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終わりを告げし軍勢

 少女が意図せずして呼び出したのは最悪の客だった。闇精霊は精神を狂乱させ、操り、終わらせる精霊である。だが、それだけならば対処はいくらでもやりようがあった。なのに、人間が勇者候補と称して世界中から戦士たちを呼び寄せたのには大きな理由が存在する。

 それがハヤトが今、焦っている理由に直結した。


「せ、先輩……闇精霊があんなに……」

「分かってる! フィールは防壁の中に戻れ! 俺がどうにかしてみる!」

「で、できるわけないじゃないですか! 闇精霊は全ての精霊を狂乱させて強制的に進化を促すんですよ!? それが百体の兵士に戦艦まで! 一体どうやって立ち向かうっていうんですか!」


 必死ではなく、バカに大声で怒鳴りつけように叫んだフィールにハヤトは驚いた。感情を丸出しにしたようなフィールを見たのが初めてだったからだろうか。それとも怒りを見せたのが初めてだったからだろうか。どちらにせよ、ハヤトは驚いたのだ。

 フィールの一人になりたくはないという意思がはっきりと伝わってくる。当然だ。ハヤトがいかに強かろうと状況が一変したのだから。どれだけの強さを見せつけられようと、空を覆い尽くすような数の闇精霊との対峙で生き残れると信じられる方が無理な話なのだ。

 フィールは逃げてほしかった。一緒に逃げて、生き延びれる可能性の高い方を取ってほしかった。だが、ハヤトはそうしなかった。否、できなかったのだ。

 逃げた先に、なにもないことをハヤトは知っていたのだ。


「フィール。お前は防壁の中へ戻れ」

「嫌です」

「フィール――」

「嫌なんです!」


 何時になく頑固で自己中心的な考え方は、ハヤトは一番最初に感じたフィールの第一印象のそれであった。そして、それがフィールの本性だということを明確にさせる要因にもなり得たが、今だけは自分の言うことを聞いてほしいとハヤトは思った。

 相手にするのは世界最悪の精霊の集団。たとえ、一体一体の強さがそれほどでなくとも数の利はあちらにある。少なくとも、ハヤトは誰かを守りながら戦うなどということはできそうもないと勘付いていた。ゆえに、逃げろという言葉はフィールを邪険にしたわけではなく、フィールを守らんとする意思であった。

 しかし、それと分かっていてもフィールは引かなかった。どうしてか、ハヤトが顔も知らない父親のように思えてしまったからだ。当然、父のことなどどうでも良かった。自分を愛してくれたという言葉は誰でもない無関係であるはずのハヤトから送られたからだ。

 フィールはハヤトを失いたくないと、心の何処かで思っていたのだ。


「私は足手まといじゃありません。確かに、さっきは慌てたところを見せましたけど、もう大丈夫です。私は英雄の子。先輩があれを倒すことを宿命だと言うのなら、私はそれに参加する義務があります」

「宿命だとか義務だとかじゃねー。俺はお前に――」


 ふと、ハヤトはフィールになんと言おうとしたのかを考え直した。ハヤトの行き詰まりにフィールは首を傾げて問いかける。


「どうかしましたか?」


 果たして、ハヤトはなんと言おうとしたのか。栗色の肩まで伸びた髪に歳からしたら少し幼い顔。何より、友人の愛娘。それがハヤトにとってのフィールの位置づけであった。なのに、ハヤトは今、フィールに生きていて欲しいなどと思ってしまった。他人に興味が無いと自称するハヤトが、だ。

 そのことにハヤト自身が驚いていた。出会って三日。振り回されること数知れず、よもやこんな大惨事にまで駆り出されてしまった原因であるはずのフィールに、生きていてほしいと思ってしまったのだ。

 その理由はついぞわからない。否、わかっている答えを拒否した。それは違うのだと、ハヤトは思いたかった。


「俺は、お前に……」


 言葉を詰まらせる。信じたくないという気持ちとそれを明らかにする気持ちがぶつかり合っている。失ったものの代品を目の前にして、ハヤトはそうではないと叫びたかった。

 ハヤトは『生きる目的きぼう』を失って生まれた。そして、それを探し出すことはもう不可能だと諦めていた。必然的にハヤトの生活は実のないものへと変わった。毎日が退屈で、暇を持て余すその生き様はかつての栄光すらも霞ませた。

