16.5 その瞬間に君は
ディーター・アンハイサーが植物によって空へ持ち上げられたその時、誰もが勝負はついたと思われた。しかし主であり、親友であるライナルトはそうは思わなかった。親友はそんなに弱くないと知っていたから。
「えええ、ディーがやられるなんて……」
「ローザ、まだやられてないよ。それに彼のあの状況は逆に有利だ」
彼は魔法を普段使わない。使えるとも明言していない。それは普通の状況では使えないからだが、知っている者は少ない。
「ああ、そうね。これは知らないでしょうね」
ディーター・アンハイサーの魔法属性は火。しかもコントロールはできない。けれど火力は強い。使いどころを選ぶ仕様なのだ。周りが燃えてもいい場所で、人に迷惑をかける状況がまったくない。そうでなければ使用できない。
だからこそ、上空は格好の使用条件だった。予想通りに親友は絡まった枝を大火力で燃やし始めた。そして落ちる勢いのままスヴェン・ホルトハウスの肩に手をついて押し、反対の手で腹部に拳を叩きこんだ。
「うわー」
あれは痛い。意識を暗転させたスヴェンに、ライナルトは同情を覚える。
「……ちょっと予想外の試合だったわ」
ローザリンデはディーターが勝ったことに嬉しそうにしながらも、スヴェンの様子が心配なようだ。最近親しくしているだけに、気になるのだろう。
「イチゴ君は救護室に連れて行かれているね。様子を見に行くかい?」
心配だろう、と声を掛けたがローザリンデはふるふると首を横に振る。そして視線を防衛科以外の応援席に移す。
「心配なのは、あちらよ」
示した先は彼女が親しくしているサロンのメンバーがいる。ユッテ・アウラー、クリスタ・アイルツ、ジビラ・プレッチュの三名だ。ユッテが蒼白で立ち上がっているのが見える。それを二人が支えながら席を立った。きっと救護室へ行くのだろう。
「治療が終わって起きればきっと大丈夫だと思うわ。わたくしはまだ心から打ち解けていないの。変な気を回されるのは困るもの。行かないわ。それに……」
「ディーターを褒めてやらないといけないから?」
「そうね。勝ったことを共に喜ぶのは親友の特権ね」
憂い顔は一瞬でとろけるような笑みに変わる。ディーターにはきっと一番のご褒美だろう。
ライナルトは戻ってきて、はにかむ表情を浮かべる親友の様子を思い描いた。
***
試合に勝とうと約束してくれた。ユッテは一回戦を見て、危なげなく勝利を手にしたスヴェンにホッとした。だから二回戦ももしかしたら大した怪我もなく勝てるかもしれないと夢想した。けれど相手が誰かとわかってからは、不安が募った。
そしてそれは現実になった。
「ユッテ」
「ユッテ、落ち着いて」
スヴェンが倒れた瞬間、無意識に立ち上がっていた。手すりを力任せに握って、腕の力が入りすぎたのがわかった。
「救護室に運ばれるみたいだわ。様子を見に行きましょう」
クリスタとジビラに両腕を支えられ、救護室へ赴いた。治療が終わるまでは待たされたが、そう時間はかからず中へ案内してもらった。眠っているスヴェンの表情は何の悩みもなさそうで、さっきまでの不安な心はやっと落ち着くことができた。でも今度はすぐに起きると思ったのに、名前を呼んでも、頬をつねっても、頭を揺すっても、起きなかった。救護員によると、奪われた気力をいま回復している最中だから、もう少ししたら起きるはずだと言われた。
「もう少しって……いつよ?」
でもでもなんだか今度はすぐに起きてこないことに怒りが湧いて、寝ている彼を前に愚痴を漏らす。なんでまだ起きないの、あんまり無茶しないでよ、とか小声でぐちぐち言っていたら救護の担当教師にうるさいと怒られてしまった。そのうえ隣の部屋へ行け、とベッドごと移動された。ただ文句を言いながら、それでもユッテはずっとスヴェンの手を握っていた。少し震えた手が規則正しい呼吸をとらえている。
ユッテにはよくわからなかった。こんなに不安になるのは嫌だと思うのに、あたたかな手をうれしいと思う。起きてこないことにムッとするのに、文句を言うユッテを受け止める穏やかな寝顔に安堵する。
「ユッテ、あなたはもう少し節度をもつべきね」
不意にクリスタが告げる。ジビラは首を傾げている。
「彼は女友達じゃないわよ。どんなに気が合ったとしても」
衝撃だった。そんなことを言われるつもりはなかったのに、と思った。ユッテはクリスタの言葉に戸惑いながらも、握った手を離せなかった。それを見て、クリスタはなんだか困ったような表情になる。
「イチゴ君が起きたら、きちんとさせましょう。苦言を呈すつもりはないわ。ただわたしたちは、きちんと彼を理解するべきだと思うの」
クリスタの言い分はわかるようで、理解したくない気持ちもある。
女友達のような者だと認定していた。けれど彼が男として存在していることも理解していた。矛盾した認識はユッテの心に小さく波紋を起こした。




