不穏な空気
何を怒ったのか不明だったアキに大好物のプリンをしこたま買ってきて機嫌取りを終えた次の日の朝。
ところでハヤトの数少ない悩みと言えば、妹の好き嫌いが多いことと親の稼ぎに反して土地代が高いことと、そして、妹のファンが連日家の前でスタンバっていることである。だが、今朝は異例を含んでいるようで、家の前にはたくさんのアキファンクラブの会員の中にただ一人だけ見覚えのある顔がいた。
ただでさえ朝は妹を守りながら登校しなければいけないためクソ忙しいというのに、その見覚えのある顔はハヤトにベッタリとくっついてきていた。しかも、その顔がいかにも悪戯をしているという顔であったのでなお始末が悪い。
「どういうつもりだ、フィール?」
「何がですか?」
「このクソ忙しい時間になんで面倒事を増やしてんだよって話だよ!」
さあ、そんなことは全く持って見覚えがありませんと口笛を吹きながら流して、フィールは大勢のアキのファンに押しつぶされそうになるハヤトにこれでもかと邪魔をする。
アキが出てくるというタイミングでファンたちは一斉に玄関へと走り込んでくるがそれをどうにかしてシャットアウトするのがハヤトの最初の仕事だ。マイペースなアキが玄関から無事出られたことを確認してから今度はアキを壁側へ向かわせて自分と壁とでアキを挟むようにしてあるき始める。ここから学園へ行くまでは大抵そういったガードマンみたいな仕事に専念しなければならない。
もちろん、ファンたちが本気になればハヤトなど一瞬で突破できるが、そこは未到達領域を守る暗黙の了解が存在していて、兄――つまり、ハヤト――がいるところよりも奥のスペースへは入らないことがいつの間にか決まっていた。
しかし、今日に至ってはその領域を侵す存在がいたのだ。
「大変ですね、先輩。聞いた通り、毎日こんな重労働をしてるなんて」
「ああ、だからせめて朝はいつも通りに行きたいんだけどな」
「どこがいつも通りじゃないんです?」
「お前がいつも通りじゃないんです!」
一から十まで自分は悪くないと言い張るようで、ハヤトは鬱陶しい存在でしか無いフィールの対応を今後も考えなくてはいけないのか思うと頭が痛くて仕方なかった。しかも、フィールはそんなハヤトの困り顔を見て少し楽しんでいる風があって、なおのことハヤトは頭を悩ませる。
そんな二人を見て、アキはとても不満そうに頬を膨らませていた。どうやら、何かの勘違いを起こしているらしくハヤトとフィールが『仲の良さそうな関係』に見えているようで面白くなかったのだ。そして、そんなアキのこともちゃんと見ていたフィールは此処ぞとばかりにアキを煽りに煽りまくる。
「えい!」
「……何してんの、お前?」
「先輩の右腕に胸を押し付けてるんですよ?」
確かに、フィールは十六歳にしては少々大きめの胸を思いっきりハヤトにくっつけてその触感をまじまじと味あわせていた。まるで、フィールの右側で守られているアキに宣戦布告でもするかのように勝ち誇った視線を向ける。
その行動には二つの意味がある。アキにとって大切であろう存在を奪い去ったと勘違いさせることと、アキには持ち合わせのない大きめな胸を誇張するというとんでもなくどうでもいい意味だが、アキ――ことやきもち焼き――には十二分に効果を発揮したらしい。
その意図を十分読み取ったアキはなお一層に膨れっ面になり終いにはハヤトに罵声を浴びせる程にまで怒っていた。
「まさか、鈍感で、バカで、素っ頓狂で、ちょっと料理が上手いだけのお兄に彼女ができたなんて信じられないよねぇ」
「待て、昨日今日出会ったばかりで話だってそんなにしてない女子を彼女だと言うのなら、そこにいるアキのファンたちはその程度の出会いすらなかったってことになるけど大丈夫か? ていうか、アキが不機嫌だから離れろ、フィール」
