プロローグ
少年、クロサキ・ハヤトは世界最高峰の本の収容量を誇る大図書館で一人、大して寂しくもなく本を読んでいた。
というのも、人を待つ間の暇つぶしであったが、ふと手にした本が案外面白いもので読み入ってしまっていたのだ。本のタイトルは『夢と現実との境界について』というもので、内容を要約すれば正夢というと言われるもの――つまり、デジャブ――はなぜ現実に起こるのかというものだった。
ハヤトは大図書館を所有する学園、カリシュトラ学園の中ではあまり頭のいい方ではないが、不思議とそういった難しい本をよく読む変人であった。
そんな夕暮れのひと時を過ごす、本来の目的を忘れているハヤトに一人の来客が訪れた。
「この国では珍しい黒い髪。目付きはあまりいいものではなく、態度もあまりよろしくない。テストの点数は筆記、実技ともに最下位。やる気を見せず、授業中は居眠りをしていることが多々。優秀かつ精霊使いの素質が非常に高い妹がいて、教師たちの間では劣兄優妹と陰口をされる校内きっての問題児。うん、聞いた話通りですね」
「……ここは図書館だ」
「はい、それがどうかしました?」
「だから、会話は厳禁だ」
「……へー。今のは私の独り言だったんですけど。勝手に返事をしたのは先輩の方じゃないですか?」
ハヤトは思い返して、声の主の言い分の通りだと半分ほど読み進めた本から目を離して声の主の方を見る。カリシュトラ学園では制服の色が学年によって微妙に違う。例えば、男子ならばネクタイが紺、藍、黒となっていて、年度ごとにその順番がローテーションされていく。
ハヤトがまず最初に注目したのは声の主の顔ではなく、声の主が何年の生徒であるかということだった。
結果、声の主はハヤトの一個下、要するに一年の女生徒であった。
「一年の女子が何のようだ? 俺に頼みこんできても残念ながら妹のサインはあげられそうにないぞ」
「そんなこと頼むなら先輩の情報なんて集めませんよ。私は正真正銘、『クロサキ・ハヤト』という人物に興味関心、要件や依頼があってきたんです」
そこで初めて可愛らしい女生徒の顔をまじまじと見て、ハヤトが一番最初に思ったことは『面倒くさそうなやつだなぁ』という第一印象であった。
クロサキ・ハヤトという存在は自宅を除けばその全てが妹と比較され、そして完膚なきまでに敗北するものだと誰よりもハヤト自身が分かっていた。だから、十七歳になった今では、やれご飯の食べ方だ、やれ誰かと話している姿だ、やれ本の読み方だと比較されても何一つ感じることはなくなった。
事実、ハヤトは妹を天才だと思っているし、天才だと思っている妹に努力しない自分が勝てる道理など何一つ無いことだってちゃんと理解していた。それを理解できないほど馬鹿にはなりたくないという思いも確かにあったのだ。
だが、今はどうだろう。目の前にいる少女はハヤトのことを先輩といい、一応の敬意を払っている。学園最下位のハヤトに敬意を払うなど、つくづくおかしな話であると笑わざるを得ない。故に、ハヤトは少しだけ自虐的に笑った。
「俺に興味関心? 要件や依頼? 学園最下位の俺には少なくともお前さんにできないことはできないよ」
「いえいえ。まあ確かに、学園最下位の先輩では私ができることはできないでしょう。ですけど、たった一つだけ私にできないことができますよ?」
「へぇ。それは一体?」
「私の質問に答えることです」
そう言って少女は図書委員の目が厳しくなっていることに気がついて「よろしければ、場所を移しません?」と提案してきた。ハヤトは時計を見て、そういえば予定の時間にはまだ早かったので大図書館で時間を潰していたことを思い出して、もう少しだけ少女に付き合うかと提案に乗った。
場所は大図書館を出てすぐにあるカフェテリア。そこで少女の奢りでコーヒーを一杯もらうと、さっそく少女が話の続きを始めた。
「で。ですね。先輩に質問したいことが二つあるんですけどいいですか?」
「ああ、勉強と精霊について以外なら俺も答えられるかもしれないな。あ、あと妹の私生活については黙秘を使わせてもらうぞ」
