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英雄の云われ

 ハヤトとフィールの戦闘は後退した精霊騎士たちの足を止めさせるほどに白熱していた。もちろん、殺す気があったのはフィールのみで、ハヤトの方にフィールを殺す気など毛頭ない。故にこれは一方は殺すために、一方はそれとは正反対の意思を持った戦闘ということになる。

 しかし、精霊騎士たちは二人の戦闘を見てそうは思わないだろう。なぜなら、戦闘は轟音だけでなく、空気をも震わせるほどの激しさであったからだ。生半可な戦闘ではそんなことはまずありえない。むしろ、フィールと精霊騎士たちの戦闘でさえもそんなことにはならなかったのだから。

 精霊騎士たちは自分たちと戦っているときは手加減をされていたのだと知ると、今この瞬間に生きていることを焦りに変えた。悪魔のような嵐を巻き起こす二人を見るために止めた足は、いつもの間にか震えているのだった。

 片や戦闘中の二人はというと、


「あはははははは♪せんぱ〜い♪本気で来ないと死んじゃいますよ〜?」

「これでも中々本気なんだけどな‼︎」


 戦闘が開始されて早三十秒。ハヤトの攻撃はもちろん、フィールの光速攻撃でさえも両者には触れていなかった。言うまでもないが、フィールの装甲はないも同然である。だというのに、ハヤトの攻撃が一向に牙を刺すことができなかったのには理由がある。

 フィールは装甲をなくしたのでなく、攻防一体の武装へと進化させていたのだ。この前のプロテスターとは打って変わって細く長く強固な武装が三十機。しかも、プロテスターと同じく光速の熱線が全てで放つことができる他、自在に形を変形することも可能なようで、トリッキーな動きがハヤトを攻め切らせないでいたのだ。

 もちろん、そんなめちゃくちゃな動きに耐え切って、なおかつ反撃を仕掛けるハヤトもフィールを攻め切らせることはなかったが、何分速度差がありすぎた。ハヤトの攻撃は早いと言っても熱線には大分劣る。熱線の激しい弾幕は確実にハヤトを追い詰めて行った。


「少しは手加減ていうものをしてもらえないか……?」

「先輩が〜本気でやってくれるなら考えてもいいですよ〜?」


 しかも、ハヤトが本気でないことも理解した上で本気で攻撃を繰り出している辺り性悪である。

 そして、戦況の変化は突然やってきた。つまるところ、継続戦闘による疲労が原因でハヤトに反応の鈍さが現れたのだ。ほんの少しの反応の鈍さを狙われてフィールの鋭い一撃がハヤトの頬を撫でた。

 熱線はハヤトの頬を焦がし、さらなる追撃を行おうとしたが、命の危険に際して、ハヤトの本性の一撃がフィールの装甲を貫いてしまった。

 深手とまではいかなかったものの、フィールの体に傷が付いた。傷の具合から見ても安いものではない。一旦の距離を置いた二人は激しい脈を整えるように見つめあった。


「あは♪ やっと本気になってもらえましたね〜♪」

「バカ言え……手が滑っただけだ」

「とか言って〜♪ 本当は私の体に傷をつけたいんですよね〜?」

「それこそバカな話だ。俺はドSじゃねーって何度言ったらわかってくれるんだ?」


 フィールに付いた傷から血が流れ出している。しかし、フィールに痛みを思う素ぶりはない。むしろ、痛みを快楽のように感じている節があるのがハヤトには恐怖を感じさせた。

 フィールのそばには未だに一機たりとも落とすことが叶っていない改良型プロテスターが健在であり、対してハヤトにはこれといって目新しい変化はない。

 戦力差は明白。素早さ、意気込み、気合も相手の方が上。ならば、ハヤトが見せられるのは技のうまさのみ。だというのに、それすらも相手に劣る結果になってしまった。難しい戦いだと思わざるを得ない。ハヤトにとっては守る戦いなど性に合っていないのだ。

 だが、それを良しとするのもまたハヤトの性に合っていない。どう転ぼうが、ハヤトがここでしなければいけないのは自分の証明である。己とは何ぞ。それの答えは常に結果にのみ存在した。確たる強さの惨状。確信せざるを得ない強さ。ハヤトは、強さのみで己を肯定させなければならないのだ。

