23 変化変化の新学期はまだ初日も初日
魔法師の教師からのレポートはなんとか終わらせた。理論とか言われてもどう書けばいいのか。仕方なく、なるべく私の感覚を言葉で出せるように説明した。とても突っ返されそうな気もするが、これで諦めてくれたら助かるのだが。
「スヴェン」
食堂の端でレポートの見直しをしていると、ちょうど来たらしい王子とディーターがいた。休暇中のお礼を述べ、隣を勧める。王子はホルトハウスに滞在した後、控えめにだが宣伝してくれたらしく少し客足が増えた。おおっぴらに宣伝しなかったのはこちらのことを配慮してくれたからだろう。大挙してこられたら対処できなかった。
「兄たちにも話しておいたから時間が出来たら来るかもしれないよ。その時はよろしくね」
「……まあ、所々引き攣っていたから、行かないかもしれないが」
牛の乳搾り体験はやはり王子がするようなものではなかったらしい。目を逸らすディーターに私も苦笑する。
「ところでハック子爵の話は聞いたか」
どうやらこちらが本題のようだ。ローザリンデの手紙の内容しか情報は持っていない。
「どんな娘なんですか」
「生憎ぼくらもまだ会っていない」
ローザリンデはさすがに会っているようだが、そこから王子たちへ情報は流れていないらしい。いいのか悪いのか、気になるところである。
「まあ、よっぽどなら父君へ苦情がいくはずだ」
特にないということは一応及第点はもらえたのだろうとディーターが言う。これ以上話を膨らませることは出来ないからか、王子が別の話題を投げてきた。
「そっちも気になるけど、イチゴ君の話も聞いているよ。魔法剣士目指しているなら、ある意味よかったんじゃないかな」
「魔法は補助のつもりだったんですけどね。まあ、仕方ないんで出来る限り物にしたいと思っています」
「うん。頑張って。もしいい結果が出せるようなら、ぼくの護衛に立候補してもいいよ?」
さらっと笑う王子様に私も笑みを返す。
「私の能力では難しそうなんで早々に辞退申し上げておきます」
目を丸くする二人は少し気分を害したようだが、この場では流してくれるようだ。そっと溜息を吐くと、小さく苦笑した。
数日のうちにユッテたちも学校へ戻ってきた。休暇中のお礼を言うと、三人とも楽しかったと言ってくれたのは嬉しかった。お客様として意見があればまた聞きたいところだ。
新学期の始まりに全校集会などはなく、軽いホームルームの後はすぐに講義に移る。ローザリンデ嬢の姿は当日のホームルームにてやっと窺うことが出来た。彼女の影に隠れるように、一人の女生徒が佇んでいる。
あれが転校生のヒロインのようだ。
教師によってハック子爵の娘が転入することになったと伝えられた。ローザリンデ以外にも何か困っていたら手を貸してやるように、と伝達された。皆の視線にさらされた少女はびっくりしたのか、ローザリンデの背中に隠れた。先ほどまでは顔は見えていたのだが。
休憩に入るとローザリンデが彼女を連れて真っ先に私たちの方にやってくる。目的は隣にいる王子とディーターであろう。案の定まっすぐにライナルトの前に立つと優雅に礼をとった。ぎこちない様子で彼女もそれに倣う。
「ライナルト殿下、休暇中は大変お世話になりました。また共に学ぶ機会を得ましたこと、嬉しく思います」
一度言葉を切ると、ローザリンデは隣で小さくなっている転校生を示す。
「彼女は先ほど教師からも紹介されました、エリーゼ・ハック子爵令嬢です。わたくしも指導していきますが、まだ貴族社会に不慣れな者ですので、何卒ご容赦頂ければ幸いです」
「え、エリーゼ・ハックと申します。で、でで、で、殿下にご拝謁できて、大変嬉しくおもいましゅ……」
見るからに緊張しまくっている。さすがに笑うわけにはいかないけれど、王子の肩が一瞬震えたのが見えた。この王子、実は笑い上戸だったな。
「そんなに緊張しないで。ここでは同じ生徒だ。皆やさしく手解きをしてくれる。もっと気楽に学校を楽しむといい」
「はははいいいぃぃ!」
普通に考えて王子に声をかけてもらえることなどないのだから、仕方がない。王子もちょっと笑うとその場を離れた。私も次の講義は同じだからと、腕をとられる。その代わり、今度はユッテとクリスタに声を掛けている。次の講義が早速選択ごとの講義なので、家政科の転入生と別れてしまうらしい。ジビラも違うので軽くだけ挨拶をしている。
離れながらちらっと振り返るとものすごく不安そうな顔をしているのが見える。真っ青通り越して真っ白になりかけているが、大丈夫だろうか。
「スヴェン、あっちはアイルツ伯爵令嬢がいるなら何とかなるだろう?」
「ん、んー、まあ、そうだな」
クリスタならばローザリンデからの信頼も厚いだろう。
「ローザも後で追いついてくると思いからとりあえず行こう。姿が見えると恐縮してしまうみたいだからね」
王子がそう言いながら早足で進む。その横に慌ててディーターが並ぶ。
講義の教室に入り込むといつもの席に着く。今から始まるのは防衛科一年共通の座学だ。
席は基本自由だが、自然と誰がどの席にと埋まっていた。私はやや後方左側の席だ。あまり私が前の方の席に陣取ると、おそらく見えないと苦情が来る。そして王子とディーターは私の斜め前の席に座っている。
ややするとローザリンデがやってきた。私たちの姿を見つけてホッとした顔をしている。そしてすぐ後に教官もやってくる。少しは話がしたかったが仕方ない。
教官は教卓に手を置くと話し始めた。
「皆さん、今日から後期最初の講義となります。前期より踏み込んで詳しく見ていきたいと思います」
ふと違和感に気付く。いつも座学は一人の教師しかいないのだが、今日は数人の補助がついていた。他の講義で見る者もいるが、一人まったく知らない教師がいる。
首を傾げていると、ちらっとこちらを向いたような気がした。
「さて、踏み込んだ内容ということで、何人かの生徒でそれぞれグループに分かれてもらう。補助として各教師をつけるから後期の合格目標はそちらから聞くように。それでは名前を呼ばれたら前へ出なさい」
教官の声に意識を切り替える。一人ずつ名前を呼ばれ、チームが出来ていく。王子とディーターは今回別のチームにされていた。その代わりローザリンデ嬢は王子と一緒だ。どういう意図があってのチーム訳なのだろう。そうして少しずつ名を呼ばれ、チームが出来る担当教師から課題を与えられているようだ。だけれど一向に私の名が呼ばれない。
やがて最後の一人として、私は呼ばれた。
しかしチームと言いつつもう残っているのは本当に私だけだ。首を傾げつつ教卓の前に出ると、教官は見覚えのなかった教師に手招きをする。
「ホルトハウス、生徒は君一人だがチームとしては二人だ。担当は彼、カールだ。よろしく頼む」
「……はい」
見るからに渋々で返事をするカールとやらは、かなり若い。下手すると上の兄と同じくらいかもしれない。それより教官の説明が足りなさすぎてとても突っ込みたい。何故私だけ一人なんだ。少なくとも他のチームは三人以上だったぞ。湧きあがるものを色々と飲み込んで、カールに向き直る。
「ええと、スヴェン・ホルトハウスです。よろしくお願いします」
礼儀は大切だろうと頭を下げると、相手は僅かに目を瞠る様子を見せた。ほんの僅かの動きだったが。
「……カール・フィッシャーだ」
私の気のせいでなければ、声には僅かな怯えが含まれていた。