「あはは……。私より学力が低い先輩に勉強や精霊についてなんて聞きませんよ。それこそ、そこら辺の生徒に聞いたほうが有意義な時間になりそうですし」
微妙にディスられたハヤトはじゃあ一体何を聞き出そうとしているのだろうと、俄然不思議に思ってしまう。
自慢ではないがハヤトは自分が相当無知だということを自明していた。こないだも精霊についての基本中の基本である現界による魔力の消費率を妹に訪ねて馬鹿を見る目で講義されたばかりであった。そんな自分に答えられるものなど、それこそ少女が言うようにそこら辺の生徒に聞いたほうがいいのではないかと思えるほどに。
が、ハヤトは自身の考えを一旦変えるべきであった。なぜなら、少女が聞きたがっていたのは、世間一般の常識などではなく、『クロサキ・ハヤトはなぜ、クロサキ・ハヤトであるのか』という存在定義であったからだ。
「先輩、どうして先輩は弱いんですか?」
弱いとは何か。であれば、どれほど答えやすかっただろうと思う。もしそんな質問であれば小石に躓いて瀕死のダメージを負うのが弱いということだと即答して次の質問へと駒を進めることが出来た。しかし、自分自身がなぜ弱いのかということをどう言葉にすればいいのかをハヤトは知らなかった。否、そんなことに一々定義付けをすること自体がまず以って行わないことであったのだ。
人間は、いつだって自分の弱みを分析しない。それは同じ人間であるハヤトも同じことだった。故に、どうして自分が弱いのかなどと一々考える過程を見過ごして今日まで生きてきた。
さて、そんなハヤトに酷な質問を仕掛けた少女は期待の視線を絶やさずに返答を待っている。仕方ない、と。ハヤトは適当な言葉で言いくるめるために口を開いた。
「そうだな。努力をしないからじゃないか?」
「なんで、努力をしないんですか?」
「それは二つ目の質問でいいのか?」
「質問に質問で返すのは野暮ってやつですよ、先輩」
つまるところ、少女はハヤトを逃さなかった。
適当に誤魔化すのはハヤトの十八番であったが、どうやら念入りにそういったことを調べられていたようで少女にはそれを防ぐ術があった。対して、ハヤトは未だに少女の名前すら知らないという圧倒的なハンデを抱えているという状態。誰の目から見ても情報戦、作戦ともに破れているのは明白だった。
なるほど、少女は自分を殺しに来ていると勘付いたハヤトは徹底抗戦をやめて、答えられる範囲で答えようと流れに身を任せた。
「努力をしないのは……しても追いつけないやつを知っているからさ」
「それは、妹さんですか? それとも――――」
「それには答えたくないな。まあ、要するに俺は努力すれば多少なりとも強くなれるってわけだ。それでも平均点に追いつくかどうかだろうけどな」
「なるほどなるほど。つまり先輩は自分の限界を知っているって言うわけですね?」
また、ハヤトは難解な解答を求められたような気がした。もちろん、少女にはそんな意識はないのだろうが、子供に勉強をする理由を聞かれた親のような気持ちにハヤトはどうしても形容し難い感情を胸に引っ掛ける。
自分の限界などハヤトは一度だって考えたことがなかった。それもそうだろう。できることしかしてこなかったのだから。妹と同じ学園に進めたのは単なる運のおかげだった。二年に上がれたのも正しくその運。マーク式の筆記で辛うじて赤点を逃れたゆえだった。結局、ハヤトにはこの学園は似合っていないということなのだろう。
しかし、ギリギリの学園生活というのもハヤトはそれでもいいとあながち思っていた。
なので、ハヤトの少女に対する答えは――――。
「限界は知らないけど、限界は設定した。俺の限界は、俺にできることまでだ」
「つまり?」
「俺は『弱い』ってことさ」
自分にできることしかしない。それ以外は諦めて受け入れる。それがクロサキ・ハヤトという存在であり、妹と比較されることこそが存在理由であった。所謂、諦めのボーダーラインに立たされた人生を歩いているような感覚に近いのかもしれない。ハヤトにとって、人生とは長い時間をただ浪費するだけのつまらなくもなく、また興奮させることがあるような情熱的な何かがあるわけでもない平凡な道のりだった。