この妹にして兄が成り立つような会話でファンたちの憎悪の視線は何故かハヤトへ。もちろん、それは見た目が可愛らしい女子二人と仲良く登校しているからであるが、ハヤトは当たり前のことを言ったはずなのになぜそんな目で見られるのか不思議で仕方なかった。
間違ってはいけない。ハヤトは別にこういう状況に慣れているわけではない。むしろその逆で慣れていないからこそ、どうしてファンたちが自分を睨みつけている理由が真に紐解けないのだ。
「えー。いいじゃないですか。先輩はこういうの嫌いなわけではないんですよね?」
「いや、歩きにくいし」
「でも、嫌いじゃないんですよね?」
「だから――――」
「嫌いじゃないんですよね?」
有無を言わさぬその姿勢。ハヤトにとって本当に心から苦手な性格である。もちろん、フィールの言う通り胸を押し付けられるのは嫌ではない。だが、それは登校中でなければの話である。ハヤトだって普通に男子であるがゆえに、胸――あるいは可愛らしい女子――に興味がないなんてことはない。
だが、強引な女性に引っ張っていってもらいたいというドMな精神は持ち合わせるわけにはいかないと小さい頃に確認したハヤトにとってこの強引さはあまり好ましいものではなかった。
一貫して離れろと言われ続けること約五分。アキを怒らせるために行ったことであったが想像以上にハヤトの食いつきがよろしくないのを見越して、フィールはそろそろ止め時であることを察する。
結局、諦めたフィールがアキとにらめっこして火花を散らし始める頃。ハヤトはというとアキのファンと横で年下二人の牽制に挟まれて生まれて初めての板挟みというものに心底うんざりしていた。考えるまでもなく面倒な状況にどういった諦めをつければいいのかハヤトには知恵がなかったのだ。
やがて、学園の校門に着くと、生徒指導のために駆り出された教師が目に入る。それは幸いにもハヤトの見知った顔で、心を許せる相手でもあった。
「まったく、なんでお前の周りはいつも騒がしいんだ」
「俺に聞かれても困りますけどね。先生こそ、こんな時間に出勤とは珍しいじゃないですか」
「いやなんだ……校長に『土木に興味はないかね?』って聞かれたら流石に機嫌取りしないとならんだろ?」
唯一この学園でハヤトの存在を認めている教師、バラリス・D・キーマン。すべてのことにおいて怠惰で、常に撚れた白衣と爪楊枝を口に刺した変人で有名で、良くも悪くもハヤトと同じく劣等のレッテルを貼られている教師である。要するに変わり者同士だけに意気投合するところがあったということだ。
なお、他の教師はハヤトが質問をしてもそれを気が付かないふりをして無視する徹底ぶりである。なので、ハヤトは天才な妹にあれこれと質問しに行くのだが、その度にこんなものもわからないのかと呆れられながら仲睦まじく机で勉強するというのが日常になっている。
また、それがハヤトが学園へ来なくてもいい理由に成り得ると表明する片鱗でもあった。
「先生も大変ですね。無職の方がまだ楽なんじゃないですか?」
「バカバッカお前。無職だと金がなくなって死ぬだろ。稼いでくれる嫁がいるわけでもあるまいし。……まあ、なんだ。お前のその状況よりは少しは気楽なもんさ」
仕事をやめさせられたら騎士に戻ればいいだけだしな、と。キーマンが言う。バラリス・D・キーマンは『元』国防騎士の三位であった。そこでもいい噂は立つはずもなく、職場に居兼ねたキーマンは教師という道をサイコロの目で決めたという。
もちろん、国防騎士などなろうと思ってなれるものではない。ありとあらゆる力をバランス良く、そして質良く兼ね備えなければなれるものではなく、純粋な精霊使いよりもなることは難しいとされている。
