31話 その先に在るもの
夢なのか幻なのか空想なのか、はたまた現実なのか。
少女は今、目の前で起こっている事実を受け止めきれないでいた。
「えっ…倒し…たの?」
恐る恐る少女はイクトに確認をとった。
「ああ…。」
冷酷で残酷で非情で冷徹な目をしている青年はそう答える。
普通の人だったらまず信じない。というか信じられない。
外見といい、雰囲気といい、目を見ればこの人は無理だと。
だが、その目は少女には別物だとすぐにわかった。
いつも自分に向けてくるあの目と全くの別物だと。
だから、この人は信じてもいいのだと。
…甘えてもいいのだと。
「はあ…。リュシルを起こしてとっとと、ここを出て屋敷に戻るぞ。」
「うん。」
少女は精一杯の信頼を込めた返事をして、イクトのズボンの袖を掴んだのであった。
「…っ。…シル。…リュシル。聞こえるか?」
うっすらと自分の名前を呼ばれているのに気づいたリュシルは、眠りから覚醒した。
「大丈夫か?」
「う、うん。」
リュシルは周りを見渡した。
いない。
自分の意識を刈った奴がいない。
「イクト!!あのデカ物は!?」
「落ち着け…。あのデカ物は逃げていったよ。」
イクトは落ち着かせるように少し喋るスピードを落として、リュシルに話した。
「そう…。ならよかった。」
「立てるか?」
「ん。大丈夫。」
気絶の影響はないようだ。
取り敢えずはこっちもホッとした。
「さてと、ごめんね。怖い思いをさせて、戻ろうか。」
そういって、リュシルは俺のズボンの裾を掴んで俺に隠れている少女に話しかけた。
よくはわからないがさっきから俺から離れようとしない。
まあ、状況が状況だからしょうがないところもある。
「イクトにベッタリね。あの子。何があったの?」
「よくわからない。」
「えー。そんな事ないでしょー。教えてよ。」
「本当にわからないのだが。」
「…本当に?」
「本当だ。」
「なら、しょうがない。…ところでこの子の名前、聞いていなかったね。」
言われてみれば確かにそうだ。あの子やこの子で呼ぶのも可哀想だ。
「ねえ?お名前は?」
満面の笑みを浮かべて話しかけるリュシル。目線を合わせるようにしゃがんで話しかけているところが個人的にポイント高い。
だが、少女は俺の膝を壁がわりにして隠れてしまった。
「…ミリヤ。」
隠れながらも少女は自分の意識を名を名乗った。
「ミリヤちゃんか~。可愛い名前だね!よろしくね、ミリヤちゃん!」
「……私の名前、可愛いの?」
ミリヤは俺の足の外側にひょいと顔だけを出してリュシルを見つめた。
リュシルの警戒心が一気に無くなっていってるのが見てとれる。
「とーっても可愛いよ。」
これまた可愛い笑みでリュシルがミリヤの頭を撫でた。
なんだ、この天使達。この俺を尊死させて、成仏させる気なのか。取り敢えず、拝んどくか。
「えへへ……。ありがと、お姉ちゃん。」
「リュシルでいいよ。」
「じゃあ、リュシルお姉ちゃんだあ!」
「ところでイクトは何に拝んでいるの?」
「美しい世界にだよ。」
「…イクトのバカ……。」
「イクトー?ミリヤちゃんが怒っているよー?」
俺はミリヤを見た。
ぷいっと頬を膨らませていたが、しっかりとまだ俺のズボンの裾を握っていた。
これだから、乙女には敵わないんだよな。
「はいはい…。俺が悪かったです。」
両手を上げて降参の意思を見せた。
ちなみにミリヤは俺の何に対して怒っているのかさっぱりわからないけどね。取り敢えず、謝っとく。
「てか、そろそろここを出ないか?なんか気味悪いし。」
両手を上げたまま俺はリュシルに向けて言った。
またいつあの怪物が出てくるかわからないし、なにより圧倒的存在感の水晶体の女性。完全にまずい物を見てしまっている。
「そう…ね。戻りましょうか。そして、パパに吐いてもらう!」
リュシルもこの部屋の事について恐らく俺と同じ考えを浮かべただろう。
俺も一応あのクソ国王に聞いてみるが期待はできないと踏んでいるのは、俺の心中に留めておく。
