4 犯人はカナちゃん?
関係者から詳細な経緯の報告を受け、藻岩警部が口を開く。
「まあ、事件発生までの流れは、判りました。
大学生の男女四人でカラオケをしていたところ停電があり、そこへこの女子高生『中田かな』さんが部屋に入って来た。ほぼそれと同時に被害者のうめき声が聞こえ、被害者は床にうつ伏せに倒れた。
停電が終了して電気が点くと、その被害者の状況を見た西さんが悲鳴をあげた。その悲鳴を聞いて、隣の部屋でカラオケをしていた人々のうち医大生の高藤直樹さんが、この部屋に入り、被害者の死亡を確認した。まあ、そういうことですな?」
「ええ」
警察関係者以外の人々は、皆、小さく頷いた。
「ということはですな……」
警部が、私とリナルナの三人をじっと見つめた。
「直樹さんは発見者の一人としても、少なくともそこのお嬢さん方三人は、事件の関係者ではないということだ……。では、お三方はお引き取りを願い――」
警部の言葉が終わるか終らないか、ルナが抗議した。
「んな、あほなことありまっかいな。兄が関係者なら、うちらも関係者でっせ! 最後までここに居させてくれな、あきまへんがな」
突然、変な関西弁でまくしたてるルナを、私とリナが冷ややかな目で見つめる。帰国子女のくせに、興奮するとルナは、何故か下手な関西弁を使いだす癖があった。
「……」
藻岩警部は、黙って大倉山刑事に手振りをして、私たち三人を部屋の外に出すように命じた。女子高生恐怖症とはいえ、上司の命令とあっては大倉山氏も頑張らざるを得ない。私とリナルナの三人を、まるで野良犬を追い払うかのように、大きな身振り手振りで、部屋の外へと追い立てた。
「しっし!」
ぴきっ
それは、私たち女子高生の堪忍袋の緒が切れた音だった。相手は、何といっても女子高生の敵。ルナだけでなくリナも私もそれに歯向かうことになるのは必定だったのだ。
「ちょ、ちょっと何すんのよ!」(リナ)
「あんたなんかに負けないわ!」(ルナ)
「うぎゃうぎゃ、うっがあ」(わたし)
廊下に押し出された私を見て、リナルナがそろって大倉山氏の横をすり抜けようとする。それを『許すまじ」と大倉山氏は二人をブロック。リナの廊下の押し出しに成功するが、今度はルナが単独で大倉山突破を試みる。
そうこうしているうちに、まるでモグラ叩きのように、同じ顔をしたリナとルナが大倉山刑事の脇腹辺りから交互にカラオケルームに顔を出すような、奇妙な様相になった。面白くなった私は、けらけらと笑いながら、横からその様子を眺めていた。
失笑する、警部。
「……。片方が消えると片方が姿を見せる――。まるで双子トリックだな。わかった、わかった。もういい、大倉山君。この娘たちも関係者として、同席を許そう」
終に、うら若き乙女の敵、大倉山に勝利した私たち女子高生、三人。
大倉山刑事の視線にぶつかる、私たちの視線。ばちんばちん、視線の火花を飛ばしながら、私たちは肩で風を切って、元のカラオケルームへと凱旋帰国を果たした。
歪んだ笑みを浮かべながら、警部が話題を変える。
「……にしても『中田かな』さん、あなたは何故この部屋に入って来た理由を話してはくださらないのかな?」
「そ、それは……」
蚊の泣いたような、微かな声。カナちゃんは、もじもじと下を向いたままだ。
「というか、そもそも待ち合わせに遅れた理由とは何なのですか? もしかして、本当はあなたは被害者と面識があって、それで――」
「それは、違います!」
珍しく、きっぱりと強い言葉を使った、カナちゃん。私も、うんうんと力強く頷いてカナちゃんを応援。けれど、双子のリナルナとナオキさんは何故か、浮かぬ顔。
警部はその顔をじっと見つめていたが、こう切り出した。
「……まあ、その件に関しては後でゆっくりうかがうとしようか。では、関係者の皆さんには、所持品検査のご協力をお願いすることとします」
男性の関係者は、そのままそのカラオケルームに残った。大学生のお姉さん二人とカナちゃん、そして何故かついでにリナルナと私まで、別室で一人づつ検査を受けることになった。
しばらくして所持品検査も済み、一同が、元のカラオケルームに会した。
現場検証もある程度は済んだらしい。床に倒れていたはずの被害者の男性の姿は既にそこにはなく、その場所には、紐でできた人型の跡が彼の代わりとなって残されているだけであった。
コホン、という咳払いとともに、警部が話を始める。
「皆さん、所持品検査のご協力、誠にありがとうございました。
ご存じの通り、被害者は毒殺されました。そして、彼の左腕には針のような物体で刺された跡があったことから、毒物はそこから体内に入り込んだものと考えるのが妥当かと思われます」
警部が、ここで一呼吸を置く。
