表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ヤノウエ店長

作者: 七ツ枝 葉

ホラーというほど怖いものではありませんが、ちょっとした体験談です。

 私には、いわゆる“霊感”という能力が一切ありません。霊を見ることはもちろん、不思議な光を見たり、奇妙な音や声を聞いたり、といった経験は一度もありません。

 私の周りにも、そういった体験をしたという人は一人もいません。家族にも友人にも職場にもです。


 そんな私の交遊録に、たった一人だけ、頻繁に心霊現象に遭遇する人がいました。

 それが、ヤノウエ店長(仮名)です。


 二十代前半、私はある進物菓子店に勤めていました。入社して数年後、異動辞令で支店に配属されました。そこに、ヤノウエ店長がいました。

 交流の途絶えた人の顔はすぐに忘れてしまう私ですが、店長のことだけは今でもよく覚えています。パーマのショートヘア、赤い口紅、豪快な笑い声、方言全快の陽気なおばさん店長でした。


 

 支店は、建物の一階が菓子販売店舗、二階から上が商品倉庫や事務所になっています。

 販売店舗には、私と店長を含め、四人が勤めていました。支店とはいえ、繁忙期や仏事の大量注文でもなければ、忙しくはない所です。暇な時間は(誉められたことではありませんが)おしゃべりで時間を潰していました。

 そんな空いた時間に、ヤノウエ店長はよく、ご自身の不思議な体験を話してくれました。


「七ツ枝くん、窓はちょろっと開けとったらいかんよ。窓がちょろっとしか開いとらんかったら、そこからしゅっと入ってきんさるけね」


 店長がよく言われていたことです。

 窓をわずかだけ開けて隙間を作っていると、その隙間から霊が部屋の中に入ってくるのだそうです。だから、窓を開ける時は、しっかり開けておけ、と。

 また、押入れなどの戸も、少しだけ開いているのは良くない、とも話していました。少しだけ開いた隙間から、“覗く”のだとか。

 


 ヤノウエ店長は当時、会社が所有する唯一の社宅に住んでいました。社宅は二階建てで、一階が支店と同じように販売店舗として稼動しており、二階が居住部分でした。

 その社宅に、頻繁に“出る”のだそうです。

 何かの気配を感じたり、一階の店舗から物音が聞こえてきたり、そういうことがよくあったそうです。

 部屋に入ってくることもしばしばだったと。

 ヤノウエ店長には、除霊できるほどの力はなかったので、そんな時は、

「私には何の力もありません。お助けできません。どうぞお帰りください」

 と、手を合わせているそうです。そうすると、帰ってくれるのだとか。


 店長の話を聞いても、窓に隙間を作ってしまっても、霊感皆無の私が霊体験をすることはありませんでした。ですが。

 


 店の裏側は箱や備品のストック置き場になっていて、その片隅に休憩場所があります。

 休憩場所は、店とストックをつなぐ出入り口の前にあるので、ほぼ丸見え状態です。暖簾で隠しはしていますが、扉がないので風は入ってきます。

 

 ある夏の日、休憩していた私は、机に顔を伏せて仮眠を取っていました。出入り口――店側に背中を向けている状態です。

 うとうとしていると、突然ものすごい冷気が流れ込んできて、背中を撫でました。

 あまりの冷たさに飛び起きた私は、何事があったのかと、あたりを見回しました。が、何も変わったことはありません。

 クーラーの風だったんだろうか、でも正常に動いているクーラーの風が、あんなふうに休憩場所まで流れてくることなど、今まで一度もなかったが。

 それにクーラーにしては冷たすぎた。鳥肌が立つほどに。


 不思議に思っているうちに休憩時間は終わり、私は店に戻りました。

 すると、ヤノウエ店長が両目を見開き、私に言いました。


「七ツ枝くん、さっきなんか通って行きんしゃったばい」


 不思議な体験は、後にも先にもそれっきりです。

 私の背中を撫でていった“何か”の正体は、分かりませんでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 怖い怖い!!(^-^; マジなヤツじゃないですか汗。 また、なんだったのかわからないとこも怖い! 実話?なのもめっちゃ怖いです( ;∀;)
[良い点] ヤノウエ店長の訛りが物語にいい味を与えていると思います。読みやすくてよかったです。
[一言] 私の回りには見える人はいませんが、見えると嘘をつく人は、何人か出遭いました。霊話以外の場面でも嘘と自己中発言が多すぎ、見える物の具体的な説明も、他の不思議体験の話も無しなので、誰も信じていま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