 ハヤトにとって、闇精霊の親玉の討伐など黄金の国ジャパンの長であった人物に褒めてもらうがゆえに参加しただけのお遊びであった。しかし、生きる目的を失い、故郷を失い、守るものを亡くしたハヤトは未だに息をしている。

 そうか。ハヤトは己の中で渦巻く気持ちの本流を見抜いた。源泉である感情へとリンクを開いたのだ。認めた。理解した。ハヤトは出会って三日程度の付き合いの女性――フィール――にかつての君主である人物の面影を見出していたのだ。

 守るべき存在の確立。生きる目的への灯火。ハヤトの行動に明確な理由が現れ、闇精霊の抹殺の意思に光を差す。


 つまり、ハヤトはフィールを守るために刀を抜こうと思ったのである。


 黄金の国では君主に絶対服従する武力があった。そして、黄金の国の最後の時代。最強の名を欲しいままにしたのは当時若干十四歳であった、千人斬りの颯人はやとである。刀を抜けば、確実に命を奪い去る、奪う刀は最強を輝かせるに相応しい腕前であったが、そんなハヤトがたった一度だけ敗北した瞬間があった。それが、ハヤトが生涯で唯一信用し、守り通すと約束した今は亡き黄金の国の姫であった。

 

 ハヤトはかつての君主にどこか似ているフィールに運命すらも感じた。世界を否定したハヤトが今更運命などと信用することがおかしいのだろう、ハヤトは嘲るように笑ってフィールを見つめる。

 何がどうしたのかわからないフィールはどうしていいのかわからずにそのままハヤトと目を合わせていると、根負けしたかのようにハヤトが息を吐いた。


「……分かった。どうせ止めてもやるんだろうしな……やるか、フィール」

「……っ!! はい!」


 感極まってフィールがハヤトに抱きつくと、同時に雷撃がハヤトたちのすぐ後ろに落ちた。轟音の後に後ろを振り返る二人の目には焦げた鎧を着込んだ闇精霊の兵士がサラサラと崩れ落ちた。


「お兄。イチャイチャするのはいいんだけ……やっぱり、良くないけど! 今は戦いに集中してくれないかな!?」

「あ、ああ。わかったよ、アキ」

「は、はい」


 どうも格好付かない二人であったが、アキを加えて三人でどうにかして闇精霊の軍勢と退けるべく、三人は肩を並べた。


「フィール、アキ」

「なんですか、先輩」

「どしたの、お兄」


「無理すんじゃねーぞ?」


 ハヤトの何時になく気の利いた言葉にフィールとアキはお互いに見つめ合って笑うと。


「お兄もね」「先輩もですよ」


 ともに戦うことを決めた三人は己の武器をそれぞれ展開させる。

 ハヤトはフィールの父の精霊『踏み荒らすミリ 百万もの巨兵オン』についてはよく知っていたが、フィールの精霊についてはよく分かっていなかった。

 しかし、先刻の体育館での件で現れたメタルゴーレムをフィールが作ったのだとすれば、精霊は父譲りの可能性が極めて高い。そして、その予想は見事に的中した。


「――大地を踏みしめる百体の勇士よ――」


 純正の金属性のゴーレムが二体三体……最終的には百体ものメタルゴーレムが生まれる。しかれど、フィールの詠唱は終わらない。


「――その武勇を晒せ――」


 金属性に付随したのは後天的に付けられたであろう極めて珍しい属性『風』。百体のゴーレムのうち五体が解け、フィールの体へと巻き付いていき、フィールに二枚一組の翼と強固な防御性能を誇る極めて薄く軽い装甲へと変わった。

