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割り込み関係

 フィールと出会ってから早三日。どうしてか、家でフィールと一緒に朝食を食べるほどには仲良くなっていた。というのも、ハヤトの母親とフィールが見知った仲だったというのが一番の要員であるのは間違いなかった。


「ミサキさん、これすごく美味しいですね。本当にトーストなんですか?」

「うん、そうだよ~。パンに砂糖を溶かした卵を浸してからフライパンで焼くの~。ハヤトとアキが喜んで食べてくれるからよく作るんだ~」


 おっとりとした話し方で遅くに起きてきたハヤトの分のフレンチトーストを焼くエプロン姿の女性はクロサキ・ミサキ。珍しい黒く長い髪を一本にまとめた、二十七歳には見えない若々しい容姿は今でも学生から告白をされるほどに美しい。

 そんないつものようで何処か違和感を感じる朝。ハヤトはミサキに叩き起こされてフラフラとしながらもリビングへやってきた。


「おはようございます、先輩」

「ん」

「ハヤト。おはようでしょ~? まったくも~、いつまで経っても朝に弱いのは治らないんだから~」


 そうなんですか? などとハヤトの話で盛り上がるリビングを放置して、ハヤトは洗面所で顔を洗う。冷たい水で顔を洗うことで多少なりとも眠気が覚めてきたので、それに伴って頭の回転も少しだけエンジンがかかってきた。そして、違和感の正体を思い返してみて、いかにも嫌そうな顔でリビングへ戻った。

 何度目を擦っても、消えない幻想と思いたい少女――フィール――は一向に消えてはくれない。もちろん、現実なので消えるはずはないが、ハヤトはそんな現実に対応できるほどハイスペックな人間ではなかった――そもそも人間として足りないものが有りすぎるくらいだ――。

 加えて、朝からムスッとした顔でフレンチトーストを食べるアキを見つけて、余計にハヤトは頭を抱えたくなる。


「なあ、フィール。お前が幻想じゃないことはよくわかった。だから、一つだけ聞かせてくれ。なんでここにいる?」

「え? やだなぁ、先輩。朝ご飯をご馳走になるためですよ?」


 そんな当たり前なことを聞くんじゃない、と。フィールはそう言って既に半分ほど食べきっているフレンチトーストに齧りつく。なるほど、それは立派な理由だ。だが、それが一般常識からかけ離れた理由であるのは明白であることにフィールには気がついているのだろうか。

 流石にこの返答は予期していなかったようで、ハヤトは何となくアキがムスッ面になることに納得してしまう。だが、それを良しとして仲睦まじく朝ご飯を食べられるほど、ハヤトとフィール――ひいては、アキとフィール――の関係は良好でなかった。

 追い出そうとも一瞬考えたが、ミサキと仲がいいフィールを邪険にするとミサキの説教を食らいかねないためにハヤトはダメな癖――諦め――を発動。まるで、昔から一緒に御飯を食べる兄妹の如く自分を偽った。


「フィールさん! いい加減出てってくれない!?」


 どうやら、我慢しきれなかったらしいアキが、ハヤトの諦めも見兼ねて怒りを見せる。二日連続でアキの怒りの形相を見られるなんてハヤトにとってはこれ以上にない不幸であるが、ミサキにとってはアキの成長を、フィールにとってはアキの細かな情報を知れる数少ない幸運であった。もちろん、気にしていないフィールはその後も何度かアキを怒らせるようなことをしたり話したりすることによって、朝から騒がしいことになった。

 そんなこんなで、追い出そうにも追い出せなかったフィールと喧嘩をするアキの普段とは違う、まさしく異境と呼ぶに相応しいリビングで現実逃避を始めるハヤト。もはや、フィールに出会った時点でこんな気がしなかったわけでもないと過去すら変える勢いで、ハヤトは熱いコーヒーを一口飲む。

