第7話 謎の三人
ウラガが扉を開けると、そこには確かに三人の人物が立っていた。
一人だけが家の中に話しかけてきたとは言え、気配から、すでにウラガもバヒールも察知していたことだ。
それ自体は別に驚くことではない。
けれど、それでもウラガとバヒールは扉の向こう側にいた人物たちに目を見開いた。
それというのも、ウラガたちは、家を尋ねてきたのは、集落の周囲のどこかに住む祈祷師か呪師だと考えていた。
このあたりに住んでいる祈祷師や呪師と言えば、質素な服装と魔術媒体である杖を持つ老人が大半であった。
だから、扉の向こうにはそのような人物がいるだろう、と思っていた。
話していたのはその弟子か何かであろうと。
けれど、現実にそこにいたのは、質素な服装の老人たちとその弟子、というわけではなかった。
まず一人目は、壮麗な美貌を持つ、白髪赤眼の女性だった。
いっそ現実離れした容姿で、身につけているものは酷く簡素である。
装飾一つない真っ白なローブだけである。
けれどそれでも、輝かんばかりに美しく、とてもではないが祈祷師にも呪師にも見えなかった。
二人目は、ウラガとバヒールが霞むほどの、黒髪灰眼の大男だった。
ウラガとバヒールはアジール族でも指折りの使い手である。
当然、それに見合った体格をしており、身についた筋肉も他を圧倒するほどのものだが、それでも家の外に堂々と立つその男の前では枯れ木のようだった。
しかも、恐ろしいほどの威圧感を備えていながら、大らかな、包み込むような雰囲気を持っている。
生まれながらの王者。
そう言った雰囲気をその男は持っていた。
戦えば、その腕の一振りで数百の人間が吹き飛ぶだろう。
そんな光景を幻視してしまいそうなほどの迫力だった。
最後の一人は、子供だった。
見るからに小さな十歳には至っていないだろう、と思われる身長の少女。
銀色の流れるような髪と、同じく銀色に輝く瞳を持っていた。
成長すれば恐ろしいほどの美貌に至るだろうと言うことが一目でわかる。
けれど、ウラガとバヒールが注目したのはその類稀な美貌ではなかった。
二人が、この少女のどこを見たのか。
それはその瞳の奥である。
少女はどう見ても子供である。
それなのに、その瞳の奥には何か、深く暗い澱のようなものが沈んでいた。
じっと見つめていると徐々に引き込まれる、そして戻ってこられなくなるような、薄暗いものがそこには感じられたのだ。
そして、二人は慌てて我に返ると、少女はふっと笑い、一言言った。
「さすがはアジール族でも指折りの勇者たちですね。妾の瞳に呑まれないとは」
「な、何を……」
少女の言葉に答えたウラガは、自分の声が震えていることに気づいた。
足もいつのまにか退いている。
どんな強大な魔物を目の前にしても、一歩たりとも退かなかったはずの自分の足が無意識のうちに一歩退いていたのだ。
そのことに、ウラガは驚愕した。
見れば、バヒールも同じく後ずさっている。
しかも、その顔を見てみれば、滝のような冷や汗が流れていた。
尋常ではない。
そんな二人を見て、三人の奇妙な客人のうちの一人、美貌の女性が静かに目線を少女に向け、呟く。
「……エテルノレガ。私たちはこの人たちを脅しに来たわけではないですよ。むしろ、お願いに参ったのです。それなのに、その態度はあんまりだとは思いませんか」
女性の声に、少女は少し口を尖らせ、
「……別に妾は脅したつもりではないですよ、エッセ。黙っていても、妾の瞳に人は呑まれてしまうだけです。そちらの二人は違ったようですけれど」
と反論した。
しかし女性は首を振り、
「意識して抑えることは出来るでしょう。それをしなかった時点で、それはただのいいわけです。見た目のように中身も子供なのですか?」
それは、少女にとって禁句だったらしい。
何かさらに反論しようとして表情を変えたが、これは大男が止めた。
「二人とも、こんなところで喧嘩を始めるんじゃない。そもそも、今日はめでたき日なのだぞ。こちらのウラガ殿の奥様が、お子を出産されるのだ。それなのにおまえたちは……」
