第1話 ずぶ濡れの猫、拾いました
プロローグと同じ日に1話が投稿できて嬉しい…
数少ないであろう読者様。駄文をお楽しみください
誕生日を祝わなくなったのはいつからだったろうか。
両親が医者だからという理由で何となく受けた日本最高峰の大学の医学部。それなりに勉強したら受かってて、1日に10時間も勉強するような大した努力もしていないから特に嬉しくもなく、このまま親のコピーになるのかとボーっと考えながら6年間を過ごし、何年かの研修期間を乗り越えて、ようやく消化器外科への配属が決まってから1年。
それなりに器用なので、手術の失敗は無し。担当した患者の死亡もなし。
それなりに順風満帆と周りから言われるであろう生活を送っている俺、石田将輝は本日4月27日で29歳の誕生日を迎えた。
俺は近畿地方出身(だからといって特別訛ってるわけではない)で、受かった大学は東京にあったので、ひとり暮らしをせざるを得ない状況だった。だから、数少ない地元の友達と連絡を取ることもなくなり、親も仕事人間で俺に無関心だから、誰からも誕生日を祝ってもらうことがなくなった。
唯一祝ってくれようとするお節介もいるが、その人も仕事が忙しいはず。だから、無駄なお節介を焼くなと拒否をして、毎年の誕生日を1人で過ごすことにしたのがちょうど4年前。俺が25歳の誕生日を迎える時だ。
その年から俺は誕生日には、いつも買わないようなお洒落なショートケーキを買って、家でゆっくり1人で食べるという行為を繰り返している。
しかし、本日は医師の定めとも言える夜勤明け。休みを貰ったが、眠くて何も買いに行く気にならないし、夜勤明け早朝の帰宅なので、まだ行きつけのケーキ屋も開いていない。
運が無いなとぼやき、雨の音をBGMにしながら車を走らせ自宅マンションへ直行。
10分ほどで到着し、駐車場からエントランスまで屋根のない所を駆け抜ける。雨はどんどん強くなり、たった10数メートルの距離を走っただけでかなり濡れてしまった。
くそ、と毒づきながら自動ドアのロックを解除し、エントランスに転がり込む。眼鏡にかかった雨を拭き取り、郵便を取ろうと右側のポストに目を向けると
そこには猫がいた。
しゃがみこんでいるから顔は見えないけれど、全身びしょ濡れになっていても鮮やかな光沢を放つ金髪を垂らしているその猫は、寒さに耐えるようにぶるぶると震えている。この雨の中をのろのろと歩いていたのか。いくら春で暖かくなっているとはいえ、全身濡れ鼠となっているこの猫は早く何か対処をしてやらないと、何時間か後にはど風邪まっしぐらだろう。
初見では金髪しかわからなかった猫をじっくりと観察してみると、体を抱きしめるようにしているのでわかりづらいが、見覚えのある服を着ている。
(あぁ…。こいつ、徳華高校か)
徳華高校とは、このマンションから歩いて15分ほどの距離にある共学高で、都内でもトップクラスの偏差値を誇る名門校だ。なるほど、こんな名門校にもサボリって存在するらしい。
更に不自然にならないように目を凝らすと、腕の隙間から少しだけ覗く真っ白な頬に、新しいアザがあるのを発見。喧嘩でもしてきたのだろうか、メスなのにずいぶんと荒々しいみたいだ。
猫の震えが激しくなってきた、先程はど風邪まっしぐらだと仮定したが、これはいよいよ低体温症への直行便になるかもしれない。このままでは春も終わる頃のマンションのエントランスで、低体温症でオダブツの猫が発見されましたなんて馬鹿げたニュースを見るはめになりそうだったので、俺は猫に声をかけることにした。
「ニャーニャー?」
1回目、応答なし。因みにこれはこんにちはと言ったつもりだ。
「ニャニャ?ニャー」
2回目、応答なし。これは「大丈夫?主に頭が」と、心配してかけた言葉だ。俺、優しい。
なるほど、この猫は耳が悪いか、よほどひねくれた性格をしているらしい。次、何も応答が無かったら諦めて家に帰ろう。そう思って
「ニャ「あなた、頭大丈夫なの?」」
3度目の正直とはまさにこのことか
「どこが?俺はアラサーだけど、捨て猫を見つけても放って置くほど心は老けこんでないぜ?」
「ごめんなさい。頭だけじゃなくて目もおかしいようね。」
失礼な。これでも4月初頭に健康診断受けたばっかりだっつーの。因みに全部健康体だった。
「日本語喋れる猫なんて珍しい…。で、なんでここにいんの?」
「やはり頭がおかしいようね…。私は猫じゃないわ。学習能力も無いのね。」
学習能力が無かったら、医者という職業に就く資格は無いのだが。その文句を呑み込んで
「何で、ここに、いるの?」
質問がわかるように、強調してあげた。これなら猫にも理解できるだろう。
「あなたには関係無いでしょ。」