 極めてエスカレートしつつある現実に目を覚ますと、ハヤトは静かに場を制そうとする。


「……なあ、静かに食おうな?」

「はーい」

「あ、フィールさん!? いい子ぶったってダメだからね! 聞いてる!?」

「アキ、落ち着け。いないもんだと思えばなんとかなる」


 それひどくないですか!? などと再び騒ぎ出すフィールを尻目に、フレンチトーストを食べる。朝、と言うのはハヤトにとって一番大変な時間。昔から朝に弱く、できれば動きたくないと思っているのに、朝からファンクラブを押しとどめるという大仕事をして、一日の大半を図書館で潰すという異常な日常を繰り返してきた。

 なので、莫大なエネルギーを必要とする朝に、同じく莫大なエネルギーを消費して相手をしなければならないフィールを加えたら疲れは倍以上だ。

 大きくため息をついて、ハヤトはもう一度フィールを視界に入れた。すると、フィールもハヤトを見ていて、二人は見つめ合う形になってしまった。


「あの……先輩」

「な、なんだ?」

「私がいると、邪魔でしょうか? 私としては楽しく食事しているつもりなんですけど。先輩は……なんだか、迷惑そうで……」

「ああ、迷惑だ。知り合って一週間もしてないのに朝飯を一緒に食えって言われてもどうしていいのかわからん」

「や、やっぱり……」

「でもな。別に楽しくないわけじゃない」


 言って、ハヤトは俯いているフィールの頭に手を乗せた。アキはその行為に大声で抗論しようとしたが、ミサキがそれを制する。所謂、デリカシーのない行為であるが、ハヤトにデリカシーを説くほうがデリカシーがないだなんて言われるハヤトの行動げんじつは至って通常運行であった。

 急に頭を触られてびっくりしたフィールは頭を上げると、ハヤトが少し微笑んだような顔で言葉を続ける。


「アキも俺も、あんまり朝は話さないんだ。こんなに話したのは何年ぶりかってくらいにな。なのに、少なくとも俺たちは話すことが嫌いな兄妹じゃない。だから、別に楽しくないわけじゃない」

「じゃ、じゃあ……」

「まあ、飯はみんなで食ったほうが美味しいって誰かが言ってたしな。ただし、来るなら来るってちゃんと言え。俺にだって準備って言うもんがある」


 言い終わるやいなや、ハヤトはいつの間にか最後の一口となっていたフレンチトーストを口に入れて、コーヒーを流し込んだ。そして、席を立ったかと思うと、怒りながらハヤトを見るアキに一言。


「アキ。早く食えよ? そんなチビチビ食ってたら行く時間過ぎちまうぞ?」

「わ、わかってるもん!」


 言われて何故か怒り強めたアキはガツガツと体に悪そうな食べ方で半分以上残っていたフレンチトーストを食べ切り、ミルクを飲み干すと、仕度をするためにリビングから退出した。

 ハヤトはというと、別段勉強をしに行くわけでもないので、特別な準備はしないが念のため制服には着替えようと一旦自室に戻る。

 当然、仕度量の少ないハヤトが早くリビングへやってきたが、その際にフィールはハヤトに話しかけた。


「すいません、先輩。今日、お時間空いてます?」

「それは皮肉か? それとも本当に聞いてるのか?」

「両方です♪ ……ああ! ごめんなさい! 冗談です! 冗談ですってば!!」


 叩こうとしたハヤトの手を見て早々に嘘だと伝えて、フィールは本当の理由を言い出す。ハヤトも本気で叩こうとしたわけではなかったので、それ以上はしなかった――ミサキの目もあったためもある――ができればそういうのは少なめでいてほしいとはつくづく思った。


