5 双子のひらめき
華奢なカナちゃんの体を押し潰してしまうのではないかと心配するほどの、視線の重圧。そんな中、カナちゃんが俯き加減で震える声を絞り出す。
「わ、私、犯人なんかじゃありません……」
しばらくの、沈黙。
「あ、あなたなのね、大和君を殺したのは――」
西さんが、夢遊病者のようにゆらりとソファーから立ちあがり、カナちゃんの方に近寄って、鬼気迫る表情で両腕でカナちゃんの肩をガクガクと揺らした。
「ち、違います――」
怯えた表情を浮かべ、西さんから逃れようとする、カナちゃん。ナオキさんが中を割って入り、何とか西さんを落ち着かせて元の位置に座らせた。大切な友人(好きな人?)が殺された人の行動としては頷けるけど、ちょっと、怖かった。
「なんてことなの……ひどいじゃない……」
とそのとき、じっと下を向いたままぽつりと呟いたのは、酒井さんだった。急に彼女の周りで空気が沸騰していくのがわかる。リナルナの彼女を見る目が、はっ、と変わったほどだ。
酒井さんが、ゆっくりと顔を上げていく。そのときの彼女の表情といったら! 私は、きっと一生忘れられないだろう、と思う。元のかわいらしい顔からは想像もできないような、目の釣り上がった人工的造形物のような顔――。それじゃ、彼女も今井さんを好きだったってこと?
「それならば、『犯人は彼女で決まり』ということでよろしいんですよね、刑事さん?」
冷徹な口調で話す酒井さんに、警部も驚きは隠せないようだった。
「い、いや、まだ、そ、そこまでは――」
しどろもどろの藻岩警部。
それにしても気になるのは、小川さんだ。ダーツから毒が検出されたと報告があってから、急に怯えたように口を閉ざすようになったのだ。本当にこの四人は、ただのサークルの友達同士っていうだけの関係なのかしら?
きっと警部もそれが気になったのだろう。再びの沈黙のあと、その静寂を破ったのは、藻岩警部だった。
「一応お聞きしておきますが、あなた方大学生四人のなかで、お付き合いしていたとか、男女関係のようなものはありましたかな?」
西さん、酒井さん、小川さん――三人の男女が顔を見合わせ、目で会話する。代表で答えたのは、小川さんだった。
「いいえ、そういったものはありませんでした」
大きく首を横に振りながら、咽喉が渇いたのか、掠れ声で彼が云う。
「私は大和君が好きだったんです……。お付き合いはできませんでしたけど……。私の一方的な片思いですね――。けど、葵も彼が好きだったの? さっきの葵見てたら、そんな気がして――。ちょっと意外だったわ」
「……ええ、まあ」
酒井さんが、ためらうように云った。
それを聞いた小川さんが、がっかりとした表情を人知れず見せる。私は、当然、見逃さなかった。きっと、小川さんは酒井さんが好きなのに違いないわ。やっぱり、大学生ともなると、そういった男女の泥沼的なことがあるのよね――。
「でも、大和君はてっきり葵のことが好きだと思ってたけど――。それなら、二人は付き合ってて不思議はなかったわよね」
「え、あ、でも、大和君からはそんな言葉もなかったし、私は両想いだなんて思ってみなかったわ」
信じられない、という表情で酒井さんを見つめる、小川さん。
「なるほど……。それでは皆さんは、それぞれ色々な感情はありながらも、お付き合いをするような間柄ではなかった。まあ、こういうことですな」
警部が、今度はカナちゃんにその矛先を向ける。
「カナさんは、どうでしょう。本当に、彼とは何もなかったのですか?」
「もちろんですっ! 私はあの人に、会ったこともありません」
やや元気を取り戻した、カナちゃん。
「では、どうして事件当時にこの部屋にいらしゃたのですか」
「そ、それは……」
ばつが悪そうに口ごもるカナちゃんを、今度は警部も容赦しなかった。
「先程もこれを云っては下さらんかったですし、このまま黙っていることになりますと、警察としては逆にあなたと被害者の間に何かがあったものと、考えなくてはいけなくなりますよ」
警部の厳しい攻めに、女子高生嫌いの若手刑事がにこやかに頷く。その両眼には、「へへん、ざまあみろ」という気持ちが、あからさまに含まれていた。
うがぁるぅ、ううぅーっ
私とリナルナの女子高生三人が、まるでオオカミが縄張りを荒らす相手に向けるような犬歯むき出しの怒りを大倉山刑事に示していたとき、カナちゃんが観念したように説明を始めた。
「実は、そのぉ、偶然間違えてしまっただけなんですぅ。うわ、恥ずかしっ!」
へっ?
拍子抜けした一同の、声なき声が聴こえた。
「受付では待ち合わせの部屋が二番ルームと云われたんですけど、ぼーっと考え事していたというか何というか、つい一番ルームに間違って入ってしまったんです」
「それならそうと、何故、先程はそう云って下さらなかったんです?」
「ええ? だってぇ……。そんなこと云ったら、『この娘、ただのバカでしょ』と思われるのが嫌だったんですもん」
舌をぺろりと出すカナちゃんに、忌々しそうに鼻を鳴らす、大倉山刑事。
ため息交じりで、藻岩警部が云う。
「ただ『偶然間違えた』ですか……。ちょっと説明としては根拠が薄いと云わざるを得ません。
というわけで、すみませんが中田さん……。我々はあなたを最重要容疑者として考えねばなりません。まずは署まで御同行頂くことに――」
「いえ、そんなことは、必要ありません!」
警部の重苦しい言葉を遮ったのは、我らがリナルナの、ピタリと調子の合った言葉だった。更に、大倉山刑事のしかめっ面が渋くなる。
ナオキさんが双子を止めようとするが、物ともしない。二人は顔を見合わせて、「あなたも同じ考え?」というような会話(テレパシー?)を交わしたように、私には見えた。
鏡に映ったために二体に見える仁王様のように、すっくとソファーから立ち上がった、二人。
「だって、もっと論理的に考えてみてよ。カナちゃんがその数秒の停電の間に毒付のダーツをケースから取り出して移動し、今井さんを刺したあとに、何事もなかったかのようにまた部屋の入口に戻るなって、不可能じゃない」
ルナが口を尖らせて主張。リナが続ける。
「そう、不可能だわ。じゃあ、暗闇の中、紐をつけた毒付ダーツを被害者の腕目掛けて飛ばして腕に突き刺し、紐で引っ張って回収したとでも? それこそ不可能よ。第一、そんな紐、カナちゃんの所持品になかったでしょ?」
二人の言葉に、静まる一同。
「結局はね」
二人が、口調を合わせた。二人の言葉の続きを、皆が息をのんで待ち構えている。
「必然」リナが呟く。
「偶然」今度はルナ。
「私たちは、必然と偶然を区別しなければならないのよ」
リナが自信ありげに云った。
「必然と偶然?」
警部の質問に、ルナが間髪をいれずに答える。
「そう。何が必然的に起き、何が偶然的に起きたのか――。それをきちんと整理すれば、犯人と殺人トリックは自ずと判るわ」
美しき双子は、カナちゃんにその優しい笑顔を向けた。