「イクト!はやくー!」
リュシルが部屋の出口で呼んでいる。
元々ここは出入口は1ヶ所しかない。だから、俺らはきた道を戻るしか方法がない。
「…?」
俺は、出入口に来て違和感を感じた。なんだか、寒い。
「なあ、少し寒くないか?」
「そうかな? ミリヤちゃん、寒い?」
「わかんない…。」
「イクト風邪引いたんじゃない?」
「…そうかもな。」
リュシルとこの通路を初めて通ったときはそこまではなかったんだけどな。俺の勘違いならいいが。
俺達は、少し上り坂となっている通路、簡単に言うときた道を戻っている。
「ねえ?ミリヤちゃんの好きな食べ物なに?」
「昆布の煮付け…。」
「なにそれ!?すごく美味しいの!?」
「美味しいの領域を越えています。」
そんな他愛ない話を俺は聞き流しながら、考えていた。
まず、水晶体の女性。
あれは今後何かしらの鍵となってくる。
もしかしたら、俺の悲願に必要になってくるかもしれない。
その時は、どんな手を使っても手に入れる。
それと、あの怪物。
一応、ルル御姉様の勉強の時に魔物や魔獣がいるってことは聞いていたが、そんなレベルじゃ無かったぞ。
魔物や魔獣のイメージをトラやライオンで例えるとあの怪物はゴジラだぞ。
けど…元をたどれば一体あの部屋自体なんだよ…。
「イクトー?話、聞いてる?」
リュシルが俺の顔の前で手を降っていた。
全く話を聞いていなかった。どうしようか。いや、ここは正直に言うとするか。
「すまん。聞いてなかった。」
「もう!イクトのばか!」
「…ばか。」
「お2人揃って酷くないですか?」
確かに聞いていなかった俺が悪い。
でも、そんなことよりもっと気づくことがあるだろ。
「…なあ、さっきより寒くないか?」
一度は俺の気のせいだと思っていたが、出口に向かえば向かう程、寒くなっている。
「…確かに言われてみればそうね。」
「へっくち。」
「ミリヤちゃん!?大丈夫!?寒いの!?」
「大丈夫けど…少し寒い。」
やはり俺の気のせいでは無かった。
しかし、リュシルはミリヤが1つくしゃみをしただけなのにめちゃくちゃ心配しているな。そんなに心配性だったっけ?
そんなことより、出口がそろそろ見えてくるな。今の場所的に。
「おー!見えてきたよ!ミリヤちゃん!イクト!」
俺はリュシルの指示でミリヤを背負っている。ミリヤの体のことも思っての指示で俺も不服もあるわけないから、素直に従った。寒さの方はまた一段と厳しくなってきている。
「寒いからはやく!はやくー!」
リュシルが、既に出口のドアまで来ている。俺も緩やかな上り坂を進み、リュシルがいる出口のドアを目指した。
ん?
ドア?
ちょっと待て。
何故、通路を引き返したのに屋敷に繋がっている出口にドアがあるんだ?
俺は重要な事に気づいた。
俺らは屋敷からこの通路に入った時にはドアなんて無かったぞ。あの時は仕掛けが作動して通路が現れたんだ。
じゃあ、あのドアは一体なんなんだ。
「イクトー?先に出ているからねー。」
リュシルが寒さに負け、外に出ようとしている。
俺はすぐさま走った。
「ちょっと待て!!リュシ…」
リュシルを追って俺もドアの向こうへと行った。
そこは…
「え?」
一面、真っ白の光景が広がっていた。
これは雪だ。雪が降り続いていた。
俺らはどうやら屋敷の中じゃなく外に出たようだ。
取り敢えず、ホッとした。
のもつかの間、
「寒っむ。」
「…イクト、寒い。」
寒さが凶器になって、体に襲いかかってきた。ミリヤにはこの寒さは辛いだろうな。
「イクト…。」
リュシルの声が聞こえた。
「お、おう。リュシル。さ、寒いな。」
隣にいるリュシル見た。その時、リュシルはどこか一点をずっと見ていた。
そして、
「何で私達、……東棟から出てきたんだろう?」
「………は?」
荒れ狂う雪の中、リュシルの衝撃発言に俺は言葉を失ってしまった。
そして、その通路のドアは誰も触れる事もなく頑丈に閉まっていったのであった。