「ちょっと、付き合って欲しいところがありまして。お時間があるのでしたら来てほしいんですよね」

「……また変なことじゃないだろうな?」

「当たり前です。安心してください。今日のは昨日のお詫びです。先輩の好きなものを買ってあげますよ!」

「いらねーよ……。まあ、生憎と時間は腐るほどあるからな。付き合うことはできるが……本当に大丈夫なんだろうな?」


 心配し過ぎですよ、先輩、と。信用ならない人物から言われれば心配するのも必然だが、ハヤトはそれ以上に自分の秘密を知り得て知ってしまったフィールに警戒心が解けない。

 別に、自分の存在を世間にバラすなどとは思っていないが。フィールが人間である以上、どこから情報が漏れるかわからないのであまり一緒にいたくはないと考えてしまうのだ。

 しかし、同時に親友でもあったクレールの愛娘であることから、もっとクレールの話をしたいとも思ってしまう。随分と人間は強欲だ、などと思いつつ。ハヤトはマジマジとフィールを見つめてしまった。


「あれあれ~? 二人はそういう関係なのかな~?」


 そうやって囃し立てるのは母親の特権だと言わんばかりに茶々を入れるミサキに、違うとハヤトが断ずる。すると、運悪くそこにアキも相席してしまっていたことに気がつき、嫌な予感を感じる前に頭を抱えた。

 不機嫌だった顔がさらに不機嫌になり、最高潮に達した不満はアキにハヤトを叩くほどにまで至らせた。


「あ、アキ? い、痛いんだけど……」

「知らない! お兄なんて、フィールさんと崖からフライアゲインしちゃえばいいんだよ」


 どうして、駆け落ちの最終シーンのような場所に自分が立たねばならないのだろうと感じつつ、ハヤトはアキの怒りと、フィールのお花畑が咲きそうな幸せそうな空気に挟まれて、色々な感情が犇めく通学路へと足を踏み入れる羽目になった。


 そしてアキを無事、学園へ送り届けてから、約束を交わしていたハヤトとフィールは校門でアキと別れて街へと繰り出していた。


「見てくださいよ、先輩。このアクセサリー可愛くないですか?」

「ん? ああ、そうだな」


 とあるアクセサリーショップで、フィールが不意に手に取ったのは木彫りのフクロウのアクセサリーだった。主人の手作りなようで、店の奥から店主が意気揚々と歩いてきた。人当たりのいいフィールはどんな相手でも対応が同じで、当然店主にも同じに当たるのでテンションが上った店主が次々と自慢話なりをし始める。

 散々、木彫りのフクロウについて語ったかと思うと。他にも手作りの物があると色々と宣伝をしてくる店主の言葉を真摯に聞き、その度に爽やかな笑みと返答を送るフィールを見て、ハヤトは自分にはできない芸当だと思った。

 元来、ハヤトは人づき合いがうまくない。話をするのが嫌いというわけではないが、無理をしてまで話をしようとは思わないのがハヤトである。だからこそ元気よく、かつ朗らかに相手と会話するなどできるはずもないと思いこんでいたし、実際そうであった。


「いやぁ、お嬢ちゃんみたいな子がまだいるもんなんだねぇ。よし! 君にだけ、特別に木彫りのフクロウを半額で売ってあげよう。どうかな、彼氏さん?」

「彼氏じゃありませんよ……。まあ、半額なら……」


 言ってハヤトは寒い財布を取り出して、半額にまで値下がりした木彫りのフクロウを一つ持ってカウンターへと向かう。しかし、それよりも先にフィールがもう一匹の木彫りのフクロウを持ち、なおかつハヤトが持っていたものまで奪ってカウンターへと赴く。

 二匹の木彫りのフクロウを店主へ渡すと、自身の財布からお金を出して代金を払ってしまった。


「いいのかい? 普通は彼氏さんが支払うもんだと思うんだけど」

「いいんです。彼、今日は誕生日なんですよ」

「ああ! そういうことだったのかい。いやぁ、ワシも年をとったってことかねぇ。そんなことも思いつかなくなるなんてねぇ」

「そんなことないですよ。おじさんは私から見てもかっこいいと思いますし!」


 お世辞が上手いねぇ、などと話しながらまたもやサービスだと言ってお菓子をくれた店主に礼を言うフィール。店から出ると、早速もらったお菓子を食べ始めたフィールを見て、同じくお菓子を食べ始めるハヤトはやっぱり自分にはできないな、と呟いた。