「そんなことはねぇよ。このマンションはペットOKだけど、お前みたいな猫を飼ってる人なんて見た事無いし、ここセキリュティ厳しいから、ずぶ濡れの人間大不審猫がいれば、たちまち通報されて保健所に連れて行かれるのがオチだ。」
「だから私は猫じゃないって…」
語気が弱くなってきてる。もう毒を吐く元気も残ってないようだ。医者として、目の前の生物が死ぬのを見過ごすわけにもいかないので
「じゃあ、お前に提案。」
「は?」
「ここで低体温症で野垂れ死ぬか、セキリュティに連行されて保健所暮らしか、ウチで暖を取るか。どれがいい?」
「私があなたのことを警察に通報するって選択肢は?」
「おぉ、おっかない。人様のご厚意を無駄にする猫だ。」
「あなた、まだ言うの…?」
「で、どうすんの?」
畳み掛ける。残念だが、ここで3番目以外の選択肢を選ばせるわけにはいかない。
「あなた…、ただの変態なの?それとも度を超えたお人好し?」
声の震えがますます酷くなる。
(タイムリミットか…)
「残念だが、今のやりとりで判ると思うけど、俺はお前が求めてるようなお人好しのヒーローじゃないし、いくら人間大とは言っても、捨てられて野垂れ死にそうになってる猫に手を出すほど人間性は腐ってないんだよ。」
「だから猫じゃな―」
「もういいや。」
限界まで助けてやろうって気持ちを全面に押し出した言葉でも、なびかないって言うなら
「お前が野垂れ死にたいって言うなら、無理に暖を取ることを強要するつもりは無い。」
これは賭けだ。
「ただし、ここでは死ぬな。俺の唯一の憩いの場である自宅が死亡現場になるのは御免だからな。」
「っ…!」
「寒いから俺は帰る。付いてくるなら勝手にしろ。」
そう言って猫から遠ざかる。
猫はずっと下を向いて話していたから、今まで表情はわからなかったけど、俺が突き放した時に一瞬だけ顔を上げた。その一瞬で見えた猫の瞳は、サファイアのように鮮やかな青色だった。
(本当に猫みたいな目をしてる…)
自分のネーミングセンスに感心しながらエレベーターを待つ。
賭けの結果が出るまであと1分弱。
猫が後ろについてくれば俺の勝ち。暖を取らせることができる。
猫が来なければ俺の負け。死にそうな奴を放って置いたという罪悪感が一生俺に付いてくる。
(願わくば前者がいいね…。こんな奴放っておけねぇよ。)
何故放って置けないのかという理由を、医者だからしょうがないというこじつけで片付けた俺は、猫殺しにならないことを願っていると、後ろから聞こえてくる足音。
「散々駄々こねてたのに、付いてくるんだ。」
「ここで死んであなたに笑われるか、付いていって迷惑をかけるかを天秤に掛けただけよ。」
「ここから出て行くっていう選択肢はねぇんだな…」
しかし、家に行くのを迷惑と考えるぐらいの常識はあるみたいだ。
苦笑しながらエレベーターに乗り込む、猫は後ろからピッタリと付いてきた。全身ずぶ濡れだからか、びちゃびちゃという気持ちの悪い足音が響く。
「とりあえず、お前まずは風呂直行な。」
「わかったわ。それと、お前じゃない。私にもちゃんと名前があるの。」
「へぇー、あるんだ。」
「あるわよ、人間なんだもの。」
「お前はどっかの詩人か。」
俺が出した面白くもないツッコミを受け流し、その猫は名乗った。
「ハヤカワチサト。速度じゃない方の早いに川。千里は千の里って書くの。あなたも名乗りなさいよ、人を猫扱いする不審者。」
確かに、向こうが名乗ったのに俺が何も言わないのは非常識か。
「イシダマサキだ。石ころの石に田んぼの田。将輝は将軍の将に輝くって字だ。」
相手と全く同じ方法で名乗る。それが面白くて、会ってまだ数分しか経っていないのにお互いに少し笑った。初めて正面から顔を見ると、案外綺麗な顔をしている。耳に不自然な点があったので注視すると、ピアスの穴が開いている。こいつ、名門校の中で絶対不良として浮いてるやつだ。
そうしている間に、エレベーターが目的階に着く。まずは金髪不良猫の暖を取ることが最優先。
俺は寝不足の頭をフル回転させながら、冬物として押し入れにしまった毛布などの場所を思い出そうと試みるのだった。
2話に続く
ありがとうございました。
1話目なので説明することが多かったり、情景解説も下手なので回りくどくなってしまいました。
こんな文でも楽しんで読んでくれたら幸いです。
今はこれから紐解いていく壮絶(予定)の過去のおかげで、性格が歪みまくっている2人ですが、根はとっても良い人です。サブキャラもどんどん出していくので、その人達が絡んで2人の関係がどのように変わるのかを楽しんてください。
と言っても、プロローグで大体クライマックスがわかると思いますがww