久方ぶりに自分が何者であるかを再認識させられたことで、ハヤトは長らく忘れていた『自分が劣っている』という感覚に身を任せる安心感を思い出す。それが全てだった。自分はどうしようもなく劣っていると思って諦めるのが、ハヤトにはとても心地よかったのだ。
そしてハヤトは劣っているからこそ、他人に負けることは通常であり、普通であり、また理である。そのことを思い出させてくれたことだけは少女に感謝していた。
「それが俺が弱い理由だ。んで、二つ目の質問ってやつは?」
「いえ、それは後日にしましょう。どうやら時間のようですし」
「時間……? ああ、妹の迎えか。なんで知ってる?」
「大図書館から出るときに、私との会話の中で一瞬時計を確認しているところを見ましたから。誰かを待ってたのかなぁと思いまして」
「よく見てるんだな。俺なんて、見てて何も楽しくなさそうなのに」
自虐するように言うと、少女はハヤトのそんな姿を見て笑った。
どうやら自虐したことを笑ってくれたようで、ハヤトは身を切ったことが多少なりとも報われたような気分になる。とは言うものの、少しだけ笑った少女に笑うなよと言いたくもあったが。
「見ますよ。だって、先輩はバカな行動もするし、大人しいようで結構アクティブだし、なのに諦めが早かったりって、見てて飽きませんもん」
「……なんだか、そこまで聞くと監視されてるようで嫌な気分だな。間違ってもストーカーだけはやめてくれよ?」
「しませんよ。したって私に利益がないじゃないですか」
そりゃそうだ、と。ハヤトは当たり前のことを言ったつもりだが、どうやら少女が捉えていた意味合いとは違ったようであった。ハヤトは鈍感にもそのことには気が付かなかった。否、気づく必要性がなかったのかもしれない。
そろそろ、迎えに行かないと天才な妹と校門前で喧嘩をする可能性があって面倒だと考えて、ハヤトはその場に少女を置いて待ち合わせ場所に向かおうとした。
が、その前にやることを思い出して、振り返って首を傾げている少女を見た。
「なあ、俺も一つだけ質問いいか?」
「ええ、いいですけど。なんです?」
「お前さんの名前は? そういえばまだ聞いてなかったよなって思ってさ」
「アーノルド・フィール。一年特別担任生のアーノルド・フィールです」
アーノルド、と。ハヤトは聞き覚えのある名前に幾ばくの検討を付けて、とんでもない人物に目をつけられたかもしれないと思いながら、それでも礼儀だとサヨナラの挨拶をする。
「じゃあな。フィール」
「……急に名前呼びですか。また明日、クロサキ先輩」
お前のファーストネームは言いたくないんだよ、と心の中で呟いて。ハヤトは思い出したくないことを必死に奥に詰め込むようにしながら席を立った。
サヨナラを済ませても、ハヤトの心の中では少女――アーノルド・フィール――が自分が頭に浮かべた人物とは無関係であることを切に願っていた。
アーノルド・フィールという謎の女子生徒と別れた後、ハヤトはいつもの待ち合わせの場所である校門前に来ていた。時間よりもほんの少し早かったらしく、妹――クロサキ・アキ――はまだ姿を見せてなかった。
ここでも適当に時間を潰そうと借りてきた本を早速開くと、
「ごめん、お兄。待った?」
「いや、今来たところだ」
待ち人が来たことにより読み始めようとしていた本を閉じると、待ち人であったアキに目を向けて返事をする。アキは「ならいい」と言って、さっさとハヤトの横を通って帰り道を歩き始める。アキの素っ気ない態度はいつも通りだったのでハヤトもそれに続いて歩き出した。
一歳年下の妹であるアキはハヤトにとっては可愛い妹であるが、周りの人物たちから見れば比較対象である。小さいときから精霊という概念と親和性が強く、然るべくしてそれを扱うのも自然と上手くなっていった。逆に、ハヤトの方は十七歳に至る今でもあまり精霊とは打ち解けることができていない。