 その姿は『人工の天使』。神によってその存在を否定されたはずの、異端の象徴であった。


「――世界を覆う、黒雲の覇者よ――」


 続いて武装を解除してしまっていたアキの詠唱が始まった。


「――須らく、誕生の声を世界へ響かせよ――」


 再び空を覆い隠すのは一撃必殺の槍を無尽蔵に内蔵した黒雲。それを操る権限は常にアキにあり、そして、その狙いは百発百中のまさしく覇者の武装である。

 両者、ともに今期一年最強クラスの精霊使いであり、精霊騎士としての素質を十二分に兼ね備えた逸材である。

 フィールは父の精霊機獣には劣るが、母譲りの扱いの難しいとされる風属性の精霊を織り交ぜた金、風の融合精霊機獣『突き進む百体の機兵ハンドレッド』。そして、それを操るフィールに付けられた名は『昇らぬ機甲天使エンジェリオン』。その姿は誰の目から見ても天使のそれと変わりなく、なおかつ残りの九十五体のメタルゴーレムを同時に操作できるという脅威の精霊武装であった。

 最強の三人――ハヤトは既にその認識下に置かれていた――が皆の危機のために武装を掲げ、立ち向かわんとする。


「アキ、後方支援は任せた。空にいるやつに特大のやつをぶち込んでやれ」

「了解!」

「フィールの武装を俺はよく知らない。どんなことができるんだ?」


 アキの雷撃で一騎墜落したことに警戒心を持ったらしく、闇精霊が攻めて来ない。それを好機と見てハヤトは空に浮かんでいる闇精霊たちをアキに任せて、己も警戒心を解かずにフィールの得意分野を聞き出す。


「そうですね。武装は遠隔自動援護射撃機プロテスターとこの大量のメタルゴーレムたちですけど。時間がなかったせいでメタルゴーレムのプログラミングが完璧じゃないんですよね」

「……というと?」

「あまり期待できないってことです」


 なるほど。ハヤトは大きく頷いた。

 できれば戦力になってくれると助かるのにと思っていたメタルゴーレムがまさかの未完成という事実を聞いてがっかりするというよりかは、人生そう上手くいかないなんて諦めの方が大きかった。

 とっておきの武装だと言うようにフィールの翼から生まれたのは宙を浮く球体。その球体から高温高圧の光が飛び出し、アキの雷撃の隙間を縫って近づいてきていた闇精霊の頭蓋を撃ち抜いた。


「……おっそろしい武装だな」

「えへへ」


 決して褒めているわけではなかったが褒められたと勘違いしたフィールはものすごい勢いで照れ始める。調子に乗ってプロテスターを連射して、十数体の闇精霊を撃ち落とす。

 何体もの仲間が倒されて流石に動きを止めては居られなくなったらしい闇精霊たちは進軍を開始した。その戦法は至って単純。撃ち落とされることを覚悟の一斉攻撃だ。何体か撃ち落としたと言ってもまだまだ大部分が残っていたため、その勢いに押されてアキとフィールの包囲網を突破する個体が現れた。

 包囲網を抜けてきた闇精霊たちがハヤトたち、および防壁で守られている生徒たち目掛けて飛んでいく。微かな悲鳴の前兆を前にハヤトが地面に刀身を触れさせ、数回つま先で地面を蹴る。

 すると、包囲網を抜けた闇精霊たちの首をピンポイントで刀の切っ先が貫いた。


「……先輩」

「ん? なんだ?」

「その武装……チートですか……」


 はて、と。ハヤトはチートという言葉の意味を理解していなかったが、何となくズルという言葉が頭に浮かんだ。

 ハヤトの武装は『隷刀・無限』。刀身の百倍の質量――刀身と同じ形――を刀身の触れている物体の延長上に作り出すことができるものだ。逆を言えば、見えていなければ全くの無能ゆえに性能的にはフィール、アキの方が断然上である。

 だが、ハヤトの本質は精霊機獣の性能ではなく、その腕前に存在した。


「危ない先輩!」


 どうやら、更に包囲網を突破してきた闇精霊が危険と見なしたハヤトを襲いにやってきたらしい。三体の闇精霊は三方向から攻めてきており、カバーに入ろうとしたフィールは包囲網の形成で手一杯であった。