そんなキーマンの言葉にハヤトは首を傾げて問う。
「仕事が無くなることより、俺の状況が気楽って。人生舐め腐ってますよね」
「お前なぁ……仕事より、女との揉め事のほうが後々のことを考えて大分痛手だろ。だから、女は嫌いなんだ。昔のことを思い出したかのように掘り返しやがる」
昔、女性との間に何かをやらかしたような口ぶりで女性について語るキーマンだが、ハヤトにはそんな情報は必要なかった。理由は、そんなことは言われずとも分かっていたからである。
そんな二人にとっては他愛もない会話をしているつもりだったが、それを聞いていたアキとフィールは少し引いたような顔で実際に半歩引いていた。考えてみればこんな会話を日常で話す人物は人格破綻者か人生破綻者くらいなものだろう。しかも、その二者はどちらも珍しい部類であるため、そんなのが二人も身近にいることに驚き呆れて距離を取るのも無理はない。
ハヤトはアキとフィールの反応に増々意味がわからなくなり、どうしてという疑問を置いておいて早く教室へ向かおうと足を進める。と言っても、ホームルームに出席したらすぐさま図書館なりへ移動して一日を潰す算段ではあったが。
「あ、先輩」
そんないつもを歩もうとするハヤトを呼び止めたのは他でもないフィールであった。さらに、その満面の笑みからは一体幾つもの嫌がらせを思いついているのか計り知れず、絶対にまた良からぬことをしようという顔であるのはまず間違いなかった。
「今度は何だ?」
「今度って、今日はまだ何もしてませんよね?」
「つまり何かする気なんだな?」
もちろんじゃないですか、と。笑顔で答えたフィールに当然のごとくため息の嵐が起こらなかったわけはなかった。
しかも、逃げられそうもないので、ハヤトは早々に諦めのムードでさっさとアキを自分の教室へと追いやろうとすると、アキは口惜しそうな表情でハヤトとフィールを見たがすぐに自分のクラスへと歩いていった。ただし、ファンクラブの人たちがドン引きするほど不満のオーラを漏らしながら。
さて、と。ハヤトとフィールが移動してきた場所は体育館。見た限りでは貸し切られているようで中には誰もいなかったが、ついぞハヤトはここに連れてこられた理由が思いつかなかった。
「こんなところで何する気だ?」
「安心してください。えっちなことじゃないですよ。……もしかしてそっちのほうが良かったですか?」
「言ってろ……」
茶目っ気がすぎるようで、ハヤトはだんだんイライラを募らせる。それに気がついていながらなおイジろうとするフィールの根性はネジ曲がっているに違いない。
そろそろ、本当に怒られるかもしれないという瀬戸際になって、やっとフィールがここに来た理由を話し始める。
「じゃあ先輩。がんばって下さいね♪」
と言っても、その理由は一方的なものに過ぎず、ハヤトの前には五体の自立戦闘型鉱石兵が天井から落ちてきて、これを知っていたであろうフィールは安全圏へとすぐさま逃げていた。その様子を見てハヤトは深く深くため息をつく。
嵌められた。そう考え終わる頃には、ハヤトは心からフィールと出会わなければよかったと、こんな運命を提供した世界に憎しみの叫びを心の中で大いにぶつけ始めるのだった。
五体のメタルゴーレムを前にして、ハヤトは案外余裕そうな態度でしみじみとメタルゴーレムたちを見つめながら、笑顔でこちらを観察しているフィールにつくづく呆れ顔でいた。
アキの不吉な予感が見事的中したのはいい。いいや、よくはないが、もっと深刻なことでなかったのが唯一の救いだった。ただ、ハヤトは五体の硬そうなメタルゴーレムを見て、苦笑いする。
