始まりの章(プロローグ)
さあ、出陣だ。
今日こそ、「葵」をオレのものにしてみせる。そのために、カラオケ屋の予約もしておいた。チャンスがあれば、ぐっと引き寄せて、腕をアイツの腰にまわして……。
にしても、めんどくせえな。
他の奴なんてどうでもいいのに、葵をデートに誘ったら「カラオケに行くんだったら、みんなで行こうよ」というもんだから……。仕方ねえ、他の奴も誘っておくか。
スマホのアドレス画面から、まずは「西ひかり」を呼び出す。あの女は、大学の同じクラブの中でも葵と大して仲良くはないが、オレの云うことならホイホイ従うから、おあつらえ向きだ。
呼び出し音が鳴り始めてからたったの数秒で、彼女はすぐに電話に出た。
「よお、オレだ。大和だ」
「あらあ、大和君? どうしたの?」
「今日これからカラオケに行こうと思うんだけど、来ないか?」
「まあ、うれしい。大和君から誘ってくれるなんて――」
オレは、カラオケ屋の場所と集合時間を伝えて、電話を切った。
バカな女さ。見た目は結構かわいいお嬢様タイプなんだから、オレなんかじゃなくてもっとほかの男を好きになれば楽しく過ごせたろうにな……。まあ、利用できるまではきっちり利用してやるかな。
さて、あともう一人、誘っておくか。バランスから考えれば、当然男だよな。
でも、オレを引き立ててもらうためには、だっさい野郎がいいよな。――そうだ、アイツがいい。
スマホの画面に示された、「小川樹」の文字。それを指ではじき、彼を呼び出す。今度は少し時間がかかって、相手が出た。
「小川か? オレだよ、大和だよ」
「……大和君? ああ、同じクラブの……。珍しいね。ボクなんかに何か用?」
「何か用って……。そう冷たくするなよ。どうだい、たまには一緒にカラオケにでも行かないか? これから何人かで集まるんだよ」
「……。ボクはいいよ。特にカラオケには興味がないし……」
「そうかオマエ、ダーツにしか興味がないんだったよな。いくら、オレたちダーツクラブだからって、他のことにも興味を持った方がいいぜ。でもな、来るのは男じゃねえ、女の子だぜ。酒井葵と、西ひかりの二人。どうだ、興味持ったろ?」
「酒井葵? それ本当なの? わ、わかった、行くよ。時間と場所は?」
またもや時間と場所を伝えて、電話を切る。
にしても、あいつ、葵のこと好きなのか? ちっ。まあ、いいか。どうせ、アイツはオレの引き立て役なんだからな。
オレは身支度をはじめた。勝負服ってヤツだ。
歯磨きして、髪の毛をジェルでつんと立てる。
アパートのドアに鍵をかけ、歩き出すと、さわやかな初夏の風が頬に当たった。
(今日は、何だか良いことがありそうだぜ)
オレの足取りは、軽かった。