 ふぅ、と。息を吐いたかと思うとハヤトは両手で刀を握った。守るために己に何ができるのだろうか。答えは常に一つだけ。たった一つの答えだけが万物の問いに答えを下す。『結果』である。どう事が済もうが結果のみが己にできる最大の方法である。

 なればこそ、結果を優良にすることを考えるのでなく、結果が優良であることを望むほかあるまい。ただの一太刀で決まる戦闘に何を望むのか。それは平穏であろうか。それとも平和であろうか。否である。ハヤトが望むのは平穏ではなく、まして平和などというものではない。ハヤトが望むは絶望の少なき世界である。


「フィール。お前は強いよ。本当に強い。俺にここまで言わせたのはあいつ以外にはいないだろう。だから、お前を傷つけないことは諦めた」

「……?ど〜ゆ〜ことですか〜?」

「悪いが時間も体力もないんでな。この一撃に賭けるしかなさそうだ」


 予定時間をほんの少しのオーバーしている気がした。ハヤトは念願を添えて、刀に力を込める。その一撃が先ほどの戦闘のそれとは違うと悟ったフィールは、本当に嬉しそうに全身全霊をさらけ出す。姿がどんどんいやらしくなっていくが、それに加えて改良型プロテスターも変形していく。無数に向けられた銃口とそれの中心で存在感を強める巨大な銃口。全てのプロテスターが重なり、合わさり、お互いを強め合う姿は正しく最高の一撃。

 立ち向かうは精神を統一し透き通った目をする、か弱き人間のそれ。

 どう考えてもフィールに分があった。そして、それはハヤトが一番よくわかっていた。自身が負けるという結果が見えたところで、フィールの最高の一撃が音を上げる。


「さ〜、せんぱ〜い♪ これが私の最大最高最強の一撃『世界に真なる制裁をロングィヌシータ』!!!!」


 フィールの放ったのは無数に広がる熱線の雨。高熱のそれらは瞬時に大地へと降り注ぎ、ハヤトの体を射貫こうとやってくる。それを、ハヤトは神業のごとき身のこなしで急所を避けてフィールの元へとたどり着いた。


「お前のことだ。大技を出せば気の緩みも出ると思ったが、案の定だったな」

「!?」


 驚いたのはフィール。まさか、弾幕の雨あられの中を避けて袂もまで向かってこれる人間がいるだなんて思わなかっただろう。殺される。いや、殺してもらえる。そう思ったが最後、フィールは素に戻ってその時を待った。だが、ハヤトの攻撃は一歩届かなかった。急所は避けたがその他へのダメージが大きすぎた。ハヤトの体は飛び上がったことによる引力で地面へと力なく叩きつけられた。


「せん……ぱい……?」


 唯一自分を止められると思った人物の敗北。そして、勝者へとなってしまったフィールには後悔の念しか浮かんでこない。

 その後悔が最後の壁を完全に破壊するのだ。闇の暴走。フィールの心の完全なる破壊。生まれるは終わりを好む最悪の精霊。名は――


「まさかとは思ってたっすけど、リリトリスがフィーの体を蝕んでいたなんて、びっくりで自分ホントに尻餅つきそうっすよ」

「そんなことを言っている暇はないようです。フィールさんの精神の停止を確認しました。どうやら、失敗だったみたいです……」

「そうっすね。ハヤトっちもこの成りっすもんね。悲しいっすけど、希望は潰えたってことっすね」


 時間がやってきた。暴走したフィールに立ち向かった少年は倒れた。次なるは希望を砕かれた少女たちの演目。魔を打ち滅ぼし、世界を救うと決めた者たちの姿。リル、フェルマーの戦いだった。


 ■□■


 ハヤトが目を開けると、そこには純白の布で局部を隠されたシルビーがハヤトの頭を跨ぐように立っていた。スカートで顔の方は見えないが、激しい戦闘音が聞こえるため戦闘中なのだろう。各所が痛むのはきっと自分も戦っていたからなのだと思い返して、あと少しのところで届かなかったものに息をつく。


「あー、シルビーっち? その……ハヤトっち目覚めてるっすよ?」

「へ? ……クロサキくん!?」


 自分がどういう立ち位置でいるのかを見たシルビーは、バッと飛び退くと再び何かに集中し始めた。

 見れば激しい攻撃の嵐が何かに阻まれるように途中で霧散している。もっとよく見るとフィールの攻撃がハヤトたちに届く前にヒラヒラしたものに当たって相殺されていた。

 そして、それはシルビーによって操られているというのはすぐにわかることであった。つまり、ハヤトは格好よく飛び出したはいいが最終的に守られているという恥ずかしい立場にあることが明白化したわけである。