何かの冗談で無いことはわかっているが、できることならそんなクソッタレな現実からは逃げ出したいという思いでいっぱいだった。そのため、ハヤトは視線をフィールに向けて、一言二言程度の話をする。
「なあ、フィール?」
「何でしょう、先輩?」
「もう、お前がこの鉱石兵をどうのこうのはいい。わかった。理解した。ただ、一つ聞かせてくれないか?」
「いいですよ~?」
「なんで、マイクまで用意して端でスタンバってんだよ……」
もちろん会話をするためじゃないですか、と。フィールはさも当然のように答えて、ハヤトを困惑させる。間違っても――いや、間違わなくてもだが――人は個人と会話をするときにマイクは使わない。使う必要が無いからだ。しかし、フィール――ひいては貴族様はそうお考えではないらしい。
ハヤトが行き着いた考えの到達点は『貴族様は人と話す時はマイクを持って十分離れて話す』という教育を受けているようだということだった。このことについてだけは貴族ではなくてよかったと心底思った。これで貴族だったらハヤトには絆という言葉は一生ついて回る気がしなかったからだ。
しかして、ハヤトのフィールに対する感情は一律『面倒なやつ』で固定されたわけであるが。そんなことは微塵も考えていないフィールをどうやって言いくるめようかがハヤトの第一目標だった。
「俺は校内最下位のはっきり言って最弱だぞ? こんなのに当てられたら死んじまう」
「そうでしょうか? 入試では妹さんと同様に試験官を倒した数少ない生徒の一人だと聞きましたよ? それに、精霊についての試験は筆記、実技ともにダメですが、体術に関しては群を抜いているそうじゃないですか」
校内で存在するのかも怪しい扱いをされているのに、一体誰にそんなことを聞いたのだろうかと一瞬考えて、きっとキーマン辺りが情報を漏らしたのだろうと行き着いたハヤトは、ホイホイと個人情報を漏らされるのは本当に困ると教師の在り方について頭を抱えそうになった。
だが、それを知られたと言ってもこの状況に至るのは大分おかしいだろう。フィールについては殆どわかっていないハヤトだが、面倒なやつと人の話を聞かないやつだとは少なくとも分かっていたのでこうなるのは仕方ないのか? と瞬間的に諦めそうになった。
しかし、そこは諦めずにフィールについてほんの僅かに考えを巡らせた。
ハヤトが知り得ているフィールの情報は二つ。面倒なやつ。そして、人の話を聞かないやつ。この二点と、クロサキ・ハヤトという存在の情報提供者だ。前者はこの状況を考えるに全く役に立たないものだが、後者に至っては考えるに値した。
もちろん、情報提供者がどんな人物なのかは全く検討付かないが、少なくとも『クロサキ・ハヤト』という者を深く理解しているのはほぼ確定していた。そうでなければ、学園最下位の存在するかも怪しい人物に、凶悪なメタルゴーレムをぶつけようなど常人では考えつかない。
まあ、この仮定に至っても『アーノルド・フィール』という人物にハヤトの知らない事柄――例えば『天然』や『生命の損失に全く興味を持たない性格』というものが在るのならば話は百八十度別の言葉が充てがわれることになるのだが。
「さあ、先輩。できるだけ早く本気を出してくださいね♪ そうじゃないと、本当に死んじゃいますよ?」
言って、それが合図のようにメタルゴーレムが動き出す。考え事はそこまでにして、動き出したメタルゴーレムの対応に追われたハヤトはメタルゴーレムの動きに度肝を抜かれそうになった。
見た目がゴツいだけに動きが鈍いかもしれないと思えば、そんなことは決して無く、むしろありえないほど早く動く巨躯にハヤトは目眩を起こしそうになる。
ハヤトはメタルゴーレム五体による同時攻撃をどうにかこうにかやり過ごし、その後も止むことのない素早い攻撃を紙一重で避け続ける。メタルゴーレムの拳圧だけでどれだけの強烈な一撃であるかなどすぐに分かった。ゆえに、フィールが本気でハヤトを殺しに来ていることが読み取れて、心底嫌そうな顔になってしまう。
