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狐塚さんと狼崎さん  作者: あきほの
これでおしまいティラミスタルト
2/9

2ピース 「狼さんの恥じらい」

 〝ポッキーゲーム〟という言葉を耳にした狼崎(ろうざき)は、ひどく狼狽えはじめた。なんとなくこういう遊びには疎そうなイメージ――たぶん、お嬢様風だからだ――があったが、さすがに彼女でも知っているようだ。すっかり頬を赤く染めて、前髪で瞳を隠そうとして伏し目になっている。

「ポッキーゲームっていうともしかして、ヨーイドンで端と端からぱくぱくしていって、最終的には、ち、ちち、ちゅーしてクリアっていうあれですか?」

 狼崎はちらちらとあたしの様子を窺う。言葉遣いがだいぶ幼くなっちゃってるけど、そんなに恥ずかしいのか。ここまで狼狽が顕著だとおもしろいな。からかいたくなる。いや、というかそこじゃなくて――

「キスが目的のゲームじゃないからね!?」

 この娘のなかのポッキーゲームはキスがクリア条件になっているけど、あれはチキンゲームなんだから、どちらかが引けばそれでおしまいだ。勝負あり、となる。クリアなんてなくて、キスまでいったら引き分けということだ。

 けどこの場合、もし引き分けになったらティラミスタルトはどっちのものになるんだろう。それも決めておかなくちゃいけない。いや、キスしてもいいとか思ってるわけじゃなくて、こんなに恥ずかしがっていても、それに勝るくらいの甘いものに対する執念を感じるわけで、万が一狼崎が避けなかったときを考えてのことだ。

 引き分けのときは、たとえば勝敗が決まるまで再戦する、とかどうだろう。いや、一本目でキスできてしまったら、二本目だって苦にはならないか。じゃあ、そもそもこのタルトはあたしのものだから、引き分けならあたしの勝ちとか。これは狼崎が諦められるかが問題だな。あるいは、タルトを半分こに――

 ……そうだよ、「半分こ」、って手があったじゃん。あたしは、「勝負しよう」、とは言ったけど、この娘のことが知れればなんでもよかったんだ。それでもこのタルトを食べてみたいって気持ちもあるから半分こにして、それをふたりで食べながら話をする、これは最善だったじゃないか。どうしてこんな簡単な方法を、今頃になって思いついたんだ。友達と普段からやってることなのに。こういうときにぱっと思いつかないあたり、ホントに抜けてるとしか言えない。もう引き下がれないじゃんか、あんなに格好つけちゃったんだから……。

 けど狼崎だって、「下さい」、って言ってたし。あのとき、「分けて下さい」、って言ってくれればあたしだって、「いいよ」、って。いや待て、そもそも狼崎は、「下さい」、じゃなくて、「夢をくださいませんか」、って言ったのか。それをタルトが欲しいと解釈したのはあたしで、だけどどう考えてもあれはタルトが欲しいってことだし、なにより狼崎に確認したら、タルトが欲しいって頷いて、それってやっぱり一個そのままくださいってことだと思うし、それで……それで……ああ、もう、ぐだぐだ煩いなあたし!

 引き下がれないなら、半分ずつにするために引き分けにすればいいんじゃん。そしたら、半分こにしよう、って言ってさ。あれ、引き分けってなんだったっけ。あ、そうか、つまり狼崎とキスすれば――

「だからキスしたいわけじゃないからね!?」

「わたしもうなにも言ってませんよ!?」

「ごめんごめん……」

 それからあたしはひと通り、ポッキーゲームのルールと引き分けのときは半分こしようという話を、狼崎にした。

「や、やっぱりちゅーするってことですか!?」

「それは万が一の――引き分けのときの話だよ!!」

 ちゃんと伝わってんのかな……。理解したのかしてないのか分からないが、狼崎は、「分かりました。やりましょう!」、と快諾した。

 あたしは教室の壁掛け時計を見る。昼休みはあと一五分を切っている。早いとこやらないとチャイムが鳴っちゃうし、なにより教室の外でご飯を食べているクラスメイトたちが戻ってきて、より衆目がある中でポッキーゲームをしなければならなくなる。それだけは、ふたりの今後のためにも避けたいところだ。高校一年目から孤立なんて、あたしは嫌だから。

 とにかく、人が増える前に終わらせなければ。――ん?