「何ができないんですか?」

「いや、お前のように相手が言ってほしい言葉を的確に言えることがさ。俺には一生経ってもできないんだろうなぁって」

「そんなことないですよ。お世辞は、自分を見ていて欲しいって思う気持ちから出る言葉だって言う人もいるくらいですし。まあ……そういうことを考えると先輩は見ていて欲しいって思わないのが原因かもしれませんね」


 貶されたのか褒められたのかよくわからないことになったハヤトは、それもそうかと結論づけた。基本的に、ハヤトは他人が興味無い。別に自分がどう思われようとも構わないのだ。それは強者だからではなく、人間に諦めを得ていたからであった。

 しばらくして、季節的に肌寒くなってきたというのに今度はアイスが食べたいと言い出すフィールに連れられて、この国で最もおいしいと言われているらしいアイス屋へ足を運んだ。アイス屋は平日の十時にも関わらず多少なりとも列を成していて、どうしてこんなにもアイスを食べたがる人が多いのだろうと、ハヤトに当然のごとく思わせた。

 やがて、とてつもなく長かった順番が回ってきてフィールがオススメを二つ頼んでアイス屋の近くの公園へとやってきた二人はベンチに座ってアイスを食べだした。


「んぅ~! 肌寒い中で食べるアイスはやっぱり美味しいですね」

「まあ、美味いって有名な店で買ったアイスだからっていうのもあるんだろうよ」

「あぁ! そういうこと言っちゃうんですね! ダメですよ、先輩。こういう時は、美味しいね。って言えるくらいのコミュ力がないと!」


 そんな四六時中周りに気を配るような労力がコミュニケーション能力だというのなら一生一人でいいと思いながらも、たしかに美味しいアイスを食べながら何度目か忘れてしまったがフィールを見つめる。

 元気で、周りに気を配っていているが決して自分を曲げることはない。お世辞がうまくて、集団の中では一番友達が多いだろうと思わせる態度。可愛らしいが着飾ることはせず、甘えるときもあるが媚びることはない。それがハヤトが思うフィールである。いや、そうであった。

 だが、フィールと接するうちにハヤトは拭いきれない違和感を持ってしまった。それは、フィールが常にハヤトの顔色を伺っていることだった。どうしても、フィールがハヤトの顔色伺って言葉を選んで会話をしているように見えてしまうのだ。

 出会って三日。そう、たった三日である。それだけの時間でこうやって二人で出かけるということ自体に緊張しているからそうなっているのかと思えなくもない。しかし、明らかにフィールはハヤトの機嫌を見て行動しているのだ――そもそも、ハヤトが思っている性格ではフィールは緊張などしそうもない――。

 そのことに気がついてしまったがゆえに、ハヤトは問わざるを得なかった。


「お前……何をそんなに怯えてるんだ?」

「……はい? 別に怯えてるわけじゃないですよ? ん~。震えてるように見えるだけじゃないですかね。もしくは、肌寒いから――」

「そうやって隠そうとするのか」


 あ、と。笑顔のまま言葉に詰まるフィール。その表情は変わらずだったが、目にはどうしてバレたのだろうという光が指していた。それを必死に悟られまいとすることで更にハヤトに違和感を与えさせた。

 ハヤトにとって、相手の感情を読み取るというのは容易ではない。しかして、不安や隠蔽などの感情だけは読み取れる。それができなければ戦闘での駆け引きで一瞬の合間に命を落としかねない状況に長く身を投じていたからだ。