精霊とは自然界に存在する全てを概念的に捉えた一種の生命である。姿形はふわふわしたもので定まった形はなく、しかしその曖昧なモノは確かに存在するという想像上の物体を現実化させるというほうが相応しい。また、精霊使いというものはその概念を現実化させる者であり、つまるところ一昔前に言われた魔法というものを使う者たちのことである。そして、精霊にはランクと種別が存在し、ランクはS、A、B、C、D、Eに分かれていて上から順に強さ分けされる。種別は五大元素に基づく火、水、木、金、土の五属性に分けられているが、もちろんそれらには例外というものが存在する。
精霊との親和性が高いアキはもちろん精霊使いとしての素質は十分以上に高く、そのこともあってか精霊と契約すらできていないハヤトはやはりそこでも比較されて劣等という烙印を押されてしまっていた。
そんな一見仲が悪そうな兄妹であるが、その実仲は良好であった。というのも、この二人は小さい頃から親のいる時間の少ない生活を送っていたため、必然的に仲良くなったのだ。
「お兄、今日の晩御飯何にするの?」
「お前の嫌いな焼き茄子」
「お兄嫌い。せんせーにお兄に痴漢されたって言いつけるから」
お前は小学生かと言いたげな顔でハヤトはため息をすると、冗談であることを告げて、お詫びにアキの好物を追加することを提案した。すると、人目が少なくなってきたこともあってアキがいつものようにハヤトの腕に抱きついてくる。
「重い。歩きづらい。そして近い」
「嬉しいくせにぃ」
ウリウリと猫がじゃれるように頬を擦り付けるアキ。それを本気で嫌がってはいないが、できればやめてほしいという顔で見るハヤト。多少人が少なくなったとは言え、まだまだ人がいる時間帯。近所の奥様方の視線が気になるようでハヤトはキョロキョロと辺りを見回す。
兄妹とは言え、こんなところを見られればアキの名声に傷がつく。そう考えての行動だが、アキにとっては名声などすぐに取り戻せるただのポイント稼ぎでしかなかった。
「ん? すんすん」
「妹に兄の匂いを嗅ぐ趣味があったとは、恥ずかしさで死にたくなってきたよ……」
「お兄から女の臭いがする」
お察しがいいようで、と。ハヤトは少し怖い部類に入る女性に不倫を見つかったときのような恐怖を感じつつ、アキを待っていた間のことを話す羽目になった。
基本的にハヤトの話を最後まで聞くいい子なアキだが、そのときばかりはちょっと待ったと言いそうになるのを必死に我慢している顔が伺えた。当然だ。今まで浮いた話など何一つなかった兄に近づいてくる悪い虫がいるなど、アキにとってはとてつもなく大事件だったのだから。それに加えて、一緒にいた女子生徒のファーストネームが悪かった。
「ねえ、お兄。私の聞き間違いじゃなかったらアーノルドって言った?」
「ああ、一言一句間違えずにそう言ったけど?」
「……気づいてないわけじゃないでしょ?」
バカを見るような目でアキがハヤトを見る。アキの一言で、ハヤトは自分がそうでなければいいなと思っていたことが、現実になったことを突きつけられたことを知る。すると、急にどうでもいいような気がしてきた。要するに、いつもの悪い癖である流れに任せるという人任せな性格が発動したわけである。
「……勘違いってことだって――――」
「何をどう勘違いすれば百八英雄の一人の名前を聞き間違えるわけ?」
「……いやだって……ねぇ?」
百八英雄とは十七年前に起こった、人と闇精霊と呼ばれる存在との大戦争で世界中から集められたその時代最強と呼ばれる百八人の精霊使いたちのことである。百八人の英雄は誰ひとりとして帰っては来なかったが、闇精霊の親玉である悪魔王という精霊を屠ったことにより英雄たちの家族、あるいは血族は永久貴族として国からの援助や優遇などを提供された。また、百八英雄の子孫には特別な措置があると言われている。
じゃあ、と。ハヤトはアキに質問する。
「特別担任生ってのは……」
