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狐塚さんと狼崎さん  作者: あきほの
予兆――trigger
7/9

後編

 探し物をしていて、どこだろうどこだろう、ってあちこち見て回るんだけど、結局鞄から出てきたみたいな。そういう類のことだった。灯台下暗しというやつか。

 ほなみの不自然な行動の理由は、あたしの部屋にあった。

 着替えようとしたら、リボンがなかったのだ。制服の一部である、赤いリボンが。

 最後に制服を着たのはほなみだから、あたしは所在を知らない。けど、あの態度からすれば、失くしたと考えていいだろう。あたしを起こしに来たときに制服を見つめていたのは、リボンの有無が確認したかったからに違いない。あたしが無いことに気づいて見つけたんじゃないかとか、実はちゃんと存在していて失くしたのは気のせいだったんじゃないかとか、そんなところだろう。

「ほなみ、あたしのリボン知らない?」

 テーブルには母がつくっておいたサラダと目玉焼き。そして、ほなみがつくった苺ジャムトースト。「いただきます」をする前に、あたしはそう訊いた。

「……ごめん、おねーちゃん。実は、失くしちゃった……」

 しばらくの沈黙のあと、セーラー服姿の妹は、ぺこりとあたまを下げた。

 案の定、素直に謝ってきた。

 ほなみは実直な性格だから、予想通りの反応と言える。まあ、ほなみが昨日あたしの制服を着ていたことはあたしにとって既知であるから、観念するしかなかったというのもあるか。

 しかしそうなってくると、ほなみがやってきたことはすべて合理的なことになる。不自然でも理不尽でもない。

「あたしを早く起こしたのは、万が一にもあたしが寝坊して、登校するときにリボンの紛失に気づいたんじゃ遅いから。あるいは早く起こして、一緒に探そうって考えたんだ。そしてほなみが珍しく眠そうだったのは、夜更かししてリボンを探していたから。あと、トーストをつくってくれたのは……単なる機嫌取りってところかな」

 改まって言うことでもないけど、こういう性分だから仕方ない。確認の意味で、あたしはそう言った。

「……おねーちゃん、解決編好きだよね。最後で自信なくなっちゃうところとか、如何にもおねーちゃんっぽい」

 妹に、あたしの推理力について核心を衝かれた。

 図星で、なにも言えなかった。

 けっこう、ショックだった。

「うんと、話それちゃったね。おねーちゃんの言う通りだよ。おねーちゃんが着替えるときまでに見つけられれば、落着するはずだったんだけど、どこにもなかった……。そう。だから、だからなの。おねーちゃんの好きなトーストでも食べながら懺悔しようと思って、焼いてみたよ。ほらほら、美味しそうでしょ! おねーちゃん苺ジャム好きだから、喜んでくれるよね! ん? なに? 嬉しいって? やったぁ!……ごめんなさい」

 ひとりで突っ走ったほなみは、最終的に謝った。たしかにトーストは美味しそうだけども。苺ジャムは好きだけども。

「気づかれる前になんとかしたいってのは分かるけど、昨日のうちに言ってくれたらよかったんだよ。あたしだって――そりゃちょっとは叱るけど、一緒に探したしさ」

「ホント、ごめんなさい……」

「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。ほなちゃん謝りすぎ」

 おっと。ついつい小さい頃の呼び方が出てしまった。ほなみには、「もう、小学生じゃないんだからやめてよねー」と言われるから、なるたけ使わないように気をつけている呼称だけど、油断すると口を衝いて出てしまう。いけないいけない。

「それで、失くしたところに心当たりは?」

 思い当たるところは既に探したとは思うけど、案外、第三者が探すと見つかったりするものだ。やはり視点が違うからだろう。だから一度探したところでも、もう一度探す価値は充分にある。

 おそらくほなみの部屋だろうと思っていたんだけど、ほなみは予想外の場所を口にした。

「のなちゃんの部屋……だと思う」

 のなちゃんの部屋――たぶん友人の部屋だろう。変わったニックネームだ。まさかあたしの制服を着て外出していたとは思わなかった。

「のなちゃんが、おねーちゃんの制服見たいって言うから着ていったの。だから、ね」

 ……制服を見せるために着て行って、なぜリボンを外したのか。脱いで、のなちゃんという娘にも着せたのだろうか。

 ――あれ。そもそもなんであたしの高校の制服を見たがる? あたしの高校に進学したいからか? 普通そこまでするものだろうか?

 どうしても見たいっていうのならホームページで見られるし、街なか探せばうちの生徒が歩いてたりするし。

 まあ仮に、着たかったというのならそりゃあ納得はできなくもないけど、それでも違和感は否めない。

 ――いや、待て。

 〝あたしの制服〟に意味があるならどうだろう。

 そう考えると、〝のな〟なんて特殊な呼ばれ方ができる娘には、思い当たる人物がいるんじゃないか。

「ほなみ。のなちゃんって、もしかして」

「うん。おねーちゃんが思ってる人で正解だと思うよ。〝桜間(さくらま)のかな〟ちゃん。たしか仲良かったよね? 去年おねーちゃんたちは、けっこう一緒にいた記憶があるなぁ、私」

 桜間のかな……。やっぱりその名前か。

 仲良いどころか、あたしにとってはお世辞にも好い関係だったとは言えない。むしろ悪縁でしかなかった。とにかく、サイアクだった。

 一緒にいたというか、付き纏われていたと言うほうが正鵠を射ている。

「……ふうん。桜間が、ね」

 桜間ならあたしのリボンを欲しがっても何らおかしくはないし、驚くことではない。むしろ彼女が持っているのなら、頷けるというものだ。そして、もう手放すことはしないんじゃないだろうか。なにせ、あの〝桜間〟なのだから。

