている。
俺や藤崎花咲、ミリヤの名も直ぐに公開されたが、異世界召喚者としては公開されていない。
あくまで、王国新体制の加入としてだ。
が、そこまで詳しく公開していないため、王国に住んでいる者として、国民は理解している。
召喚された翌日からは何も問題を起きず今日まで経っている。あの部屋もあれっきりで一度も見つけることができていない。謎が深まるばかりだけで、一切の進展はなかった。
「やったー!1番ー!!」
庭に一番乗りで来たミリヤが嬉しそうに喜んでいる。
「今日もいい天気になりそうだな。」
朝日を浴びながら空を見る。透き通った青空には雲一つ無い。清々しい朝だ。
「ふぁ…。おはよう。イクト。ミリヤちゃん。今日は速いね。」
まだ眠たそうにリュシルがイクト達より少し遅れて来た。
ここへ来たのはさっきも言ったがラジオ体操をするためだ。狙いはミリヤを早起きさせるためである。
ちなみに毎朝こうしてラジオ体操は1ヶ月前から行っている。
参加人数は日によって変わってくるが、基本的はミリヤ、俺、リュシルの3人。皆勤賞があったから確実に貰っている。
「流石ラジオ体操だな。老若男女、世代を越えて好かれる理由がわかるな…。」
上半身の回旋運動をしながら俺はラジオ体操は良いものだなと実感する。
「確かに清々しいね。」
「ねー!」
リュシルやミリヤも実感している。
このラジオ体操は素晴らしい物だと。
特にリュシルにとっては異世界の文化には興味津々で無論、このラジオ体操は気に入っており自分が国王になったらラジオ体操をする日課を法律で作ると公言している程だ。
ちなみに俺が属す国家防衛軍にもラジオ体操を取り入れており必ず勤務前にはすること。と掟で決められている。
「はい!最後は大きく深呼吸ー!!」
リュシルの号令で俺とミリヤは手を真上に上げ大きく深呼吸する。
「はい。おしまい。今日もお疲れ様でした!」
『お疲れ様でしたー!』
日課のラジオ体操が終わりミリヤは、いそいそとポケットからカードを取り出した。
これは出席カードだ。
ラジオ体操に参加したらスタンプを押してもらえるのだ。
スタンプはリュシルの手作りで芋を掘って本格的に作っているから、ミリヤがラジオ体操をする楽しみの1つになっている。
「今日はお花のスタンプです!」
と言ってミリヤの持っているカードには芸術的過ぎる薔薇のスタンプが押された。決め細かにくり貫かれたそのスタンプは、もはや職人のような完成度を誇っている。
「今日もすげえ出来映えだな。」
そして、俺もカードを取り出してスタンプを貰う。
これは貰わないと損な気がするから俺も半月前から出席スタンプを貰っている。
最後にリュシル自身の出席カードに俺がスタンプを押して、これで毎日の日課は終わりだ。
そして、俺達はいつものように朝食を食べるために食堂へ行く。
「イクトー。おなか空いたー!」
「わかった。わかったから。」
「ふふっ。」
ミリヤが俺の手を思いっきり引っ張ったおかげで俺は思わず転びそうになる。その一連を見ていたリュシルが微笑む。平和的な日常が今日も始まるのを予想させる日課だった。
「あー。リュシル先にミリヤを連れて食堂に行っといてくれ。ちょいトイレに行ってくる。」
「じゃあ先に行くね。」
「ああ。」
北棟1階のトイレの前で俺は、リュシル、ミリヤと別れた。
近づいてくる尿意に少し危機感を持ちながら、ドアノブに手をかけてドアを開けた。
「やあ。初めまして。」
そこはいつもの目障りなトイレでは無く、辺り一面真っ白。
いや、無と言うべきか何もない場所であり、白色のテーブルと椅子。
そして、
「一度も会ってみたかったんだよ。イクト君。」
銀髪で思わずリュシルと間違える程の美形で上品な漆黒のドレスは飾りとかは一切無いがとても似合っているが、明らかに不自然でかつ謎の塊しかしない美少女が、優雅にティータイムを愉しんでいた。
「ボクとお茶でもしないかい?」