「十中八九、百八英雄の子孫に与えられる特別な措置ってやつかもね。まあ、きっと食券タダのクーポンとかでしょ」
そんな安いもので釣られる貴族など聞いたことが無い。ハヤトはそう思いつつ、それを追求すると喧嘩をするかもしれないと考えて、怪我をする前にそれを回避する方向で生きようと思った。
所詮、ハヤトにとって百八英雄というものはそれほど興味があるものではなかった。自分の両親がそれであるというわけでもなく、そういう制度がある程度しか覚えていなかったのもそのせいである。自分に関係ないことは知ってても覚えない。それがハヤトのスタンスである。
「んで、お兄はその百八英雄のアーノルド……」
「フィールだ。アーノルド・フィール」
「そうそう、アーノルド・フィールって子と仲良しこよしになったってこと?」
「さあ? 急に俺の傷口に塩を塗りつけて、挙句ナイフで傷口広げて、聞きたいこと聞き出したと思ったら別れたからな」
「なにそれ、大分大げさじゃない?」
もちろん、傷口に塩を塗りつけたところで完治している傷口なので痛みはさっぱりなかったし、ナイフだって鋼の心には全く傷を付けられないので実質何一つ感じなかった。というよりも、追い詰められた事自体があまりダメージになっていないようにも思えた。
ハヤトは大げさに言いたかったわけではなく、ただこの話をすぐに終わらせたかったのだ。なぜなら、百八英雄に興味はないが、百八英雄という呼び名にはあまりいい思い出がなかったからである。
「まあ、いいじゃないか。もう終わった話だ。気にするだけ無駄だろ」
「そーかなー? なんか、凄い不吉な予感がするんだけど」
アキの不吉な予感は大抵当たる。だから、そんなことを思わないで欲しいし、思っても言わないで欲しいのだが、口にしてしまった以上何かしらの対策を考えないとまず間違いなくハヤトは事件に巻き込まれる。これまでも、またこれからもきっとそうであろうという確信がハヤトには経験上存在した。
かと言って、何が起こるのかもわからないものに対策などできるはずもなく、またしてもいつも通りに事件が起こってからどうにかしようと後手後手な思考するのだった。
「……ねえ、お兄」
「なんだ?」
「その……フィールって子は可愛い子だった?」
ここで『妹に勝る可愛さなどこの世には存在しないさ』と、何の恥ずかしさもなく言えることができれば、ハヤトにとってこの質問で悩む必要は一切なかったのだが。生憎と、ハヤトにはその言葉を言う勇気と愛情が足りていなかった。そして、何より危険察知能力とテクニカルさが足りていなかったため、災厄の前の最悪な事態に陥ってしまう。
「まあ、上の下くらいの可愛さだと思うな。なかなか可愛かったぞ?」
「わ、私と比べたら……どっちのほうが……可愛い?」
ギュッと腕を一層強く抱きしめたかと思うと上目遣いでそう聞いてくるアキ。ハヤトは終始、『妹が可愛い』と『他人が可愛い』は別物であると定義しているが、ゆえに答えに非常に困っていた。つまり、ハヤトにとっては妹は可愛い存在であるが、それは血統外の可愛いとは大分違うということ。そして、フィールは血統外の可愛いの中で上の下の可愛さであるが、アキは家族の中では一番の可愛さであった。
答えを渋っているとアキが大いに誤解して自分がハヤトの中で一番でないという思考に過程をすっ飛ばしてフライアウェイしていき……。
「お兄嫌い! 大っ嫌い!」
「は? え、どしたの?」
「うっさいバーカ! フィールって子と一生イチャイチャしてろ――――!!!!」
言って、アキは自慢の神速で残りの道を一気に駆けていき、ハヤトはなんだかわからないうちに妹を怒らせたことすら気づかず、どうして走っていってしまったのかを深く考えた。しかし、想像以上に難解かつ面倒くさいことだと分類した。
だがこのままというわけにもいかず、一応の機嫌取りのために何かしら甘いものでも買っていこうと、自身でも気が付かないうちに妹に奉仕する兄という構図を作り出していた。果たして、あまり余裕のない財布を取り出して寄り道へと足をつけ始めたのだった。