「凄いですね。それを生身で避け続ける人なんて見たことないですよ」
「まあ! 普通! こういうのは! 受けないから! な!!」
攻撃を予測、回避しながらの会話であったために節々が強めになってしまう。そんな回避に力を込めているハヤトに微笑ましさを見せるフィールはとても腹黒いとハヤトは思った。
されど続く攻撃にハヤトの息はついに上がりだす。フィールはここからが本番であるかのように笑顔がひどく強まっていく。つり上がった頬はまるで悪魔のそれのようになっていき、ハヤトはメタルゴーレムに襲われるよりフィールの変貌に恐怖を覚えるレベルであった。
(コワイコワイコワイ。この女マジで怖い)
「おい! ホント! もう! 死にそう!」
「大丈夫ですよ~。止まったら死ぬだけですから」
「このドS野郎!」
「私は女の子です!」
そっちじゃない、と。今、お前が突っ込むところはそこではない、と。ハヤトは強くそう言いたかった。何が悲しくて、可愛い女の子に体育館に連れ込まれてこんなガタイの良いメタルゴーレム五体と遊ばなければならないのだ、と。
ハヤトにとって朝とは寝る時間であった。昼も、午後も、学園にいる間は大好きな昼寝がやりたい放題という格好の場所であるのに、なぜか今日は起きている。否、起こされ続けている。できれば、さっさと眠りについて夢の中で一日を満喫したいと思わなくもないが、どうやらそれは叶わない願いだということはフィールの笑顔が言っていた。
眠気は疲れに変わっていて、何ヶ月ぶりに体を思いっきり使ったせいで所々悲鳴を上げだす。加速する攻撃頻度、そして攻撃速度。やがてハヤトの限界速度に追いついていくメタルゴーレムの拳に、ハヤトは不意に言葉を紡ぐ。
「――――剣よ――――」
その言葉に込められていたのは精霊の言霊であり、それは精霊使い、あるいは精霊騎士にしか扱うことのできない高度な術式であった。
精霊を呼び出すという、ただそれだけの術式は精霊使いや精霊騎士によって武具へと変わる第二種型精霊という通常の精霊とは少し違う意思のある特殊な精霊である。そして、人々はそれを『精霊機獣』と呼んだ。
「それが先輩の……精霊機獣……?」
クロサキ・ハヤトは精霊と心を通わせられない。それはハヤトだけに限ったことではない。契約した精霊より弱い精霊、あるいは属性的に弱体精霊のときに稀に起こる現象でもあった。ハヤトの様子を見て、フィールはその強さを誇張する呼び出された精霊のせいで、ハヤトは他精霊と心が通わせることが困難になっていると結論づけた。
果たして、ハヤトが呼び出した精霊は精霊と呼ぶには些か語弊が現れそうな存在で。はっきり言って異常であった。
「なんじゃ。今まで封印しておいたくせに、命に関わるとすぐに呼び出すのかの?」
「ああ、悪いか?」
「もちのろんじゃ。じゃがまあ、儂の鉱石もあるようじゃし、許してやらんでもない」
ハヤトの側に現れた狐の尻尾と耳が生えた幼女は、見えない速度で何かをして、その結果ハヤトを捉えたはずのメタルゴーレムの拳が粉々にされた。それを見て大いに喜んだのは襲われていたところを助けられたハヤトではなく、ハヤトを襲っていたであろうフィールであった。
フィールはこの光景が見たかったのだと、心からの笑みを見せて誰よりも喜んだ。しかし、その喜びよりも話す精霊を見たことによる混乱と驚きと嬉しさに悩むという嬉しい悩みを持った。この回りくどい嫌がらせの数々が全てクロサキ・ハヤトに本気を出させることを目的としただけの行動だと、一体ハヤトは思いつけるだろうか。否である。コミュ障になりつつあるハヤトにそんな意図を読み取れという方が酷というやつだ。