「というか、さ。あたし勝手に昼休みにやろうとしてたんだけど、放課後にしない? 人もいなくなるだろうし」

 なにもわざわざ、昼休みにやらなければならないということはないだろう。今日中にできれば、それでいいはずだ。狼崎が部活やってるかどうかは知らないけど、もし放課後は部活があると言うのなら、終わってからでもいいし。待つことだって厭わない。

 狼崎は首を横に振った。

「それがですね、昼休みでなければいけないのです。これをご覧ください」

 そう言って狼崎は、机の上にあったティラミスタルトを手に取って、そのパッケージの裏側をあたしに見せる。

 そこには、黒字で期限が記されていた。消費期限が。

「本日の一三時で、期限が切れてしまいます」

 一三時というと、五限目の最中か。たしかに昼休みにやらなければ、期限切れとなる。

 だけど、「そんなに厳格に守ることもないだろ。死にやしないよ」、とあたしはその指摘をいなす。たしかに、消費期限は安全に食すことができる期限を示している。けど放課後にやって、期限がオーバーしてもほんの数時間くらいだし、問題ないだろ。

「死ぬ死なないではありません。早めに食べなくては質が落ちてしまいます。つまり、味が変わってしまうということですよ、狐塚(こづか)さん。わたしは甘いものが大好きです! 甘党です! どんなお菓子でも、美味しくいただきたいと思っています!」

 あたしの手を握りながら、狼崎は熱弁する。ことお菓子に関してはキャラが変わるな。というかタルト獲得する予定なのか……。あたしが勝ったら泣くんじゃないだろうか、この娘。なんとか引き分けにしてやりたい。

「そりゃあ、あたしも美味しく食べたいけど…。まあ、分かった。今からやろう。だけど、場所は変えたいと思わない? ここじゃ人もそれなりにいるし。空き教室ならいくらでもあるからさ」

「そうですね……」

 狼崎はあたしの手を離して、考えるように俯いた。どの空き教室にするか悩んでいるのかもしれない。それならあたしに心当たりがある。

「空いてるところなら――」

「いけません」

「へ?」

「ここでやりましょう」

 あたしは狼崎を見つめたままで、思わず固まった。

「それはまた……どうして?」

「これをご覧ください」

 狼崎はポケットからケータイを取り出すと、画面をこちらに向ける。テレビ画面を撮影した画像のようだけど、とってもぶれている。「ラッキーカラー」、「ラッキーフード」などの文字がかろうじて読み取れた。ということは、あれか。

「占い?」

「ええ、その通りです。今朝、わたしがテレビを撮ったものなのですが――あ、そうそうこの携帯電話、まだ買ったばかりで、どうにも上手くいかないのです。だからこんなにぶれちゃいまして…えへへ」

 狼崎は照れたような笑いを浮かべる。「ついにわたしも携帯買っちゃいましてっ」、というニュアンスだろう。ずっと欲しかったものなのかもしれない。

「じゃなくてですね! ここです。ここを見てください」

 話題が逸れたことに気づいたようで、閑話休題。

 彼女が指差すところには、ラッキープレイスと書かれているようだ。

「『ラッキープレイス―あなたの教室』? ああ、そういうことね」

 この、今あたしたちがいる教室がまさに狼崎にとって、〝今日〟の狼崎にとって良い巡りあわせがある場所だから、ここで勝負がしたいわけか。

「狐塚さんにとっては、わたしの運で不利になってしまいますが……承諾していただけませんか?」

 そんなに当たるのかその占いは!