「……これは?」

「シルビーっちの本来の精霊機獣であるか弱き頑丈なる美蝶(シールダー)っすよ。闇に侵されていた時は醜かったらしいっすけど、これが美しくか弱き絶対守護の精霊機獣っす。まさに恋する乙女っすね!!」

「今はそれは関係ないと思うなぁ!!」


 なるほど。ハヤトは舞っている無数の美しい蝶に見とれる。そして、本来の姿をしたシルビーに。

 痛む全身を無理して動かして、上半身を起こしたところでハヤトは更なる絶望を感じた。


「……フィール」


 何がきっかけでこうなったのかはわからない。ただ、ハヤトが戦っていた時とは比べ物にならないほど暴れ回っているフィールにハヤトは悲しさを持つ。それは助けられなかった不甲斐なさからか。それとも、フィールの悲しみの根源を知ってしまったから故か。どの道、生きているならばハヤトがやることは決まっている。


「どこに行く気っすか?」

「フィールを――」

「もう遅いっすよ。時間は来たっす。自分らがたどり着いてしまったっす。なら、もうハヤトっちができるのは見届けるだけっす」


 リルの瞳には迷いが見えなかった。最後に出会った時にはあった助けたいという迷いが。振り切ったのか。捨て去ったのか。友人を捨てる覚悟を持ったとでも言うのだろうか。ハヤトは笑うしかなかった。失うことを良しとした彼女を笑うほかなかった。


「おかしいっすか?」

「ああ」

「こうなったのはハヤトっちのせいっすよ」

「……ああ」


 わかっていた。ハヤトの想像以上にフィールは強かった。ハヤトの思っていた以上にフィールの闇は深かった。ただそれだけ。たったそれだけの違い。それだけだというのに道のりは長かった。フィールを知ることを怠った結果。戦うということを怠った結果。これは結果だった。ありとあらゆるハヤトを原因とした因果関係の結果であった。

 救えない。その言葉にハヤトは重さを感じなかった。むしろ、殺さねばならないの方が断然重くのしかかる。


「ハヤトっち、一ついいっすか?」

「なんだ?」

「フィーは……ハヤトっちのことを好いていたんすよ」

「…………ん?」


 この戦場では特に似合わない言葉だった。フィールがハヤトのことを好いている。要するに好意を持っている。

 まさか。ハヤトは否定しようとしたが、今日までのフィールの行動の数々。てっきり何かの褒美でされたと思っていた屋上でのキス。全てが好意からきた行動だと考えれば……。

 なんということだろう。ハヤトは己の考え違いを今ようやく把握した。


「……そういうのは早く言って欲しかったな……」

「言ったら可哀想じゃないっすか」

「そうだな……」


 さて、どうしたものか。まさか好かれている女の子をみすみす見逃すのも芸がない。助けばならないなど使い古した言葉だ。何よりも体がもう動かないだろう。

 対して、リルたちは秘策でフィールを滅ぼそうと言う。結末だった。ハヤトにはどうしようもないことだ。それでもどうにかしたいと思ってしまうのは贅沢なことだと分かっていても思わざるを得ない。

 フィールの激しい攻撃の中、シルビーの絶対防壁の中でフィールに向かって矢のない弓を弾くフェルマーの姿が目に入った。


「フェルマーっちの武具は人間にこそ効果は無いものの対闇精霊には一撃必殺の威力を発揮するんすよ。単騎必滅型対闇精霊特攻精霊術『貫き通すは限りなく(オリジナリー・)収束する正義なり(リブラータ)』。あれが自分らの秘策っす」