フィールのただひとつの間違いを正すとすれば、ハヤトが鈍感だという情報を手に入れておかなかったことであろう。
項垂れるかのようにしてハヤトは、できれば使いたくなかった、と。面倒くさそうに幼女に手を差し出す。
「タマモ、力を貸してくれ」
「嫌じゃ。土下座をして儂の足を舐めながら今度からは無碍に扱いませんと三億回言えば貸してやらなくもないの?」
「そうか……えぇっと? 尻尾を掴んで引っ張ってグルグル回せば良いんだっけ?」
「ば、馬鹿者! 仮にも神と呼ばれた儂で遊ぶでないわ!」
ハヤトは惚けながら幼女――タマモ――の尻尾を掴んでそれそれと引っ張りながらメタルゴーレムの攻撃が犇めく空間で遊んでいた。己の命の懸かっている戦いで、どうしてそんなに自由にしていられるのか。それは、全てハヤトが呼び出した異常なる精霊に終着した。
「この恩知らずめ! 昔、アレほど助けてやったと言うのに、恩を仇で返すとはの!」
「何を言う。だからこうして遊んでやってるじゃないか」
「遊ぶ!? 一方的に儂が木偶を壊しているだけであろうが!」
そう、遊びと思われていた行動には全て破壊工作という名目な理由があり、そしてそれは完遂された。五体のメタルゴーレムは体の一部をタマモのか弱そうな腕がねじ伏せたのだ。一体どこにそんな力が眠っているのだろう。タマモを見た誰もがそう言うであろう言葉を、例外なくフィールも心のなかで暗唱した。
ダイヤモンドで作られた極めて硬いメタルゴーレムだったが、それをいとも簡単に壊し、なおかつタマモは壊した一部をバリボリと氷を食べる感じで食べていく。その様子はまさに弱肉強食のそれであった。
「タマモ、準備はいいか」
「多少は腹が膨れた。仕方ない、契約の下の命令とあらば聞かぬわけにもいくまいよ。好きにせい。願わくば、死んでくれ」
「最後の一言は余計だぞ、タマモ。……フィール。くれぐれも他言は無用だぞ」
フィールはハヤトという存在を調べている最中でさえも見たことがなかった『本当の意味で感情』が込められたハヤトの表情に、自分自身が欲しがっているであろう結果を与えてくれる確信を得た。
今度は自身の答え合わせだ、と。フィールはこれから起こる全ての出来事を一秒も――一瞬でさえも無駄にはしないと目を見開く。その先の光景は、フィールにさらなる喜びと自分の正しさの証明を見出した。
ハヤトは一回の深呼吸を経て、損害を受けてもなお向かってくる勇敢なるメタルゴーレムに悲壮の目を向けた。
「――――無限に広がる、神剣よ――――」
言霊の第二節によりタマモの体が解けていく。そして、解けた粒子はハヤトの右肩から指先までに金とコバルトブルーの鎧を作り、見るからに細く長い反った剣へと変わった。その剣を左腰に溜めて、そっと柄に右手を添える。ハヤトの目に強い光が灯った瞬間、閃光の如く素早い何かがメタルゴーレムたちを一刀両断せしめた。瞼を閉じた覚えはない。だのに、『見ること』が出来なかった。それほどまでに疾い一太刀はフィールに感動さえも起こさせた。
だが、それでも止まらないメタルゴーレムの幾つかの攻撃は、二度三度と閃光を放つハヤトの攻撃によって全てを無力化された。
閃光の正体はハヤトが放った斬撃であり、その光の如き一撃にはフィールが作り出した二大鉱石兵をいとも容易くあしらうことができる威力が備わっていた。
全てのメタルゴーレムが沈黙したのを横目で確認してから、ハヤトは力んだ体を解すように軽く息を吐いた。
「ふぅ……さて、フィール。これはどういうことだ?」
まるで、さきほどまでの絶望的状況がウソのように、ハヤトは少しだけ怒りを見せたような顔で問題のフィールを見つめるのだった。