1 女子高生たちの休息+1
やっとのことで、終ったわ。高校に入って、初めての定期テスト。中間テストっていうやつよね。まあ、テストの出来は、今はまだ気にしないことにして……、と。
学校の正門を通り過ぎ、坂道を下っていく、高校生たち。疲れきってがっくりと肩を落とす娘や、妙にハイテンションになって奇声をあげて走っていく娘もいる。
この学校、「夕陽ヶ丘女子高校」は坂の上にあって街を見渡せる場所にあって、夕陽がきれいに見えるってことで有名なんだよ。
ちなみに、この物語を語っている私の名前は、レオナ。この学校に通う一年生で、ぬいぐるみ好きの、うら若き女子高生。青春真っ只中っていう感じで美術部に所属しながら、結構高校生ライフを楽しんでいるってわけ。
今、私は学校の坂道を下ったところからちょっと歩いたところにある、カラオケ屋さんに向かうところ。もちろん目的は、テスト終了をお祝いする、歌いまくりパーティ。ストレス発散、っていうところね。
中学の時に同じ塾に通うことになって仲良くなったカナちゃん(私と同じ美術部なのだ)と、この学校で仲良くなった同じクラスの双子、リナとルナ(なんと彼女たちはイギリスからの帰国子女で、空手部なのだ!)の四人で行くことになってるんだけど……。
カナちゃんは髪の長いおっとり系の女子で、ものすごい動物好き。美術部で描いてる絵も、いっつもかわいい犬とか猫ばかり。ピンクのフレームの眼鏡が似合う、かわいい女子だけど、これと決めた時には俄然きびきびと動きだす、行動派でもあるんだよ。今日は、何か用事があるとかで、少し遅れて来ることになってる。
リナとルナは、どう見ても一卵性の双子。肩くらいまで伸ばした黒い髪に、くりくりした瞳はいつもうるうるしていて、かなりの美人さん。小学校と中学校の時期はロンドンで過ごしていたので、当然、英語はバリバリ上手だよ。そういった彼女たちが、日本に帰って来て選んだ部活は、何故か空手部。美人で強いんだから、男子もそう気軽には手を出せないと思うな……。見分け方は、最近わかったんだけど、目の下のほくろの位置。リナは左目の下、ルナは右目の下にあるんだ。性格は、ちょっと違うかな……。性格がどう違うかってのは、これからおいおい説明ね。
二人は、ホームルームが終わった瞬間、「じゃ、先に行って部屋を押さえとくね」と云ってダッシュで教室を飛び出し、カラオケ屋さんに行ってしまった。だから、今私は、一人でのらりくらりと坂を下りているってわけなの。ま、私はどっちかというと「のんびり屋」なのだ(自分ではあんまりそう思っていないけど、みんなそう云うので……)。
『カラオケ 歌姫』
建物に付いた看板を見つけ、入口の自動ドアを通り抜ける。入った先の左手に、受付カウンターがあった。
「いらっしゃいませ」
ちょっとイケメンのお兄さんにハートをドキドキさせながら、学生証を見せる。少ない小遣いで毎月やりくりするんだから、高校生にとって割引は重要なのだ。
「待ち合わせなのですけれど……」
説明すると、お兄さんは「ああ、あの双子さんたちのお連れ様ですね」と云って、ドアに「2」という数字の書かれた部屋に、案内してくれた。
(双子さん「たち」? リナとルナの他にも誰かいるの? カナちゃんは遅くなるはずだし……)
少し首を傾けながらドアを開けると、決して上手いとはいえない男性の歌声(というよりは「がなり声」ね)が、耳に飛び込んできた。
「あいらぁーぶ ゆうぅ――」
ラブソングらしき歌を、ご満悦の表情で繰り出す男。その前のソファーには、呆れた表情×2でその男を見遣る、双子の女子高校生が座っていた。
「あ、レオナ!」×2
歌声にかき消されそうではあったけれど、完全なまでに揃った声と調子で、リナとルナから名前を呼ばれた。
あい変らずモニターをにらみつけながら歌をがなる男を指差し、二人は、「ごめんごめん」という感じで手を合わせた。
この男、見たことある……。そうだ、確か二人のお兄さんで医学部大学生の「ナオキ」さんだよ。二人の家に、いつだか遊びに行ったときに見かけたわ。何だって、今日ここにいるわけ?
「いや、どうしてもついて来るってうるさいもんだから……」
「レオナが来るって云ったら、俄然、張り切っちゃってさ。もしかしてお兄ちゃん、レオナに『ほの字』?」
「ちょ、ちょっとやめてよ」
大学生ってのは、そんなにヒマなもんなのかな。ちなみに、最初の言葉は姉のリナで、次は妹のルナの言葉。慎重派でおっとりしたリナは、ちょっとかわいくハニカミながら、行動派で少し大雑把な性格のルナは、にひにひニヤケながら、云ったのだ。
それはさておき、とりあえずストレス発散のパーティ開始! ってことになった。
無理矢理ついてきたナオキさんは、リナルナから雑用係を命じられ、内線電話で飲み物や食事の注文を忙しくこなした。
「ちょっとぉ、お兄ちゃん、まだ飲み物来てないよ! ちゃんと頼んでくれたの?」
ルナが、容赦なく兄を責める。リナは先に来たフライドポテトを幸せそうに頬張って、ほほえましそうに兄妹の二人を見ている。
「ちぇ、自分で聞けばいいじゃん」
「ん? 何か云った?」
ぶつぶつ云いながら、内線電話の場所に向かう、ナオキさん。私は、次の歌う曲を選ぶのに、忙しい。
パーティーが始まり、一時間ほど経った。カナちゃんはまだ、合流してはいなかった。そのとき、事件は起きたのだ。
急に、パチンという音とともに、真っ暗になった。停電だ。
キャア、とリナが高いトーンの叫び声をあげる。ルナは特に驚かない。ポテトの最後の一本を、モグモグとのみ込んだ。
私が、クッションソファーから立ちあがろうとすると、
「いやいや。ここは、ボクに任せて」
男らしいところを見せようとしたのか、ナオキさんが私を制して立ち上がった。
非常灯が、うす暗く部屋の中を照らしだす。
ナオキさんが部屋のドアを開け、廊下に出ようとした時だった。
「きゃあああ、誰か来て!」
若い女性の声が、カラオケルームに響いたのだ。それは、自分たちのいた部屋の、向かいの部屋からのものだった。