 そのせいもあって、ハヤトはフィールの怯え、あるいは不安要素を見抜いてしまった。


「お前が何かに怯えているのは分かってる。でも、それが何なのかは俺には読み取れない。言ってみろ、別にそれでどうこう言うわけじゃないさ」


 アイスを食べながら、そういうハヤトにフィールの表情は少しづつ曇っていく。心に秘めている言葉を言えば、ハヤトがどういう行動をするのかを必死にシミュレートしてるのだ。ありとあらゆる可能性を考慮してできるだけ自分自身に被害が少ない言葉を選ぼうとするが、ハヤトはそういう行動が一番嫌いだった。


「見繕わなくていい。ありのままを話せ。付き合いこそ三日だが、俺はお前を十七年以上も前から知っているんだからさ」


 先手を打たれたと、フィールはそう感じて逃げるという手を断念した。

 流れるアイスをチロリと舐めてから、まだ少しだけハヤトの顔色を伺っているフィールはゆっくりと心の内の言葉を紡いでいく。


「実は……先輩が怒っていないかがすごく不安なんです」

「俺が怒る? なんで?」

「だって、昨日今日って散々振り回してますし、アキさんは怒らせるし。先輩にとってはひどい二日間ですよね」

「ああ、わかってるならするな」


 ハヤトはそう言って、しんみりとしたフィールの頭を撫でる。撫でられるのに幸せを感じるのか、フィールは嬉しそうに頭を撫でさせていた。そんなことで機嫌が取れるなんて、フィールはなんていいやつなのだろう。ハヤトは機嫌を取るのに色々とお金が掛かるアキを思い浮かべながら頭を撫で続けた。

 はたから見れば、朝っぱらからイチャつくカップルのように見えるが、その実二人の関係はそんなものではない。ハヤトから見ればフィールは友人の娘以上の存在ではないのだ。また、フィールもハヤトに愛を持っているかと言われるとそうではないと言い切る自身があった。


「結局、俺はお前をよく知らない。知っているのは見た目が可愛らしい面倒なやつってことだけだ。あとは……クレールの野郎によく似てるってことだな」

「それって、私がおっさん臭いってことですか?」


 んなわけあるか。ハヤトは顔をフィールに近づけてスンスンとフィールの匂いをひとしきり嗅ぐと、顔を離して、


「成長途中の女の匂いだな」


 一応、念のためおっさん臭くないことを証明しようとしたのだが、デリカシーのないハヤトはその行為の重大さに気がついていない。公衆の面前でそう言った行為をすることについての常識はハヤトには欠如していると言っても過言ではないのかも知れない。

 自分が何をされたのかを知って、フィールは顔を真赤にしてハヤトを離す。悪気のないハヤトの表情を見て、そういうのはダメなのだと言い聞かせようと口を開くが……。


「せ、先輩! そういうのはですね――――」


 フィールの言葉を遮って、空気を割るような轟音が地面を揺らした。驚いて、その音の方をハヤトが見ると、空には黒雲が掛かっていた。ハヤトはその黒雲に十分に見覚えがあり……。


「……その、先輩。もう一つ、謝らないといけないことがあるのを思い出しました……」


 どうやら、先程の轟音もフィールの策略のようであると知ると、ハヤトは頭痛がひどい頭を押さえて空を仰いだ。

 黒雲轟く学園へと足を速めるハヤトとフィールはその際中にもフィールのせいだという黒雲について話をしていた。

 ハヤトはあの黒雲をよく知っている。なぜなら、妹であるアキの精霊機獣がまさしくそれを作り出すことができるからだ。ゆえに、ハヤトは足早に学園へと向かわなければならないわけであり、そうしなければ最悪死人が出ることすら危惧していた。

 そんな心配を他所に、フィールはあれやこれやと理由を話している。


「えーっとですね……怒らないですか?」

「それは無理な話だな」

「じゃあ、言いません――ああ、ごめんなさい! だから、頭を叩くのはやめてください!」


 ペチペチと頭を叩くことでどうにか理由を話させることに成功したハヤトは、そのしょうもない理由に頭痛を感じる。

 どうやら、アキがどれだけの強さであるのかを知りたかったようで、三年の中の上程度の強さを持ったかなり頭のイカれているやつにアキが絶対に怒るであろうものを渡して喧嘩を吹っかけさせたらしい。

