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3 藻岩警部、登場!

 到着したのは数人の鑑識員を引き連れた、二人の刑事だった。

 一人は、良く太った口髭の五十代くらいのベテラン刑事で、藻岩もいわ警部と名乗った。

 もう一人は、若くて背の高い、痩せぎすの男。神経質そうな目をきょろきょろさせて、手にしたメモ帳にひたすら何かを書き込んでいる。名は大倉山おおくらやま刑事というらしい。


「ところで、警察に連絡くれたのは、医学生ということだそうだが――」

 鑑識が事件現場でせわしなく働く中、どっしりした低い声で、警部が店員さんに向かって訊いた。その威厳に、おどおどした態度になったイケメン店員さんは、部屋の中で佇むナオキさんを指差した。


「はい、ボクが死亡を確認して、店員さんに連絡してもらったんです」

「名前は?」

高藤たかとう直樹なおき。H大の医学部生です」

「ほう、H大ね……。それなら、大倉山君の出身と一緒だな。学部は違うけれども」

 大倉山刑事は、自分に話題が振られても、にこりともしなかった。手帳を手にしたまま、緊張の面持ちを崩さない。


「……。まったく、大倉山君はまた例の病気かね? 女子高生恐怖症。キミは、女子高生が近くにいると、途端にしゃべらなくなっちまうんだからな」

 呆れ顔で云う警部に、益々体を縮込ちぢこませてしまった、若手刑事。


「いや、えーと、女子高生って我がままだし、云いたい放題だし――苦手なんですよ」

 私を含め、カラオケルームの四人の女子高生(なんと、優しいカナちゃんまで!)が、一斉に大倉山氏をにらみつけた。

(女子高生を敵に回したツケは、重いわよ)

 部屋には、女子高生たちから発せられる見えない暗黒の妖気オーラが充満した。

 しかし、当の本人「大倉山刑事」は、そのことに気付いていない。


「大体の経緯いきさつは、店員さんから伺ったが、ここでは順を追って説明してもらうとする……。

 まずは、被害者だ。彼は、カラオケ店の予約者リストによれば、「今井いまい 大和やまと」君、二一歳、S大学の三年生で間違いないね?」

 大学生の男女、三人がコクリと頷く。部屋の奥側にいる女性の二人は、先程よりはだいぶ落ち着いたらしく、お互い肩を抱くようにしながらじっと下を向いていた。


「次に、事件発生時の状況を聞こう。事件発生前、このカラオケルームでは、四人の男女、いずれもS大学三年生、がいた。そうだね?」

「……ええ、そうです。私たちは、大学の同じサークルの仲間でして――」

「サークルというのは、どんな?」

「ダーツ愛好会――です」

 入り口近くに立ったままの眼鏡の男が、藻岩警部の質問に答え、それから自分の名前を「小川おがわたつき」と名乗った。年齢は、一浪して大学に入ったので、二十二歳とのことだった。


「そちらの女性お二人の名前と年齢もお聞きしていいですかな?」

 被害者が倒れていた場所に近い位置のソファーに座る二人の女性に向かって、警部が云った。


 手前の一人目は、細面ほそおもての美人タイプの女性で、「西にしひかり」と名乗った。歳は二十一歳。座っているのできちんとは判断できないが、今身につけているタイトスカートが良く似合う、すらっと背の高い女性と思われる。泣き腫らしたらしく、目のあたりの化粧が一部、崩れて黒く滲んでいた。


 奥側のもう一人の女性は、小顔の「かわいい」タイプの女性だった。名前は「酒井さかい あおいといい、二十歳。化粧っ気は薄いが、唇はぷりりと艶があった。西さんと比べるとかなり背が小さく見え、大人しそうな感じである。


「そのときの、あなたたちがいた場所、位置関係を教えていただけますか」

 警部の質問に答えたのは、またもや、あの見た目的には野暮ったい、「オタク」タイプの男性だった。その受け答えを聞いている限りでは、案外、頭の切れる良いヤツなのかもしれない。