「別に構わないけど。ただ……狼崎がここでやっても恥ずかしくないなら、ね?」

 たぶん狼崎は恥ずかしがって、「いやん! やっぱり違うところに行きましょう! 狐塚さん!」、「どんとこい!」、ってなるはずだった。なるはずだったのに――

「頑張りますね!」

 ……尚のこと、早く勝敗を決めなくてはならなくなった。


 最速で勝負ありとなるのは、ポッキーを咥えた瞬間に恥ずかしがったフリをして、あたしがわざと負けるということなんだ。そうすればクラスメイトの誰にも目撃されない……と願いたい。

 けどそれはあたしの、「勝負は真っ当にする」、という主義に反している行為だ。それにあたしだってこのティラミスタルトを食べてみたい。なによりこれはあたしが買ったんだし、そこには意地がある。だからわざと負けて譲ろうという気はさらさらないわけで、この方法はダメだ。やっぱりやるならきちんと勝負がしたい。

 ――この方法はダメ。

 そうだよ。なんでポッキーゲームにしちゃったかな、あたしは。もっとさ、じゃんけんとか、あっち向いてほい、とか……我ながら拙い方法しか浮かばないけど、とにかく、もっと他にあったじゃんか。よりによってポッキーゲームだなんて。ちょうどよくバッグにポッキーが入っていたから浮かんだ安易な発想なんだけど、でも親しい人とさえやらない遊びだろ、これ。あたしやったことないぞ。

 ――ホントのことを言えば前からやってみたかった遊びで、ついノリで言っちゃったんだけど、やっぱり恥ずかしくなってきたあたしなのだった。

「ねえ、ポッキーゲームは止めにして、じゃんけんとかどう?」

「え?」

 狼崎はあたしを見つめたまま固まった。どうしてそんなこと言うんですか、という感じに。どことなく哀しい瞳をしている。あたし、そんなに酷いことを言っただろうか。

「あの……。まことに申しあげにくいことなのですが……」

 すると狼崎はなぜか顔を赤く染めて、両手でそれを隠すように覆った。

「ポッキーゲームってわたし経験なくて、やっぱりハタチになる前にやっておきたいことなのです。みなさん一度はやったことがあるみたいですし、わたしだけ未経験は、ちょっと」

 なんて観念がずれているんだ、この娘は。それはどこの世界の常識なのか。

 狼崎は顔を覆っていた両手を下ろして、赤い顔で俯いて、期待を滲ませた上目で訊いてくる。

「狐塚さんも、もちろんあるんですよね?」

 「あるわけないだろ!」、とはなぜか言えなかった。それは狼崎がこんなに恥じ入りながら――別に本来恥でもなんでもないのだが――話してくれたからなのか、それともあたしが意地っ張りだからなのかは判然としないけど、とにかくあたしは頷いた。

「そ、そりゃあ、まあ、ね。あたしももう少しで一六歳だし?」

 だからどうした。もうちょっとで一六歳だからどうしたというのか、あたし。

「ですよね。だから、良い機会だと思います。勝敗もつきますし、ポッキーゲームもできる。まさに一石二鳥です」

「分かった分かった。当初のまま、ポッキーゲームでいこう」

 ……「そう言ってくれてありがとう。恥ずかしいけどあたし、実は満更でもないんだ」、とはとてもじゃないけど言えない。

「じゃあ、始めようか。時間もあんまりないことだしさ」

「そ、そうですね。やりましょう!」

 最速で終わらせるもうひとつの方法。まっとうに勝負して勝てる方法。それはとにかく攻めること。ポッキーゲームって言葉を聞いたときでさえあんなに恥ずかしがったんだから、実際にやってポーカーフェイスなんてことはまず有り得ない。この上なく動揺するはず。あたしが一気に攻めたてれば尚更だ。その短期決戦で勝敗が決まれば、クラスメイトの誰にも目撃されない……と願いたい。

