17 黒の目覚め
目を覚ますと手が何かに包まれていた。無意識にふにふにしていると、私の手ごと持ち上げられる。
「……やっと起きた」
「ユッテ?」
どうやら此処は救護室のようだ。殴られたであろうお腹は薬術が使われたのか、痛みはない。
「よ、よかったー!」
ユッテが抱きついてきた。心配してくれたのだろうが、ぎゅうぎゅうとされる様はいささか照れる。さりとて突き放すこともできない。
「あ、イチゴ君起きた?」
ベッドの向こうからはクリスタの声が聞こえる。おそらくジビラもいるのだろう。どうやらユッテの騒ぐ声が他の怪我人の邪魔になるからと、部屋を別にされたらしい。
ぐすぐすと鼻を鳴らすユッテを宥めながら、クリスタたちに試合のことを訊ねる。
やはり私は負けたらしい。ディーターが三回戦へ進み、王子は三学年の先輩に負けたところだという。ただ、途中で説明した土魔法については論議をかもしているらしい。それは後で考えよう。
ユッテはやっと落ち着いてきたらしく、相手が私とはいえ男に抱きついてしまったことに顔を真っ赤にさせていた。
「それにしても強かったね」
ジビラもいつもより興奮しているようだ。かわいいなあ、と思わず頭を撫でてしまう。
「応援してくれて、ありがとう」
だけど何故かクリスタは眉間に皺を寄せていた。心配させすぎたかと思っていると、そうではないことが判明した。
「……イチゴ君、こんな時でなくてもいいとは思うのだけど、前から伺いたいことがあったの」
一度言葉を切ると、常のおっとりした風情とは異なる空気を纏わせた。
「あなたは今、男の子なのよね。でも前世は女だったわ。本当の心はどちらなの?」
ここで訊くのか、とも思うが今だからこそ訊いたのか。ユッテに抱きつかれ、ジビラにやさしくする。彼女たちに私の性は曖昧に見えるのだろう。
「ちゃんと男だよ。身も心も。ただ少しだけ女の子の気持ちもわかる、ね。だからあんまり私に気軽に触れたり、触れさせたりするのはオススメしないんだ。ごめんね」
目に見えてユッテとジビラが固まる。まあ、なんというか自制心は強いと思うし、彼女たちが警戒していないのはわかっているから傷つけるつもりはない。男に恐怖を覚えさせるなんてことするつもりはない。あと今は恋愛ごとよりも将来のことが大事だ。
「そう。わかりましたわ。では、そのようにわたくしたちも心得ます」
そういうとクリスタはおろおろしているユッテとジビラに向き直る。ふんわりと笑うクリスタはいつもの美人さんである。
「ユッテ、ジビラ、淑女として紳士との節度ある距離をお願いいたしますね。イチゴ君も、曖昧な態度はいただけないわ」
「私からは触れないようにするよ。でも、今まで通り仲良くしてほしいな」
いつものように笑うと、クリスタも頷いた。彼女は三人の中で一番身分が高い。責任ある立場だというのはわかっている。誰かが言ってくれないと、私はずっと彼女たちにとって女友達だった。そうではないと何処で言えばいいのかもわからなかった。こんな時ではあるけども、明確にしてくれて助かった。
「それで、体に異常はありませんか」
何でもないように体を心配してくるクリスタ。見た目に反してこの子は結構言う子である。
「もう大丈夫だよ。応援席に戻らないとな。クリスタたちはどうする?」
「わたくしたちも戻りますわ。いいわよね、ユッテ、ジビラ?」
ユッテもジビラも急に首振り人形のように動き出す。
「だ、大丈夫!」
「他の人も応援しないとね」
これはなかなか元に戻れないかもしれないなあと少しさみしく思う。けれど、それでも彼女たちは私の大切な存在に間違いはない。
救護の担当教師にお礼を述べ、私は応援席に戻ることになる。ユッテたちがきちんと席に戻ったことを確認すると、自分の席へ戻ろうとした。
「あ、スヴェン!」
階段の途中でホルストに会った。私の前に立つと体のあちこちを触ってきたので心配してくれたようだ。
「もう何ともなさそうだな」
「うん。大丈夫。靴、すごい役に立ったよ」
「そりゃよかった。あんだけ使ってくれたならうちだって鼻が高いよ」
ホルストが試合前に私に何かを渡していたのを見ていた者もいたようで、秘密を聞きに来たらしい。もう負けた後なのでいろいろ答えて、いくつか注文も受けたという。満足そうだ。
「でも、魔法陣で無詠唱ってあんな綺麗にできるもんなのか?」
「さあ? 誰かで試してもらったらどうだ? 私はもともと無詠唱も条件付きだができたし。陣は基本型だけど、それでも綺麗に魔法が決まるかはわからないよ」
おそらく難しいのじゃないだろうか。魔法陣に普段から慣れていれば容易だろうが。一般の学生はそこまで慣れていない。授業でも使うけれど、基本は詠唱だ。私も魔法陣を使用しようと考えた時にこっそり練習した。紙に書いた陣を手に無詠唱する、それだけでも慣れるまで違和感がある。
「そっかー。じゃあ、そこは親父たちに検証お願いしとく」
「うん。それがいいと思う」
「ところでさ、お前休みはどうすんだ? うちの馬車が来るから乗っけようか?」
「あー、そうだなー。普通に乗合馬車に乗ってってもいいけど、時間かかるんだよね。小兄が迎え来てくれると思うけど。うーん、お願いしていい? 後で手紙出しとくよ」
武術トーナメントの後は長期休暇だ。そしてその後、新学期になると噂のヒロインが転入してくる。ゲームでは。
「あ、イチゴ君だ」
階段で話していたので、上から王子が降りてきた。
「もうすぐディーターの試合だよ。あ、話してるところだったのか。ごめんね」
「いえ、もう終わりましたので。じゃあ、また連絡する」
「ああ」
ホルストが王子に綺麗なお辞儀をして、私に手を振って去っていく。
「上に戻るかい? ローザも心配していたよ」
「はい」
ディーターの試合をきちんと見るのは初めてだ。
休暇に入らせたいのに終わらないトーナメント戦…。もうちょい続きます。