 高校に入学してから、桜間からのコンタクトはなかった。だから、すっかり忘れていた――と言うには、彼女からされたことはあまりにも悪辣無比ではあったけど――それでも記憶の隅のほうに埋もれるくらいには、薄れてしまっていた存在ではあった。

 だから、今更という感じだ。

 今更、あたしの高校生活にまで干渉してこようとするとは。

「桜間とは、いつ知り合ったの?」

 ほなみの口から桜間の名前――渾名を聞いたのは、今日が初めてのはずだ。ほなみは仲の良い友人のことをあたしによく話すから、図らずもそれなりに彼女の交友関係は把握していると言える。だから、桜間と知り合ったのは最近ではないだろうか。

「一ヶ月くらい前にのなちゃんから声をかけられて、それから仲良くなったの。クラスはお隣さんなんだけど、私とお友達になりたかったんだって言ってた。もうびっくりしたよ。私なんかとフレンドしたいなんてね」

 ――ひと月前。

 ちょうど〝まや〝との、ティラミスタルトの一件があった頃だ。

 この符合は偶然だろうか。

 桜間からほなみへの接触と、まやとの交友の始まりと。

 この繋がりは、看過してはいけない気がする。


 ――そうか。


 桜間からの一方的な宣言。

 あのときの言葉が真であるなら、まやとあたしが仲良くなったから桜間が動いた、ということになる。

 この私考は、決して過剰ではないはずだ。

 ……だとすると、いよいよ雲行きが怪しくなってきた。

「桜間の部屋でリボンは外した?」

「うん。のなちゃんが着たいって言うから、しゅるしゅると外しちゃった」

「……そ、そう」

 そのオノマトペは必要ないような……。

 というかあたしの制服なのに、勝手に着せてあげるんじゃない! しかもよりによって桜間に!

「なら、あの娘の部屋に間違いないね。リボンのこと、訊いてみた?」

「うん。だけど、部屋には無いって言われたよ。それじゃあ私の部屋かなって思って夜通し探してたんだけど、見つからなかったの。だからきっと、のなちゃんが見つけられてないだけで、あの部屋にあると思う」

 きっとそうだろう。桜間の部屋にあるんだ。だけど、ほなみが言うような理由ではない。桜間は十中八九嘘を吐いている。そして、嘘を吐いているということはやはり返す気はないわけで、あたしのリボンの行く末を思うと可哀想になってきた。一体どんな使い方をされることやら……。

 しかし、どうだろう。リボンが無くなっていれば、桜間から制服を返してもらったときに気づくんじゃないだろうか。

「桜間があたしの制服を脱いだあと、リボンは返してもらった?」

「うん。だからちゃんと結んだはずなの。でも、うちに帰ってきておねーちゃんのとこに制服を返すとき、あれ!?無い!ってなってね。……ううん、違う。無いって言うか、代わりに」


 ――紅白の水引が結んであったの。


 …………ん?

「ええと……。なんだって?」

 ふたつに結んだ髪を揺らしながら、ほなみは言う。

「紅白の水引が結んであったの! ほら、お金入れる封筒に結んであるやつだよ」

「い、いや、水引は分かるんだけどさ……。それが……リボンの代わりに……結んであったって?」

「そーなの!」

 …………やっぱりとんでもないな、桜間。

 それでカムフラージュになってしまうんだから。

 ほなみが家に着くまでに気づかなかったなんて。

 なにより、気づかれずにリボンと水引を交換してしまうなんて。

「……そっか」

 ほなみはどうして桜間を疑わないんだとか、なんで水引になっていたことに帰途で気づかなかったのかとか、言いたいことは数多あったけど、あたしはあまりに兢々としてしまって、曖昧に頷くことしかできなかった。

 言ったところで、なのだ。

 ほなみが気づかなかったのは無理もないことだし、どころか、当然のことだとも言える。

 それが〝桜間〟であり、それくらいのことをやってのけるのが彼女だって、それを経験則として知ってしまっているから、あたしはその恐ろしさに、頷くことしかできなかったんだ。

 リボンが水引になっていたなんてことなら、まだ、いいほうだ。

 それくらいなら、笑って済ますことができるから、まだ赦せる。

 だけど、これは予兆に過ぎないはずだ。

 あのときの言葉がホントであるなら、リボンの紛失はまやとの交友が原因であり、桜間のトリガーを引いたのは間違いなくあたしだ。

 きっと、ホントに果たしたい彼女の望みが叶うまで、ことはエスカレートしていく。

 桜間が次に動くのはいつなんだろう。

 まったく分からない。

 近いのかもしれないし、遠いのかもしれない。

 けど、やらなくちゃいけないことは、はっきりしている。

 あのときの轍を踏まないために、あたしがしなくちゃいけないことは、ひとつだけだ。


 まやの手を、

 ぎゅっと握っておかなくちゃ。

読んでくださった方、ありがとうございます。

当人が登場するのはしばらくあとになるのですが、〝桜間のかな〟編の第一部でした。

さて。

狼崎さんをお休みにしたせいで百合成分が枯渇してしまったので、次話でがっつり補給します。

ということで次回は、時系列が前後してしまいますが、「ティラミスタルト」直後のお話を更新予定ですので、どうぞよろしくお付き合いくださいませ。

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