 あとはなるようになる、か。もう腹をくくった。やってやろうじゃん。

 あたしはポッキーの持ち手の方を咥えて、身体を机に寄せる。

「ん。んっん、んんーん(訳:ほら、そっち咥えて)」

「は、はい。なんですか?」

「んんーん! んっん、んんんんんっ!(訳:咥えて! そっち、くわえるのっ!)」

「え、でも、ちゅーなんてそんな…」

「誰がするって言ったぁ!」

 あたしは唇に挟んだポッキーを離して、また狼崎のあたまに手刀を落とした。「はうっ!」、とさっきよりも大きい声をあげて、あたまを両手で押さえながら目をまん丸にする。なんとなく、そろそろ可哀想かも…。

「ごめんなさい。ちゅーしないことは分かっています。ですが実際やろうとするとなんだかとっても恥ずかしくて、つい、躊躇ってしまいました」

「あたしだってそりゃ恥ずかしいけどさ。でも、やるって決めたらやるのがあたしだから」

 狼崎はあたまを擦りながらあたしを見ている。その頬も耳も、真っ赤だ。

「気持ちの準備ができたら言ってよ。あたしはいつでも大丈夫」

「はい。分かりました」

 あんまり時間もないんだ。それは狼崎だって分かっているはず。だから、心構えはすぐにできるだろう。

 それにしても。

 この娘は、どうしてあたしをこんなに信用してるんだろう。勝負に狼崎が勝ったところで、あたしが騙すかもしれないのに。ましてやほとんど関わりのないクラスメイト。あたしのことなんて、あんまり知らないだろうに。なんでそこまで信じられるのか。それだけはホントに分からない。もしかして誰かに騙されたことがないのだろうか?

 あたしがそんなことを考えていると、「うーん」、と唸っていた狼崎は、なぜかブレザーを脱ぎ始めた。

「え、なんで脱いでんの?」

 もう十月のあたまだし、暑くはないはずだけど。もしかして、恥ずかしさで熱くなっちゃったのか。

「こうするんです」

 狼崎は上半身を屈めてあたしの机に顔を寄せると、脱いだブレザーを広げて、自分のあたまを覆うように被せた。なかなかシュールな画だ。

「このなかでやりましょう。そうすれば恥ずかしくないはずです」

「怪しさは増してるけどね……。まあ、それで狼崎がいけるなら、やろうか」

 あたしも狼崎のブレザーのなかへあたまを潜りこませる。秘密基地、みたいだ。ほんのちょっと、甘い匂いがする。ポッキーの匂いか、あるいはお菓子が大好きな狼崎の匂い。悪くない、むしろ心地好い空間だ。たしかにこうすれば、「なかでなにしてんの?」、とは思われるだろうけど、恥ずかしくはない。なによりポッキーゲームしてるなんて分からないだろう。

 ずいぶん近くに狼崎の顔がある。暗くて、その顔がまだ赤いのかは分からない。この娘の吐息が、やっぱり甘い気がする。そういえばこの娘は、昼休みにお菓子ばっかり食べてる印象があるけど、ずいぶん細っこいよな。羨ましいやつ。

 あたしはさっきのポッキーを手に取って、また持ち手のほうを咥える。唇を使って、「ほらそっち咥えろ」、という意味でポッキーを上下させると、軽く頷いて狼崎が顔を寄せてきた。咥え難いようにいじわるしてるんだと、そう捉えられるかと思ったが、ちゃんと意を汲んでくれたようだ。

 反対側の、チョコのほうの端っこを狼崎は咥えた。

 まばらな笑い声とお弁当の匂い、そういうお昼の風景が、どこかに遠ざかった。狼崎がつくった甘いブレザーの空間を境界に、あたしたちは今、非現実にいる。そんな錯覚がある。学校だけど学校じゃなくて、みんないるけど誰もいなくて。

 いるのは、あたしと狼崎だけで。

 ブレザーがつくる暗いこの場所で、今、あたしたちはポッキーゲームを始める。

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