20 トビアス・ホルトハウスの心配
昨年ハーゼンバイン王立学校を卒業した俺の代わりに、今年弟が入学した。入れ違いの為、同じ学校に通えなかったのは寂しいが本人は特に気にしていないようだ。気負いもなく行ってくるね、とコロ商会の馬車に同乗させてもらって手を振っていた。
もう少し別れを惜しむとかないのか、と思ったが兄に半年すれば帰るじゃないか、と笑われた。そうはいっても弟は領から出たことがほとんどない。せいぜいお隣の領に遊びに行くくらいだ。王都は全然違う場所だ。心配だ。
兄にはやっぱり笑われた。しかし別の意味でも心配だ。あいつは兄の俺から見ても変わっている。
弟が変だと感じたのは、俺もまだ学校に行く前のこと。何故かあいつは父よりも母に、そして同時に女の子たちと遊ぶのを好んでいた。それはまあ、大人しい子だと思っていたので構わない。ただ何故か弟は料理と裁縫に興味を示した。百歩譲って料理はまだいいだろう。おいしい料理を作れるのは男であろうとも悪くない。ただ、裁縫は意味がわからない。
針と糸を持って布を繕い、そして編み棒を使って毛糸をくるくる回す。母や女子たちが魔法のように仕上げていくのを見るのは確かに面白いと言えなくもない。ただそれを弟が真似してやろうとしているのはいただけない。何より弟が不器用すぎて被害が増えた。
料理をすれば爆発させる。
繕い物はぼろ布へ進化させる。
家族から禁止を言い渡されたが、その前に自分には才能がないとうすうす気づいたらしい。おとなしく従った。そして少しへこんだその足で、今度は土いじりを始めた。
まずは家庭菜園から始めて、次第に近隣の畑へ手を広げていったそれは、何故かうまくいった。土を耕しながら作物に声を掛け、丁寧に収穫をする。後で土属性を持っているとわかったので、納得したがその時は何故あいつが弄った畑だけがよくなるかわからなかった。皆も声を掛けるのがよいのか、何かを混ぜていたのがいいのか、と考えたが結果は弟の属性だったのだ。だが、皆が試行錯誤したことで、弟の手が入らずともある程度の質を上げることができたのでよかった。
土属性の魔法は俺が知っているものだと地味で使い道がない。土を固めて壁を作ったり、火を消したり、それくらいしか思いつかない。だが弟は土いじりで魔力の込めた土を作り、そして今度は家の壁や柵の補修を始めた。道具も持たずに何をするのか見ていると、魔法を使って穴を埋め始めた。どういうことをしていたか、聞いてみると他の壁から少しずつ材料を流し、均一になるように補修部分に固めていった、ということだ。
そういう使い方するのは珍しいが、俺が知らないだけだと思っていた。
学校に向かった弟からは定期的に手紙が来るが、それ以上にコロ商会を通してホルストから来る手紙が有用だった。
まず弟は何故か王子様と仲良くなったらしいこと、そして男友達よりもまず女友達が出来ていたこと。更にその女子と定期的に茶会を開いていると聞いて、頭を抱えた。兄によれば、見た目や口調のなぜる技だと回答をもらった。でもそれを聞きたかったわけじゃない。
いろいろ情報を集めてみたが、彼女たちとは悪い関係ではないらしい。同じ下級貴族から伯位の令嬢までいるようだが、とても普通の友達のようだ。それに弟は領のことも考えてくれていたようで、新しい娯楽を発明してくれた。
双六というそれは、興味深い。試作品として学校で流行らせたものと、これを領内の遊びとするにはどういうマスを置いたらよいか、と質問が来た。これは家族と主だった領内の役人を交えて考えた。それを元に弟の女友達の一人が試作品を作って送ってくれた。皆で遊んでみたが、なかなか面白い。お試しとしてひとまずお客様に提供してみることにした。
お客様には晩餐の後にちょっと一勝負してもらい、ついでに特別なお土産を渡しておいた。概ね好評だ。そしてコロ商会からは王族預かりの為手が出せない、と文句が来た。ホルストに頼んだんじゃなかったのか。
そこで気づけばよかったのだが、王子様と仲良くなったのは想定以上に恐ろしいことだった。
第三王子のライナルト様に悪い噂は聞かない。彼の側近は決まっている者もいるが、まだ選定中の者もいるようだ。王太子と第二王子に力のある者はとりこまれているためだろう。俺の時は第二王子が同時期に居たが、それは大層な護衛だった。それに比べるとそこまで重要視されていないライナルト王子は少し自由があるのだろう。
手紙で王子様すごい、という内容が届いたがどう考えても不敬をしているようにしか思えない。王族から特にお咎めが来ないということはそれを許可してくれているのだろうと理解したが。
それにしても王子様と同様に侯爵令嬢と親しくなったのには、どうしようかと思った。もうそこは見ないふりをした。
そして大問題は武術トーナメントだ。俺も防衛科だったのだからそれがどんなものかわかっている。しかし一学年では一勝することすら基本は難しい。俺の時は二学年の魔法師型と当たったので、詠唱前の即行攻撃で行けたが、二戦目は普通に負けた。
だからせいぜい勝てても俺と同じくらいだと思っていた。弟は基本的に温厚でおおらかだ。領内でも喧嘩は基本的に避けていたように思うが、仕方ないときは容赦なく叩きのめしていた。意外にも強いのだ。
だから周到な準備をするのを意外とは思わなかったが、その方法は予想外だった。具体的な方法は教えてくれなかったが、コロ商会にお願いしたとだけ連絡をくれた。もっと突っ込んで聞けばよかった。
武術トーナメントには俺たちはいけなかったが、代わりにコロ商会の面々に後で話を教えてくれるようにお願いしていた。が、それでは遅かった。ちゃんと聞いた今ならわかるが、弟は革命的なことをしたのだ。魔法陣は知っている。俺も使うときもある。けれど魔法陣を紙以外の物に組み込むことはまずない。組み込めても使い切れるか、きちんと行使できるかはわからない。それなのに何でもないような顔をして静かに魔法陣を行使して、一回戦に勝った。
そして二戦目でその方法を説明した。皆の前で。
土属性の魔法の使い方もだが、魔法陣の作用は魔法師たちにとって面白い研究対象だろう。武術トーナメントの終わりと共に学校の魔法師教師からは変な質問が来た。そのうえ王子たちとは約束をしたらしく、いつなら来てもいいかと問合せが来た。回答は保留にしているが、さすがに戻ってきたなら返さねばならない。戻ってきたら、領内会議だ。
俺の前で馬に揺られて舟をこいでいる姿はあどけなく、可愛い弟だ。だがこの中にどれだけのものを秘めているのだろう。
戻ってきた喜びと同時に怒りも見せたが、何よりも心配だ。変なことに巻き込まれていないか。いや、どちらかというと変なことに首を突っ込んでいないか。
昔から変な行動をとっていた弟だが、俺にとってはたった一人の弟だ。
眠る弟の頭をベシッと叩く。
「起きろ。そろそろ着くぞ」
う、と唸る弟に俺は苦笑いを浮かべた。