「そういうことから、皆さんの所持品検査では、特に先の尖ったもの、所謂、先鋭物について注目をして検査させていただきました。
それらしきものとしてはですな、西さんからはブローチ、酒井さんからは安全ピンがそれぞれ見つかりました。まあ、モノとしては、ごく一般的なものでしたが――。小川君からは、たいしたものが見つからなかったようです。それに該当するモノとしては、シャープペンとボールペンぐらいでしたよ。ただ……」
警部が上目遣いに部屋の隅の方で佇むカナちゃんを鋭く見つめた。
「女子高生の中田さん……あなたは三本のダーツ、いずれも先が金属製ですが、それらが入ったダーツケースを所持されていましたな……。これはどういうことは説明していただけますか?」
警部は、ペンケースよりはやや小さめの黒い布製のダーツケースを、皆に見えるように自分の目の高さにまで持ち上げた。
とそのとき、あっ、という男の声があがった。
「そ、それは、ボクのものです。どうして、君がそれを? ボクはさっきの所持品検査で出てこなかったから、てっきり事件のドサクサでなくしてしまったものと――」
それは、あの地味な大学生、小川の声だった。
「……拾ったんです。停電が終わって明るくなったときでした。私の目の前に、部屋の入口あたりの床の上ですけど、落ちていたのを見つけたので……。そのケースを手に取ったのと同時に部屋の奥から悲鳴が聞こえたもんですから、気が動転してしまって、ついそれを鞄の中に入れてしまったんです――。それは検査の時にも婦警さんに云いましたけど」
カナちゃんが、その細い咽喉から絞り出すかのように、云った。
軽く頷いた、藻岩警部。
「なるほど……。それらの物件につきましては、ただ今、毒物の付着について分析を行っているところです。……ところで、検査結果の出るしばらくの時間を使って、一つ皆さんにお訊ねしたい。
入店から事件発生までの間の、皆さんの行動について詳しく教えて頂きたいのです。特に、部屋の出入りについて」
警部は、『容疑者』という言葉は使わず、柔らかい口調で訊いた。
大学生の男女が、顔を見合わせる。口を開いたのは、西さんだった。
「詳しい行動っていっても、ただ順番にステージに上がったりしてカラオケ歌っただけですから……。さっき小川君が云ったとおり、座る場所は大きく変わりませんでしたよ。葵が大和君に呼ばれて傍に行った以外にはね……。
あと、部屋の出入りでしたっけ? 停電前にこの部屋にいた四人は、トイレにそれぞれ一回づつ行った気がするわね。そうでしょ?」
「ええ」小さく頷く、酒井さん。
「はい」小川さんも同意する。
「トイレに出た順番は?」
すかさず、警部が質問する。
「まず最初に出たのは、私だったわ。歌いだして二十分後くらいだったわね――。次に出たのは、大和君。私の十分後くらいだったかしら。何事もなく、帰って来てたと思う。
それから、小川君ね。そういえば、小川君が出て行ってから少したって、葵も出て行ったわよね」
「ええ、そうよ」
西さんの発言に、酒井さんはまた同意した。
「そうそう、そういえば、ボクがトイレから廊下に出たとき、葵さんにばったり会いましたよ。ダーツセットのことを聞かれたので、さっき警部が見せたそのダーツケースをポケットから取り出して、葵さんに渡して中身を見せてあげたんです。ね、葵さん?」
小川さんが、まるで楽しい思い出を語るかのように云った。
「ああ、そうでしたね。あの、小川君にこの前、良いダーツセットを買ったと聞かされていたものですから、是非見たくなりまして」
小川さんとは正反対に、無表情で酒井さんが答える。
「――なるほどね。とうことは、被害者は部屋の外で皆さんとは会っていない。つまり、毒を仕込まれたのは完全にこの部屋の中ということですな。もちろん、廊下で中田さんが被害者を待ち伏せなどしていない、という前提ですが」
警部の発言に、静まる一同。重苦しい雰囲気がどよんとカラオケルームを支配する。
とそのとき、静寂を打ち破るかのように、大倉山刑事の携帯電話が鳴った。
「はい、大倉山です。……はい、わかりました。警部にそう伝えます。はい、では」
大倉山刑事が、携帯電話のスイッチを切り、部屋を見渡した。
「警部、毒殺した凶器がわかりました。――ダーツです。事件発生当時、女子高生の中田かなさんが所持したダーツのうちの一本の先から、毒物が検出されました」
えっ?
私たちの視線が、カナちゃんに集中する。
(ってことは、カナちゃんが犯人ってこと?)
ゴメン、カナちゃん! 私をはじめ、皆がそう考えたに違いないわ……。だって、振り向くと、リナルナやナオキさんの顔にも、同じことが書かれていたんだもん――。