「はい。ボクが、この入り口ドアを開けてすぐ右手に、真向いにはテーブルを挟んで西さんが座っていました。酒井さんは始めボクの右横に座っていましたけど、ボクの斜め向かいにいた大和君が「デュエットしよう」と酒井さんを引き寄せたため、途中から、酒井さんは大和君の左横の、奥のソファーに座っていたんです。そう、そこの二つの花瓶に挟まれるような感じですね――」

 警部は小川さんの話をフムフムと聞いていたけれど、読者の方にはなかなか難しいので解説すると、こういうことである。


 カラオケルームは、縦長の四角形。出入りするドアは左上にあり、そのすぐ目前には、歌を歌うためのモニター付きの特設ステージがある。特設ステージの前に縦に長いガラステーブルがあり、それを取り巻くように、コの字型にソファーが配置されている。ただ、コの字型の縦棒と横棒の重なる二つの部分には真四角のテーブルが置かれており、そこには赤い花が飾られた花瓶が一つづつ置かれていた。

 コの字の開口部は視力検査の記号のように真上を向いており、最初は左上に小川さん、左下に酒井さん、右上に西さん、右下に大和さんが座っていたが、大和さんが酒井さんを呼び寄せたため、下側のソファー(コの字では右側の棒の部分にあたる)に座るようになった――ということである。


「事件発生時の位置関係は判った。では、時間的観点でこの部屋で起こったことを整理してみよう」

 藻岩警部が鋭い目付きで、大倉山を見る。どうやら、「きちんとメモっておけよ」という意味らしい。大倉山刑事は小さく頷くと、鼻息を荒くして手帳にペンを握った右手をセットした。


「……ではまず、この部屋に皆さんがやって来た時間は?」

「午後四時です。このカラオケ屋さんの入り口前に少し前に集合して、四人そろって中に入りました。ちなみに、今日のこの会を開いて皆を誘ったのは、大和君本人です」

 小川さんがそう答えると、警部が店員さんに確認を取る。


「店員さん、今の発言に、間違いはありませんかな」

「はい、この方たちは、四時から予約を受けておりました。また、予約をされたのも、今井大和様との記録が残っております」

 警部が、軽く頷く。


 と、そのとき大倉山刑事の携帯電話が鳴った。電話の向こう側にいる人と交わされる、短い会話。大倉山は、電話を着ると警部に云った。

「警部、被害者の血液から毒物が検出されました。これが、死因とみて、間違いないと思われます」

「うん、わかっ――」

 藻岩警部の言葉を、リナルナが、さえぎった。

「毒物はトリカブト、アコニチン系?」

 藻岩警部と大倉山刑事は、双子の一糸乱れぬ発言に驚いたらしく、目をぱちくりとさせるばかりだ。


「……大倉山君、この子たちは?」

「はあ、高藤直樹さんの双子の妹たち――双子だそうです」

 比較的性格の穏やかなリナは天女のような笑顔で微笑みかけたが、ちょっと気の荒いルナは刑事たちに詰め寄った。


「だからぁ、毒は何だったって聞いてるのよ」

「ど、毒物はアルカイド系の神経毒、だそうです」

 女子高生の迫力にあっさり白旗をあげた大倉山氏が、困り顔の警部の横で、捜査情報を漏らす。


「やっぱりね……」

 双子の女子高生は、顔を見合わせた。

 ナオキさんが、「でしゃばるな」とばかりに両手で双子姉妹を制しようとする。しかし、双子は、全くそれに動じることなく、後ろに引きさがる様子はなかった。

「……」

 藻岩警部は黙って、何か思い出したように、うつ伏せのままの被害者の傍に寄って行く。


「見たまえ、大倉山君」

 警部が指差したのは、被害者の左腕の手首あたりだった。

「ここに、針で刺したような傷跡がある……。ということは、ここから毒を注入されたということか――」


 大倉山刑事が興奮気味にメモを取り続ける中、警部は事件現場であるカラオケルームをじっと見渡し、私たちに向かって、こう云い放った。

「これより、本件は殺人事件として、扱う。……四時以降の皆さんの行動と事件発生までの経緯いきさつについて、詳しくお話願います」

 警察の、本格的な取り調べが始まった。

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