 フィールがハヤトの身を心配した直後、ハヤトはそんな心配を他所にあり得ない動きを見せる。

 前方からやってくる闇精霊に光の如き斬撃を向けると、一度見たことにより学習した闇精霊は学習能力の高さと画一した動体視力によってハヤトの斬撃を回避、両手で刀身を捕らえた。しかし、それをしっかりと目視していたハヤトは闇精霊が刀身に触れた瞬間、無限の能力を発動。闇精霊の体中を刃が内側から突き出て闇精霊一体を停止させる。そして、無限を地面に再び触れさせるとハヤトを包み込むように三百六十度に渡って刃が生え、近づいてきていた闇精霊を串刺しにした。


「す、すごい……」


 フィールが本当のハヤトを見たと、感動の色を濃くしている頃。気を緩めたがゆえに迫りくる敵の存在に気がつくのがほんの僅かに遅れた。

 闇精霊の攻撃に辛うじて致命傷は避けたが、頑丈な鎧の上からでも足の骨を粉々にするほどのダメージを負って、フィールは吹き飛ばされた。

 フィールの離脱により包囲網に穴が開き、そこから闇精霊が雪崩のように流れ込んできた。流石にハヤトでもその数を相対することは不可能だったようで、前線は防壁まで押し下げられてしまった。飛ばされたフィールを中心に再び包囲網が敷かれるとハヤトはフィールに着いた。


「大丈夫か、フィール」

「先……輩……。ちょっとだけ……下手こきましたね……」

「喋るな。傷の具合を見る」


 ハヤトは慣れた手つきでフィールの表情を見ながら全身を隈なく調べ始めた。右足と膝、そして肋骨が一本ヒビ、最悪折れていることがわかると、すぐさまフィールの手を掴んで防壁の中へと戻そうとした。

 その行動に異を唱えたのは紛れもないフィールであり、フィールはまだ戦う意思を見せ続けた。


「先輩、私は――」

「もういい。これ以上は無理だ」

「で、でも――!!」

「フィール。ここは戦場だ。何重にも安全を考慮された対戦じゃない。ここでは簡単に人が死ぬんだ」


 ハヤトの言葉にフィールは意味を上手く受け取れなかった。

 ハヤトは守るためにフィールに戦場から引けと言った。だが、フィールにはどうしても邪魔者扱いされたように思えてならなかった。それが、二人の会話の交わらない点であり、唯一ハヤトにスキを作らせてしまう要因になり得た。

 さきほどから何度も実証されているようにアキ一人では闇精霊の猛攻を完全には防ぎきれない。それは包囲網を小さくしたとしても同じことである。つまり、どうしても抜けてくる闇精霊が存在したのだ。

 そして、その存在にハヤトは気が付かなかった。フィールも白熱した言い争いのせいで気が付かず、一瞬のスキを突いた闇精霊の容赦なき一撃はハヤトの体へと触れてしまった。


「お兄!!」

「先…………輩…………?」


 憎たらしげに闇精霊を睨みつけた後、ハヤトは静かに地面に伏せった。

 闇精霊の攻撃がハヤトに当たるわずか一瞬。ハヤトは闇精霊の存在に気が付き、攻撃が迫ってくることもわかった。だが、その攻撃の延長上にフィールが居たのだ。ただで避けるわけにはいかない。しかし、身を挺したとしても貫通するであろう攻撃をフィールに当てるわけにもいかない。

 ハヤトが取った行動はたった一つ。怪我人であるフィールの手を掴み、強引に延長上から退かした。もちろん、自身が攻撃を避ける時間は確保されていない。ハヤトは守る人物だけを守り、自分を捨て石にした。その切り捨てを僅か一瞬で行ったのだ。


「先輩!! 嫌ぁあ! 先輩! 先輩!!!!」


 折れた足を引きずって地面を這うようにハヤトに近づいてフィールはハヤトの体に触れる。温かさが薄れていくのが分かって、悲鳴は嗚咽へと変わり、最も恐れていたことが起こってしまったということに精神面が追いつけずにいたのだった。

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