12 幼馴染は心配性
「悪かったよ。だからいい加減無視するの、やめてくれ」
弱り切った表情のディーターが教室中の視線を釘づけにしている。
「ローザ、ぼくが唆したのだから、勘弁してあげて。本当に落ち込んでるんだから」
困った様子でなんとか取りつこうとするのは我らが王子、ライナルト様だ。
しかし二人とも今はローザリンデ嬢になんとか許しを請おうと右往左往している。正直言って、とても面白い。
「ローザ様ももう怒ってないでしょうに」
同じように三人の様子を眺めているユッテが笑っている。
「でもあれは王子たちが悪いよな」
サロンで覗き見していた王子とディーターだが、その後からローザリンデ嬢にずっと無視されているらしい。教室に着いて、普段はない姿には参った。笑いをこらえるのに必死である。幼馴染だという三人の力関係がよくわかる。
ローザリンデ嬢はものすごい皺を眉間に刻みながら、ため息を吐いた。
「仕方ないですわね。二度としないでちょうだいよ」
「わかった。もう絶対しない」
「うん。ただせめて腕の立つ侍女くらいは置いておいてよ」
おとなしく従うディーターと、せめてと安全確保を提示する王子。
「君に何かあると困るよ」
「サロンにはイチゴ君がいるわ」
ちらっと視線を寄越した彼女につい私は視線を逸らす。あまり火の粉を降りかけないでほしい。
「彼は護衛じゃないだろう」
「そうね。でも学校内で早々大事は起きないわ。それにサロンでだけよ。少しくらいお目こぼしをちょうだいよ」
今度はディーターが一瞥してきたので、私は軽く手を振っておいた。それに対する彼の表情は複雑につきる。
「そんなに心配しなくても大丈夫なのに」
少々さみしそうな感じでローザリンデ嬢が俯くと、二人は揃って降参した。どうにもあの中で一番力があるのはお嬢様のようだ。
それにしても王子よりもディーターの方が食い下がっていた。そんなに彼女が心配なのだろうか。
「そういえばローザ様が入学遅れた理由なんだけど、聞いた?」
ユッテが何でもないような様子で聞いてくるので、私は首を横に振った。そんな話をしていただろうか。
「女子寮で他の女子も一緒に聞いたの」
「皆気になっていたのか」
「うん。それでね、なんと理由は飼い犬と遊んでいて階段から転げたんだって。それで骨折したって」
「え?」
怪我をしたからとは聞いていたが、飼い犬と遊んでいてというのは予想外だった。驚きで目を丸くすると、ユッテが悪戯が成功したように笑う。
「あのね、ローザ様、実は運動オンチなんだってさ。何もないところで転んだり、滑ったり、昔は擦り傷だらけだったらしいよ。それでよく幼馴染には怪我をしないでって怒られたって。あれ、そういうことでしょ」
ユッテがふふふ、と渦中の三人を眺めている。ディーターを示し、ローザリンデ嬢を示す。それで私も意味がわかった。
心配以上の気持ちがあるならば、男が混じっているのは気になるだろう。私のことを少しはわかっているはずだから、変なことをしないだろうくらいの信頼はあると思う。それでも何かが起きては困る、と。
さっきとは別の意味で笑いがこみあげてきた。
幼馴染といえば、先日転生女子会(薔薇の会にしようか、と呟かれたがまさか本気じゃないよな)で名前の出た私の幼馴染兼攻略者だ。学校ではクラスが分かれてしまったので、食堂とかでは会うのだが落ち着いて話をしていなかった。
そもそもまさかのゲーム攻略者など思いもしなかった。私はそれでもモブでしかないが。
かわいい顔した幼馴染は今日も麗しい。ショタ担当と思えば納得もできなくないか。
そんな彼に今日は用事がある。
「スヴェン、何やってんのお前」
会うなり渋面を向けられた。
「女の子侍らせたと思ったら、双六? だっけ? いきなり王子にやらせて皆に流行らせて。しかも今度は公爵令嬢とかなんなの」
こちらの幼馴染もまた心配性のようだ。
しかし双六以外は不可抗力である。私のせいじゃない。そうそう、双六はなんとか皆に浸透してきたらしい。これも王子が皆と遊んでくれたからだ。食堂やサロンの一角に置かれ、遊んでくれている者たちを見る。
買いたい、の声も多数いただいたので、製作は王子に任せることとなった。その代わり売り上げの一部を私たちが発明者としてもらえるらしい。また製作に協力した技師技能科の先輩方も報酬をいただいたらしい。一部はそのまま製造部員となったとか聞いている。
結局魔王探しには使えなかったが、皆が楽しんでくれるならいいかと思う。
「てか久々に連絡来たと思ったら試験準備手伝って、だとか……。てか、本当、双六の権利王子に売るなよ……」
ホルストは机に脱力するように頭を落とした。それが一番言いたかったらしい。
「悪かったよ。次何かあるときは先に伝えるから」
「絶対だぞ! お前のアイディア、糞なのも多いけど金の卵もあんだから」
そういえば昔これがあれば、とかぼそぼそ言ってたら何年越しかに渡されたことがあったがあれは私のアイディアだったのか。初めて知る事実だ。
もしかしてこれは転生して何気に世界に影響与えていることになるのだろうか。
「……で、試験準備ってなんだよ」
言いたいことを言ったら少し落ち着いたらしい。
「魔法陣を刻んで欲しいんだ。無詠唱もできなくないけど、あれは手をついてないとできないからさ。代わりの陣が欲しい」
「相変わらず近道したがるな」
この世界、日本とは違っていろいろ手間がかかることも多いのだ。それが私には面倒で、たとえばホッチキスのような留め具はあるが外す道具はわざわざペンチか何かでとらないといけないとか、たとえば洗濯物を干すのもピンチみたいなのはないので細々したものをそれぞれに干さないといけないとか、勝手に改造して使いやすくしていた。それをホルストが商会に持ち帰り、新しい商品として売り出していた。
つまりさっきの時々金の卵発言はここから来ているのだろう。
「私の試合が終わったらコロ商会で依頼を受ければいいんじゃないかな。まあ、まず注目されるためには一回戦くらい勝たないといけないけどね」
「勝てる算段はあるのか」
「相手次第だけど、一応策は練ってるよ」
「ふうん」
この世界には魔法がある。私も少ないながら魔力を持って生まれてきたので、使用可能だ。
魔法とは自分の中の魔力を引き出して、詠唱によって形と為すもの。それが本来の在り方なのだが、故郷で自然と魔法の使い方を覚えてしまった私はちょっと異なる出力の仕方をさせる。授業通り、型通りの方法ももちろん出来るのだが、それでは私が勝てる見込みは少ない。
今年だけ使える私の奥の手だ。
「無詠唱だけじゃ駄目なのか」
私はもうコツを覚えてしまったので使えるが、無詠唱での魔法は高度な技術に相当する。ただこれを覚えた時、私は土いじりに魔法を使っていた。なので手を地面についてならば、得意なのだ。手を着かずに無詠唱は鋭意練習中である。
「奥の手はいくつも持っておきたいんだよ」
そのための準備だ。
ホルストは後で商会に確認してみると言いながら要望を聞いてくれた。
持つべき者は幼馴染である。