 どうしたらそんなに危険極まりない事ができるのだろうと思いつつも、ハヤトは起こってしまった事件をどうこういうことはせずに、どうやって解決しようかという方に視点をおいた。


「まったく……余計なことばかりしやがって……」

「だって、先輩には何もしないって言ったじゃないですか……」


 それは他のやつにどうこうしていいっていう話じゃない。ハヤトはそんなことを言葉にはせずに心の中で呟いて、爆音が生じてから約三十分の後に事件現場である武道館へ赴いた。

 そこではもはやお祭り騒ぎになっていて一種の見世物のようになっていた。学園の男子が全員入会しているというアキが戦うのだから、そうなるのは普通なのかもしれないが、実際はそんな生易しいものではなかった。

 アキの精霊機獣クーデターと対戦相手の蛾のような大きな精霊機獣がぶつかり、互いに存在力を食らっている。その度に雷鳴が轟き、自揺れがする。普段ならば、そんなことが起きれば恐怖し叫び出す人がいてもいいのに、今日に限ってはそれすらもお祭りの演目の一つだと考えているようで、楽しみの一種に数えられていた。

 なんとも恐ろしい光景だが、中の攻撃は観客へ届かないように濃密な水、木属性の精霊による防御壁によって妨げられている。そのおかげでこのお祭り騒ぎだなのだが、被害が出ないという点だけを見ればまだ安心する要素があった。


「やっぱり、二年上の先輩だとアキちゃんも苦戦するんですね」

「ん? ああ、そりゃあするだろうさ」


 やはり、と。フィールが少しだけ残念そうな目でアキを見つめている。想定ではもっと軽々と相手を倒してもらわなければフィールにとっては面白みがなかったのだが、どうやらアキは普通の人間だと決め付けた。しかし、ハヤトは戦闘中のアキを見たまま言葉を続ける。


「だってあいつ、まだ一割も本気出してないぞ?」

「…………はい? え、アキちゃんアレだけ激しくやってるのに、まだ本気じゃないんですか……?」

「ばーか。俺の妹を舐めるな。少なくとも、あんな野郎においそれと負けないくらいには強いさ」


 言うが、どこをとっても本気を出しているようにしか見えない戦いぶりに、フィールは冗談を言っているのだろうと思った。だが少ない付き合いとは言え、ハヤトが嘘をつかないことを何となく理解していた。ならば、その言葉に純粋な驚き以外を感じることはできなかった。

 しかし。なればこそ、どうして押されているのにも関わらず本気を出さないのかが不思議で仕方なかった。どうして、負けそうになっているのに本気を出さずに――ハヤトが言うには――一割の力のみで相手と戦っているのか。兄も兄でおかしい思考の持ち主ではあるが、その妹も同じく普通とは違う考えをする頭脳を持っているようであった。

 つくづく自分を悩ませるクロサキ兄妹にフィールは微笑んだ。嬉しそうな顔を見て、ハヤトは少しだけ妹を自慢する。


「あいつが本気を出さないのは、自分が本気を出せばどうなるかを知っているからだ。確かに、アキはキレると手に負えないくらい暴れるけど、それにしたって本気で暴れるわけじゃない。そもそも、本気でアキが暴れれば国一つ簡単に陥没する」

「流石にそれは言いすぎじゃ……」


 なら、見てみるか? そう言うハヤトは観客席の階段をゆっくりと降りていってアキが戦う戦闘場へ近づいていく。フィールもそれについていくが、近づくに連れてアキが本気を出していないことに異常を見出すほどの衝撃が感じられた。