呆れたように首を振りつつ、大男は続ける。
「申し訳なかったな。ウラガ殿、バヒール殿。これでも、我々にあなた方に対する敵意はないのだ。それだけは、理解していただけないだろうか」
そして、深く頭を下げた。
どうやらこの男がこの三人の中で最も大人であるらしい。
ウラガもバヒールも戦士であり、戦えばこの大男には絶対に勝つことは出来ないだろう、とすでに理解していた。
それだけの実力があると。
しかしそんな男が、これほどまでに丁寧に自分たちに頭を下げたのだ。
認めないわけにもいかなかった。
「いや……それは、理解している。貴方なら、俺たちを一瞬で戦闘不能にすることもたやすいだろう。にもかかわらず、そのように頭を下げておられるのだ。信じない理由はない」
「おぉ、それはありがたい。いや、こちらの二人も気持ちは俺と同じなのだが、だいぶ子供っぽくてな……元々仲もあまり良くなく、顔を合わせればすぐに喧嘩をしてしまうのだ。すまなかった」
確かに、今は大男が前に出て話しているが、その後ろで女性と少女はにらみ合っている。
黙ってはいるが、バチバチと視線のぶつかる音が聞こえてきそうなくらいだ。
「そうだった、中に入れていただいても?」
まだ玄関先にいた三人とウラガたちである。
しかし、扉を開いたのだ。
外は嵐であるし、いつまでも立たせておくわけにはいかない。
ウラガは、
「もちろんだ。ただ……先ほど言ったことは本気だ。たとえ、あなたに俺たちが敵わぬとも、命を捨てる覚悟はあるぞ」
と言った。
たとえ勝てない相手だろうと、ウラガたちは戦士だ。
何もせずに見殺しにしたりはしない。
そういう覚悟を宿した視線を大男に向けたのだ。
すると、大男はその言葉に瞳を真剣にして頷き、
「わかっている。もし、俺たちが貴方や、貴方の奥方、それにその子に危害を加えようとするものだと思ったら、この首を差し出しても構わない」
と返答した。
これは、充分な返答だった。
ウラガもバヒールも、この大男が自分たち以上の戦士であることを理解しており、それは実力のみならず、心根もそうであると確信していた。
そんな男がこうまで言い切るのだ。
その言葉に二言はないことは、疑うまでもない。
だから、ウラガたちは、三人を家の中に招いた。
女性と少女は、未だににらみ合ってはいたが。
◆◇◆◇◆
そして五人は部屋の中で炉を囲んだ。
一種異様な雰囲気であるが、不思議な落ち着きもそこにはあった。
ウラガとバヒールは茶を入れ、三人に配り、そして自分たちにも注いで、腰掛ける。
茶を啜り、人心地着いたところで、大男が口を開いた。
「……さて、それではお話しさせていただいてもよろしいかな?」
駄目だという理由はない。
それにウラガもバヒールも気になっていた。
どう見ても祈祷師にも呪師にも見えない三人である。
いったいどんな用があって、今日この日にウラガの家を訪ねたのか。
大男が口を開かなかったら、ウラガたちの方から尋ねていただろう。
大男は、
「まずは自己紹介からだが……俺の名はジャハルユーレン。この女が……エッセ。そしてこの子供がエテルノレガだ」
一人一人示しながらそう言った。
先ほどエッセとエテルノレガは名前を呼び合っていたから、たぶんそうだろうとは思っていた。
ジャハルユーレンについては今初めて知った形になる。
ただ、どの名前も聞き覚えがない。
せいぜい、この当たりでは聞かない名前だと言うところだ。
遠くの土地からやってきたのだろうか。
だとすると、今日は引っ越しの挨拶に?
いや、いや。
そんなはずはない。
もし仮にそうだとしても、カリハの出産を知っているのはおかしいだろう。
そのために来た、ともエッセは言っていたのだ。
そうなると、彼らが何者なのか、まるでわからない。
続きを聞くしかないだろう。
ジャハルユーレンは続ける。
「俺たちは……なんと言うかな。ウラガ殿やバヒール殿に近い存在だ」
「と言うと……?」
「貴方たちは、龍の神に仕えておられるだろう? 俺たちもそうなのさ」