「――集めるは星の輝き

 ――望むは魔を討ち滅ぼす正なる意思なり

 ――百の道、千の方法があろうとも正義は常に一なれば

 ――かつて目指した真実へと我を導かん

 ――我が臨むは悪鬼羅刹を滅する最強にして究極の一撃

 ――我が放つは正を以って義を成す平和への一矢

 ――悪を屠るが我が正義であるならば――」


 闇を滅ぼさんと集まった光の粒たちはフェルマーの号令で一点に集中する。終わりを終わらせるために集ったそれらはやがて眩い光と共にフェルマーに射られた。


「故に、貫き通すは限りなく(オリジナリー・)収束する正義なり(リブラータ)!!!!」


 外すことのないその一撃はフィールの胸へと心の臓を破壊するべく飛んでいく。射抜き、大量の血液が華を咲かせた。終わった。ハヤトは守ることが出来ずに、終わった。ろくでもない自身を好いていたらしい彼女は、紅い花を咲かせて終わらされたのだ。

 誰もがそう思った矢先だった。


「なっ……!?」


 異変が起きた。心臓を完全に破壊されたフィールが地面に落ちなかったのだ。むしろ、ケラケラと笑いながら心臓が再生(・・・・・)していく。

 一同がその様子を見て愕然とした。心臓を射抜かれて生きているどころか、破壊部位が再生するなど前代未聞である。

 いや? ハヤトはその景色に見覚えがある。破壊部位が再生するのはハヤトの十八番、オリジナルの出来事であった。ならば、あれは……。


「まさか……こないだの俺の再生を真似てるのか?」


 ありえない話だ。再生能力はキュウビによる真なる生の生成の不可抗力によるものである。それをフィールが行うにはそれこそキュウビとの繋がりがなければならない。

 そこまで考えて、ハヤトは思い出す。フィールは誰と契約している? タマモか? 否である。フィールが契約しているのはキュウビである(・・・・・・・)!!


「おいおい……マジかよ……」

「そんな……わ、私は確かにフィールさんの心臓を……」

「……!? 全員、隊列を崩さないまま後退するっすよ!! 作戦は失敗っす!!」


 リルの判断の速さには驚いたが、ハヤトはそれに従うつもりはもちろんなかった。

 先程まで痛んでいた体が今では嘘のように痛みを感じない。フィールが回復していく姿を見て、もしかしてとは思ったが、契約者を守るために自動的に『夢世界』が起動している。やはり、キュウビを起こすためにフィールと契約したのは間違いであったらしい。色々と巻き込まれた挙句、今度は心中沙汰。本当にやっていられないと思いつつ、ハヤトは歩みだす。


「どこへ行く気っすか!?」

「ちょっとバカを止めに行くんだよ」

「バカはどっちっすか!? あれを止められるのはそれこそ神霊使いでもないと――」

「だから、俺の出番だろ?」


 微笑んでハヤトは答えた。リルはハヤトの側に現界したタマモとキュウビを見て絶句する。迫力が変わった。体育館で見たような殺意とは比べ物にならないほどの威圧。一歩でも動けば頭が落ちるような恐怖。それが神霊という別格の存在感であった。

 ハヤトは間違っていたのだ。助けたいと思って助けられるならば、要するにハヤトはいらなかった。ハヤトは学園では劣等生。成すこと全てが裏目になるような人間である。如何に勇者候補の一人であると言われたところで、それだけは変わらない事実だった。

 助けようとした結果がこれだ。出来もしないことをやろうとするからそうなるのだ。ハヤトは最初からフィールを止めようとすればよかった。全力を持ってフィールを叩きのめせばよかっただけだった。

 余計なことを考えず、ただ身動きできなくなるまで叩き潰した後にゆっくりと闇を払えばいい。


「リル先輩たちはそのまま後退してもらって構いませんよ。あいつは俺が四肢を切り落としてでも連れて帰ってきますから」

「は……ハヤトっち……?」

「……って言うのは冗談ですよ。でも今度こそ俺が止める。あいつは言った。自分を殺せるのは俺だけだと。なら、止められるのは? あのバカを唯一止められるのは? もしかしたら俺じゃないかもしれない。それでも今あいつとやり合えるのは俺だけだ。それに、今の状態なら、俺もあいつも死にませんし」


 ――――丁度いいでしょう?


 頼りない言い分。敗北を期して勝利を乞う者。格好悪いったらありはしない。ハヤトは文字通り格好悪かった。だからだろうか。意地でも格好いいところ見せたくなったのだ。『好きな人のために、格好いいところ見せたくて、人類は進化した』なら、ハヤトはまだ進化できることになる。

 結局……そう、結局やらねばならない。誰がなんと言おうともやらねばならないのだ。

 仕方ない。心底そう思いながら、ハヤトはタマモとキュウビを連れて歩き出した。

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