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30話 謎めいた空間

 流石、異世界。これは驚いた。が、俺の率直の感想だ。

 そして、人の思考ってのは物凄くほんの数秒でいくつもの仮定が浮かび上がった。

 そして、俺はゆっくりと水晶体の中にいる女性から視線を外す。


 俺達は、行方不明となった少女を探すために屋敷の書庫を探していた。

 ひょんな事から隠し通路を見つけ、その隠し通路を突き進むととある部屋があった。

 そして、その部屋にはリュシルはまだ気づいていないが、隅の方でうずくまって怯えている行方不明の少女と、この場において圧倒的な存在感を放っていて、水晶体のなかで眠っている女性の姿があった。

 あまりにも圧倒的過ぎる存在感のためリュシルが行方不明になった少女に気づかないのも無理もない。


 はあ…。この女性を見ただけで金縛りになりそうになる。とても危険だと、俺の危険予知センサーがビンビン反応している。

 ここまで反応したのは、現実世界にいた頃の上司がぶちキレた時以来の事だ。

 そのくらい危険な事。生命に関わるレベル。たまったもんじゃない。

 だが、今の状況はそんなに悪くはない。

 むしろいい方。色んな理由等があるが一番は俺が死を感じていないことだ。

 ようするに生命に関わるレベルに危険だが、俺は死なないと言うことだ。それだったら、俺は動く必要がない。

 

 さて…。金縛りになっているリュシルを助けるとするか。

 

「おーい。リュシル。聞こえるかー。」

 

 リュシルの顔付近を手で振ってみたりしてみたがダメだ。あの女性を直視したまま動く気配がない。

 しょうがない。

 俺は、リュシルの目の前の位置からパンと手を一回叩いた。

 

 猫だまし。


 元は相撲からきている。立合いと同時に相手力士の目の前に両手を突き出して掌を合わせて叩くもので、相手の目をつぶらせることを目的とする奇襲戦法の一つだが今の猫だましは違う。

 

「あ…。あれ?いつから目の前にいたの?イクト?」

 

 リュシルを金縛りから解放させるそのための猫だましだ。

 

「さっきからだよ。…ここがどこかわかるか?」

 

 リュシルはまだ今の状況を上手く把握しきれていない。だが、ほんの手がかりでもいい。情報が少なすぎる。

 

「ごめんなさい。イクト。私もここがどこかわからないの…。」

 

 わからないのだったら仕方ない。記憶障害が起きている可能性があるかもしれない。自分たちは何をしていたのか確認しとくか。

 

「リュシル。俺達は何をしていたか覚えているか?」

 

「どうしたの?イクト?忘れたの?行方不明の女の子を…あー!!イクト!!いたよー!!」

 気づいたようだ。すぐさまリュシルは少女ところへと駆け寄った。

 俺はゆっくりと後から近づいた。

 

「大丈夫?」

 

 やはりリュシルのその声は凄いなと思う。包み込むように安心させる良い声だ。

 

「……。」

 

 少女は、伏せていた顔を上げたがリュシルの問いかけには無反応だった。

 

「イクト…。どうしよう…。」

 

 いや、どうしようと言われましてもですね、どうすればいいのか、俺もわからないのですけどね。

 

「…どうしようか。」

 

 俺も八方が塞がりボソッと呟いた。

 その時、ひょいと少女が顔を上げた。そして、スッと立ち上がり、俺に抱きついてきた。

 

「へっ!?」

「えっ!?」

 

 俺とリュシルは同時に声が漏れた。リュシルはイクトに抱きついた事に対して。

 

 俺は初めて異性に抱きつかれた事に対して。

 

「…ちょちょちょどどどうすれば…」

 

 ヤバイ。テンパる。てか、めちゃくちゃ可愛い。あと、こんなことされるの生まれて初め…

 



「…助けて…。」

 



「「えっ?」」

 

2人の声が重なった。

 

「イ、イクトこの子…」


 リュシルが不安そうに俺を見てきた。


 助けて。と、明確に助けを求めてきた。一体どんな恐怖に怯えているのか…

 



「ウウウウウオオオオオオ!!!!」

 

 鼓膜が破れそうなくらい大きな雄叫びを叫びながら、全長5メートルの人型の牛が突然、俺の真後ろに現れた。

 

「マジかっ。」


 その牛は軽々と右手に持っている、狩りをメインとしたアクションゲームの武器で例えると大剣みたいな剣を俺へ向けて振り下ろしてきた。

 俺はすぐに抱きつている少女を抱き抱え、転げるようにその位置から離れた。

 


ドドオオオオオンンンンン。

 


圧倒的な地響きがこの部屋に響き渡る。

 

「イクト!!」

 

リュシルが悲鳴に近い声を上げた。

 

「…危ないな…まったく。」

 

 俺はあの攻撃を回避することができた。少女も無傷。まさに、間一髪だった。

 

「イクト!大丈夫!?」

 

 リュシルは今すぐにでも泣きそうなくらいに我慢している。

 

「ああ…。なんとか…この子も無事だ。」

 

「よかった…。」

 

 ホッとした表情を浮かべたリュシルが俺達のところへ近づこうとした…


 「リュシル!!避けろ!!」

 

 「えっ!!」


 俺を狙ったあの牛の怪物はすぐさま次のターゲット、リュシルへと切り替えリュシルの背後へと回り込んでいた。


速い。


人間でもここまでの動きをする奴なんてそうそういない。リュシルが感知しきれなかったのが証拠だ。

 

 牛の怪物は、またその大剣でリュシルを横に真っ二つにするように振り下ろした。

 

 「アイス・ヘール!!」

 

 リュシルも咄嗟に魔法を放った。リュシルを囲むように雪の壁が瞬時にできた。

 

が、この牛にはそんなのは関係無かった。

 

 そのパワー、そのスピードで、雪の壁もろともリュシルを吹き飛ばした。


「リュシル!!」

 

 リュシルは軽く4~5メートルは吹き飛ばされた。

 

「リュシル!!大丈夫か!!」

 

「…。」

 

 反応がない。雪の壁があっとはいえ、あの威力だ。意識は持っていかれてしまったか。

 


「ウウウオオオオオオ!!!!」

 


怪物野郎が雄叫びをあげる。

 

「…くそ。最悪のシナリオじゃねーか。」

 

 後ろには、泣きそうになっているが、グッと堪えている少女がいる。だが、その瞳は諦めていなかった。

 

「…逃げるわけにはいかないよな…。」

 

ボソッと独り言を言って俺は決断した。

 

今回は状況が状況だ。だが、これっきりだ、と。

 俺は、少女の方を向いて言った。

 

「3秒。3秒だけ、目を閉じて耳を塞いでおいてくれ。」


「えっ…。…わかった。」


 いい子でホントによかった。

 …よし。

 

 少女は言いつけを守り、目をしっかり閉じ、耳も両手で完全に塞いだ。

 そして、ゆっくり心のなかで数えた。

 



 



 


 

 約束の3秒がたった。少女はゆっくりと閉じていた目を開いた。

 



「えっ…。」



そこに写りこんでいた光景。

 


それは考えもしなかった光景。

 


あの牛の怪物が、イクトという人物の目の前で倒れていて、ガラスのように弾け砕けて散っていたのであったーーーーーー。

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