 戦闘の余波を防ぐ防壁の側には監視員として教師が立つことになっているが、今回はそれがキーマンだった。キーマンは近づくハヤトを静止させて、観客席へ戻るように迫った。


「おいおい。流石に兄貴のお前さんでも決闘の邪魔は――」


「アキ」


 ハヤトは、キーマンの静止を振り切ることはせず、ただアキに向かって声を掛ける。

 普通、届くことはずのない声はアキにちゃんと届き、戦闘中にも関わらずアキがハヤトの声がした方を向く。そして、ハヤトを捉えたアキは表情を少し緩めて兄に返事した。


「お兄!」

「かなり頑丈な防御壁だ。五割程度なら耐えられるだろ。武装を展開しても大丈夫だと思うぞ」


 ハヤトの言葉には二つの意味があった。

 一つはアキに自分が見ているということを知らしめるため。

 もう一つはアキに周りの心配をする必要はないと伝えるため。

 その二つを汲み取ったらしいアキの表情が明らかに先程よりも歓喜に満ち溢れたものに変わり、本当に楽しそうに相手の攻撃を避ける。そして、激しい攻防の中にも関わらず言葉を唱える。


 精霊機獣には存在の証明である第一節。その力を武装として展開させる第二節。さらに、その本質を表す第三節。そして、その真理を解き明かす第四節。という四つの召喚式があり、それぞれに詠唱を必要とする。また、詠唱は第二節から始めることはできず、必ず第一節から唱えることが必要である。精霊機獣の元々の強さは第一節により決まるが、二節三節と連なる上で属性を大いに反映された属性による有利性を生じさせる。


 つまり、ハヤトは存在の形成の一段階上を使えと言ったのだ。


「――世界を覆う、黒雲の覇者よ――」


 観客席及びハヤトの回りにいるキーマンとフィールに動揺が走る。凄まじい攻防の中で、詠唱――第一節――を唱え始めるアキの行動に大方の予想を終えてしまったのだ。

 存在を証明された精霊機獣に二度の存在証明は成されない。すなわち、アキが行おうとしているのは……。


「――すべからく、誕生の声を世界へ響かせよ――」


 第二節の詠唱を終え、現れたのは青と白のドレスに甲冑を身にまとった騎士。手には雷で作られた槍を持ち、空には更に濃い黒雲が立ち込める。

 そんなアキの姿を見て、先程の言葉を信じざるを得なくなったフィールは開いた口が塞がらないという表情でただただ『輝く雷鳴の申し子らいてい』と呼ばれるカリシュトラ学園一年最強の精霊使いに見とれていた。

 そら言ったろ。と言いたげな顔でハヤトは空を見上げる。空に浮かぶのは黒雲を我がものとするアキ。そして、皆が一斉にアキを崇拝するかのごとく見上げていることに満足していた。

 ハヤトにとって、アキは自慢できる妹であり、自慢したい妹でもある。自分の妹は凄いのだと世界に知らしめたい存在である。故に、事件は起こさず、栄光という覇道だけを歩ませたいと思うのは必然のことであった。

 五割の本気を出したアキは先程まで苦戦していた大型の蛾を本当に楽しそうな目で見つめたかと思うと、手に持った雷の槍を逆手に持って、それを思いっきり投げ放つ。槍は雷鳴を上げて、的確に蛾を射貫き、その莫大なエネルギーによって存在を燃やし尽くした。


「う、嘘ぉ……」

「だから言っただろ。俺の妹を舐めるなってさ」


 ここぞとばかりに妹を自慢するハヤトであったが、先程から妹妹とうるさいことに気がついたフィールはほんの少しだけ気になったことを聞いてみた。


「先輩……先輩って、もしかしてシスコンってやつじゃないですか?」

「なっ……」


 妹を自慢に思い、さらに大いに自慢するその態度。愛らしく、そして優しく接するその姿。


 ――世間ではそれをシスコンと言うことをハヤトは初めて知ったのだった。

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